24 諦めは厳禁
土日二作投稿とか言っときながらこの始末……内容量が二作分ということでなんとか……
彼女がこのドラゴンという絶望に出会ったのは、三年前ほどであった。
師匠であるセツたちと行動を共にしていた期間はとっくに過ぎ去っており、実力をメキメキ伸ばしていた彼女は、ついにS級にそのランクを引き上げようとしていた。
そんな時、S級昇格試験を担う依頼がギルドに張り出された。内容は「飛竜一体の討伐」、S級試験としては割と一般的で、S級以上の冒険者は別名で〈竜を狩る者〉と呼ばれることもある。
竜を討伐するさい、原則として単独行動を禁止される。竜はこの世界にいる種族の中で、間違いなく3本の指に入るであろう実力種だ。SSS級にでもならない限り、単独撃破は不可能とまで言われている。それほどまでにSS級とSSS級には差があるということなのだが、今は置いておこう。
彼女もその例から外れずに、ある程度仲良くしていたA級冒険者たちとその依頼を受けた。道中、S級になった自分たちの姿を想像し、頬を緩ませていた彼女らであったが、現場に到着すると同時に戦慄した。
その場にいたのは一体の飛竜。彼女らの接近に気がつき、竜の巣から出てきたようであった。竜はアリゼたちを一瞥すると、その巨大な翼を羽ばたかせ飛翔する。体を覆う鮮やかな赤いウロコは、美しさのあまりすべての生物の視線を釘付けにし、その存在、風格は、あらゆるモノが思わずひれ伏しそうになる。
彼女らが感じたのは、圧倒的な無力感。今まで理想を浮かべて楽しんでいたなんて様子はどこにもなく、ただ呆然と、その〈美〉を食いるように見ていた。
そんなアリゼたちが目障りに映ったのか、竜は突如として咆哮を上げると、翼をさらに羽ばたかせ彼女らに迫った。爪を構えて降下してくる竜に対し、その場にいたメンバーは動けずにいた。
アリゼ――――――彼女を除いて……
「う、うおぉぉぉぉぉ!!!」
恐怖で縮む体を震わせ、アリゼは帯刀していたレイピアを抜いた。魔力をレイピアに這わせ、斬るではなく突く飛剣を放つ。
真っ直ぐに空間を突き進む飛剣は、彼女にとって今までで一番いい出来の飛剣であった。並大抵のモンスターに風穴を開けるその攻撃は、確かに竜の顔面へと直撃する。
――――――だが、それだけだった。
顔に突きを受けた竜は少しも怯んだ様子もなく、地面に着地し、一番近くにいたアリゼをゴミのようになぎ払った。
意識が飛びかけた痛みとともにアリゼは地面を転がる。木を数本なぎ倒し、気づけば竜から100メートル近く離されてしまっている。
アリゼが動けた理由には、あの勇者らしくない勇者に育てられたからであろう。アレは組手などをする際、常にドラゴン並みの威圧感を彼女にぶつけていた。そのため当初は腰を抜かして気絶なんて日常茶飯事だったが、さすがに繰り返せば慣れるというものであり、威圧感にはかなり強くなったと彼女自身も自覚している。この場で動けたのもその理由が大きい。
けれど動けたからといって、彼女一人ではドラゴンに歯がたつわけがなかった。これほど吹き飛ばされ、ダメージを負わされたのがいい証拠だろう。腕の骨は折れ、足の骨は砕けている。すでにアリゼは動ける状態ではなかった。
回復魔法に適性がない自分に怒りを覚えつつ、もはや剣すら握れない腕を強く恨んだ。肩にはどこで切ったのかわからない大きな切り傷があり、血はとめどなく溢れてきている。彼女はその傷口に怒りをぶつけるが如く、火をまとわせた手を押し付けた。
「うぅ……!」
うめき声をもらしつつも、彼女は悔し涙を浮かべる。
――――――視界の隅で一緒に来た仲間が食われているのが見えた。
火傷を負うことにはなったが、なんとか流れる血を止めることに成功する。
