5 三人目と三日
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「――――――うげっ……くせぇ」
俺はかつてのお供の最後の一人、ティア・アムレートが居るという、城の魔法研究所へと来ていた。
扉を前にしていかにもヤバそうな雰囲気が漂い、入るのに随分躊躇われたが、意を決して扉を開けた俺を襲ったのは異臭、異臭、異臭――――――
けれど不思議と懐かしい異臭だ。確か当時のあいつの衣服にも似たような臭いがついていた気がする――――――こんなヤバイ規模ではなかったが
思わずむせ返りそうになり、俺は風魔法で自分から臭を遠ざけた。僅かに俺の衣類に染み込んでしまったのはもうどうしようもないが、かなりマシになった。
ようやく周りが見渡せる余裕が出来て、俺は目当てのあいつを探す。
改めて見ると随分広い部屋だ。全体的に薄暗く、天井には歪な形をした植物が吊るされ、魔力を保存するのに使う魔石が所々に転がっており、謎の液体が入ったガラスの器、ビーカーか?それが適当なテーブルの上に並べられている。一つ倒れているのがあり、中身がポタポタと滴っているのだが、その液体が床に当たった瞬間ジュウという音が聞こえてきた。酸なのか?あの中身は酸なのか?
そのビーカーらしきものがたくさん乗ったテーブルの向こう、そこに俺の目的とする女がいた
女は椅子に座り、散らかった机でなにやら作業に取り組んでいる。
俺が声を掛けるため近寄ろうとすると、女は突然後ろに振り返り俺の目を見てきた。
紫の髪を背中の中心辺りまで伸ばし、無表情に近い瞳、薄く赤みを帯びた綺麗な唇――――――そして圧倒的に幼い顔立ち、体。それに不釣合いな大きめの白衣、その下にラフな白シャツ。
五年前と変わらない、これが俺のお供だった最後の一人、〈魔導博士ティア〉の姿だ。
そんな彼女が俺のことをじーっと見つめてきている。
目を決して離さないままティアは口を開いた。
「ん……久しぶり、セツ」
――――――思わず驚愕した。俺の体は生まれ変わり昔より貧相だ。髪もいまだに切りそろえてはいないから目元すらまだ隠れている……まあ目が隠れてなくても顔立ちが違うんだから初見でわかるはずがない。
「なんでこの身なりでわかんだよティア」
「セツ、私は〈魔眼〉持ち、長く旅をしたあなたの魔力を間違えるはずがない」
そういや……そうだった――――――彼女は世にも珍しい魔眼というスキル持ちだった。
魔眼とはその名の通り魔法の込められた眼のことを指し、その込められている魔法によって様々な効果を発揮する。
例えばティアの場合ならば、眼に魔力を視界で捉えることができる能力が込められている。一見地味だが、物陰が多いところでは隠れようにも魔力だけを視界に捉えられてしまい、奇襲対策なんかにはもってこいだ。旅をしていたときも彼女の眼には随分と助けられている
ちなみに王女の使ったチャームアイは誰でも才能と訓練次第で誰にも使える技だ。魔眼とは主に生まれた時から存在する唯一無二の力のことを言い、チャームアイのような万人が使えるものは魔眼とは呼ばない。
魔眼は強力なものが多いが、その数は多くない。それゆえどうにも魔眼持ちが生まれてくる原因は五年前の時点では不明だった。
「だがお前変わってないなぁ……相変わらずロリっ子じゃねぇか」
「む、これでもちゃんと少しずつ背は大きくなってる。魔法使いが成長しにくいだけ」
「魔法使いは老けにくいのか?初めて聞いたが…まあそう言うなら伸びてんだろうな、いくつ?」
「0,5mm」
「そういうのを誤差って言うんじゃねぇの?」
俺の言葉を聞くと、ティアは不機嫌そうな顔をして俺をぺちぺちと叩き始めた
「うるさい、相変わらずセツは意地悪、全然変わってない」
「おうおう悪い悪い」
背が低くて今世の俺の体でも胸元あたりにテイアの頭が来ている。細い手でぺちぺちと胸を叩いてくる姿は、五年経った今でも当時のままで、それはつまり子供っぽいままと言えた。
「相変わらずだな、お前も」
「当然、私はそう簡単には変わらない。それより……セツが召喚でこっちの世界に戻ってきたのはエルカから聞いてたけど、どうしてここへ?」
「ああ、お前が俺をまた呼び出すために必死こいて研究してくれてたみたいだから……一応礼を言おうと思ってな」
「ん、その程度ならなんでもない。またセツに会えるなら安い消費だった。」
そう言われると嬉しいものは嬉しいのだが、やっぱりむず痒いものがある。
俺はなんとなく居心地が悪くなり、顔を振って昔やっていたように彼女を脇下に手を入れて持ち上げ、俺が椅子に座り、その膝の上にティアを座らせた。
