51 動きだし
投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
三章始まります。
人類と連合軍の戦争は、突然激化した。
連合軍が攻め、人間軍が守るという状況は一瞬にして崩壊し、まるでそれまで力を溜め込んでいたかのように、人間たちは一気に魔族大陸へと進軍していく。
結果、兵を送り込むためのワープ装置、〈ゲート〉が設置され、魔族軍はあっという間に防衛側へと回った。
獣人が参戦できない状況で、連合軍としての機能はほぼ停止し、魔族は少しずつ王都であるイビルバロウへと押し込まれ始めている。
戦力の欠損……人間側についた元勇者の冬真率いる黒ローブの連中に、対抗できる戦力がいないせいだ。
しかし、今この時、人間の戦力に対抗できうる戦力が、魔族大陸に到着しつつあった。
アリゼ・イフリールは、魔導兵の集団と戦場を徘徊していた。
魔族を見つければ問答無用で殺戮し、その体を返り血で赤く染め歩く。
しかし、そんな彼女も、現在魔族の兵士たちに囲まれ、年貢の納め時を迎えようとしていた。
「よし! もらった!」
かかっていく兵士たちが彼女のレイピアのサビになっていく中で、それをくぐり抜けた一人の兵士が、アリゼの腕を肘から斬り飛ばす。
腕を失うと、人はバランスを崩される。
肩ごと持っていかれるよりはまだましではあったが、確かにアリゼはその体をぐらつかせた。
「行け! 今攻めろ!」
「これで裏切り者の魔族は最後だ! くたばりやがれ!」
兵士たちは、鬼の形相でアリゼへと斬りかかって行く。
彼女の他にも、裏切り者とされる魔族が数十人この戦場にいた。
それらは早い段階で切り捨てられ、残るはアリゼ・イフリールただ一人。
だが、その最後が強い、強すぎる。
短い間ではあったが、彼女はあのセツの弟子だったのだから――――――
「か、カラクリがそっちへ行くぞ!」
兵士の剣がアリゼを捉えかけた瞬間、彼らはその剣ごと太い腕で薙ぎ払われた。
一体の傷ついた魔導兵が、彼女を庇うべく立ちふさがっている。
「ラ……メ…………ル」
「おい! カラクリどもを押さえる連中は何をしている!」
「だめだ! 全滅してる! やつらが来るそ!」
アリゼを倒すために、周りの魔導兵を押さえ込んでいた部隊が壊滅した。
そこから怒涛の勢いで五十体にも及ぶ兵器たちが雪崩込んでくる。
兵士三人でも歯が立たない圧倒的な戦力のせいで、一気に形成が逆転した。
「ラーメ……ル」
「ギ……ギギ……」
アリゼにラーメルと呼ばれた魔導兵は、傷ついた彼女を担ぎ上げ、他の魔導兵に紛れるようにその後ろへと逃げ込む。
追おうとした魔族の兵士たちは、最前列の魔導兵の腕で宙を舞った。
「くそっ! この数じゃ……」
脅威となる裏切り者を倒せないばかりか、一瞬にして危機に陥った兵士たちに、絶望の色が浮かぶ。
この場の魔族の兵は五十人、対して魔導兵の数も五十近く。
一体で三人分の戦力がある魔導兵と同数ということは、実質五十と百五十の違いである。
この状況でそれは、すなわち詰みを表す。
「せめて……刺し違えてやる……」
だが魔族の兵たちは切り替えた。
その命を魔王へと捧げた彼らの意志は、決して弱くない。
闘志を燃やす兵たちは、剣を持ち、雄叫びを上げながら魔導兵たちへと突撃していく。
そんな兵士たちの間を、一陣の風が、目にも止まらぬ速さでかけていった。
「――――――〈氷結〉」
魔族の兵士は目を疑った。
あれほどの脅威だった魔導兵が、ぴくりとも動かない。
いや……動けない。
その身を氷塊に包まれ、多くの兵士をなぎ払った豪腕ですら、どうすることもできずに止まっていた。
死ぬ覚悟までしていた魔族の兵士たちは、目の前の光景に思わず剣を落とす。
「……氷漬けでは少々不安ですね。グレイン、後はお願いします」
兵士と氷漬けの魔導兵との間に立っている女は、後ろにいた金髪の男へと声をかける。
「エルカも人使いが荒い……」
〈飛剣〉――――――
金髪の男は居合の構えから、斬撃を飛ばす技、〈飛剣〉を放つ。
軽く振られたはずの斬撃は、五十体近くいた氷の像を一瞬にして両断し、砕いた。
「二人共壊すのが速い。一体しか確保できなかった」
「あら、ごめんなさいティア」
「あとで何体か研究用に捕らえたいから、協力してね」
「あ……あなた方は……」
