52 激しさを増す戦火
「む?」
戦場をかわすように進んでいたブラッドは、歩みを止める。
その後ろについて歩いていた夕陽も、釣られるようにして止まった。
「この魔力……ずいぶんと頼もしい連中が来てくれたようだな」
「あ、エルカさんたちだ」
彼らの目線の先、遠すぎてまだ視界に入ってはいないが、その方向ではエルカたちが戦っていた。
夕陽が彼女らのことを知っているとまでは考えが回らなかったブラッドは、独り言気味に呟いた内容に反応され、驚く。
「お前はエルカ・ヴェルソーたちとも知り合いなのか?」
「うん、私を鍛えてくれたのはエルカさんたちだからね」
それを聞き、ブラッドは夕陽の立ち振る舞いに納得した。
エルカ、グレイン、ティアの三人は、かつてセツとともに魔族大陸を訪れた三人組である。
三人の人間とは思えないほどの戦闘力に、当時の五大魔将はもちろんのこと、魔王デザストルですら驚いた。
(あの化物と一緒に過ごしていたと考えれば納得の強さだったが……そんな連中に育てられたとあれば、この女の態度と強さも理解できるな)
「? どうしたの?」
「いや、何でも――――――っ!」
「何? さっきから黙り込んだり怖い顔になったり……」
訝しげな顔で見られつつも、ブラッドは強張ってしまった顔を元に戻すことができなくなっていた。
「お、お前! この気味の悪い魔力が分からないのか!?」
「……?」
「エルカたちのいる方向だ!」
クールな印象を受けた彼が取り乱しているのを見て、ただ事ではないことを察した夕陽は、言われた方向に意識を集中させた。
「……ダメ、私じゃ魔力察知能力が足りなすぎて分かんないや」
「気味の悪い魔力を持った何者かがやつらの方へ向かっている!」
元々、戦闘能力を特化して鍛えられた夕陽は、探知の技術を最低限しか教わっていなかった。
最低限というのは、ダンジョンや混戦において不意を突かれない程度であり、数キロ離れた位置にいる存在を把握できるような高等技術のことではない。
逆になぜブラッドには分かるのかと言うと、彼の頭に生えている角が、高性能の魔力センサーの役割を果たしているからだ。
彼が五大魔将の立場にいるのも、その戦闘技術故と言うよりは、魔力、体術、探索能力、そして多彩なサポート技術故である。
「気味の悪い魔力?」
「まるでいくつもの種族の魔力が混ざり合っているような印象を受ける……例を言えば、あらゆる動物をかけ合わせて作る合成獣が近い」
「キマイラ……」
日本で生活していた間、あまり漫画やアニメと言った娯楽に関わらなかった夕陽にとっては、無縁に近い名前であった。
セツの部屋にあったファンタジー小説を借りた時に、一度だけそんな名前を見たとことがあったと思うが、詳しくは覚えていない。
「得体が知れない……野放しにはできないな」
「エルカさんたちなら大丈夫じゃない?」
「やつらの心配はしていないが……正体を見極めなければ、デザストル様に危険が及ぶかも知れん」
「え!? 行っちゃうの!?」
突然その方向に歩き出したブラッドを、夕陽は慌てて止める。
セツと敵にならないために魔族軍に取り入ろうと思っていたはずが、彼に置いていかれれば両軍を敵に回した状態になってしまう。
そうならないために、ブラッドには魔族の本拠地まで案内してもらう必要があった。
「置いていくとは言っていないだろう。しかしまだ信用が確立していないお前を連れて戦うというのは、何かと気が引ける」
「……まだ信用してもらってなかったんだね」
「人間というのは中々狡賢いからな、これまでのお前の行動が、全て魔族を内側から崩すための作戦の内かもしれん」
「……」
「はっきり言って共闘はしたくない。ある程度の信用が欲しいなら……そうだな、少しやってもらいたいことがある」
「ん?」
ブラッドは振り返り、今まで歩いてきた方角を指した。
相変わらず夕陽の探知能力は高くないため、その方角を示されただけでは何も分からない。
「どうやらお前の元お仲間のようだぞ? ずいぶんと厄介そうな連中を連れてきてくれたな」
「……あちゃー……次郎くんもう見つかっちゃったんだ」
砦からかなり離れたところに転がしておいたため、もう少し発見が遅れるという彼女の予想は、ことごとく覆された。
「まだかなり遠いが、余計な詮索を受けぬようにと慎重に進んだ俺たちと違い、連中は真っ直ぐ戦場を突っ切っているようだ。これではすぐにでも追いつかれるぞ?」
「……なるほど、私に足止めしろって言ってるんだね?」
「いや、足止めではない。戦闘不能にしろ」
「……」
「殺せとは言わん。何しろ、さっきの男も殺さなかったようだしな、お前とて情はあるのだろ?」
殺さなくともいい――――――とは言われたが、彼のニュアンスでは、半殺し程度に痛めつけろと言われているように思えた。
かつての仲間を殺すのにはさすがに抵抗があったため、仮に夕陽が殺せと言われていたら、おそらく断っていただろう。
それで信用してもらえなくなったとしても、その時は別の方法を考えるまでだ。
彼女の心は、まだ修羅ではない。
情という鎖が、夕陽を縛っている。
それに縋りつつ、同時に、それを疎ましく思う。
