69 王圧
「ああん! いいわ! もっと殴り合いましょう!」
「気持ち悪いよ!」
ビルドスとロアは、真っ向から殴り合っていた。
はたから見ればただの喧嘩だが、半端な者が一歩でも踏み込めば、それだけで肉塊になってしまうだろう。
「あなたの拳、本当に素敵! でもぉ……少し足りないわねぇ」
「っ!」
「〈豪腕の体〉」
ビルドスの腕が、唸りを上げてロアに襲いかかる。
今までは受け流すなり、受け止めるなりしていた彼女であったが、今回だけは横に飛び、ギリギリでそれをかわした。
「あらん、察しがいいわね」
彼が拳を振りぬくと、その先の地面が爆ぜる。
その力は拳圧、つまり拳で起こった衝撃波だ。
今まで、ビルドスの腕には触れずとも攻撃できるほどの力はなかった。
ロアがさっきのように真っ向から受け止めていれば、大怪我は必至だっただろう。
「勘はいい方なんだよ!」
なんとかかわせたロアは、ビルドスのがら空きの胴体に容赦なく蹴りを放つ。
「〈鋼鉄の体〉」
しかし、ダメージを負ったのは彼女の方であった。
「いっつ……」
「私の魔法は〈体質魔法〉。能力は見ての通り、自分の身体機能、体質を自由に変えられる能力よ!」
「っ……ユニークか」
ビルドスの胴体は、まるで鋼鉄のように硬くなっていた。
パワーにそれなりの自信があるロアの蹴りを受けても、ビクともしない程度にはその強度は高い。
「それに、こんなこともできるのよ!」
「しまっ――――――――」
「〈怪力の体〉!」
ロアの足が彼の腕に掴まれる。
ビルドスの腕の筋肉が大きく盛り上がり、彼女はそのまま投げ飛ばされた。
「うっそ……」
そのあまりの勢いに、ロアは驚愕を隠せない。
猛スピードで飛んで行く彼女は、そのまま近くの森に突っ込むはめになった。
木々を数本へし折り、周りのものより少し太い木に叩きつけられ、ようやく止まる。
「かはっ……いっ……てぇ」
肺の中の空気を押し出され、ロアは少しの間苦しみ喘ぐ。
ようやく治まってきた頃には、もうビルドスが目の前に立っていた。
「あら、あれを受けて怪我をしていないなんてすごいわね。思ったよりもやるのかしらん?」
実際、ビルドスは驚いていた。
この投げを受けて、まず生きていたこと。
そして、ダメージはあるものの、目立った怪我がないことが、彼にとっては珍しい経験だった。
「当たり前だよ……あたしは獣王の娘――――――――――ってやっぱやめだ。やめやめ!」
「?」
突然、ロアは頭をボリボリ掻きながら、叫ぶ。
「もう大人しくしてんのもめんどくさい。猫被ってた方がいいって言われたけど、いい加減やめだ。誰も見てないし、前みたいにやっても大丈夫だろ」
そう言いながら、ロアは髪を荒々しく掻き上げる。
心なしか目つきが鋭くなり、無邪気さのあった表情は、乱暴そうな顔で上書きされていた。
「急に荒れたわねん。何? 怒ったのん?」
「うっせぇ筋肉野郎、玉潰すぞ」
「……だーれが……野郎ですってぇ!?」
再び〈豪腕の体〉を使用し、ビルドスの拳が放たれる。
真っ直ぐ自分の顔に向かってくるそれを、ロアは冷静に見極め、その細い腕で彼の極太の腕を絡めとった。
「オラァ!」
そのまま肘が下に向くように捻り上げて、下から膝で蹴り上げる。
見事に肘に当たったことで、その腕の骨はへし折れた。
「うギィ!?」
「くたばれッ!」
身も蓋もない言葉とともに、軽く軸足で跳び上がった後上段蹴りが放たれる。
その蹴りは綺麗にビルドスの頭部に決まり、見事にその首までもへし折った。
「手応え……いや、足応えありだボケ」
首の骨は、言わずもがな人間の身体にとって重要な部位である。
