43 私情の衝突
「なんだというのだ……夫になる俺よりも、あんなヒョロイ人間がいいと言うのか……」
ルーガは王の間の前から動けずにいた。
彼はロアのことを愛している。
その整った容姿、細いがしっかりとついた筋肉。
本音を言えば、もう少し胸囲がほしかったところだが、その素晴らしくバランスのとれたスタイルを見ていると、そんな問題はどうでもよくなる。
尻は少々安産型で、そこも彼好みであった。
そして何より……その強さ。
彼の好みを体現したような女、それがロア・ゴールドだ。
しかし、そんな彼女についさっき、好ましく思っている男がいることを知った。
それが自分より強き獣人ならば、諦められずとも、ひとまず納得はしただろう。
だが、その男は人間だった。
自分たち獣人よりも劣っているはずの存在、それが愛する彼女の隣にいるというだけで許せない。
結ばれるなど以ての外だ。
「許さんぞ人間……俺の方が彼女にふさわしいところを思い知らせてやる……っ!」
彼の目に嫉妬の炎が燃え広がったとき、そのむき出しの肩に刻まれている黒き炎のタトゥーが、淡く光を放ったように見えた。
◇ ◇ ◇
王の間は相変わらず広く、とても懐かしい。
だが俺は懐かしさを噛み締める前に、先ほどのルーガの言葉が気になっていた。
「お前……さっきのやつの話……」
「あ! 別にあいつの女になったりしないからな! あ、安心してよ!」
いや……まあそこも気になるっちゃ気になるんだが……。
一番気になるのは、ロアが決闘に負けたって部分で――――――
「っ! セツさん前!!」
「っ!?」
ミネコの言葉で、俺は急接近する殺気に気づいた。
すでに、文字通り目と鼻の先に迫っていた巨大なパワーの塊と言う名の拳を、俺は反射的に受け止める。
ズシンとした重さが全身にかかり、圧力で床が凹む。
受け止めた際の衝撃で世界樹が揺れ、下の階で悲鳴が上がったのが聞こえた。
「はっ……! 五年ぶりの挨拶にしちゃ……ちょっと過激じゃねぇか? なぁ? 獅子野郎……っ!」
「く……はははははははははは!! セツだ、姿は変わってもやっぱりセツだ! 愉快……実に愉快だよ……っ!」
ジリジリと拳に力を入れていく金髪の男。
こいつが大陸を統べる獣王レグルス・ゴールド。
そのパワー、身体能力は魔王デザストルを凌ぎ、その肉体は、人間が作り出せる最高級品の鎧よりも硬い。
「相変わらず馬鹿力だなちくしょう」
「そういうお前も余裕がありそうじゃないか……!」
「まあ……な!」
「っ!」
一度力を緩め、少し膝を曲げる。
そして今度は一気に力を入れ直し、膝のバネも使ってレグルスを押し返した。
「うおっ―――――」
「ほら、お返しだ」
よろけているところに拳を叩きつける。
辛うじてガードが間に合い、手のひらで受け止めたようだが、そんなもので抑えられるパンチなんかじゃないんでな。
手の甲から胴へと衝撃は突き抜け、そのガッシリとした筋肉の体を、後方の玉座の方へと吹き飛ばした。
玉座の周りの装飾をぶち壊し、埃をあげて再び世界樹の城が揺れる。
「ふぅ……まだまだ負けねぇよ、てめぇにはな」
「あ~あ……相変わらずだね、父ちゃんもセツも」
「ぽかーんです」
「姉さん、そういうのは口に出すものではないですよ……」
◇ ◇ ◇
「くはははははは! また負けてしまった! 腕は鈍ってないようだねセツ!」
「簡単に鈍るような鍛え方してねぇからな。それより……久々だな、レグルス」
「久しぶり、セツ。元気だったかい?」
「見た目は変わっちまったが、まあボチボチ元気だった」
「そりゃよかった!」
そう言って玉座に座り、また笑う獣王。
こいつは……まあ元気そうだから聞かないでいいや。
