54 操縦魔法
長らくお待たせしました!!
「二人とも、あっさり倒しすぎ」
「ティアどの……」
「全員もっと下がってて、巻き込まれる」
「くっ……はい」
先ほどから突進を仕掛けてくるデスリザードを、ティアは片手だけで作り出した防護魔法陣で押さえ込んでいた。
彼女の上空には飛竜もおり、口の中に膨大な魔力を溜めている。ブレスの前兆だ。
ほかの兵士を庇っている状態で、さすがにそれを受け止めるほどの度胸は彼女に無く、兵士たちを後ろに下がらせた。
何もできない兵士たちは悔しげな表情を浮かべている。
『グルルル……』
上空の飛竜のブレスがどうやら溜まったようだ。
首を大きく後ろへ反らし、吐き出す体制に入る。
「口から吐き出されたものなんかかぶりたくない……――――――拒絶の力、反らす流れ、流動を止め、全てを弾く壁とならん――――――〈反射魔法陣〉」
『ガァァァァァ!』
ブレスが放たれると同時に、ティアの高速詠唱による防護魔法陣が展開される。
防護魔法と呼ばれるこれらの魔法たちは、この世界で身体強化魔法と同じくらいに大切だ。
それは性能という意味もあるが、その他に生き方をも左右するからという意味もある。
基本的に、人はまず属性魔法を学び、その後強化魔法か、防護魔法のどちらかを選択するのだ。
強化魔法を選択した者は、体を使う魔剣士の道が一般的になる。
エルカなどがその例だ。
逆に防護魔法を選択した者は、魔法をその場で撃ちまくる完全遠距離タイプの魔術師の道が一般的になる。
身体強化などせず、魔法陣で壁を作って敵の攻撃を防ぐのだ。
ティアはまさしくこのタイプである。
自分は滅多に動かず、その場で敵を焼き、撃ち、刺す。
相手からの攻撃は防護魔法で防ぎ、再び撃つ。
これがティアの戦い方である。
ちなみにだが、グレインはそもそも魔法の適性があまりなかったため、魔力コントロールによる身体強化魔法だけを覚えている完全な剣士だ。
間違っても氷なんて出せないし、魔法陣すら展開することができない。
「返すよ、全部」
〈反射魔法陣〉に当たった飛竜の火炎玉は、甲高い音とともに見事に跳ね返り、飛竜を直撃した。
火竜種なだけあって炎でダメージを負うことはないが、少しばかり驚いているようにも見える。
「……あなたたちの強さは把握した。そろそろ私も終わらせる」
相変わらず魔法陣に体当たりしかしてこないデスリザードと、再びブレスを溜め始めた飛竜を見て、ティアはそっとため息をつきながらも詠唱を開始した。
それは口で、そして空いている片手で。
「雷鳴轟く天、厚く重なる雷雲、全てを震わせる神の怒りのごとく、動かぬ心、冷酷な我の眼、今貫かれ死に絶える者を看取る――――――」
『風の一閃、身を切るほどの鋭き一閃、不可視の一閃、音速の一閃、その一閃に集約させる生命を断つ刃、願いは一つ、敵を斬れ――――――』
ティアの口が言葉を紡ぎ、魔力の光が灯った手が宙に魔法陣を書き込んだ。
執筆詠唱――――――言葉が紡げない時などに、高位の魔術師が使用する高等技術。
口で言うのではなく、指で空中に魔法陣を書き込むのため、当然発動までの速度は圧倒的に遅い。
しかしティアの場合、口での詠唱を遅くして手の動きの方に合わせて魔法を完成させても、時間が余る。
この世界において、誰であろうと、あのセツや冬真であろうと、彼女の詠唱速度を上回る存在はいない。
「――――――〈雷神の裁き〉」
『――――――〈風神の一閃〉』
その後はまさしく一瞬。
突如現れた雷雲から雷が落ち、飛竜を貫く。
魔法陣から放たれた見えない風の刃が、デスリザードを両断する。
これらの出来事が、ほんの一瞬――――――
この世で厄災ともされる怪物たちは、一人の少女の手によって散った。
「並行詠唱……」
兵士の誰かが呟いた。
並行詠唱は名の通り、別々の魔法を口と手で同時に詠唱する技術である。
ひと握りの者にしか使えず、まず執筆詠唱ができなければ到底不可能な技だ。
当然セツにもできないが、ティアはさらに上、三列並行詠唱の使い手である。
今回は、詠唱こそしていないものの、防護魔法陣を維持したまま、二つのSS級魔法を詠唱しきった。
魔力が見える魔眼を活かし、トップクラスの魔力コントロール力が成せる技である。
「いっちょ上がり」
ティアはすました顔で、パンパンと手についた埃をはたいた。
「なっ……私のおもちゃたちが……ぜ、全滅?」
「見れば分かるでしょう」
「エルカ、現実逃避ぐらいさせてあげないとダメ」
「これは失礼しました」
もはや……メルアーを守るものは自分が腰かけている魔導兵と、アリゼ・イフリール、その横に佇むもう一体の魔導兵のみ。
彼女の中にはまだ魔物たちがいるが、S級でも歯が立たなかった以上、これ以上の召喚に意味はない。
