32 動かざるを得ない
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「あれ……私……」
「よお、起きたかよ」
「!?」
朝の空気の中、俺の背中で揺られていたシロネコが目を覚ます。寝ぼけ眼で辺りを見渡し、自分が俺に背負われているとわかると、その可愛らしい目を限界まで見開きビクンとした反応の後硬直した。
「なぜ……あなたが? 戦いはどうなって……」
「勝敗はお前の負け。んでてめぇが気絶した後、ある程度の事情は聞かせてもらった。なんでも妹がいるらしいな?」
「……まさか妹に手を出すつもりです!? それだけはーーーーーー」
「さすがにしないから落ち着いて?」
暴れそうになったシロネコを、俺の横を歩いていたリヴァイアが押さえつける。俺もこいつの足を抱えている腕をギュッと絞めてより強固に固定した。
強靭な力に押さえつけられたシロネコは、流石に敵わないと理解したようで、徐々にその体から力を抜く。
「私たちを……どうする気です……?」
「別にどうもしねぇよ。それともあれか? どうにかして欲しいのか?」
「そうじゃないですっ! でも私はあなたの命を狙ったのです……」
「ああ、そんな事か」
命を狙われたということを「そんな事」と言ってのけてやると、シロネコはぎょっと目を見開いたあとに目に見えて落ち込んだ表情になる。
「私の襲撃など……恐るるに足りなかったということです……?」
「ん? ああ、まあそうだな」
「っ……」
おい……そんな落ち込むことじゃないだろう……はっきり言い切った俺も悪いと思うけどよ……
さらに暗いオーラを放ち始めたシロネコに、そうさせた本人から励ましの言葉なんて言えるわけもなく、呆れ顔のリヴァイアが代わりにフォローに入った。
「……こいつは色々と規格外だから気にすることないわよ?」
「それは……知っているです……」
知っている――――――その言葉を聞いて俺は「やはりか」とため息をつきながら呟く。
「シロネコ、俺たちはこれ以上お前が何かをしてこない限り戦う気はねぇ。やろうってんなら満足するまで付き合ってやるが……めんどくせぇからそんな気は起こさねぇでくれると助かる」
「はい……」
「そんで……まあ一応俺たちは命を狙われたんだ。俺はともかくとして、リヴァイアなら傷ついていたかもしれねぇ。そういう危険性があったことを考えると、てめぇをこのまま逃がすわけにもいかないわけだ」
少し脅し気味に言えばちょっとはビビるかと思いきや、シロネコは強い意志のこもった目で俺を見てきた。実力では敵わずとも気持ちでは負けないとでも言いたげだ。
「どうもしねぇとは言ったが、それはあくまで肉体的な意味だ。暴力を振るったりはしねぇが……お前には俺の質問に素直に答えてもらいたい。それ以上は望まない、わかったか?」
シロネコはこくりと頷き、俺に先を促してくる。
「よし……んじゃ単刀直入に。お前らを脅している親玉の話を聞きたい。そいつの名前は……なんだ?」
「……あの人は……仲間からトーマと呼ばれていたです。私自身あの人達とそれほど親交は深くなかったですから、正確にはわからないですが……」
彼女の口から飛び出した名前に、俺は思わず肩をがっくりと落とす。あからさまにテンションを落とした俺に対し、二人共何事かと視線を向けてきた。
「どうしたのよ一体?」
「いや……一番最悪な予想が当たっちまったもんで落ち込んでるだけだ」
ティア、エルカ……お前らの言ってたことは正しかったよ。グレイン、あいつ生きてるってさ、しかも変な組織を作って俺を狙ってきている。どうする? お前ら、俺この先やっていけると思うか?