「それで、挨拶に来たってのは分かるんだけど……何やら他にも用がありそうだね。そんな強いお供も連れてるわけだし」
そういやレグルスはシロネコとミネコのことは知ってるはずだもんな。
なんたって二人はこいつに傷を負わせられたんだから。
「まあな。悪いがぶっちゃけると、挨拶はオマケだ。少々力が借りたくて来たってのが本音だ」
「力? お前がかい?」
「ああ。今、魔族大陸が人間国に攻め入られたってのは知ってんだろ?」
「今朝知ったよ」
「そうか。んで、人間国の勇者やらなにやら、さらにはあの冬真のクソ野郎までが人間国軍としているかもしれない」
「……冬真が?」
その言葉を聞いて、ロアが身震いし、レグルスの目つきがさらに真剣になる。
「生きてたんだあいつ……」
「その辺りはよくわからねぇが、とりあえずとんでもない戦力が向こうにいることは確かだ。悔しいことに、それだけのやつらを捌ききれる自身は、俺にはねぇ」
「そこで俺たちってことかな」
「ああ」
出来ることなら多くの戦力がほしいが、半端な実力なら足でまといになるからいらないということも付け加えて説明する。
敵の戦力が戦力だ。
大した実力のないやつらが束になってかかったところで、みすみす命を捨てるようなもの。
それならば初めからいない方がいい。
「……俺が行きたいところだけど、その説明をされて、いつ獣人大陸にそいつらが来るかもわからない状況になった。本当に冬真がいるとしたら、こっちに軍を移すなんて簡単なこと。俺がここを離れるわけには行かない」
「だろうな……」
王不在となると、どこの国でも危険な状況だ。
ましてや、人間とは違い、獣人や魔族は王が一番強い。
それが不在となれば、敵国からすれば一世一代の大チャンスとなる。
「あたしが行く。実力も文句ないんじゃない?」
「ああ、ロアには来てほしい……てか来い」
「うん!」
嬉しそうに顔を綻ばせるロア。
そんなに命令されるのが嬉しいかね?
エルカもそうだけど、理解しがたい感情だ。
「私やミネコも行くことになってるです」
「そうなのかい? なんだ、結構戦力はいるじゃないか」
「人数的な面ですこし物足りないがな」
実力は十分なんだ。
だがせめて、あと一人ほどSSS級に近い実力者がほしい―――――
「―――――獣王様! それは許されないことだ! 考え直してほしい!」
「え?」
突然王の間の扉が開け放たれる。
入ってきたのは先ほどの老人……じゃなかった、狼刃ルーガという男。
「悪いが話は盗み聞きさせてもらった! そんな現状を聞いて、獣人大陸の戦力が減るのを許容するわけにはいかない!」
「ルーガ……」
突然入ってきて喚き散らかすルーガに、レグルスは何とも言えない表情になる。
「魔族大陸とは今でこそ同盟を組んでいるとは言え、元は敵同士! やつらのために戦力を割く必要はないはずだ! さらに最高戦力ともなれば言語道断!」
……ま、確かにな。
獣人のことを一番に考えているやつらからすれば、魔族がどうなろうと知ったことではないし、ましてや助けて自分たちが危機に陥ったら、それこそ目も当てられない。
こいつの意見は割と至極真っ当だ。
「もう一度考え直していただきたい! 獣王様!」
「んー……確かにルーガの意見も正しい。でもただの人間の頼みならともかく、ほかでもないセツの頼みごとだからなぁ……」
「なっ!?」
ルーガは、レグルスの煮え切らない態度に驚愕したようだ。
多分、自分の意見はすぐさま通ると思っていたんだろう。
まさか、獣人である自分の意見が通らず、人間である俺の頼みが通るわけがない……と。
「人間の頼みごときと俺の意見を天秤にかけるのですか……? このような細く威厳のかけらもない人間ごときと!?」