なんの抵抗もなくここまで流されたティアは、俺の体を背もたれに寄りかかってくる。
「ん、やっぱり体つきも変わってるけど、この居心地はセツだ」
満足そうな顔をして体を預けてくる。旅の時はよくこうして木陰で休んでいたものだ。
「そうだ、この国に強制送還されたあとにどうしたのか聞きたい」
「? なんで?」
「見た目が変わっていることとか結構気になってる。エルカそこまで教えてくれなかった」
「ああそうか……別にいいぜ」
俺はティアに何があったかを包み隠さず伝えた。
転生したことや、なんとか戻ってこようと方法を探してたこと、召喚された状況のこと――――――
「セツの世界じゃ15年以上も経ってたことになるんだ。こっちは5年なのに」
「そういえばそうだな……」
まあ異世界の時間進行が同じってのはありえないと言ってしまえばありえないんだろうな。なんたって世界単位で違うんだから。
ここで俺は伝えなければいけないことを思い出し、改めて口を開いた
「あ、俺近いうちに――――――」
「国を出るんでしょ?」
「だからなんでお前らわかんだよ……」
セツが言い出しそうなことだから――――――そうティアは言う。
そんなに俺はわかりやすいかよ……
「あの人たちに会って戦争終わらせるところまで読めてる」
「エスパーかてめぇ……」
「でもそのことでちょっと忠告しなければいけないことがある――――――」
「ん?」
「それは――――――」
あれから数十分後、話し込んでいた俺は頃合を見計らってティアの研究所から出た。最後に彼女が「これで普通の魔法の実験に専念できる」と言っていたのが印象に残り、少し申し訳ない気持ちになっていた。俺のために時間をずっと使ってくれてたわけだ、やっぱりそのうち何かしてやろう。エルカにもグレインにも。
それともう一つ、ティアが忠告してきた一つの心配事について――――――
「……出来れば間違いであって欲しいぜ……全く」
俺は傾き始めた日の光が照らす長い廊下を、自分の部屋に戻るべく歩き始める。
俺の頭の中には、前回一緒に召喚された男の顔が浮かび上がっていた――――――
その日の夜――――――
皆が寝静まった頃、俺の部屋を訪ねてきた奴がいた
「――――――入ってもよろしいでしょうか、セツ様」
「ああ、待ってたぜ、エルカ」
失礼します――――――と言い入ってきたのはシャツに短パンというラフな格好をしたエルカ。
俺は椅子に座るよう言い、自身はベットに座った。やらしいものを想像したやつらにはすまない、今回はそんな甘いものじゃないんだ。
「話はできたか?」
「はい――――――セツ様の狙い通り、王と王女にあなたを追い出すという結論を出させることができました」
「そうか、よくやった」
仕事をこなしてくれたエルカを素直に褒める。
「明日、セツ様を呼び出し伝えるそうです。猶予は今日を抜いて残り三日です」
「それまでに出てけってことか、了解した」
「……セツ様?」
「あん?」
エルカはなんとなく納得いかない表情で疑問をぶつけてきた
「どうして力ずくで出て行かないのですか?そうすればこんな自分の地位を陥れるようなことしなくても……」
「どっちみち陥れるだろそれ……」
まあそれはともかく、確かにエルカの言った方法は簡単で確実だ。なんたって俺にはそれができる力がある。
「でもダメなんだ、それじゃ」
「なぜでしょうか……?」
「簡単だ、追っ手をつけられるからだぜ」
「追っ手……?」
ある程度の面目を保つために、この国は俺たち召喚された人間をそう簡単には手放そうとはしないだろう。だから交渉しても城から出してもらえないのは明白、仮に俺のような役立たずでも異世界人というだけで手放したくはないはず――――――の辺はエルカから聞いた話だ。
こっからが俺の考え――――――だからって国を強行突破しようとすれば、それなりの強さを持っている証明になってしまうわけだ。つまり実力を隠していたってことがバレる……そうなれば考えられる国の対応は二つ
1、国に歯向かった者として俺を指名手配とし、追っ手を出す
2、俺の力を欲しがり、協力を求めるために追っ手を出し、交渉を持ちかけてくる
これはこの国の性格を考えて導き出したもので、別の対応をしてくる可能性は十分にあるが……
「――――――なるほど、確かに追っ手が出される可能性は十分にありますね」
「だろ? 要は後がめんどくせぇからだよ、強行突破しないのは」
「理解しました。ですが現在進行中の方法もかなり手間が掛かっているのでは?」
「ああ、その通りだ」
