50 いざ、戦場へ
今日は二作投稿しております。
先に49話をご覧下さい。
「〈影の槍〉!」
「ギャァ!」
黒ローブを着た男、カゲロウの放った黒い槍は、魔族の兵士たちを貫いた。
兵士たちは彼を取り囲むが、攻撃を仕掛ける前に影に入り込むという術で逃げられてしまう。
「な、なんとかしろ!」
「つ、強すぎる!」
「うわぁ!」
兵士を巨大な影の拳でなぎ払ったカゲロウは、周りをつまらなそうに見渡す。
「こっちは主戦力を開放したというのに、魔族どもはまだ温存する気なのか?」
片手間で殺せるような連中では、彼の心を満たすことはできない。
再び影の拳を振るおうとした、その時――――――
「〈炎の二槍〉!」
「っ!」
反射的にカゲロウは横へ跳ぶ。
今まで立っていた位置に炎の槍が刺さると、間髪入れずに逃げた先へもう一つ炎の槍が飛んでくる。
「ツインの魔法だと!」
慌てて転がるようにその場を離れると、すぐ横の地面に槍が突き立つ。
少々掠ったのか、ローブの端が焦げたがダメージはない。
「ふっ、歯応えがありそうな者が現れたな!」
「休んでいる暇はないぞ!」
「ッチ!」
後ろからの殺気に気づき、カゲロウは前に跳ぶ。
「〈破拳〉!」
轟音とともに地面が揺れる。
地面に足をつけたカゲロウは、揺れに気を取られ、放とうとしていた魔法をキャンセルするはめになった。
「やっぱり一筋縄ではいかないね」
「呆気ないよりはましであろう」
「貴様ら……やっとお出ましか」
姿を見せたのは、小柄な少女と大柄の男。
その二人は、前回カゲロウと相対した魔王の側近――――――
「五代魔将が一人、リリー・ラヴェント。また会ったね」
「五代魔将が一人、イデス・アーミクス。……行くぞ、黒ローブ」
「黒ローブではない、俺の名はカゲロウだ。……魔将が二人、相手にとって不足なし!」
カゲロウは黒ローブを脱ぎ去り、その姿を晒す。
黒い髪を持ち、その整った顔には大きな傷があった。
「へぇ! 結構いい男じゃん!」
リリーは魔力を練り始め、イデスは拳を構える。
カゲロウも腰に隠していた刀を抜き去り、構えた。
互いの軍が誇る、強力なコマたちが、今ここでぶつかり合う。
「ふん!」
五代魔将の一人、ブラッドが放った魔法が人間の兵士を焼く。
「そんな玩具では俺はやれんぞ!」
「ギ……ィ……」
背後から迫っていた魔導兵の一撃を飛び上がってかわし、その肩に着地する。
手にある赤いナイフを、魔導兵の装甲の薄い首元を突き入れると、それは痙攣の後に膝から崩れ落ちた。
(見た目はカラクリだが、血が出るということは生物なのか?)
ナイフを抜くと、首元から血が噴き出す。
戦場へ来たとたんに襲いかかってきた魔導兵は、一般兵の数倍の実力があった。
五代魔将であるブラッドにとっては大した敵ではないが、それなりに数もいるせいで、かなりの驚異になるだろう。
「まずはカラクリから仕留めるか」
ブラッドが浅く自分の手のひらを切り裂くと、そこから溢れ出た血が浮かび上がり、手の上で浮遊する。「〈ブラッディ・バレット〉」
浮かんだ血が分裂し、まるで銃弾のように魔導兵へと発射された。
着弾した血の弾は装甲を貫き、その体の司令塔であろう頭部を粉砕する。
機能を停止した魔導兵は崩れ落ち、それを見た人間の兵士たちは、五代魔将の存在を甘く見ていたことを後悔した。
「魔導兵があっさり……っ!」
「い、一時撤退だ!」
「逃がすと思うか?」
ブラッドが赤いナイフを構えると、手のひらから流れ出る血がそのナイフにまとわりついて行く。
「〈ブラッディ・セイバー〉」
集まった血は魔力によって薄く伸ばされ、その刀身を桁違いの長さへと変化させた。
薄く、硬いその長い刀身を力任せにひと振りすると、人間の兵士は簡単に両断される。
そして―――――その兵士の血を吸ってさらに伸びたナイフは、他の兵士たちの命を根こそぎ刈り取った。
「これで全てか……いや」
ブラッドは振り返る。
そこには、あまり見ない顔立ちの、雨合羽を着た少女がいた。
(……強いな)
ひと目でブラッドは察した。
彼女には自分と同レベルの実力があると。
負けはしないだろうが、自分も大怪我を負ってしまうだろうという予感があった。
「貴様……何者だ」
そう問うと、少女はブラッドへと歩み寄り始める。
