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異世界召喚は二度目です   作者: 岸本 和葉
第三章 戦争編
68/127

67 夕炎の衣

「所詮は虫! この程度かしら?」

「……」


 ルーナと戦う夕陽は、今攻めあぐねていた。

 理由は簡単である。

 攻撃が一切届かないのだ。


「〈夕弾〉!」

「無駄よ! 虫の分際で!」


 夕陽が人間大の炎の玉を放つが、それは決してルーナに当たることはない。

 彼女の眼前で、すべての攻撃は下に落ちる。

 

「この〈重力魔法(グラビティマジック)〉がある限り、あなたは私に勝てないのよ」


 地面に押しつぶされた〈夕弾〉は、本来の効果を発揮することなく、そのまま霧散する。

 その様子を観察した夕陽は、自分の魔力の残量を確認しつつ思考を開始した。


(さっきから五発は撃った……どの角度からでも押しつぶされちゃう……もし結界のように、あの人の周りを重力の強い場所が囲っていたら、私の攻撃は実質届かない……押しつぶされない攻撃を撃つには……意識外……背後に回り込んでみようかな)


 おおよその考えをまとめ、夕陽は駆け出す。

 魔力で強化された彼女の足は速く、人間のそれを超えている。

 

(速いわね……)


 実際、ルーナはこの状況に危機感を感じた。

 彼女の魔法はユニークであるが故の弱点がある。

 まずどんなものでも押しつぶす代わりに、距離と範囲に制限があった。

 自分の周りに重力の結界を作る程度なら簡単だが、重力を強くできるところは範囲によるが、おおよそ二箇所。

 射程は10メートルほど。

 その程度の距離ならば、一瞬にして敵をプレスすることが可能である。

 ただし、現状高速で動き回る夕陽をとらえるは不可能だった。

 本来、ルーナは単騎ではそこまで成績を残したことがない。

 彼女の真価は、仲間といて初めて発揮される。

 この状況を作り出したのは自分である以上、責任を持って夕陽を撃破しなければならないが、早くも奥の手を使わざるを得ない状況まで追い込まれかけていた。


(くっ……敵の動きを阻害してくれる人がいないと当てにくいわね……!)


 ルーナが魔法を発動させる。

 降り注ぐ雨がその部分だけ強くなり、そこの地面が凹みだす。

 しかしもう、夕陽はそこにはいない。

 それでも、彼女はニヤリと笑った。


「後ろね!」

「……ッ!」


 夕陽は考え通りに背後を突き、魔法を放とうとしていた。

 しかし、その考えは簡単に見破られ、ルーナの思う壺であったのだ。


「確かに真後ろだと魔法の発動は遅れるわ! でも、そこに来るって分かっていたなら話は別よ!」


 彼女の魔法は発動も遅ければ範囲も大きいわけではない。

 ならば、当てるために敵の動きを予想するしかない。

 そこで普段から背後に隙があることをそれとなくバラし、わざと狙わせる。

 そうして飛び込んできた虫を――――――――――――。


「こうして仕留める! 〈重力の鉄槌(グラビティハンマー)〉!」


 逃げようと思ったときにはもう遅い。

 攻撃のために足を止めてしまった夕陽は、真上からのとんでもないプレッシャーに押し潰される。


「ぐっ……うぅ……」

「もがいても無駄よ。その重力からは逃げられない」


 彼女の身体が地面にめり込んでいく。

 身体を潰す音が聞こえ始め、今にも地面と一体化してしまいそうであった。


「さあ、潰れなさい」

「がっ――――――――――」


 ついに、夕陽の身体が完全に潰れる。

 見るも無残な光景であった……しかし、異変が起こった。


「なっ……」


 潰れたはずの彼女の身体が、燃え始めたのだ。

 いや違う。

 その身体が、炎だったのだ。

 夕陽の身体だと思われていたものが、地面で霧散して消える。


「――――――――見事に私の〈炎分身〉に引っかかったね」

「う、上!?」


 ルーナが顔を上げる。

 自身の真上、そこに夕陽はいた。


「あなたの魔法が重力を強くするってものなら、真上は安全でしょ?」

「くっ……」


 敵が遠距離中距離戦を挑んでくる場合であれば、ルーナは絶大な防御力を発揮する。

 だが、一度でも近距離に持ち込まれ、真上を取られてしまった場合、彼女の魔法はほぼ無力化されてしまう。

 なぜなら、真上の敵に向けて〈重力魔法〉を使えば、自分まで押しつぶされてしまうからだ。

 

