65 魂に刻まれたこと
お騒がせしました、投稿を再開します。
『節、私はお前に伝えなきゃいけないことがある』
真っ白い空間に、まだ幼い男の子と、その母親らしききれいな女がいた。
俺は浮いていて、二人を上から見下ろしている。
ここはどこなのだろうか?
二人を見ていると、不思議と頭が痛む。
まるで、無理やり記憶を掘り起こされているような――――――――。
――――――そうか、これは……俺が、セツでも、雪でもなかった時の記憶。
大食いに食わせてしまった、俺の前世。
『と言っても、今伝えたところで忘れちまうだろうからな……そうだ、魂に刻んどいてやるよ』
母親は、幼い俺の胸に手を置いて話しだした。
『……お前は私の息子だ。そのせいで、これからいくつもの苦難にぶつかると思う。選択が必要なときもあるだろうし、命を奪わなきゃいけないときも来るだろう。でも、お前は自分のしたいことをしろ』
母親の声が染みこんでくる。
自分を造っているパーツを、ひとつひとつ確認させられているような気がした。
『ぶっ飛ばしたいやつをぶっ飛ばして、守りたいやつを守れ。お前はそれができるくらい強くなる』
気持ちのいいくらいの悪い笑顔で、母親は言った。
『けど、その中でお前は一つの約束を守らないといけない』
そう言いながら、もう片方の手を頭に置く。
母親はゆっくりと幼い俺の頭を撫でながら、続けた。
『お前は、「人」の命を一つ、死ぬまでに一つだけ奪って背負わないといけない。そうしないと、お前は――――――になれない』
一瞬ノイズが走り、少し聞き取れない部分があった。
一番重要なところじゃないのか……そこ。
『殺さないのもダメだし、殺しすぎもダメだ。殺さなきゃ、お前の魂は死とともに消滅する。逆に殺しすぎれば、お前はただの罪人に成り下がり、私が引導を渡してやらないといけなくなる。そんなの嫌だろ?』
幼い俺には何のことか分からない。
当たり前だ、今の俺にも分からないんだから。
「ま、お前は約束を破って二人殺しちゃったんだがなー」
「ッ!?」
気づくと、俺の意識は幼い俺の中に入り込んでいた。
女のしゃべり方も、過去のものではなくなる。
こいつは、今の俺と話している。
幼い俺ではなく、今、「人」を二人殺してしまった俺と……。
「二人の命を奪ってしまったお前は、私の手で死に導かないといけない。なぜそうしなければいけないのか……分かんねぇだろ?」
「……当たり前だ」
「分かんなくていい、どうせお前はここでお陀仏だ」
女の細い腕が、俺の喉元に伸びてくる。
少し冷たいくらいの手だった。
この幼い身体では、その手を払いのける力がない。
だとしても、俺はもがかないし、逃げない。
こいつ……この人が終わりと言ったのなら、俺はもう終わりなのだ。
「……あんま痛くしねぇでくれ、お袋。こんな歳でも、痛みは嫌いだ」
「ふん……思い出してもねぇくせに……よく母親なんて呼べるな」
「記憶にはなくても、あんたが母親だってことはすぐ分かるさ。記憶にはなくても、あんたの腹から生まれたことも、あんたのくれた言葉も、あんたの教えも、全部俺の魂に刻まれている。あんたが刻んだんだろ?」
魂なんて、正直あるかどうかなんて曖昧だ。
それでも、俺は前世の記憶を失ったのにもかかわらず、覚えている。
この人を、母親だと覚えている。
心よりも、記憶よりも更に深いところで。
「何で忘れてたんだろうな……俺が人を殺さないのは、お袋が原因だったのか」
「……お前にこの話をしたのは、この身体のときだったからな。記憶で覚えていないのも無理はない。それでも魂が覚えてるはずだがな」
俺の胸に触れているお袋の手を見る。
そうか……こうして刻み込んでくれてたんだな。
「……俺は……あんたの言いつけを破っちまったんだな。じゃあやっぱり……消されちまっても仕方ねぇか……」
正直、ことの大きさはまだ理解できていない。
なぜ俺だけ二人殺してはいけなかったのか、肝心な部分が聞き取れなかったせいで、納得ができていなかった。
でも、逆らう気になれない。
多分、逆らったところで、お袋には勝てない。
