66 呆気なし
「このままじゃまずいですね……サイガ、私はあれを使います」
「お前……でもあれは、魔力をほとんど持ってかれるじゃねぇか。それに発動までに時間がいるし……」
「そのためのあなたです。発動までの護衛、お願いしますね。最低でも……一人は仕留めますので」
「チッ……分かったよ!」
サイガがクロイヌの前に飛び出す。
クロイヌは静かに手を合わせて、眼を閉じた。
(クロイヌのコレさえ決まれば、勝ちは近い……問題は俺があの二人を押さえ込めるかだが……ま、何とかするしかねぇだろ)
槍を一度振り、覚悟を決める。
気だるげな思考とは違い、その振る舞いは闘志に溢れていた。
「――――――――行くです」
シロネコとミネコが飛び出す。
正面に槍を構えていたサイガに、シロネコの爪が迫った。
「おらよ!」
それを受け止めた彼は、横から抜けようとしていたミネコにそのまま突きを放った。
急停止したミネコは難を逃れたが、勢いを落とされ一度距離を取る。
爪を防がれたシロネコは手を引き、再び爪をくり出した。
「へっ……目が慣れてきやがったぜ!」
「そう……です……かっ!」
爪と槍がぶつかり、甲高い音を上げる。
サイガは強がりを言いつつ、ちらりと後ろに眼を向けた。
そこにはクロイヌがおり、まだ動く気配がない。
(まだか、クロイヌ……!)
怒涛の爪乱舞。
すでに無傷のまま受けきることは困難になっており、いくつか切り傷をつけられている。
それでも、距離を取ることはできない。
その隙に、無防備な仲間の命を奪われてしまったら堪ったものではないからだ。
しかし、猫姉妹からすれば関係ないことである。
「〈重脚〉!」
「ちっ……くしょう!」
爪を掻い潜り、不意打ち気味に飛んできたミネコの飛び蹴りを、槍で受け止める。
そんな衝撃を受け切れるわけもなく、彼の身体は数メートル吹き飛ばされた。
「いってぇ……な……」
サイガはフラつきながらも立ち上がり、再び槍を構えた。
クロイヌとはまだ少しだけ距離があり、あと少しならば持ちこたえられるだろう。
そんな彼を嘲笑うかのような光景が、目の前に広がっていた。
「はっ……ふざけんなよ」
目の前を、高速で跳び回る何かがいる。
地を蹴る音がそこら中から響いてくるため、正確な位置が分からない。
音が同時に二箇所で鳴ることもあるため、少なくともシロネコとミネコが跳び回っていることは分かるのだが、サイガではいかんせん姿がとらえられない。
そして――――――――
「がっ!」
どちらかの体当たりが、彼の身体を掠る。
それだけでサイガはのけぞり、たたら踏む。
「なんつー威力だよ……」
「〈キャットホッパー〉、避けきれると思わないことです!」
足に〈部分獣化〉を施し、驚異的な脚力で空間を蹴ってスーパーボールのように跳ね回るのが、この技の正体である。
そもそも見えない速度で跳び回っているのが、身体に触れることを考えると、常人なら一瞬で木っ端微塵だろう。
一撃でも耐えたサイガは流石と言えるが……。
「っう!」
怒涛の体当たりがサイガを襲う。
人間大の塊が、猛スピードで彼の肩を、足を、腹を打つ。
槍はすでに取り落としてしまっていて、腕で頭を守る程度のことしかできていない。
ただ、サイガは耐えて耐え続けた。
「っ! サイガ! 行けます! 下がってください!」
「はっ……やっと……かよ」
そこに朗報が入った。
サイガは思わず安堵の表情を浮かべる。
最後の力を振り絞り、クロイヌのもとまで跳んだ。
「あっ!」
バウンドをやめたミネコが逃がしたことに声を漏らす。
〈キャットホッパー〉の弱点の一つである、狙った攻撃ができないところが仇になってしまった。
この技は威力、範囲、拘束力ともに優れているものの、高速で動き回るせいで狙いがつけづらい。
常に大雑把な位置しか分からず、シロネコとミネコが初めてこの技を編み出したときは、互いの衝突が絶えなかった。
息が合うようになり、ようやく完成形に持ってこれたが、やはり弱点は拭い切れない。
しかし、彼らは見落としていることがある。
「頼むぜ……ぶちかましてやれ!」
「言われなくても……!」
クロイヌが手を前に突き出す。
ミネコは毛が逆立つほどの嫌な予感を覚えた。
しかし彼女ではもう止めに入れる距離ではない。
(勝ったな……)
サイガは息も絶え絶えになりながらも、勝ちを確信した。
そうして力を抜いてから、気づく。
(あれ……そう言えば……シロネコのやつはどこへ行った?)