それが折れたということは、早急に治療でもしない限り、どんな強靭な肉体を持つ者でも死に至る――――――――はずであるのだが。
「ああん……とても痺れる蹴りだったわぁん」
「……おいおい」
ロアは着地しつつ、悪態をつく。
ビルドスは首が折れていると言うのに動き、喋りだした。
「まさか完璧な身体を持つはずの私が、首を折られるなんてねぇ……ビックリしたわよほんと――――――――――ふんッ!」
ビルドスは頭に手を置き、そのまま動かして首を無理やり元の場所へと戻した。
ゴキッと言う音がしたかと思えば、彼の首は骨折なんてなかったかのように動きだす。
「はっ、怪物かよお前」
「もう! 失礼しちゃう! 私からすれば、首が折れたくらいで死んじゃうあなたたちの方が怪物よ。首なんて元の場所に戻してやればすぐにくっつくじゃない」
そう言いながら、ビルドスは肘の骨の位置を弄る。
またもや骨の鳴る音とともに、彼の腕は先ほどと同じように動き始めた。
「……なんて、まあどう考えても私……いえ、私たちの方が怪物よね。内臓が増えてたり、骨が多かったり……私なんて骨が砕けても一瞬で治るのよ? なーんかやになっちゃうわ」
手を開いたり閉じたりしながら、ビルドスは少しだけ悲しそうに言う。
「知るかデカブツ。お前にどんな事情があろうが、デザスやセツに手を出そうとしてることには変わらねぇ」
ぶっ殺してやる――――――――――ロアが地面を蹴り、飛び出す。
「うふっ……それでいいわ。同情してもらおうなんて思ってないものッ!」
ビルドスも、彼女を迎え討つために構えた。
「〈炎上の体〉!」
彼の身体が、突然燃え上がる。
その周囲は一気に高温となり、足元の水溜りを蒸発させ始めた。
「全身炎まみれのわ・た・し! あなたは近づけるかしら!?」
その炎は強く、近づけば火傷、触れればどうなってしまうか分からない。
だが――――――――
「うるせぇ!」
ロアはそのままの勢いで飛び込み、燃えているビルドスの腹を殴りつける。
それにより後方へ殴り飛ばされた彼は、自分の身に何が起きたか、一瞬理解できなかった。
「その程度の炎じゃ、あたしは怯まないぞ」
……火傷を負っていないわけじゃない。
全身に軽度の火傷があり、特に殴った右手の火傷がひどい。
しかしロアは動じない。
「あたしは獣王の娘だぞ。この程度の傷を負わせる程度じゃ、ビビらせることもできねぇよ」
「んー……やるじゃない」
ビルドスは立ち上がり、身にまとっていた炎を消す。
「なら、これはどう? 〈毒吐きの体〉」
彼は大きく息を吸い込むと、口から紫色の煙を吐き出した。
その煙に触れた木々が、みるみる枯れていくのが見える。
「この毒は致死率100%! あなたでも触れればアウトよ! さて、あなたはどうするの!?」
「……」
すぐそこまで毒が迫ってきても、ロアは冷静だった。
身体の力を抜き、自然体で構えた状態から、強く足を踏み込む。
「ふっ」
毒煙が触れる寸前で、突然、ロアの周りからそれらがすべて吹き飛んで消える。
「……は?」
「なあお前……〈王圧〉って知ってるか?」
ロアは踏み込んだ姿勢を解き、再び自然体で構えながら聞く。
「これはあたしたち獅子族に伝わる力でな、魔力とも違う謎の力らしい。獅子族にしか使えないせいで研究も進んでないから、簡単な原理しか分かってない」
曰く――――――これは威圧感の延長にあるもの。
曰く――――――魔力のように、物に通すことができるもの。
「あたし自身よく分かってねぇから、難しい使い方はできない。けど、簡単な話にすると……威圧に質量をもたせたものらしい」
ロアはその手を重ね、ビルドスに向ける。
「〈王衝撃〉」
「ッ!」
ビルドスの身体が、突然見えない何かに吹き飛ばされる。