時間がかかってる面においては、この追い出される方法も随分とめんどくせぇ
「だけどこの方法なら後がめんどくさくならねぇ、向こうから追い出してくれんなら追う理由はないからな」
「そうですが……」
「それに時間はかかるが別にそこまで手間はかかってねぇ、ただ役立たずの振りを続けていればいいだけだしな。それにお前らに顔見せる時間もしっかり欲しかったし」
顔見せたあとに強行突破して抜け出すくらいなら、顔見せてから協力を求めて安全に脱出するほうがよっぽど楽だし、最終的に手間と時間はほぼ一緒だ。
「まあどうしてもなら強行突破するつもりだったし、上手く追い出されることになってよかったと思うしかねぇな」
「なるほど……ようやく納得することができました」
「そりゃよかった――――――あ、そうだ」
会話の途中にふと浮かんだ疑問を、何気なく聞いてみる
「なんて言って王たちに追い出す考えを押し付けたんだ?」
「そりゃもうセツ様の悪口を言って……」
「ほう……なんて言ったか言ってみ?」
「えっと……『あれはどうしようもない役立たずだ』とか、『あんな役立たずに少しでも労力を使うのがもったいない』とか、『あんな役立たずが城にいるのが我慢できない』とか……」
……………
「あぁん……そのジト目いいですぅ……」
「はぁ……てめぇ主人のことをよくもまぁ……」
「だってセツ様がそう言えって言ったんじゃないですかぁ!」
まあ確かにそうなんだが…うぐぐ、自分が言わせたはいいが結構悲しいものがあるな……親しい奴に役立たずと言われるのは
「……まあいいや。とりあえずエルカ、よくやってくれた。かなり助かったぜ」
「いえいえ……ですがあと数日でまたセツ様と離れ離れなんですね…」
「まあ…な」
エルカ、グレインには勇者育成の仕事が残っている。そんな中付き添わせれば、それこそ追っ手が出てしまう。ティアも国お抱えの魔術師だ。居なくなれば相当問題になる
「連れていけないのはしゃーないんだ、申し訳ねぇな」
「いえ、立場はわかってますから――――――そろそろ夜も更けてきましたし、私は部屋に戻ろうと思います」
「ああ、今日はわざわざ遅くにありがとな」
「ふふっ、セツ様は普段面倒くさがりですがお優しいですよね。もっと私たちを使っていただいていいのに」
椅子から立ち上がったエルカは微笑みながら言う。
「別に優しくしてるわけじゃねぇんだが……」
「充分お優しいですよ?私としてはもっと頼って使って欲しいです」
「……興奮するからか?」
「はいっ!」
こいつ…顔がマジだ。
嘘偽りないその表情はもうなんというか末期な感じがする。
「はぁ……あいつらに会って帰ってきたらいくらでもこき使ってやるから、今日はもう寝ろよ」
「絶対ですよ!! あなたに命令されるのがいいんですからね!」
そう言いながら部屋の出口へ向かっていくエルカ――――――
彼女はドアに手をかけながら、振り返って口を開いた
「セツ様……あの方の話は聞きましたか?」
「……ああ、ティアからな」
「そうですか――――――いえ、すみません聞いてみただけです。おやすみなさい、セツ様」
「……おやすみ」
エルカが出て行ったあと、俺はエルカの言ったあの方について考えていた
「……何考えてんだか…
あいつはもう――――――死んだはずだ」
城の廊下、セツの幼馴染である夕陽は、セツと約束したことを考えて眠れなくなり、城のあちこちを散歩していた
(ユキくんとおでかけ~♪)
今からその時のことを考えていると、夕陽は不思議と高揚した。
彼女の中でセツの存在は相当に大きい、だがその理由を彼は知らない。
上機嫌で城を闊歩していると、目の前の扉が急に開いた。
(うわ! こんな夜中に私怒られちゃう!!)
夜中に出歩いていたことを、人によってはとやかく言ってくるだろうと予想した夕陽は物陰に身を潜めた。咄嗟に気配を消し、見つからないように努める。これくらいの技術、才能あふれる彼女からすればいとも容易いことである。
扉から出てきたのは、彼女とは違う場所の訓練場にいるクラスメイトを鍛えているエルカという女だった。グレインと同じレベルの実力者――――――そういう認識が夕陽にはあった
(エルカ……って人だよね?こんな時間にどうしたんだろ…)
「――――――なさい、セツ様」
(!!)
確かに今……セツ様って――――――
夕陽は困惑した。セツ――――――つまり彼女にとってはユキくんの部屋から、女の人が出てきたことになる。残念ながらセツという名前はクラスメイト中彼しかいない。
(どういう関係なの……ユキくん)
夕陽の中で、疑問と不安がうずまき始めた――――――
修羅場の可能性