「終わりです、〈時間魔――――――――――――――」
終わりはあなた――――――――です。
声は、クロイヌの後ろからした。
気づいたときにはもう遅い。
鋭い爪は術を唱えようとしていた彼女の首を抉り、赤い飛沫をあげる。
サイガもクロイヌも、まったく反応することができなかった。
「にゃんにゃんかくれんぼ、大成功です」
途中から〈キャットホッパー〉から抜け出し、誰にも気づかれずクロイヌの後ろに隠れていたシロネコは、ドヤ顔で倒れた彼女を見下ろす。
ガードに夢中になっていたサイガは、音が一つになっていたことに気づかなかった。
多大な魔力を必要とする魔法を練っていたクロイヌは、気配を消した彼女に気付けるわけがなかった。
何より、ミネコが常に動き、しゃべることで、絶妙にシロネコの気配が消えていたのが、一番の決め手である。
「おい……クロイヌ……」
サイガが倒れたクロイヌを抱き上げる。
すでに、彼女の息はない。
ただ、身体に残った血を、水溜りに吐き出すばかりである。
呆気がなさすぎた。
いや、そういう一撃だった。
シロネコの一撃は、これで決めるという決意が乗り、必殺に成り得ていたのだ。
戦場では、それを決めた者が勝ち、防げなかった者が負ける。
クロイヌは、負けたのだ。
「次はあなたです、もしここで大人しく降参すれば、せめて苦しまないよう殺してあげるです」
クロイヌを死に追いやった爪が、サイガの首元にも置かれる。
「ちくしょう……飯行く予定はどうしてくれんだよ……」
サイガは、涙を流していた。
愛した者の死を悲しんでいた。
「てめぇら……殺してやる」
そして、怒りで満ちていた。
「腸掻きだして殺す、全身に風穴開けて殺す、目玉を抉り出して殺す! 絶対に許さねぇてめぇら!」
「っ! 私も同じ気持ち……です!」
爪が動いた。
「〈伸縮魔法〉……ニードル!」
「ッ!」
シロネコは思わず爪を引き、後ろへ跳ぶ。
一瞬前まで彼女がいたところを、サイガの背中の服を突き破って現れた無数の針が貫いた。
その針たちは伸び続け、後ろに逃れたはずのシロネコを追う。
「なんっ……です……っ!?」
シロネコは後ろへ跳び続ける。
針は真っ直ぐ伸び続けはしなかった。
横に避けようとしても進路を変え、幾重にも曲がりながら彼女を追う。
「姉さん!」
「お前も死ねやァ!」
止めようとしたミネコに向けて、サイガの腕がそのままの意味で伸びる。
意表を突かれたミネコはのけぞるが、そのまま喉を掴まれる。
「がっ……これは……ユニーク魔法……?」
「くたばれや……くそ猫ッ!」
「ぐぅ……」
首を掴んでいる手の力が大きくなる。
苦しみの中、ミネコは自分の思考が薄れていくのを感じた。
クロイヌとサイガは、黒ローブの中で一番付き合いが長かった。
人間たちの、「人間兵器」を作り出す計画の犠牲者でもある二人は、その研究段階から知り合いである。
互いに励まし合い、喧嘩したこともあった。
その頃からサイガは彼女に片思いしていたが、気持ちが伝わっている気配はない。
冬真についていったのも、クロイヌがついていくと言ったからである。
全ては、彼女がいなければ意味がない。
彼女がいなければ戦う理由がない。
それでもせめて、彼女を殺したこの二匹を殺さないと気がすまなかった。
「ミネコを離すです!」
シロネコが針(と言うより、もはや触手)に追われながらも、サイガに向かって駆けてくる。
針の伸びる速度では、彼女の速度には追いつけない。
「うるせぇ死ね!」
もはや何の捻りもない荒々しい言葉とともに、再び彼の背中から針が飛び出す。
勢いあまって刺さりそうになったシロネコは、慌てながら横に避ける。
「俺の〈伸縮魔法〉は、どんなものでも好きなように伸縮させられる! てめぇらに逃げ場はねぇよ!」
(くっ……まずい……です)
シロネコは、襲い来る針たちを何とかかわしつつ考える。
この針たちがやたら硬く、彼女の爪でも切断できなかったことに対しての「まずい」ではない。
(このままミネコの意識がなくなるのはまずいです……!)
「死ね! 死んじまえ!」
「……うぅ」
彼女の意識は落ちかけていた。
このままでは首の骨が折れるか、窒息死は免れないだろう。
だが、シロネコの心配はそこでもなかった。
「サイガ! やめるです! そのままミネコの意識がなくなったら……っ!」
「アァ!? うるせぇ!」
腕にさらなる力がこもる。
もう、ミネコが意識を保てるだけのそれではなくなった。
だと、言うのに――――――――
「このままッ! 死ね! 死ねェ――――――――――――」
「…………グルルルル……」
「死ねッ! しね! し……ね……あれ?」
サイガの伸びた腕が、なくなっていた。
それを咥えているのは、一匹の大きな猫。
彼をそのまま踏み潰せそうな猫は、そこらの地面に、それをゴミのように吐き捨てる。
「グルルルル……」
「――――――――ミネコは部分獣化は得意なのに、獣化が苦手です。だから戦闘中に気絶でもしてしまうと、制御をなくした獣になって暴れまわる……です」
「シャーーーッ!」
「ってもう……聞こえてない……です」
そこには、一瞬にして巨大猫にタコ殴りされているサイガの姿があった。
すでに顔面がひしゃげており、最初は罵倒が混ざっていたものの、今はもう殴打音しか聞こえない。
「こうなったときのミネコの力は5倍です……ご愁傷様、です」
「フシュー……フシュー……」
黒い体毛から彼の血を滴らせる猫は、雨空に向かって雄叫びをあげる。
また一つの戦場で、一つの戦いが決着した。
少し物足りなさがありますね……うむむ




