33 不意打ち
「ごめんなさいです……ミネコはあまり人間を信じていなくて……」
彼女の看病をするシロネコが、先ほどのミネコの行動の弁解をする。気にしていないと伝え、俺は横たわるミネコの様態を観察した。
咳は収まりつつあるものの、呼吸は荒く顔色は優れない。病が相当進行していることは確定だ。
「……なあ、もしその病気を治せるかもしれねぇって言ったら……どうする?」
「っ!?」
そう問うと、ものすごい形相で振り返ったシロネコが俺に掴みかかってきた。
「そんなことできるんです!? お願いするです!! ミネコを助けてくださいです!!」
俺の服を掴んで懇願する顔は、さきほど俺と戦った勇敢な獣人の戦士の顔とは異なっていた。今あるのは家族を思う純粋な少女の顔……俺は前に一度だけこれと同じものを見たことがある。
『お願いユキくん!! 助けて!!』
「――――――ああ、助けてやる……」
かつて自分を頼って助けを求めてきた幼馴染と、今のシロネコの姿がぴったりと重なる。 俺は安心させるためにその頭をひと撫でし、ミネコの枕元に立った。
ニキビ一つない綺麗なデコに手を滑らせ、その体を蝕む病の元を探る。
「光よ、邪悪なる存在を暴け――――――〈光の解析〉」
詠唱有りで、主に健康状態を調べる魔法を放つ。詠唱をする余裕が有るときはできる限りした方がいい。何においても無詠唱よりも効果が期待できるからだ。
(……ん?)
光を体に流れる魔力や血液の流れに流し、病の元にたどり着こうと試みたが、一向に何も見えてこない。というか……全体的に黒い靄のようなものが全身をまるで侵食するがごとく存在し、肝心の大本が全く見えてこなかった。
(この感じは……ちっ、マジかよ)
ミネコを蝕んでんのは病なんて生易しいものじゃない。もっとドス黒くおぞましいもの……冬真の――――――
「――――――〈呪術魔法〉」
「ちょ、ちょっと待つです! それって……」
「? 何よその〈呪術魔法〉って」
〈呪術魔法〉――――――冬真の使う勇者としてはあるまじき効果を持つユニーク魔法。対象と接触するだけで、自分の作り出した〈呪い〉を相手に与えることが出来る。〈呪い〉の種類は様々で、動きを束縛する呪いから、それこそ病のように体を蝕むものまで何でもありだ。
万能故に大量の魔力をコストとして使用するため連続使用が不可能なのが救いだが、そのデメリットを含めても余りあるメリットが存在する。
一回呪いをかけちまえばもう解く手段はほとんどない。数十人の光魔法のスペシャリストを集めて、全員で浄化魔法をかけ続ければ何とかなるかもしれないが……
「あの野郎……薬を渡しといてその病気の原因は自分じゃねぇか……シロネコ、ちょっとミネコの薬を見せてくれ」
「こ、これです……」
渡された小瓶には黒い粒がいくつも入っている。取り出して匂いを嗅いでみると、日本にいたときよくお世話になった正〇丸と同じ匂いがした。
「――――――って丸っきり正露〇じゃねぇか舐めやがって!!」
手の中にある小瓶を外目掛けて投擲してやる。空いていた窓からそれは飛び出していき、見えなくなると同時にパリンとガラスが砕ける音がした。
「ちょ……いいの!? あれミネコの薬なんじゃ……」
「あんなもん所詮は病気に効く薬だ! 〈呪い〉には全く効果がねぇ!」
呪いはやばい、特に冬真の呪いだけは絶対に食らっちゃいけない。受けたら最後、身動きが取れなくなった体を好き勝手蹂躙されちまう。
非難の目を向けてきたリヴァイアも、〈呪い〉という言葉を聞いて押し黙った。こいつは〈呪い〉のことをよくわかっていないようだが、俺がこれだけ取り乱すという点からその危険性はわかったようだ。
「そんな……私は今まで何のためにあの人に従ってたです……?」
「……」
シロネコにかけてやれる言葉がない。
良かれと思ってしていた行動が、仇とはなっていなくとも何の意味もなかったとわかったのだ。薬をわざわざもらう必要なんてなかった。薬をもらっていたところで、ミネコは助からなかったのだから……
それがはっきりと分かってしまったシロネコは、ミネコの寝ているベッドに手をつく。