――――――今もう一人の仲間が竜の腕に押しつぶされた。
アリゼはなんとか立ち上がり、加勢に行こうと試みるが……
――――――明るく元気だった女戦士に、巨大な爪が突き刺さる。
足に力が入らず、すぐに崩れ落ちる。体を受け止めようにも腕に力が入らず、そのまま地面に体を打ち付けてしまった。
――――――攻撃魔法よりサポートが得意だった可愛い魔法使いは、尻尾の下で肉塊に。
動け、動けと全身に命令を送り続けるが、体は一向に従う気配を見せない。それもそのはず、彼女の体は本能的に拒否していた。あの竜に挑むことを……みすみす死に向かうような真似をすることを。
そして、ついにそのときは来た。
「あ……」
今日、この場へ来ていたのは、アリゼ含めて6人。現在四人が死んだ。
そして……最後の一人、いつも豪快に酒を飲み、笑っている心優しき男剣士が――――――
――――――今、食われた。
結局竜はそのまま巣に戻ってしまい、アリゼは一人でその場に取り残されてしまった。彼女の頭には、最後の男剣士の顔が巡ってしまい、涙が溢れ出る。
アリゼを、何かにすがるような目で見ていた。助けてくれと、その目が語っていた。
これが彼女のトラウマの原因である。圧倒的な力による圧倒的敗北、仲間の消失。後にわかったことだが、彼女らが出会った竜は討伐対象ではなかったそうだ。アリゼたちがギルドを出発してから、そのギルドにその情報が転がり込んできた。
なんでも、その討伐対象であったはずの竜が、さらに高位の竜に殺され、その高位の竜があの巣に住み着いてしまったということらしい。つまり、本来もっと下級の竜と戦う予定であったわけだ。
彼女は最初に吹き飛ばされ、竜の縄張り外へと出ていたことで、最後に襲われなくて済んだということらしい。
そんなこと知りえもしないアリゼは、竜にとって殺す価値もない雑魚と取られたんだと思ってしまう。
侵入者を殺し尽くし、満足気に帰っていく竜を見送りながら、彼女は無力さと恐怖とともに気絶した。
彼女はその後騒ぎを聞きつけて近づいてきた商人に保護され、怪我も回復魔法で治してもらった。この件をもってギルド側の不手際が少々問題と化し、アリゼは多額の口止め料を受け取ることになる。
後日再びS級昇格試験を張り出すと言われたが、彼女はすでにS級に上がれる精神状態ではなかった。竜の恐怖を知ったアリゼに、再びそれと相対する気力は残っていない。
アリゼはそのまま誰にも告げず、街をでてこの村へと帰ってきた。レイピアを持つ度にあの時の光景が蘇り、しばらくはろくに訓練もできず力が弱まってしまったが、最近はだんだんとその恐怖を薄れさせることができてきた。ラーメルと言う男に出会い、励まされたからだ。
だが、薄れた恐怖は消えたわけではない――――――
◇ ◇ ◇
「あ……ああ……」
アリゼの足は恐怖で震えていた。
村の上空を飛ぶ竜は怒りの眼で村人を見下し、圧倒的威圧感で彼らの肝を縮ませる。その竜は高度を少しずつ落とし、そして村の中に降り立った。その巨体の下敷きになった家屋は潰れ、村人たちが戦慄する。
「あそこには病気で動けない子が!!」
誰かが叫んだ。他の村人は突然の竜襲来にパニックとなり、四方八方へ逃げていく。村で待機していた兵士たちはかろうじてその場にとどまったが、誰一人としてその子供を助けに行こうとする気配はない。
逃げなければ――――――
アリゼも彼らと同様だ。彼女の頭に逃走の二文字が過る。見たところ、この竜は数年前彼女たちを蹂躙したものと同レベルの個体のようであった。ウロコなどの色は違うものの、風格ある体型はどことなく当時の竜と似ている。
竜は獲物を探すように辺りを見渡し、首を動かす。そして――――――アリゼと目があった。
「あ……」
