53 魔物使いメルアー
「うわぁ……ひどいなぁ。せっかく作ったお人形たちを粉々にしちゃうなんて」
魔導兵の大群を倒したエルカたちは、色の違う魔導兵の肩に乗って現れた黒ローブの人物へ剣を向けていた。
いくつもの別の種類の魔力が混ぜ合わされたような気配のそれは、辺りに散らばった兵器の残骸を見て、心にもないような声を上げている。
「操った魔族たちもほとんどやられちゃったし、また補充しないとね」
「あなたの事情は知りませんが……この兵器たちを作り出した本人だと見込んで聞きたいことがあります」
「ん? 何?」
「その魔族の女性はどうしたのですか?」
エルカはそれの近くにいる存在を指して言う。
片腕を失い、綺麗だったであろう赤い髪を泥で汚した魔族の女性。
三人は彼女を知っていた。
しばしの間行動を共にし、いろいろ世話を焼いたため、忘れるわけもない。
「これ? これはね、とある魔族の村に潜伏してた時に見つけたの。強かったから欲しくなっちゃって、お人形さんにしちゃった」
フードを脱ぎながら言うと、彼女のまだ幼くあどけない人間の少女の顔が露になる。
そんなあどけない少女に、三つの濃密な殺気が襲う。
後ろの魔族の兵士たちが思わず尻餅をつくほどに、その殺気は濃く、恐ろしかった。
「あは! あんまり怖い顔しないでよね! ん? もしかしてこの女の子の知り合いだった? このアリゼ・イフリールちゃんと」
「……仲間でしたよ」
「そうなんだ! ごめんねー! でもさ、それならあなたたちも私の操り人形になれば……また仲間になれるよ?」
「っ!」
黒ローブの少女が手を伸ばす。
すると虚ろな目をしたアリゼが動き出した。
片腕を失った状態でレイピアを構え、ぬかるんだ地面を駆ける。
泥に足を取られることなく駆け抜けると、飛び上がり体重を乗せた一撃をグレインへと突き込んだ。
「そんな突きじゃ、僕には届かないよ」
彼はそれを、白銀の小手をつけた手で掴む。
空中で動きを止めたアリゼを、そのまま少女の方へと投げ返した。
「わぁお……この子は私の人形の中でも結構強いのに……さすがは人間の身でありながら、王に近い力を持つ人たちだね」
手加減して投げられたアリゼは、空中で体制を整え、少女の隣に着地する。
そして再び駆け出そうとしたところを、少女が手で制して止めた。
「ストップだよアリゼちゃん。闇雲に向かってっても死んじゃうよ」
アリゼは言葉に従い、レイピアを構えた状態で静止する。
少女は満足げに頷くと、懐から一本のナイフを取り出した。
「一人でダメなら二人で、それでもダメなら数でゴリ押せってね!」
そのナイフで、少女は一切躊躇わず、自分の手首を切りつけた。
「っ!? 自殺でもする気ですか」
エルカたちは驚くが、少女は吹き出す血が地面に落ちるのを、にやけた顔で見つめていた。
血はぬかるんだ地面と降りかかる雨により広がっていき、やがて広く赤黒い地面を作り上げる。
「雨の日は血が広がってくれるから助かるね。あんまり持ってかれなくて済むよ」
少女が傷口に手を置くと、今まで吹き出した血がまるで幻想だったかのように、その傷が跡形もなく消え去る。
それを見てティアが気づく。
「……今噴き出して地面に広がったのは血じゃない……魔力」
「せいかーい! このナイフはちょっと特殊でね、切った部分から魔力を噴き出させるんだ。まあ血管と同じで、部位によって出る量は変わるらしいけどね」
地面に広がった血――――――もとい魔力は、徐々に黒く変色し、やがて真っ黒に染まる。
深く、吸い込まれそうなほどに色を濃くしたそれからは、禍々しいいくつもの魔力を感じた。
いくつもの――――――巨大な魔物の気配を。
「これ、やばい」
「もう遅いよ!」
ティアがいち早くこれの脅威に気づいたが、既に遅く。
少女は地面に呼びかける。
「出ておいで! みんな!」
地が揺れる。
後ろで魔族の兵士たちが慌てる声を聞きながら、エルカはとっさに少女に向けて〈飛剣〉を放つ。
ティアの言動から、これの脅威を悟ったのだ。
グレインほどの威力はないが、恐ろしく整った斬撃が少女に迫る。
しかし、それは真下から突然伸びてきた巨大な腕によって防がれた。
腕に当たったが、両断には程遠く、浅い切れ込みを入れて〈飛剣〉は霧散する。
「この腕……」
グレインは少し下がり、エルカと並ぶ。
巨大な腕は、徐々にその全貌を明かしていき、その醜態な姿を露にする。
黒い地面から現れたのは、全長15メートルはあると思われる赤いゴリラであった。
そして……他にも数体。
「S級魔物のデスコングに、同ランクのデススネーク、デスリザード、加えてSSクラスの飛竜……しかも火竜種か。〈デス〉シリーズが三体も揃うとは驚きだね」
地面から這い出してきたのは、どれも巨大で危険な魔物ばかり。