この人は、俺たちと同じ所に立っていない。
「やるなら一思いに頼む……できるだろ?」
「……っはは! やっぱりお前、私の息子だ」
お袋は俺から手を離し、あぐらをかいて膝を叩いて笑う。
ものすごく男勝りで、それでいて親らしい。
「お前を消すなんていつだってできらぁ。ちょっと昔話しようぜ。お前が失った記憶を取り戻させることはできないが、私……いや、家族とどんな生活をしてたかを話してやる」
「……ああ、頼む」
どうせここで終わりなら、最後に自分のことを聞きたい。
俺が「人」だったときの話を。
ああ……もうどうでもいい。
後のことも、あいつらのことも……全部――――――――――――
――――――――――――――どうでもいい。
「〈飛槍〉!」
サイガの突き出した槍から、魔力の刺突が飛び出す。
シロネコは身を捻ってそれをかわすと、その懐に入り込んだ。
(なっ……やっぱ速ぇ)
がら空きの胴に向かって振られる爪を、サイガは無理やり引き戻した槍で防ぐ。
甲高い音とともに両者弾かれ、お互いに距離を取った。
「ふしゅー………」
ゆっくりと止めていた息を吐いたシロネコは、ゆっくりと神経を研ぎ澄ましていく。
わずかにシロネコの方が強いことをサイガも理解しているため、迂闊には跳びかかってこない。
それは彼女にとってありがたいことであり、少しずつだが、ミネコの方に意識を向けることができていた。
(まあ心配する必要もないです……)
彼女の視界の隅で、ミネコがクロイヌの腹を蹴り飛ばしている姿が写った。
「がはっ……」
「はぁ!」
強力な飛び蹴りを腹に受け、クロイヌが怯んだところを、追撃の上段蹴りがとらえる。
ミネコの驚くべきところは、飛び蹴りをしたせいで浮いているにも関わらず、身体の捻りと筋力だけで追撃を叩き込めるところだ。
そして無様に地を転がったクロイヌと違い、ミネコはしっかりと着地する。
「調子に乗るな……猫風情が! 〈炎術・砲弾〉!」
「そういうあなたは犬じゃないですか……」
クロイヌは身体を起こし、巨大な炎弾を撃ちだす。
真っ直ぐと自分に飛んで来るそれを、ミネコは冷静に眺め、直ぐ様見極めた。
「〈重脚〉!」
魔力のこもった回し蹴りが、炎弾をとらえる。
真横からの衝撃を受け、炎弾は彼女に当たらず横に逸れて飛んで行った。
「……砕けないですか……私ももっと修行が必要だなぁ……」
「くっ……」
クロイヌは内心焦っていた。
奥の手はあるとは言え、この状況でかなり押されてしまっているため、このまま押し切られてしまう可能性があるからだ。
だからと言って奥の手を使ってしまい、仮にも仕留めきれなかったら、彼女は確実に負ける。
少なくとも、ミネコの動きを止めなければ話にならない。
(癪ですが……サイガに協力を要請して――――――――――)
「うおぉぉぉ!?」
「……何してるんですか?」
突然、彼女の横にサイガが落ちてきた。
息を切らしており、全身に細かい傷を負っていることから、相当攻められていたことが分かる。
「ッチ……全身引っかき傷だらけだちくしょう……」
「情けないですね」
「お前こそ、ずいぶんと焦ってるじゃねぇか?」
「ッ! ……うるさいですよ」
サイガが落ちてきた後、少し遅れてシロネコがミネコの横に着地する。
当然だが、彼とは違い無傷である。
「何で飛んで来るんですか、姉さん……」
「空中戦です。それより、あのサイガとか言う男、なかなかやるです」
「……みたいですね」
姉と戦い軽傷で済んでいる時点で、サイガの実力は認められている。
そしてもちろんシロネコも、ミネコと戦ってまだ倒れていないクロイヌの強さは認めていた。
「……長期戦はまずいかもです」
「え?」
「やつら、絶対何か隠してるです。せめて……クロイヌだけでも仕留めたいです」
「……分かりました」
二人は眼光鋭くクロイヌを睨む。
「あれ、やるです」
「はい」
静かに構える二人の猫少女の殺気は、常人であれば気絶してしまうほどの迫力があった。
クロイヌとサイガも思わず一歩下がってしまうほどに……。
「作戦名、にゃんにゃんかくれんぼ――――――――です」