「おいてめぇ―――――」
「そうだよ、さらに言えば、俺はセツの頼みの方を聞きたいと思っている」
「な……に……?」
ロアの怒声を遮り、レグルスが心を抉る言葉を口にする。
うーん……なんかめんどくさいことになりそうな予感がするな。
「聞こえなかったかい? 俺はこの人間の頼みを聞きたいんだ。君の意見よりもね」
「な……なぜです! 獣王という立場のあなたが!」
「獣王ってのはね、一番強いやつがなるんだよ。俺は別に大陸を統べるために一番強くなったんじゃない。ただ強いやつと戦いたいから強くなったんだ。そしたら勝手に獣王に仕立て上げられ、こんな大層な椅子に座っている。まあこんな立場をもらっていい暮らしができるんだ。それなりに獣人大陸を守っていくくらいの情はあるけどね。でも、獣人大陸とこの人間、どちらが大切かと聞かれれば、俺はほんの少しの差でセツを選ぶだろう」
「な……そんなの王の器として……」
「そう、俺は王の器じゃない。国よりも友人を取る王など居てたまるか。それで不満があるならいつでもこの椅子を明け渡そう。ただし―――――――俺に勝てるなら、だ」
「っ!」
レグルスがルーガを睨みつけると、ルーガは息をつまらせ硬直する。
やつも残酷なことを言う。
お前に勝てるやつなんて、それこそこの世界の異常者どもだ。
レグルスが強さにおいて特別な存在ならば、ルーガなど一般人に等しい。
一般人は特別には勝てない。
命を削ってでも力を求めない限りは――――――
まあ、俺から言わせれば、こいつが暴君として君臨しないだけマシだと思うぞ。
基本、強さやコネだけで王になったやつなんて好き放題やるやつばっかりだし。
「はぁ……でもルーガの意見も正しいことではある。だから悩んでいるんだよ……うーんそうだなぁ……あ、じゃあセツ、ちょっとルーガと決闘してみてよ」
「は?」
聞き返したのは、俺ではなくルーガのやつ。
俺は……実のところなんとなく予想していた。
「それで勝った方の意見を聞く。力任せな実に獣人らしい決め方だとは思わないかい?」
「俺とこの人間が……?」
くっそめんどくせぇこと振ってきやがったな、獅子野郎。
この場で殴り倒して終わりじゃダメ?
あ、獅子野郎の目がダメって言ってるわ、うぜぇ。
「――――――いいでしょう」
いいのかよ。
「俺がこんな人間ごときに負けるはずがない。完璧なる勝利をお見せしましょう」
「よし。セツは?」
「……別にいいぜ。口論よりはマシだ」
ここでうだうだ言ってても時間の無駄だし、力ずくで納得させられるなら手っ取り早い。
説得なんてするだけ無駄みたいだしな。
あんまり乗り気じゃないが……
「……ロアさん」
「……なんだよ」
当事者の一人であるルーガが、ロアの方に向きなおしていた。
真剣な表情に、ロアは僅かに身構える。
「俺があの人間に勝てば、あなたは俺を夫にしてくれますか?」
む?
「………………わかった。お前が勝てば、この前のあたしとの決闘も負けを認めて、大人しくあんたと結ばれてやる」
「……ありがとう、ロアさん」
何を言ってんだロア?
なんで言い終わったあとに俺の方を見る?
てかルーガの野郎も、国単位で物事がかかってる戦いで、なに私情を挟んでんだ。
そんな私情をぶつけてる時点で俺には――――――
「おい、レグルス早く始めるぞ場所はどこだ今すぐやるぞこのちくしょうをぶっ飛ばしてやる――――――って何笑ってんだ!」
「くっ……くくくっ……分かった分かった、今すぐやろう」
っち、ムカつく笑い方だぜ。
だが今すぐ始められるなら、そんなのどうでもいい。
速攻でぶちのめす。
こんな野郎にロアはやれねぇ、ロアは俺の――――――
――――――あれ?