そこに敵意はなく、若干の警戒心を残しつつブラッドは接近を許した。
「私は花柱夕陽。戦う意思はないよ、ちょっと話がしたいだけ」
「ふむ……」
嘘をついている様子はない。
この時点で、ブラッドは彼女が召喚された異世界の勇者であることを察した。
この世界では珍しい名前であること、珍しい顔立ちであること、そして強大な力を持ちつつ、まだ未熟さが見て取れること。
勇者ということで、まず間違いないだろう。
「話の内容によるな。それによっては―――――」
「セツ……って名前の男の子、知ってる?」
「っ! ……いいだろう、少し場所を移す」
「わかったよ」
この時、夕陽は内心ガッツポーズをした。
五代魔将がセツのことを知っているのはエルカから聞いていたが、その名前を出すだけで話に応じてくれるかだけはかけだったのだ。
とりあえず第一関門を突破できたようで、夕陽は安心する。
「じゃあ行こう―――――」
「ユウ!」
夕陽がブラッドについて歩き出そうとしたした瞬間、その背中に知った声がかけられる。
そこには驚愕の表情で佇む次郎がいた。
「知り合いか?」
「……」
「ユウ! なんでそんなやつと一緒にいるんだ!」
次郎が歩み寄ってくる。
一瞬困った顔を浮べた夕陽は、一瞬にしてその表情を消し―――――
「ううん、知らない」
―――――次郎に向けてオレンジ色の炎を放った。
「ッ! アァァァァッ!」
「ほう……」
火だるまになった次郎はもがき、その場を転がりまわる。
濡れた地面と雨で炎は弱まるが、夕陽の炎はそれで消えるようなやわな炎ではない。
「行こ」
夕陽はすぐに次郎から目を逸らし、背を向けて歩き出す。
「仲間だろう? いいのか?」
「あんな人知らないよ。知ってたとしても……今は邪魔なだけ」
「……」
ブラッドは驚いた。
彼女とこの男が友人だということはすぐに分かる。
驚いた点は、夕陽の目になんの意志も感じないところだ。
必要だったからそうした―――――とでも言いたげだ。
「……ふん、不気味な女だ」
「失礼なこと言うなぁ……」
二人は歩き出し、魔族の陣営へと向かっていく。
この花柱夕陽の裏切りは、通りかかった兵士により救助され、全身に軽度の火傷を受けたものの、治療を受けて一命を取り留めた次郎の口から伝えられた。
「――――――となっております!」
「分かった、下がってよいぞ」
「はっ!」
魔王城の王座に座っているデザストルは、戦況の報告をしに来た兵士を下がらせ、腕を組み深く考え込む。
腕を組みことで、その大きな胸が強調されなんとも素晴らしい光景となっているが、幸いなことに、この場には彼女含め二人の女しかいないため、欲情するものはいない。
「強靭な魔族を兵として従え、兵士三人がかりでも倒せぬカラクリ兵、それと黒ローブども……か。イビルバロウにはまだ入られてはいないとは言え、ここまで来るのも時間の問題か」
「状況は良くないわね」
「ふぅ……お主の言う通りだ、リヴァイア」
王としての立場故に苦労が絶えないデザストルに、傍らに立っているリヴァイアが水を作り出して渡す。
入れ物は薄い氷で作られており、精神的疲労が溜まった体に冷たい水が心地いい。
「すまぬな……」
「王の立場も大変ね」
「ふふ……まあ心配事は絶えないな」
デザストルは自嘲気味に笑う。
この世界での戦争は、日本の戦国時代のような要素が強く、王を討ち取った軍の勝利となる。
全兵士から命を狙われているデザストルは、いくら魔の王とは言えど、その精神をすり減らす。
仲間の安否を考えつつ、自分が討たれれば敗北という責任意識、それだけでここまで参ってしまうものなのかと、デザストルは自分の未熟さを呪った。
「黒ローブどもの数と、こちらでやつらに対抗できる戦力の数が合わん……せめて五代魔将が全員揃えば……ええい! あの二人は何をやっている! 命を落とした訳ではないだろうに……」
ずいぶん前に人間大陸に攻め込むべく向かった獣人と魔族の連合軍。
その中に、五代魔将の内の残り二名はいた。
しかし、人間がこうして魔族大陸を攻めていることから分かるように、連合軍は一瞬にして壊滅させられたらしい。
人間軍を大陸から出さぬよう、かなりの戦力を積んで牽制していたはずが、それほど速く崩されるなど初めは信じられなかった。