気の抜けた声が彼女から出る。蛇に睨まれた蛙という表現が一番似合う光景だ。
竜は獲物を見つけ、怒りの眼のまま一歩、その足を動かした。
「子供はまだ生きている!!」
その時、何者かがそう叫び、竜に向かって……正確にはその下敷きになった家屋に向かって駆け出した。
「ら、ラーメル!!」
剣も抜かず一目散に駆けだしたのは、アリゼに思いを寄せる村の兵士、ラーメルであった。彼はいつでもこういう男だった。村の誰かが危険になれば、自分の実力も立場も無視して助けに行く。よく言えば勇敢、悪く言えば無謀……そんなことを繰り返していた男だった。それでも、今まではアリゼが助けに入ったりすることでなんとかなっていた。
――――――だが、今回だけは違う
竜が彼に気づき、その視線を送る。
それだけで彼の動きは止められた。いつも勇敢で無謀な彼が、たったひと睨みで……だ。
それほど人間と竜の間には差がある。圧倒的な力の差は、まずその精神を押しつぶす。彼の精神力は、今までのように恐怖に立ち向かう前に、折れてしまった。
そして、動きを止めた人間ほど、この状況で狙いやすいものはない
「に――――――逃げろッ!!」
アリゼが恐怖を忘れて叫ぶ。しかし呆然と竜を見つめるラーメルには全く届かず、逃げることはしなかった。
竜は埃を払うように腕を一薙ぎ。振られた腕から突風が発生し、アリゼの体を押した。強風に目を開けていられない彼女は、腕で顔を覆い、ようやく薄目を開くことができる。
……そこにラーメルの姿はなかった。突風がやみ、ようやくまともに彼を探せるようになった頃、それは空から降ってきた。
「ら……ラーメ……ル」
どこまで打ち上げられたのかは分からないが、彼の姿が消えてから落下までかなり時間があった。アリゼの横に落ちた彼は、腕が変な方向に向き、その鎧の下から少量ではない血を流している。そしてピクリとも動かない彼に、アリゼは近づくことができなかった。ラーメルの命は、すでに散っている。彼の魔力が感じられなくなったことがいい証拠だ。アリゼはその鎧を取り、それを確かめることが怖かった。
彼女はこれで、再び仲間を竜に殺されたことになった。
しかし、沸き上がってくるものは当時とは違った。
「…………よくも」
アリゼはレイピアを抜き、一歩踏み出した。
「よくも……ラーメルをォォォォ!!!」
怒りの表情に顔を染めたアリゼは、猛烈な勢いで駆け出す。そこには恐怖はなく、あるのは純粋な怒り。恐怖が吹き飛ぶほど、ラーメルの存在は彼女の中で大きかったのだ。それほど、彼に惹かれていたのだ。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
圧倒的理不尽に対し、アリゼは苦手だった無詠唱魔法で炎を乱射する。魔力配分など一切考えていない攻撃をどう思ったのか、竜はそれを一身に受け止めながら飛翔を開始する。
「逃げるなァァ!!」
浮き上がった巨体に、彼女は地を蹴って飛び上がり、その顔面にレイピアを突き込む。
しかし――――――
「くそっ!!」
レイピアはウロコに当たった瞬間中ほどでへし折れる。武器を失ったアリゼであったが、怒りに動かされていたためか、本能に任せて宙に浮かんでいたレイピアの先端を掴みとり竜の目に突き入れた。
「グギャァァァァァァ!!!」
初めて聞く竜の悲鳴。片目を潰したアリゼはそれを喜ぶことなく、もう片方の手に残っていたレイピアの亡骸を、竜のもう片方の目に突き入れにかかる。
「ガァ!!」
「ちィ!!」
だがそれは竜が頭を振ることで防がれる。空中に投げ出されたアリゼは空中で体制を立て直し着地。と、同時に
「うぉぉぉぉぉ!!!」
再び地面を蹴り、竜の眼前へと飛びかかった。再びレイピアをもう片目に突き入れようと振りかぶると、今度は腕を振られることで失敗に終わる。