今頃ディスティニアの国で元気にやっているであろうお供三人の顔が浮かび上がってくる。今だけでもいいからあいつらに側にいてほしい気分だぜ……
「もうほとんど絶望してるが……念のため聞く。そいつの容姿は?」
「私たちと同じ黒ローブを着ているから……顔まではわからないです。でも小柄ですごく線が細くて、まるで女の子みたいです。あ、声も高かったような……」
ああ……確定だ。人違いかもしれないという僅かな望みが、あっけなく砕かれる。いや……でもまさか本当に生きてるとはな……俺がこの手で止めを刺したってのもあって、いまだにその実感はわかない。
本来〈聖剣〉を持つものは、力を高めていくと不死性を得る。致命傷を負ったとしても、その命の灯火が消える前に瞬時に再生し、寿命の概念や病の存在とも無縁となるのだ。
ゲームの勇者は死んでも生き返るだろ? あれみたいなもんだ。
けれど、そんな化物たちを殺す方法がある。
それが聖剣持ち同士、つまりは勇者同士で戦うということ――――――
〈聖剣〉は〈聖剣〉によって壊すことができ、壊すと所有者から不死性は消える。言い方を変えれば勇者の資格を剥奪されたようなもので、つまりはゲームの勇者みたくゲームオーバーになってもやりなおすなんてことができなくなるわけだ。どういう原理かはよく分からないが、とりあえず〈聖剣〉はこの世界で相当な力を持っているということらしい。それこそ……人を死と無縁にする程には――――――
だが、この話……冬真の話も含めて明らかな矛盾がひとつある。
俺と冬真はお互いに〈聖剣〉を構えて戦ったんだ。そして俺がやつを殺せたってことは、冬真の〈聖剣〉は確かに俺の〈聖剣〉によって砕かれたってことだ。
俺は覚えている、〈大食い〉があいつの心臓を突いた感触を……命を奪った感触を――――――
「――――――セツ、大丈夫なの?」
不安げなリヴァイアの声で俺が思考の渦から現実へ戻ってくる。心配をかけちまったことを軽く反省しつつ、俺は現時点で考えても仕方がないことをすべて記憶の隅に押しやった。やつがどうやって生き返ったかなんて後回しだ、とりあえずは目の前のことを済ませてやる。
「ああ……大丈夫だ」
「そう……あ、シロネコの家ってあれじゃないかしら?」
いつもの雰囲気に戻ったリヴァイアが指した方向には、ポツンと建った一軒家があった。街から少し外れた場所にあるそれは木々に囲まれ、少々孤立している感じが否めない。
「あれです、あそこに妹も……」
「ふぅ……ようやく着いたか」
朝焼けを過ぎて空がしっかりとした青みを帯び始めた頃、俺たち三人はシロネコの家に到着した。
◇ ◇ ◇
シロネコの家の玄関へ向かい、木で出来たドアをノックする。反応はない。
「妹は寝てると思うです。もうすぐ起きる時間です」
「そうか。まあ入っちまってもいいよな?」
「はいです」
俺の背中から降りたシロネコがドアの鍵を外し、扉を開けて三人で中に入る。あまり新しい印象はなかった家だが、中は綺麗に整頓されていて狭さはあるものの窮屈だと主張するほどではない。
家の中をキョロキョロと観察していると、奥にあるベッドの辺りを高速で何かが動いた――――――
「ミネ――――――」
「お姉ちゃんから離れて人間!!」
シロネコが何か言おうとしたのを遮り、高速で動く何か……いや、黒髪をなびかせた猫族の少女が、鋭さを極めた爪を振り上げ俺に向かって飛びかかってくる。
「おっと……」
突然のことで一瞬思考が止まったが、瞬時に反応した体が振り下ろされた腕を掴み、足を払って床に組み伏せることに成功した。軽く体重をかけ、体の自由を奪う。
「くっ……」
「落ち着くですミネコ、その人たちは悪い人じゃないです」
シロネコがこの組み伏せた少女を諭すように言うと、抵抗してきた強い力が弱まっていく。
「……お姉ちゃんがそう言うなら……」
「こいつがお前の妹か?」
「はいです、妹のミネコです」
いや、どう見てもシロネコの方が妹なんだが……これは突っ込んだらだめなのか? ふとリヴァイアを見ると、無言で首を振ってくる。なるほど、女的にはだめらしい。
「悪かったな、こんなふうに組み伏せちまって……よっと」
抵抗が完全になくなったのを確認して、俺はミネコの上から退く。拘束がなくなった彼女は服の埃を払いながら立ち上がった。
「俺はセツ、こっちはリヴァイアだ」
「ミネコです。シロネコお姉ちゃんの妹で――――――ゴホッ! ゲホッ!」
「!?」
互の自己紹介の途中、急にミネコが苦しそうに胸元を押さえ、膝から崩れ落ちてしまった。
そうだった、確かこいつは体が弱っていく病にかかっていて――――――
「ミネコ!! 暴れたからです! すぐにベッドで安静にしてるです!」
「ご、ごめんなさいゴホッ……お姉ちゃん……ゴホッゴホッ……」
シロネコがミネコに肩を貸し、奥のベッドへ横たわらせる。苦しそうに咳き込む彼女に水を飲ませると、苦しそうな表情は徐々に薄れ始めた。
「……こりゃ思ったよりも進行してんのか……?」
「そうね……あの程度の運動量でこれだものね……」
横たわったミネコを見て俺たちは言う。
いまだに少し苦しげな表情が残る彼女を、必死に看病するシロネコ。こんなん見たらめんどくさがりの俺でもさすがに――――――
「動かざるを得ないよな……」
次回、犬の襲撃