(ためらいを覚える自分が恥ずかしい……こんなんじゃユキくんには追いつけない)
夕陽は自分に憤りを覚えた。
エルカから提示された目標に、一歩たりとも届いていない自分に。
ためらいを覚える自分に。
「――――――分かった。やるよ」
「……そうか。道中でここに兵士を呼んでおく。お前の戦いっぷりはそいつらから聞くとしよう」
「……」
「任せたぞ」
ブラッドは夕陽に背を向けて走り出す。
すでに彼女の目線は、追ってくる過去の仲間、心の鎖たちへと向いていた。
「さてと――――――軽く焼き付くしちゃおっと」
軽く呟いた夕陽であったが、その目は真剣そのもので、そしてどことなく、セツの面影を宿していた。
戦火は激しさを増し、いずれこの場ですら激しい戦の炎が包み込むだろう。
戦争は、いよいよ大詰めへと差し掛かっていた。
「はぁ……はぁ……くそっ!」
「あれ? この程度?」
「何とも呆気ない。これでは期待外れもいいところだ」
その男、カゲロウは、膝をついて息を上げていた。
体には大きな傷もないが、無数の小さな傷があり、それに対して五大魔将の二人は息一つ荒らげていない。
「まさか……分身体でもないこの本体の俺が押されている……!? 前の貴様らにはこんな力なかったはずだ!」
「そりゃ……わしらとて、あの時は本気じゃなかったからな」
そう言い、イデスとリリーはそれぞれ拳と、持っていた杖を見せる。
イデスの拳にはめられたグローブには、複雑な魔法陣が浮かび上がっており、リリーの杖には単純故に強力な魔力増強の魔石が組み込まれていた。
「なるほど……それが貴様らの武器か」
「あの時は結婚式ってのもあったし、警戒されないために持ってなかったからね」
「久々に全力が出せて、わしの〈メ・リケンサック〉も喜んでいる」
彼ら、五大魔将には、それぞれ持ち味を活かすことに特化した武器を、魔王デザストル直々に制作し、与えられている。
ブラッドには赤いナイフ、〈凝血刀〉
リリーには白い杖、〈白合の杖〉
イデスには突起と魔法陣の組み込まれたグローブ、〈メ・リケンサック〉
一つ一つが国宝級の一品で、素材すらもデザストル自ら出向き集めたものだ。
これを手にして戦う彼らは、素手の時に比べて文字通り、一回り違う。
「さて、わしらも暇ではない、そろそろ決めさせてもらうぞ」
「っ!」
イデスがカゲロウに向け拳を放つ。
空気が破裂すると言った表現が合うように、見えない衝撃が空間を駆けていく。
カゲロウは跳んだ。
と同時に、リリーは杖から魔法を放つ。
「〈炎槍・連射〉!」
無数の魔法陣が一瞬で現れ、それらからさらに多くの〈炎の槍〉が怒涛の勢いで放たれる。
〈炎の槍〉は弱い魔法ではない。
それに本来〈連射〉は、初歩の魔法である〈火の玉〉などにつける応用魔法である。
そんな二つを組み合わせた彼女の魔法は、王ですら目を見張るものだ。
「くそっ! 〈影の壁〉!」
イデスの攻撃を避けたばかりでかわすことを諦めたカゲロウは、自分の影から真っ黒な壁を生やす。
相当頑丈な壁のようで、当たった〈炎の槍〉はすぐさま霧散していく。
だが如何せん……量が多い。
「それそれ! まだまだあるよ!」
数の暴力とはこのことか。
槍の雨は途切れることなく壁を打つ。
対して壁の方は、徐々に表面を削られ、やがて穴を開ける。
「チッ!」
ついに一本の炎の槍が、壁を貫き止まる。
眼前で止まった槍を見て壁の崩壊を悟ったカゲロウは、後方へと駆け出した。
何とか魔法をかわしきり、その射程の外へと出ようという考えだ。
しかし――――――
「背を向けて逃げるなどと……男ならば正面から迎え撃て!」
「ッ!?」
回り込んでいたイデスが、カゲロウに拳を叩きつける。
とっさに身を捻り直撃は免れたものの、少し触れただけで彼の体が軽々と吹き飛ばされた。
「いらっしゃーい」
「しまっ――――――」
吹き飛ばされたカゲロウは、再び炎の槍の範囲内に入ってしまう。
殴られたダメージと、体勢を崩してしまっているため、彼はよけられない。
〈炎の槍〉が直撃し、轟音が響いた。
確かな手応えを、リリーは掴む。
「がっ……はぁ……はぁ……なるほど……ここまでやるとはな」
カゲロウは両腕を地面につき、火傷だらけの体を見下ろした。
ダメージは大きく、激痛が体を蝕む。
「さて……これ以上苦しむのも嫌だろう。そろそろ終わらせてやる」
「はぁ……はぁ……そうだな、そろそろ……終わらせなければな」
ダメージは大きく、立ち上がることすら辛い――――――だが、彼の目は勝利を確信していた。
その表情に、二人は思わず構える。
勝利を確信していた彼らは、その考えを改め、最大限の警戒をカゲロウに向けた。
「何言ってるの? 諦めたの?」
「ああ……諦めた。このまま貴様らを殺すということをな……正直ここまで苦戦するとは思っていなかったが……これを使わざるを得なくなるとは」
そう言って、カゲロウは腰の剣を抜いた。
そしてイデスとリリーは驚愕する。
自分たちが優勢であったはずだった。
だと言うのに……その漆黒の刀身を見て、己の本能が恐怖している。
「――――――〈限界突破〉」
この瞬間、彼らの中にあった勝利のビジョンが、完全に崩壊した。