特に飛竜は、前にアリゼの村でセツが倒した竜よりも強い。
「私ってモンスターテイマーみたいなこともしててさ、一時〈魔物使いメルアー〉ってちょっと有名になったんだけど……知らない? 知らないか」
「……〈魔物使いメルアー〉……闇市で凶悪な魔物を売り出したり、奴隷の人間を魔物に残虐に殺させるショーを開いてたSS級の罪人」
「あれぇ? 私のこと知っててくれたんだ!」
「魔法の研究のために闇市には通ってたから、何度かあなたのことも見た。その黒い地面を見てようやく思い出せた程度だけど。確かそれは〈モンスターホール〉」
「その通り! 私は捕らえてテイムした魔物を体の中に飼ってるの。と言っても、体の中に別区間を作って、そこに隔離してる感じだけどね」
そう言う人物は結構存在する。
例えば武器を体の中に隠すことで、敵を暗殺することができるし、スパイなどには捕らえられた時のためにも必須の技術とも言える。
正確には体内ではなく、魔力で作った異空間、つまりは〈空間魔法〉の一種なのだが、気配に敏感な者であれば、なぜか武器の気配を相手の体内から感じ取ることができ、容易く看破されてしまう。
どう足掻いてもその気配を体内から離すことができずに、今では欠陥魔法の一種ともされている。
異空間とつなげる方法が、魔力か血液でわざわざ〈穴〉を作らねばならないのも欠陥と呼ばれる所以だ。
ちなみにだが、メルアーがセツに近づいた時に怪しまれなかったのは、自分の異空間にいたこれらの魔物たちを別の場所に置いてきたからである。
「なるほど……混ざり合い気味の悪かった気配はそれが原因だったのですね」
それぞれ力のこもった雄叫びを上げている魔物たちを見て、エルカは呟く。
後ろに控えていた兵士たちは、明確な強さをランクとして表されている魔物たちに、すっかり怖気づいていた。
もともと彼らに戦ってもらうつもりはなかったが、逃げることすらできない兵士たちの様子を見て、グレインは静かにため息をこぼす。
さすがのグレインたちでも、この人数を庇いながらS級以上の連中を相手にするのは堪える。
「ティア! 後ろで兵士の護衛を! 前のやつらは僕とエルカで!」
「えー……私も前行きたい」
「後でケーキでも奢るから!」
「従おう」
「ティアはもともと後衛でしょう……」
前線で戦えないことに不満を言うティアをお菓子で大人しくし、グレインとエルカは魔物たちのもとへ駆け出す。
「あなたたちに後でなんてないよ! 行け!」
『ゴアァァァァ!』
突進してくる巨大な魔物たちに、二人は臆さずかかっていく。
ティアは乗っていた縛った魔導兵から飛び降りると、兵士たちの前に立ちふさがり自然体で構えた。
「グレインは正面のデスコングをお願いします! 私はデススネークを!」
「了解!」
少ない言葉でお互いの獲物を確認し合うと、エルカは地を蹴ってデススネークの頭上を舞った。
「縫いつけろ! 〈つらら落とし〉!」
彼女が宙を舞った軌道上に、直径が彼女の慎重に匹敵するほどの大きさの魔法陣が出現する。
華麗に舞ったエルカが蛇を飛び越し着地し、剣を地面に突き立てると、魔法陣から巨大な氷塊が姿を現した。
氷塊の先端は鋭く尖っており、勢いよく飛び出したそれは真下にいたデススネークに突き刺さり、瞬く間に地面に縫いつける。
『キシャァァァァ!?』
胴体にいくつも大きな穴を開けられ、デススネークは悲鳴を上げて悶える。
エルカが突き立てた剣を少し捻りあげると、氷塊も連動して動き、さらに蛇を苦しめた。
数秒後、あっさりとデススネークは絶命してしまう。
「S級程度の魔物で……私たちを止められると思わないことです」
地面から剣を引き抜き、こちらを驚愕した表情で見ているメルアーに、それを突きつけた。
「〈飛剣〉!」
『アァァァ!』
グレインの放った〈飛剣〉が、デスコングの体に切れ込みを入れる。
しかし両断には至らず、コングを苦しめるだけに留まった。
「さすがデスコング、この程度じゃダメか」
『アアァ!』
「おっと」
怒り狂ったデスコングが、その豪腕を振るう。
グレインはそれを潜ってかわし、ついでとばかりに〈飛剣〉を放つ……が、やはり皮膚が硬く、軽く放った〈飛剣〉では致命傷にはなりえない。
「温存してる場合じゃないな……」
怒り狂いがむしゃらに振り回される腕を掻い潜りながら、グレインは剣に魔力をまとわせ、腕に力を込める。
「〈飛剣・斬華〉!」
グレインが一度だけ剣を振った――――――ように見えた。
次の瞬間、デスコングの全身に無数の刀傷が走り、宙に赤い花を咲かせる。
すでに絶命しているようで、デスコングは一度も悲鳴を上げることなく地に伏せた。
「僕の剣は〈光剣〉と呼ばれててね……見えなかっただろう?」
剣を収めたグレインは、倒れたデスコングを見ながら呟いた。