今にも悔し涙を流しそうな彼女が見てられず、俺はもう一度ミネコに向き合った。
「治……せる……です?」
目に涙を浮かべたシロネコが、縋るような視線を向けてくる。
俺はその頭をもう一度撫で、安心できるように二カッと笑いかけてやった。
「ああ、任せとけ」
頭から手を離してやり、俺は虚空に手をかざした。
「――――――〈大食い〉」
突如、空間が破れる。
虚空に空いた穴からは禍々しい魔力が吹き出し、部屋に充満していく。
「うっ……」
その魔力に影響され、リヴァイアとシロネコの体がその場に崩れ落ちた。
二人には刺激の強すぎる魔力が吹き出しているということだ。
屋外ならば魔力は拡散してくれるためこんなことにはならなかっただろうが、生憎室内の魔力は篭もりやすい。
大量に吹き出した禍々しい魔力が屋内に篭もり、二人の顔色を悪くしていく。これはちゃっと終わらせねぇとこいつらが危ないな。
「おら、出てこい」
虚空の穴から、突然刀の柄が飛び出してきた。それを握って引き抜いてやると、中に溜め込まれていた魔力たちがズルズルと刀に引かれていき、刀身のない刀の刃の部分となって形を形成していく。
溜め込まれた魔力が形を持ち、反りの浅い刃となる。その周りを黒い魔力が渦巻き、刀全体を覆った。
ここにあるのは邪悪ではなく単純なる〈欲〉、ただ全てを貪り尽くしたいという、〈異形型〉の聖剣〈空腹の牙〉の食欲だ。
むき出しの欲に慣れていない者は、この欲を異形と認識し、無意識に拒否反応を起こしてしまう。
今のリヴァイアとシロネコがまさにそれで、体が無意識にこの刀から離れたがっている。
できることならこの欲の塊である魔力にもなれて欲しいところではあるが、何度か見ているリヴァイアですらこのザマなため、とりあえず全て後回しだ。
「今は――――――食事の時間だ」
俺は〈大食い〉をミネコの体に深々と突き刺す。肉を貫く感触は一切なく、俺の刀は簡単に彼女の体に突き立った。
シロネコが目を見開いて俺を見てきたが、俺はそのまま呪いを食す。
ミネコの呪いが薄れていくたび、〈大食い〉の腹が膨れる。体の隅々まで口が巡っていき、呪いの何もかもを食い尽くしていった。
〈大食い〉……正式名称〈空腹の牙〉は、何度も言うようだがそのままの意味でなんでも食べる。
無機物から有機物、気体から液体、魔力や精神力……それこそ命まで――――――
(やっぱり俺は好きになれそうにないわ)
強靭な呪いをものともせずに噛み砕いていく自分の聖剣を見て、俺はつくづくそう思う。
理不尽すぎる。目の前に何が来ようと喰らい尽くすこれは、理不尽の塊といってもいい。
正義だろうが悪だろうが関係なく食っちまうこいつを、一応は勇者として召喚された俺に使う資格はあるんだろうか……?
――――――まあ使うけど。
使えるものを使わないなんて馬鹿だ、宝の持ち腐れだ。
勇者らしくなんて糞くらえだ。
非人道的なんて知ったことか。
『――――――君には自分の意志を押し通せる理不尽さがあるんだ、使わなくてどうするの? もっと自由に振るわなきゃ!』
「……まさかこの呪いをかけた本人の言葉をここで思い出すなんてな……」
俺と同じような理不尽さを持つあの男の娘野郎の顔が浮かび上がってくる。
〈大食い〉でも食えないような笑みを浮かべるあいつに一泡吹かせてやるために、俺は最後の最後、頭の天辺からつま先まで、一つ残らず呪いを食い切ってやった――――――
◇ ◇ ◇
「すごい……体が軽い……」
「調子はいいか?」
「すこぶるいいです。体中に力が満ちていく感じがします!」
あれから数分。呪いを完全に食い切ったことで、ミネコの体が弱っていく現象は止まった。落ちた体力なんかは回復ポーションを飲ませることである程度取り戻し、起き上がって歩き回ることが苦ではなくなるくらいまでには回復したようだ。
「よかったです……ミネコ……本当に……ううっ」
「あーもう! あんまり泣かないでお姉ちゃん!」
元気になったミネコが、喜びで泣きじゃくるシロネコの頭を撫でてあやし始める。
やっぱりどう見ても姉と妹が逆に見えるんだが、どうしても突っ込んじゃダメか?