横から巨腕に殴られた彼女は、そのまま真横に吹き飛び、家屋を数軒突き破ってようやく止まった。
「がっ……はぁ……はぁ……」
すでに住民が避難し終わった家屋の中で、アリゼは血を吐いた。よくもまあ自分でも死ななかったなと彼女は苦笑いを浮かべる。
(敵わないとはわかっていたが……はっ、悔しいものだな)
戦力の差なんて一目瞭然、勝てないことはわかっていた。それでも、大切な人が傷つけられた瞬間、気づいたら体が動いていた。かつて仲間がやられた時は恐怖しかなかった、だが今回は違う。
(それほど……あの男に惹かれていたってことか)
彼女の心は、恐怖を塗りつぶすほどにラーメルに奪われていたということなのだろう。それゆえに――――――悔しさがこみ上げる。想い人の仇すらとれない自分に。
「まだ……動けるか」
幸いなことに、彼女の体は壊れきってはいなかった。かろうじて体は動くが、肋骨は数本折れているかもしれない……
「動けるなら……!」
彼女は痛む体にムチを打って駆け出す。この程度の怪我、アリゼがセツたちといた頃には日常茶飯事だった。
家屋を飛び出して、いまだに浮いている竜に向かって駆ける。竜は怒りに染まった片目を向けてきているが、アリゼはそれを無視して走り続けた。
竜は翼をはためかせ、起こった風で彼女を吹き飛ばそうと試みる。しかし彼女は止まらない。魔力で強化された足を必死に動かし、前へと進み続ける。
それにさらに苛立ちを覚えた竜は、口の中に魔力を充満させた。彼らの種族に備わった典型的な武器、〈ブレス〉の構えである。火を吐くものもいれば、破壊的なビームを放つ個体まで様々だが、上位のものならば都市を半壊させるほどの威力があるという。
そしてこの竜がそれだ。
「はっ……ブレスは……さすがにキツイな」
遠目でもわかる口元に集まったエネルギー。彼女の何倍にも匹敵しそうな量の魔力がそこにはあった。
間に合わない、近づく前に撃たれる。アリゼにはその確信があった。そう分かってしまえば自然と走りもとまる。諦めの姿勢だ。
「だが……村だけは――――――私が守る」
自分が強くなったのはこの村のためだった。この村を守るためだった。辺りの魔物の強さに日々脅かされる村を、安心させるためだった。おそらくこのブレスが放たれれば、彼女だけでなく、この村も消し飛ぶだろう。
「それだけはぁぁぁぁ!!!」
アリゼは全身に残った魔力を巡らせた。竜のブレスは彼女を狙っている。ならば彼女がすべて受け止められれば……
(ま、無理だろうな)
自分の残った魔力量なんてたかが知れている――――――そう思った。実際のところその通りではあった。
だが、せめて少しでも盾になれれば、村の一部でも残るかもしれない。
すでに恐怖は乗り越えた、もはや恐れるものはない。
(心残りといったら……師匠にハチミツ酒を渡せないことか)
こんな時に何を考えているんだと、アリゼはクスりと笑う。
「すみませんね師匠、弱い弟子で」
「ああ、全くだ馬鹿弟子が」
「――――――え?」
「ゴアァァァァァ!!!」
アリゼが間抜けな声を出すと同時に、竜の口からエネルギーの奔流が放たれる。
「俺流冒険者の心得を忘れたか、言ったはずだぜ? 諦めは厳禁――――――だってなッ!!」
エネルギーの本流、ビームが突然軌道を真上へ変える。上空へ消えていったそれは、竜の口からエネルギーがなくなることでそのまま消滅した。
「あ~あ、最近の俺は遅れて登場が多すぎるぜ……」
「し、師匠!!」
そこにはこの世界で一番勇者に遠くて、そして一番近い男、セツが立っていた。
次回、蹂躙
ちなみにですが、このあとがきの言葉は次回のタイトルではありません。ただの匂わせです。