空中で体勢を立て直したはいいものの、彼の頭は少し混乱していた。
(この攻撃……連発されちゃたまんないわぁん)
ただ一つ、この攻撃への危機感だけは強く残り、ビルドスは地に足がついた瞬間に飛び出した。
さすがの彼でも、見えない攻撃をかわすという行為には辛いものがある。
「〈高速の体〉!」
ビルドスは通常の数倍の速度で動き、一瞬にしてロアの後ろを取る。
すぐさま〈豪腕の体〉を発動させて、彼女に向けて拳を放った。
「読めてるっつーの! 〈王衝波〉!」
「なんですって!? ぐっ――――――――」
しかし、拳が当たる直前で、ビルドスは全身に壁を押し付けられた感覚とともに吹き飛んでいた。
今度は完全に体勢を崩し、みっともなく地面を転がる。
「〈王圧〉は全方位対応だ。どんな角度から攻撃されようが、あたしに死角はないぜ」
「……厄介ね」
ビルドスは立ち上がる。
全身に壁のような何かが叩きつけられたせいで、全身が痛みを発していた。
すぐに傷も治り、痛みも引くが、彼の頬を冷や汗が一筋垂れる。
再生力に特化するよう改造を施されたビルドスであったが、現状彼女に対して有効な攻撃手段がない。
この未知の力に限界があるかは知らないが、このままでは一方的に攻めれれてしまう可能性もある。
(完全防御に不可視の攻撃……反則じゃないかしら? とりあえず何か時間を稼いで、考える時間を――――――――――)
「何か考えてるみたいだけど、やらせねぇよ。次の一撃でお前は終わりだ」
ロアは、自分の拳に意識を集中させていた。
その手を見て、ビルドスは思う――――――――――まずい、と。
「ッ! 〈限界突破〉」
悪寒が走るほどの嫌な予感に焦ったビルドスは、とっさに奥の手を発動させる。
「〈死へ招く肉体〉! 何をする気か知らないけど、今の私は無敵よ! あなたが何をしようと私に触れれば終わり!」
彼の肉体が、黒く染まっていく。
この魔法は、彼の技の中で一番説明が簡単かもしれない。
なんせ、この身体に触れたものは死ぬという説明しかできないからだ。
黒ローブの中では一番地味めな技であるが、その凶悪さは他の比ではない。
何が来ても、彼に触れた瞬間に死ぬ。
それは魔法でも、武器でも同じこと。
ビルドスに触れた瞬間、どんな魔法でも武器でも、その場で消えてなくなるのだ。
(避けるのはおそらく厳しいわね、このまま身体で受け止めて攻撃を殺し、その後の隙を突いて触れる! それで決着ね……さあ、来なさい!)
「……よく分かんねぇけど……避けないみたいだな」
ロアは拳を引き絞る。
〈死へ招く肉体〉のせいで、身体の運動能力が落ちているビルドスには、最初から避ける気はなかった。
……それが、勝敗の分かれ目である。
「――――――――――――――〈王拳〉」
音を置き去りにする拳が、放たれた。
〈王圧〉が乗った拳は、ある程度の距離があるにもかかわらず、ビルドスに届く。
そして、その胸に大きな穴を開けた。
「……あら?」
ビルドスの口から血が溢れる。
黒くなった身体の中心には、大きな穴がポッカリと空いていた。
夥しい量の血液をこぼしながら、彼は地面に倒れる。
心臓も肺も消し飛ばされ、ビルドスは一瞬のうちに絶命した。
さすがに彼の再生能力も、重要な部位を治すほどには強くない。
「……悪いな、〈王圧〉は魔力でもないし、ましてや正体不明だ。お前は何かしようとしてたみたいだけど、自分の知らない存在をどうにかするのは、誰にだって無理だ」
ビルドスにはもう声は届かない。
それでもロアには、伝えたい事があった。
「避けさえすれば……お前の勝ちだったかもな」
ロアは、ポタポタと血を流している自分の腕を押さえながら、そう呟いた。