「ご苦労様」
「おう……」
リヴァイアが俺の隣に並んで、労いの言葉をかけてきた。
さりげなく俺の手を取り、半分ほど失った魔力に自分の魔力を足してくれる。
暖かい魔力が流れ込んできて、その心地よさにわずかにあった疲労の色は何処か遠くへ飛んでいった。
――――――今回、〈大食い〉に呪いを食わせたところ、なんとコイツの腹が六分目ほどまで埋まってしまった。それだけ奴の呪いは強固で、根強かったということなんだろう。
余った分を俺の魔力半分で補えたのはかなり助かったが、改めて呪いの対策を立てなければいけないかもしれない。
〈大食い〉……〈空腹の牙〉には、満腹になるまで止まらないという代償の他に、満腹になると効果を失うというものがある。
当然だ、なんたって腹がいっぱいなんだから……さらに詰め込むことなんてできない。
この弱点から考えると、この規模の呪いを食えるのはせいぜい二回までってことになる。
ほんの数分で再び空腹になることにはなるのだが、仮に戦闘中であった場合、確実にそんな猶予はない。
何かしら呪いを回避できる方法さえあれば解決なんだが……まあそんなに甘くはない。
「――――――ま、今は小難しいこと考えなくてもいいよな……。どうだシロネコ、これでお前は冬真の野郎に付き合う必要はなくなったわけだし、もう俺たちを襲ったりしねぇよな?」
「はいです……ぐすっ……本当にありがとうです……」
泣きながら礼を言うシロネコを、ミネコが「よしよし」なんて言いながら背中を撫でている。
これでこいつらはまた仲良く暮らしていけるだろう。もう二度とおかしな連中に利用されねぇといいが……
何がともあれ俺たちも獣王のもとへ向かえる。少し疲れたから出発は明日にするか―――――
「――――――困るんですよね、こんな風に一件落着なんて言いたげな空気になるのは……」
「っ!! お姉ちゃん危ない!!」
「え?」
視界の隅に……一瞬だけ、飛来する何かの姿が映った。
黒光りするその何かは複数。それらは完全なる不意打ちの形でシロネコとミネコに襲いかかる。
俺やリヴァイアすら一瞬反応できなかった致命的な不意。
それでも反射的に俺は腕を振り、いくつかのその何かを弾き飛ばす。何かどうしがぶつかり合い、響き渡るは金属音。
俺の意識はその音より、逃してしまった残りのそれに対して向いた。
シロネコからは完全な死角、ミネコにはかろうじて見えるかといった位置にそれはあった。
ミネコがシロネコの体を突き飛ばす。彼女らへと向かっていた何かは、シロネコが床に倒れこむ瞬間と同時に……
――――――深々とミネコの胸へと突き刺さった
「――――――っ!! 外だ!!」
俺は思わず叫ぶ。気を抜いたことでできた完全な不意を突かれてしまい、少なからず俺は動揺していた。
黒い何かが飛んできた窓、そこから外へ飛び出す。
第二波を撃たせないための行動だったが、幸いなことにそれはなかった。
まだ正午には程遠い時間、一番上まで登りきっていない太陽が照らす土の上に、そいつは居た。
「おい……てめぇかよ、物騒なもん投げやがったのは」
「その通りですが? ああ、シロネコは仕留められませんでした……役立たずは早く始末しなければならないというのに……」
黒いローブを着た女が答える。黒に黒を重ねたような髪を後ろで縛り、頭には犬の耳がある。口元が黒い布で隠れており、素顔は確認できないようになっている。
「あなたが私たちの主の愛しの人……私としては嫉妬で狂ってしまいそうなほどにあなたが憎いですが……主の命令故、あなたを拘束し連行したいと思います」
「だれが捕まるか真っ黒オンナ。てめぇの主に言っとけ、その女みてぇな顔をグッチャグチャに歪めてやるから待っとけってよ」
「……前言撤回です、原型がわからなくなるほど痛めつけてから連れて行くとしましょう」
女がローブを脱ぎさり、その全貌を見せる。
黒装束に網タイツのような履物、口元を隠していた布は頭の後ろで結ばれているようで、余った布が後ろへと流れていた。
これは日本ではお馴染みの……アレではないだろうか?
「――――――〈くノ一〉クロイヌ……参る」
日本に伝わる暗殺やスパイ活動を得意とした人種――――――忍者
次回、海神出る