魔導兵を瞬殺した男と女。
そしてその魔導兵を魔法の鎖で縛り付け、その肩に乗っている少女。
兵士たちは、彼らに見覚えがあった。
「――――――勇者セツの親衛隊、エルカ・ヴェルソー、グレイン・アルモニー、ティア・アムレート、ただいま魔王デザストルに加勢すべく、参上しました」
青い髪を揺らす女、エルカは、とても心強い笑みを兵士たちへと向けた。
「次郎! どうしたんだ!」
「どいて! 私が治療する!」
「澤田……!」
勇者たちが休息を取っていた砦に運び込まれてきたのは、全身に火傷を負った次郎の体だった。
光真と美月が一目散に駆け寄ったが、それを退かすように、回復魔法の得意な女子が彼の前で膝をつく。
「聖なる光よ、仇なす穢れを癒せ! 〈上級回復〉!」
彼女、澤田と呼ばれた女子の手から暖かな光が溢れ出し、次郎の体を包み込んでいく。
声一つ発することのできなかった次郎は、〈上級回復〉によってようやくか細い声を出し始めた。
「う……あ……」
「大丈夫か次郎!? 澤田!」
「分かってる!」
再びの〈上級回復〉。
その後何度かヒールを重ねがけすることで、次郎の火傷は消え去り、意識を回復させるまでに至った。
「うっ……ここは……?」
「ここは砦だよ! 次郎!」
「砦……?」
「いったい何があったんだ……次郎」
次郎は体を起こして辺りを見渡し、自分の状況を確認する。
半覚醒状態の意識が徐々に回復し始め、はっきりとしてきた頃に自分の身に何があったのかを思い出した。
いや――――――思い出してしまった。
「俺は……ユウの後を追って……敵の魔族があいつと一緒にいたから……加勢しようと――――――」
「ユウが……? ユウがどうしたって言うんだ?」
「そ、そうだ……ユウが……ユウが! ユウが裏切った!」
次郎の声が砦に響く。
いつもとは違う彼の取り乱した様子に、周りは困惑した。
「何を言っているんだ次郎……まだ意識がハッキリしてないんじゃないか?」
「俺はあいつに焼かれた! ユウは魔族の野郎と一緒に行っちまった!」
「お前いい加減に――――――」
光真は思わず次郎の胸ぐらをつかんだ。
焦げてボロボロの衣服を引っ張り、その目を睨みつける。
そして思わず言葉を詰まらせた。
「あいつは裏切った! 俺たちを!」
彼の目は嘘をついていなかった。
何かに操られている形跡はない、取り乱してはいるが、頭がおかしくなっているわけでもない。
光真はそれを知らないが、何となく、信じていた人に裏切られた目をしているように思えた。
彼が何も言えなくなったことで、この場にいたクラスメイトたちはざわつく。
クラスで誰とでも分け隔てなく話し、明るい笑顔と優しい性格が人気だった夕陽という少女が、まさか自分たちを裏切るなどと、到底信じられることではない。
しかし……彼らの目からも、次郎が嘘を言っているようにも見えなかった。
「ほんとに……ユウは俺たちを裏切ったのか?」
「ああ! だから俺はやられたんだ!」
「その近くにいた魔族に操られていた可能性は?」
「それは! ……わ、分からねぇ」
光真は次郎を諭すように質問していく。
彼にも不安と疑念が湧き始めていたが、それも全て確かなことじゃないからだ。
もし夕陽が操られていた、または脅迫されていたならば――――――
「……確かめに行こう。ユウを見つけて話を聞くんだ。場合によっては倒して説教をしなきゃいけなくなるかもしれないが……もし操られたりしているなら――――――絶対に助けだす」
立ち上がり剣を取る光真に、同じく武器を持って立ち上がる美月。
それにつられるように、クラスメイトたちも続々と立ち上がる。
皆、夕陽に戻ってきて欲しいのだ。
「ユウはどっちへ行った?」
「……俺も行く。案内できるし、俺も確かめたい」
「……分かった。でも病み上がりだ、無理はしないでくれ」
少しふらついているが、次郎も立ち上がり、新しい戦場用の雨合羽を羽織った。
「あいつらの向かった方向からして、多分戦場を突っ切れば速く追いつける」
「なら道は俺が聖剣で切り開く、みんな一つに固まって一点突破で行くぞ!」
砦を飛び出した彼らは、光真と次郎を先頭に走り始める。
砦を守っていた兵士たちの静止の声を無視して、彼らは戦場の方へと消えていった。
その先に、最悪の未来があることを知らずに――――――