しかしそれは事実のようで、証拠に乗っていた兵士たちは一人として帰ってきていない。
となると、その二人も無事ではないと思われる。
「でも帰ってこないってことは、死んでるんじゃないかしら?」
「いや……あやつらに限ってそれはない。あやつらはその……少々勝手な行動をする時があるが、実力は確かだ。きっと無傷で逃れたに違いない」
戻ってこれない事情があるのかもしれない――――――そう続けたデザストルだったが、それならば何らかの連絡を入れるだろうと思ったリヴァイアであった。
それすら出来ない状況なら話は別だが……。
「あやつらさえいれば持ち直せるというのに……くぅ、大方よからぬことでも考えて潜んでいるんであろう」
「なんというか……ユニークな人たちなのね」
「トラブルメーカーでもあるがな……頼むから悪い結果にだけはしないでほしいものだ」
がっくりと項垂れるデザストルに、リヴァイアは無言でもう一杯水を渡すのだった。
「もう少し耐えれば、セツたちも来てくれるはずよ。そうなれば戦況はひっくり返せるわ」
「うむ……」
セツという名前で、デザストルの目に活力が戻る。
今のデザストル、いや、魔族全体にとって、セツは希望だ。
実際、彼さえ到着すれば、この戦争は勝利と言ってもいい。
「だから今は持ちこたえるの。あいつが来た時には負けてましたなんて洒落にもならないわ」
「その通りだ。それに負ければ―――――」
デザストルは言葉を止める。
となりで音が出るほど歯を食いしばり、怒気を露にするリヴァイアに気づいたからだ。
「あいつらの……黒ローブどもの好きにはさせないわ。絶対に全員皆殺しにしてやる」
「……」
デザストルも気持ちは同じだった。
負ければ……彼女らは彼らに利用される。
そうなることは絶対にさけなければならない。
なぜなら―――――
「起こさせるわけにはいかない……! 〈終焉〉なんて……!」
―――――この世界が、終わってしまうからだ。
「セツ、魔法陣の準備が終わったよ」
「おう。ありがとな、レグルス」
「気にしないで、俺も同盟を結んでいる国がピンチになるのはいただけないからね。後から船でだけど、ここからも兵士を援軍として送るよ」
「へぇ。じゃあそいつらが来る前に終わらせとくから、後片付け頼むぜ」
「なかなか言うね」
レグルスと軽口を合わせながら、俺はすっかり眠りこけていた猫姉妹をたたき起こす。
隅で体をほぐしていたロアも俺たちに気づき、戦闘用の格好でこっちにやって来た。
「ほれ、行くぞ! 寝ぼすけども!」
「え……あ! は、はい!」
「まだ眠いです……」
すぐに身なりを整え始めたミネコと違い、いまだ寝ぼけ眼のシロネコに水の玉を作り出してぶつけてやる。
「起きたか?」
「ばっちりです」
半眼で俺を睨むシロネコだったが、悪いのはシャキっとしないお前だ。
水に濡れた彼女を片手間で乾かしてやりつつ、俺たちは魔法陣の部屋へと向かう。
「お前たち、準備はいいね?」
「ああ」
「行ってくるぞ、父ちゃん」
「あまり無茶はするなよ?」
「分かってるって」
俺たちはそれぞれ自分の装備をしっかりと確認する。
猫姉妹の姿は普段と変わりない。
俺と似たような冒険者風の服だ。
ロアは自分の運動能力を最大限活かせるよう、布面積が少ない服を着ている。
さっきこの装備でやたら誘ってきたため、デコピンで悶絶させておいた。
確かにエロ可愛いが、露骨に見せ付けられるのは何か違う。
やっぱり恥じらいだよ、恥じらい。
三人の装備に対し、俺は背中に黒丸を背負い、いかにも重装備と言った感じだ。
斜めに背負っても俺の身長じゃ先端が地面を擦りそうで不安ではある。
「……それ魔法袋に入れたら?」
「ロアは分かってねぇな、この方が戦いって感じがするだろ?」
「そ、そうなのか?」
シロネコもミネコも不思議そうな顔で俺を見るな。
大剣を背中に背負うのは男のロマンだろうが。
……何はともあれ、これで全員の準備は整った。
「よし―――――んじゃ、行くぞお前ら」
部屋の中心にある魔法陣に立った俺たちを、転移の光が包み込む。
こうして俺たちは、歴史に残るほどの大きな戦争の中に、飛び込んだ。
ここで……この戦争で、俺は自分の信条という足枷を、自ら引きちぎることになる。
ちなみにですが、物語全体で考えると、三章まではまだ序盤のようなものです。




