30 そういうことは先に言え
戦闘回……ですね。あまり得意ではないんですが
「なぜ……私に不意打ちができたです」
白髪の猫族は手足を地につけた体制で、地面に降り立った俺に問う。
見たところ爪に魔力が流れているようだから、それで戦うスタイルなんだろう。
「ちょっとしたトリックだよ、お前はまんまと引っかかったわけだ」
宿に着いた俺たちはそのままベッドで仮眠をとり、夜に備えて光属性の魔法である〈イリュージョン〉をかけておいた。この魔法は光の屈折を利用し、人の認識を狂わせるという効果を持っている。
「鍵穴が合わなかったろ? あれは宿のミスじゃなくて、単純にお前が部屋を間違えていただけだ」
コイツが入った部屋は、俺たちの泊まった部屋の一個手前のやつだ。〈イリュージョン〉で廊下の認識が曖昧になり、廊下があそこで終わっていると錯覚させることができた。
――――――それにしてもだ
まさか宿のやつらがこいつに協力するとは思っていなかった。だがそれは今になって納得できる。
(コイツ……相当強い)
ランクで言えばSS級とSSS級の間ってところか……万全のリヴァイアには負けるが、今のあいつになら勝てるレベル。
言っておくが、こんなに強い奴はそうそういないぞ。だから獣人たちはコイツに協力するんだ。あいつらは自分より強い奴が大好きだから。
ちなみに、獣人はあらゆる種族の中で一番統率が取れている生物だ。その単純な思考により、大陸で一番強いものが王になり、そこに住むあらゆる民がそれを敬い、従う。小難しいことを考えて相続やら血筋やらを気にする人間や魔族よりよっぽどわかりやすい。
「はめられた……です」
「理解したようだな。そんで……さっそくだがてめぇら黒ローブどもの目的を聞かせて欲しいんだがな?」
「……」
「お? だんまりか?」
白髪猫族は何も喋らず、静かに神経を研ぎ澄ませていく。明らかな戦闘態勢だ。
「シュッ!!」
「はっ!! 質問ぐらい答えろよ!!」
四本足で地を弾き、白髪猫族は俺に向かってダイビングに近い形で飛びかかってくる。同時に振られた腕を抜いた黒丸でいなし、横薙ぎにこれを振り回した。
「うっ」
飛びかかっていたため空中での踏ん張りができない猫族の娘は、爪を盾にしたものの横から襲いかかった力に押されて吹き飛ばされる。
爪を地面に突き立て勢いを殺した彼女は、突き抜けた衝撃の痛みに顔をしかめつつ体制を立て直した。
「はぁ!」
「おっ、まだ来るか」
半分ヤケが混ざったような表情で、白髪猫族は再び地を蹴って飛びかかってきた。
叩きつけるように繰り出された爪攻撃を、俺は時に受け止め、時に躱したりしながら、動きをよく観察する。
「そんな焦ったような攻撃じゃ当たんねぇって!」
「ッ……」
あまりの大振りな動きのせいで、こいつの持ち味であろうスピードが意味をなしていない。速さを追求しているであろう筋肉が全くの無駄だ。
「無駄が多すぎだ猫娘!!」
俺は爪の乱舞を楽々くぐり抜け、こいつの懐に飛び込むと同時に、黒丸の柄をガラ空きの胴体へと突き入れる。
「がっ……」
そして動きが止まった一瞬、そこを狙い、俺は白髪猫族のローブの胸ぐらを掴み上げた。
そして――――――
「オラァ!!」
真後ろにぶん投げる。空中に放り出された白髪猫族は急に動きが上手くとれなくなり、宙に浮きながらジタバタしている。
俺は投げた次の瞬間に黒丸を握り直し、微量の魔力を流し込む。それを高く振り上げ、狙いを定めて軽く振り下ろした。
「〈飛剣〉――――――ッ!!」
竜の巣で繰り出した物と同じ規模の飛ぶ斬撃が、宿前の通りを抉りながら白髪猫族へと向かう。
「ちっ……」
空中で避けようのない彼女は、腕を巻きつけるようにして体を捻る。そして衝突の一瞬――――――
「はぁ!!」
捻った分だけ体を空中で回転させると、伸ばされた爪が俺の〈飛剣〉に接触し、ガキンと音をたてて爪の方が弾かれる。だがそれによって彼女の体は斬撃の進路から反れ、爪が当たってもびくともしなかった〈飛剣〉はそのまま突き進む。あわや通りの最奥の民家を破壊しそうになった時、突如現れた水の壁が民家を守るように進路を遮った。
〈飛剣〉が水壁と衝突すると、水が弾力のあるゴムのように震え、斬撃の勢いを全て殺して霧散させる。俺の斬撃を防いだ水壁は役目は終わったとばかりに形を崩し、水溜りとなりその姿を消した。
「おー、わりぃなリヴァイア」
「全力の……〈水の壁〉……ッ! あなたの〈飛剣〉を止めるなんて大変なことなんだからあんまりやらないでよ!?」
「わかったわかった……」
俺は〈飛剣〉が接触しかけた民家の上に立っているリヴァイアに、素直に謝る。あいつには今、戦いで民家などに被害が出ないよう防衛してもらっているんだが、水に浸かっていないリヴァイアじゃちょっと荷が重かったようだ。
