35 海神VS黒犬
投稿が大幅に空いてしまい申し訳ありませんでした。
「はぁ!!」
「くっ……」
海神が振るった腕を、クロイヌは後ろへ飛んで躱す。
しかし――――――
(で、デタラメだ……!)
その巨大な腕の風圧のせいで体制を崩し、クロイヌはみっともなく転んでぬかるんだ地面で体を汚した。
いや、それはすでにぬかるみとは言い難い。
もはや膝の位置まで透明な海水が満たしており、歩行が辛いと感じるほどである。
「ほらほらぁ! その程度でこの海神リヴァイアに挑もうなんて片腹痛いわよ!」
「ちっ……舐めないでください!! 〈水術・監獄〉!」
クロイヌは立ち上がり、水に手をつけて魔力を流し込む。
するとリヴァイアの周りの水が吹き上がり、瞬く間に彼女を囲う牢屋が完成した。
「私の〈忍術〉には特殊な魔力が練り込まれています。魔術ではそう簡単には打ち消せませんよ」
「ふーん……」
「そして――――――〈雷術・刺創〉!!」
クロイヌの手にバチバチと帯電している雷の槍が現れる。
上がり続ける水位の中、彼女は底の地面を蹴り上げ飛び上がりながら、その槍をリヴァイアへ向けて投げ放った。
「海水は電撃を通しやすいと聞いたことがあります!! これで海神も終わりです!」
「……甘く見られたものね」
迫り来る槍を気にした様子もなく、リヴァイアは虚空へ向けて異形化していない方の腕をひと振りした。
すると水の牢は何の抵抗もなく形を崩し、彼女の周りで渦を巻き始める。
「海水は私の一部のようなものよ。操るために魔術なんて使う必要もないわ」
渦を巻いていた海水は、槍を受け止めるように動いて広がる。
真正面から突撃してきた槍は、その分厚い水の層で威力を落とされ水の中で静止した。
「なっ……しかし水が少しでもあれば電流が――――――」
「だから海水なんて私の思い通りだって言ったでしょ?」
リヴァイアの周りには……乾ききった地面が広がっていた。
まるで柵でもあるのかと思わせるように、水はその乾いた大地に侵入することができないでいる。
「海水でぬかるんだ水なら、それを取り除けば乾くでしょ」
「っ……」
「ほら、今度はあなたが危ないわよ?」
「……ハッ!?」
クロイヌは気づいた。
現在も槍は電気を発しているということに。
そして……自分の下の海水にも電流が流れているということに。
「まずい……っ! 〈炎術・大砲〉!!」
激しく燃え盛る巨大な玉が、クロイヌの手によって海水に落とされる。
水が蒸発する音とともに水蒸気が彼女を包み込んだ。
視界は塞がったが、勘を頼りに真下に足を伸ばすと、足が地面に触れて再び宙に飛び上がることに成功する。
「へぇ……火炎で地面を乾かしたのね。やるじゃない、自分の技で墓穴を掘りかけたくせに」
「何余裕そうな顔をしているのですか!!」
クロイヌはカッとしながらも集中してクナイを投げつける。
先程は想像以上のリヴァイアの強さに動転し、自分の首を絞めるような一撃を放ってしまったが、本来忍者という職種故の冷静さを持つクロイヌは徐々に自分のペースを取り戻しつつあった。
「ふん」
迫り来るクナイを水を操って叩き落としたリヴァイアが、クロイヌに視線を向ける。
しかし彼女はすでに空中から消えていた。
「っ!?」
突如真横から襲いかかってきた数本のクナイを、本来の姿に戻した腕で反射的に叩き落とす。
続いて別方向からクナイが飛んできて、リヴァイアは身を捻ってそれを躱した。
さらに別の方向から、そのまた別の方向から、クナイが彼女に襲いかかってくる。
しかしクロイヌの姿は見えず、わずかに水を蹴る音が聞こえるだけであった。
「っち!! 小賢しいわね!!」
初めは躱していたリヴァイアであったが、一向に終わる気配のないクナイの応酬に痺れを切らし、龍の腕でまとめてなぎ払った。
「迂闊ですね!!」
「っ!!」