「〈夕弾〉!」

「チィ!」


 懇親の夕弾が放たれる。

 それは確かな感触とともに爆発し、水蒸気をあげた。


「手応えあり……だね」


 少しだけ距離を取り着地した夕陽は、水蒸気が晴れるのを待つ。

 確かに夕弾は当たった。

 しかし命を奪った感触はなかった。

 死亡を確認しない限りは油断するな、これはエルカの教えの一つである。 

 そして案の定、ルーナは生きていた。


「はぁ……はぁ……こんの……虫がァァァァァ!」

「それだけ生命力があるあなたの方が虫っぽいのになぁ」


 ギリギリで直撃をずらしたのか、右半身の服が燃え尽き、酷い火傷をところどころに負っている以外は、目立った外傷がない。

 肩でほとんど受け止めたようで、特に肩の火傷が目立った。

 ダメージは深刻だ。

 しかし彼女の眼は、怒りと闘志で燃えている。


「絶対に殺してあげるわ……ッ! 〈限界突破(リミットブレイク)〉!」

「なっ……!?」


 怒りの叫びとともに、ルーナの魔力が爆発したように吹き出す。

 見た目の変化はない。

 しかし夕陽は、明らかな違和感を感じ取った。


「身体が……横に引っ張られる……?」

「〈無数の重力(パラレルグラビティ)〉……! あなたはこれから横に落ちるのよ!」


 まるで地面が傾いている感覚。

 夕陽の足は簡単に抵抗をなくし、真横への落下を開始した。


「ッ! 〈空歩(エアウォーク)〉」

 

 近場にすぐ掴まれるものもなく、とっさに夕陽は虚空に着地する。

空歩(エアウォーク)〉、宙を歩くことができるようになる魔法である。

 しかし――――――――――


「そんな悪あがき! 私の世界では通用しないわ!」


 夕陽に対する重力が、再び変えられる。

 今度は、空に向かってその身体が落ち始めた。


「なっ!?」


 この時、夕陽がこの戦いで初めての焦りを覚えた。

 空に向かって落ちるということは、その上、宇宙に向かって落ちるということ。

 この世界に宇宙があるという話自体は聞いたことがなかったが、星が見える以上はあるのだろう。

 さすがに試したことがないが、宇宙空間で生きていける気は夕陽でも、さすがのセツでもしない。


「重力とは絶対の力! そのまま落ちなさい……どこまでも!」


 夕陽は再び〈空歩(エアウォーク)〉を使用する。

 しかし、それを許すルーナではない。


「無駄よ!」


 またも重力が変わり、夕陽は再び横に落ちる。

 さらに――――――――


「虫にはこんな動きも予想できないでしょうね!」

「っ!」

 

 三度目の〈空歩(エアウォーク)〉で着地した夕陽の眼前に、突然ルーナが現れる。

 重力の向きを利用した高速移動、重力を操る彼女であれば、息をするように使える技だ。


「〈重脚〉!」


 魔力によって強化されたかかと落としが、夕陽に叩きつけられる。

 腕で直撃を免れたものの、その瞬間に重力の向きまでも変えられ、体勢を大きく崩すはめになった。


「あっ」

「もう一発!」


 そこに、もう片方の足での〈重脚〉が炸裂する。


「がはっ……」


 無防備になった腹部へのかかと落としと、通常の向きに戻った重力で、彼女の身体は高速で地面に叩きつけられる。

 息が止まるほどの衝撃。

 この世界に来たばかりの夕陽であったなら、この一撃で死んでいた。


(ダメだ……! 内臓と骨を痛めてる……回復しないと……!)

「まだよ!」


 回復する間もなく、夕陽の身体が地面から離れる。

 再び真上に落ち始めた彼女に対し、ルーナも通常の重力の向きで落下を開始した。

 つまり、二重の重力により二人はかなりの速度で接近しているということ――――――――。


「終わりよ! 〈グラビティブレイク〉!」


 二重の重力の乗った渾身の蹴りが、夕陽の腹部をとらえる。

 意識が飛びそうなほどの激痛が走り、彼女へのダメージはついに危険な領域まで蓄積した。


「ごふっ」


 タイミングよく重力の向きが変わり、またもや地面に叩きつけられる夕陽。

 地面に大きな凹みを作り、彼女は口から大量の血を吐く。

 内臓を傷めたどころか、どこかが破裂したのが分かった。

 彼女の身体はもう、動かない。


 ――――――――――そうルーナは判断した……のだが。


「あ……ぐ……痛いなぁ……」

「あ、あなた……まだ動けるの……!?」


 骨を砕いた、内臓を壊した。

 それでも、戦闘不能の判断は間違っていた。


「……エルカさんに、何度も骨を砕かれた」


 何度も内臓を壊された。

 何度も四肢を落とされた。

 何度も身を焼かれ、氷漬けにされた。

 何度も身を切り裂かれた。

 