「二人でかかってこないなんて……舐めてるです……?」
「ん?」
〈飛剣〉を逃れた白髪猫族娘が、四つん這いの戦闘態勢をとったまま俺を睨みつけている。てかいい加減白髪猫族って呼ぶの疲れてきたな。
「別に舐めてねぇよ? 俺が連携プレーが苦手なだけ」
誰かと組んで戦うと絶対動きにくいからな、俺の場合。あの男の娘でホモな勇者野郎だったら付いてこれるかもしれないが、他のやつじゃ俺の攻撃に巻き込まれてそいつが最初に倒れる可能性がある。
「……」
「んでさぁ、お前の名前を聞きたいんだが教えてくれよ」
「……どうしてです」
「そう睨むなよ、別に仲良くしたいわけじゃねぇ。単純に知りたいだけだ、俺の戦ってる相手のな」
そう言うと、白髪猫族は少し考えたあとに口を開いた。
「――――――シロネコです」
「へぇ、いい名前じゃんか」
そのまんまじゃねぇかと思ったのは内緒だ。
「俺はセツ、多分この世界で一番強い男だ」
「聞いてないです……」
「んなこと言うなって……これから自分を屈服させる男の名だぜ?」
「黙る……ですッ!!」
「ッ……まじか」
黙れと俺に言った瞬間、シロネコの体に変化が訪れる。全身の細胞が光り輝くと同時に、その形状を人型から動物へと変化させていく。尖った耳、切れ長の目、長く揺れる尻尾へと、その姿を変えていく。
光が収まった頃、そこに可愛らしい彼女の姿はなかった。いるのは一匹のネコ―――――白く美しい毛並みを持ち、さらに鋭く強靭になった爪を携え、愛らしさなんかよりも神秘的な何かを感じる姿であった。
――――――ただしめちゃくちゃ大きい。
「…………はぁ!?」
待て待て待て待て!! どういうことだ!?
「〈獣化〉……です」
「それは知ってるわ!!」
〈獣化〉――――――獣人のみが扱える、己の力を全て表に出せる姿になる技である。訓練を積んだ獣人ならば基本的に誰でも使え、その能力の高さは他種族を脅かす。使用すると身体能力が数段階上昇し、人によっては魔力なんかも大幅に増幅する。そして……その姿は当然のことながら獣だ。犬族なら犬、猫族なら猫といったように姿を変えることができる。
ここまでの話では、シロネコが〈獣化〉したことも大して驚くことではない。問題は……そのサイズ。
「どうしてお前はこんなにでかい……? 〈獣化〉を使った獣人はその動物の平均的なサイズになるんじゃなかったのか?」
要するに、犬族ならば日本でも飼われていたようなペットサイズになるし、猫族も同様にペットサイズになるはずなんだ。それでも中のパワーは人型の時よりも段違いに高いから油断はできないんだが……
「鍛錬をし続けたらこうなったです」
「マジで!?」
もしかして力があればあるだけサイズもでかいのか!? そういえば獣王やその周りの連中の獣化は見たことなかったな……獣王とは戦う約束をしたまま別れちまったし……
「お喋りは終わりです!!」
「っ! おっと……」
なぎ払うように繰り出された丸太のような腕を、俺は少し高く飛ぶことで躱す。
飛び上がっているこの状態でシロネコの方を見ると、嫌なものが見えた。
「うげっ……〈獣砲〉かよ」
「ガァ!!」
俺は黒丸で体が隠れるように前へ突き出した。するとそこへ巨大な鉄球が衝突したような不可視な衝撃が走り、俺の体は黒丸ごと大きく後ろへと吹き飛ばされる。
〈獣砲〉は確か獣人が使う声を押し固めた砲撃だ。咆哮とも呼ばれている。強化された肺にて溜められた空気を、声帯で押し固め、爆音とともに外へ一直線に放つ技。鼓膜が破けそうな轟音とともに衝撃波が駆け抜け、敵を討つ。こうしてガードした場合でも、威力が高ければこうして吹き飛ばされる。
「このやろ……っ」
俺は空中で風魔法を使用。足場を作る魔法を使い、俺は無理やり宙を蹴る。吹っ飛ばされた勢いを殺しきり、俺は民家の屋根へ着地すると同時に駆け出した。
「てめ……〈獣砲〉なんて撃ったら近所に大迷惑だろ!?」
「この近辺の住民には退去してもらったです!! 周囲に人はいないです!!」
「なっ――――――」
ふざけんな……そういうことは――――――
「――――――先に言えやぁぁぁぁ!!!」
「ぐっ!?」
俺は助走をつけ屋根の上からシロネコへと飛びかかった。高く振り上げた黒丸を思いっきり叩きつけようとすると、それは鋭く強靭な前足の爪で防がれる。
「邪魔だ!!」
剣を防がれた俺は素早く切り返し、力任せに下からやつの爪を跳ね上げる。そして無防備になったシロネコの正面に着地し、黒丸を握っていた右手を放した。
「くっ……」
「それ知ってりゃ最初っから思う存分戦えたじゃねぇか!!」
俺は放した右腕を振りかぶり、手のひらを開いた状態でシロネコの顔面へと叩きつける。いわゆるビンタだ。
横から強烈な衝撃を受けた彼女は真横に吹っ飛び、その顔面を近くの民家へめり込ませた――――――
次回、決着?