なぎ払った腕、それを振り切ったあとの一瞬、そこに生じる硬直によってできた隙にクロイヌは飛び込んだ。
ガラ空きの胴にクナイを突き立てんとする彼女にリヴァイアは驚き、さらに対応が遅れる。
しかしそこはさすが海神と言ったところか。
思考よりも先に本能が働き、まだ人間の腕の方を防御のために胴の前へと持ってきた。
この対応に足りない点があったとするならば、それは彼女の腕がまだ龍の腕に戻っていなかった点だろう――――――
「ぐぅ……」
肘よりも手首寄りの位置に深く刺さったクナイは、その進行を止めず、リヴァイアの脇腹へと到達した。
腕のガードがなければ、いくつかの臓器を痛めていただろう。
その点先端だけで止めることができただけ、ガードは役に立ったと言える。
「これも防ぎますか……しかし!」
「ぎっ……」
クロイヌが突き刺したクナイを思いっきりひねり上げる。
その度腕から血が噴き出し、その下にある脇腹からも一層大量に赤い液体が流れ始めた。
龍の姿であるときであれば、この程度の傷はほんのかすり傷程度で済ませることができる。
しかし人型の時は違う。
腕と脇腹が発する激痛により意識が飛びかけ、リヴァイアは懸命に歯を食いしばって耐えた。
「根をあげませんね……っ! ならさらに深く――――――」
「調子に……乗るなッ!!」
「ッ!」
痛みに耐え、リヴァイアが龍の腕を振り下ろした。
たまらずクナイから手を離し回避行動を取ったクロイヌであったが、ヤケクソ気味に放たれた振り下ろしの勢いによって、大きく後ろへと吹き飛ばされた。
「やってくれたわね犬っころ……つぅ」
「随分と失礼なことを言ってくれますね」
「失礼なことをしてるのはあなただけどね……私神よ?」
リヴァイアは突き刺さったクナイを痛みを堪えながら引き抜き、辺りへ放り投げた。
そして足元の海水を操り、傷口に当てる。
すると傷口から泡が噴き出し、徐々にその穴を縮めていく。
「……再生阻害付きとは厄介なことしてくれるじゃない」
海にて絶対的な強さを誇る彼女は、海水に浸かっているだけでその身に受けた傷を治すことができる。
それは〈完全回復〉には及ばぬものの、自己再生という能力で言えば不死属性のアンデット系の魔物に匹敵するのだ。
そんな驚異の再生能力をもってしても、再生阻害を上回ることはできない。
せいぜい血を止めるだけで精一杯だった自分の体を見て、リヴァイアはそっとため息をついた。
「それにしても随分と速いのね、あなた。目で追うのがやっとだったわ」
「追われていたことに驚きですよ。高速移動は私の専売特許だったんですがね」
クロイヌが水の上に立って言う。
どうやら彼女の靴に秘密があるようだが、リヴァイアは気づきようがない。
「そんなこともできるの」
「忍者たるもの適応力が必要なもので」
「そのニンジャっていうのはよくわからないけど……とりあえず次はこっちの番よね?」
「っ! なに!?」
突然クロイヌが立っている海水面から、触手のように蠢く水が彼女の足首に絡みついた。
その場から離れようとするも、絡みつく水がまるで接着剤にでもなったかのように動かない。
「暴れる犬は繋ぐに限るわ……そして、これでも食らっときなさい。」
リヴァイアが静かに龍の腕を天に掲げる。
するとクロイヌの真上に地面の海水が集まっていき、巨大な水球を作り出していた。
「これは……困りました」
その水球の無慈悲な大きさに、クロイヌは諦めの表情を見せた。
足を縛り付ける水は一向に緩む気配を見せず、例え緩んだところですでに回避行動を取れる時間は残されていない――――――
「――――――〈シー・フォール〉」
次回、乱入者
活動報告にて書かせていただきましたが、度々更新が滞ることがあります。(詳しい事情は活動報告欄で)
気長にお待ちいただければな、と思いますので、ご理解よろしくお願いします。