「私は一度、身体の何もかもを壊してもらったの。このくらい屁でも……あるけど、動けないほどのものじゃないよ」

「ば、化物なの……あなた」

「……ううん、違う」


 この程度では化物にはほど遠い。

 彼女が愛し、追いかけ続けている彼こそが、化物なのだ。

 夕陽はそれになりたい。

 彼の横にいるために、化物になりたい。

 セツを支えられるほどの、最高の女になりたい。


「私は化物じゃない。だから……あなたは「人」に負けるんだよ」


 夕陽の魔力が、体内で渦を巻く。

 それは徐々に大きさを増やし、やがて体内から溢れだす。

 そして、燃え始めた。


「――――――――――〈限界突破(リミットブレイク)〉」


 夕陽の全身が炎上する。

 炎は彼女の身体にまとわりつき、まるで服のように形を変え始めた。

 オレンジ色の、炎の衣である。


「〈夕炎の衣〉」


 ついにはその皮膚からも炎がチラつき始める。

 髪も炎のようにゆらめきだす。

 美しくも恐ろしさを感じさせるそれは、まさに太陽のようであった。


「何よ……炎に包まれて自傷行為でもしてるの? あなたの奥の手はとんだ暴れん坊ね!」


 ゆっくりと地面に着地したルーナは、冷や汗を流しつつも強がる。 

 夕陽は動じない、ただ無表情であった。


「――――――――――――――試してみる?」

「っ!」


 ルーナはとっさに、強い重力を真横から夕陽にかける。

 とにかく距離を取れと、本能が言っていた。

限界突破(リミットブレイク)〉している今ならば、距離の制限はあってないようなもの。

 遠距離で戦えば、危なげなく勝てるはずだ。

 ……この本能と思考が、夕陽に恐怖を抱いていることの証明であったが、それを自覚するほど、ルーナのプライドは低くなかった。


「無駄だよ」


 しかし、夕陽はピクリともその場を動かない。

 

「な、何でよ!」

「今の私の身体は……炎でできているから」


 夕陽は表情のない顔でそう言った。

 高エネルギーを圧縮して放つ〈夕弾〉などの魔法と違い、今の彼女の身体は、質量のない炎そのものである。

 炎自体に重さはない、つまり、重力にほとんど影響されないのだ。


「そ、それがどうしたのよ! そうなったらあなただって私に手を出せないじゃない!」

「……まだ気づかないの?」

「はっ……何を言って――――――――――」


 鼻で笑い飛ばそうとしたルーナは、その途中に気づく。

 あれだけ降り注いでいた雨が、一切身体に当たらないことに。

 そして……ぐちゃぐちゃになっていたはずの地面が、乾ききっていることに。


「ま、まさか……ッ!?」


 空気はすでに高温となっていた。

 それも、まだ上がり続けている。


「この魔法は、私自身を炎に変換するせいで、まったく動けなくなっちゃう。代わりに、私がいるこの場の気温を、人が生きられないほどに跳ね上げることができる」


 落ちてくる雨が空中で蒸発し、水溜りすらも一瞬で干上がる温度。

 少なくとも、水が蒸発する時点で、気温は100度を超えている。

 

「な、何よ……その程度なら私は干上がらないわよ!」


 普通の人間ならば即死レベル、しかしルーナは違う。

 身体改造を幾重にも繰り返されている彼女は、皮膚から体質までありえないほどに強くなっている。

 炎の中に落とされでもしない限り、彼女の皮膚が悲鳴をあげることはないだろう。

 だと、言うのに。


「あ、あれ?」


 ルーナは膝をついた。

 立ち上がるどころか、〈重力魔法〉を使う力すらも、いつの間にか失っている。

 まだ気温は活動限界に達していないというのに。


「息、苦しいでしょ?」

「っ……」


 息が、吸えなくなっていた。

 いや、微量の酸素は吸える。

 しかし、まともに活動できるほどの呼吸が困難になっていた。

 

(まさか……空気中の酸素が……!?)

「火って、酸素がないと燃えないんだよね」


 ルーナは朦朧とし始めた意識の中で、恐ろしいことに気づいてしまった。

 酸素は基本的に無限である。

 それほど大量に存在するものであるはずが、この場において供給が間に合っていない。

 供給された側から、夕陽が自分の燃料として使ってしまっているのだ。


「はーっ……はーっ……」


 ルーナがうずくまる。

 汗が吹き出すと同時に蒸発するが、それが繰り返されるだけで体温は下がらない。

 ついには服までもが燃え始め、彼女の皮膚はすでに火傷を負い始めている。

 振り払う力も、この場から離れることも、すでにできる身体ではない。


「まけ……られない……のに……」


 燃え盛る身体になり、ルーナはうわ言のようにつぶやき始める。


「冬真さまに……認めてもらうため……」

「……」


 夕陽はもう何も言わない。

 彼女の姿を見ても、感情は動かない、動かせない。

 自分の身を炎とするこの魔法のせいで、感情が動けば形を保っていられないからだ。

 だから、何も言えない。

 自分が逆の立場だった可能性があったことに気づきつつ、夕陽は決して口を開かなかった。


「とう……ま……さまの……となり……に……」


 ついに、体内から発火する。

 炎の塊になってしまい、うめき声一つ聞こえなくなったそれを、夕陽は燃え尽きるまで眺めていた。


「あなた……私に似てたよ」


 おそらく、想い人への気の持ちようは、通じるものがあったのだろう。

 炭になってしまった塊の前で、夕陽はぽつりとつぶやいた。


 



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この度新作を投稿させていただいたので、告知させていただきます。 よろしければ、ぜひブックマークや評価をいただけると嬉しいです! 世界を救った〝最強の勇者〟――――を育てたおっさん、かつての教え子に連れられ冒険者学園の教師になる ~すべてを奪われたアラフォーの教師無双~
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