あれより強い魔物がいれば、とっくに戦わせている。
「何なのあんたら……ほんとに人間?」
「ええ。お慕いしている化物のようなお人と一緒にいただけの、ただの人間です」
「意味わかんない……何? 自力でそこまで強くなったって言うの……? 努力してそうなったって言うの……? 改造も薬もないのに……?」
「……?」
「意味わかんない……意味わかんないよ!」
メルアーは怒鳴り、自分の手首を切りつけ、血で再び黒い穴を作る。
這い出してきた魔物たちは、一斉にエルカたちに襲いかかった。
しかし――――――
「無駄」
彼女たちに近づいた順で、氷付けになり、斬り裂かれ、風に斬られる。
「い、行け!」
メルアーは魔導兵から飛び降り、彼女らに襲いかかるよう命令を出す。
その時にはすでに魔物は全滅しており、死体だけが地に転がっていた。
「悪あがきか……」
グレインの剣が走り、一刀のもとに魔導兵を斬り捨てる。
何もできず、肩口から両断された兵器は、魔物の死体の上で二度と動くことはなかった。
「こんなはずじゃ……私はまだ……」
「お前の事情は知らないが……ここで倒させてもらうよ」
グレインがメルアーとの距離を詰め、剣を振り下ろす。
剣が彼女を斬り裂く寸前、間にアリゼが割り込んできた。
「アリゼっ!」
思わずグレインの剣が止まる。
彼女とセツと過ごした日々がフラッシュバックし、ためらいを与えてきたのだ。
結局、剣を動かすことは出来なかった。
「くっ……退くんだ!」
剣を引き、グレインは蹴りを叩き込まんとする。
しかし、すでに決定的な時間が相手には与えられていた。
アリゼの前にさらに割り込んできた最後の魔導兵が、彼女を庇うようにして蹴りを一身で受ける。
装甲は砕け、深く肉を打つ感触が彼に伝わった。
「やはり……中身は人か……」
グレインが魔導兵を斬った時の感触は、無機物を斬ったものではなく、確実に人を斬ったそれであった。
確信が持てない――――――いや、持ちたくなかったが、これで確信に変わってしまう。
そして、肌に触れ、肉感を感じたことでさらなる事実が浮かぶ。
これは魔族の体……おそらくアリゼのように無理やり人間側として戦わされ、こんなカラクリの中に閉じ込められているのだろう。
今まで見てきた魔導兵たちのサイズは一緒であったが、普通の魔族が中にいるとして、もしかしたら子供もいたのかもしれないとグレインは予想した。
怒りが湧き上がる。
しかし、その思考時間が命取りだった。
「グレイン!」
「っ!」
アリゼがレイピアを構えている、
グレインは、彼女のレイピアが相当洗練されていることを思い出した。
エルカの声で気づいたが、もはや防御では間に合わない。
「よし!」
メルアーが声を上げる。
思わず拳を握ってしまうほど、そのアリゼの突きは完璧なタイミングだったのだ。
胸にレイピアが突き刺さる――――――そう思われた次の瞬間、グレインの体は地を転がっていた。
「エルカ!」
「油断しないでください! ……っ」
エルカが間一髪でグレインを突き飛ばし、剣が貫くのを防いでいた。
代わりに彼女の肩にレイピアの先端が掠り、肉が抉れて血が出ている。
「すまない! 傷は!?」
「浅いので大丈夫です、それより……」
「あはっ……あはははははははははは! あはははははは!」
メルアーが笑っていた。
狂ったような、恐怖を感じさせるような笑い。
決定的なチャンスを逃したアリゼに、ピクピクとしか動かない魔導兵――――――どう考えても絶望なはずであるのに、彼女は笑うのをやめない。
まるで勝ちを確信したかのように、笑う。
「なにかおかしなことでも?」
「あー笑った笑った……いやいや、これで私にも勝機が見えてきたと思ってね。欲を言えばもう少し深くつけてほしかったんだけど……」
「一体何を――――――」
「〈操縦魔法〉―――――――――〈人形遊び〉!」
「っ!? ユニーク魔法!?」
グレインはすぐに身構えた。
メルアーが使った魔法が、ユニーク魔法だと気づいたからだ。
ユニーク魔法はこの世で一人しか持っていない貴重なものであり、そしてものすごく強力なものでもある。
だからこそ警戒したのだが、メルアーは片腕を突き出したまま、何も起こらない。
それ故、ハッタリか……と、グレインは拍子抜けしてしまった。
言い換えると――――――気を抜いてしまった。
「グレイン! 横!」
「っ!?」
後ろにいたティアが叫ぶ。
次の瞬間、グレインの鎧が砕け、その体に一筋の切れ込みが入る。
そして吹き出す真っ赤な血……。
何が起こったのか分からず、グレインは自分に剣を振ったエルカを見た。
「さあ! 終劇のお時間だよ!」
メルアーの声とともに、エルカは再び剣を振り上げ――――――
――――――膝をつくグレインへと、振り下ろした。




