16 ルリの望み
昨日は投稿できなくて申し訳ありませんでした。
「連れて行け」
「はっ!」
城の兵士たちに連れられ、テランが王の間を退室していく。
去り際のあいつはひどく疲れきっており、顔に生気を感じなかった。幸せの絶頂からドン底に落とされたようなもんだからな、無理もない。
「――――――結局ろくな情報も持ってなかったと。あの黒ローブは何を考えてんだか……」
「そうだな……妾に近づいてどうするつもりだったのだろうか」
奴から聞き出せたことは、まず黒ローブの男たちとは商会としての取引相手だったということ。テラン商会は本来食品から雑貨まで幅広く扱っている商会だ。質が信頼されており、各国でその商会を贔屓にしている住民は多い。だがそれは表の顔。裏では、麻薬を取引し、お偉いさん方に流すという仕事もしていたらしい。
そしてその麻薬を提供していたのが、あの黒ローブの男。どうにも奴らは魔法研究に精を出しているらしく、その麻薬は実験途中で偶然出来た副産物だったそうだ。
「麻薬を生み出す実験って……まあ人をこんなにしちまう実験がいい物の訳はねぇよな……」
俺は床に寝かせてある茶色いローブたちのフードをめくる。
コブだらけの頭、頬は所々青紫色に変色し、片目が腫れあがり半分飛び出している。恐らく元々は普通の人間だったのだろう。今では見る影もないが……
これが黒ローブたちの実験の成果だそうだ。詳しいことはテランも知らなかったが、奴らは生物兵器の製造を試みているということらしい。
俺はそのフードをそっと戻す。こいつらが元どんな人間だったのかはわからないが、事切れた後までこんな姿を見られていたくはないだろう。
「こやつら……生物兵器だかなんだかは知らぬが、実力は本物だ」
「ごめんね、生け捕りにできたらまだ情報を引き出せたかもしれないのに……」
デザスの横にいるイデスとリリーが言う。こいつらの実力でも捕獲が難しいってことは相当だな、これで量産型ならかなりの驚異になりかねない。
「下手に捕獲をしようとして怪我を負われても困る。被害がなかったのだからそれを喜ぼう」
悔しそうな二人にデザスがそう声をかけた。
まあ王の間は荒れ荒れだがな……デザスは仲間や部下を思いやる魔族だから、それよりも人的被害がない方が喜ばしいのだろう。
「とりあえずこやつらを寝かせたままにはできないな……ブラッド、頼めるか」
「はい」
ブラッドは埋葬しておきますと言って、茶ローブたちを担ぎ部屋を後にした。
「これでよし……む? どうしたのだセツ」
「……いや、なんでもねぇよ」
茶ローブたちを見ながら考え込む俺に、デザスが心配そうに声をかけてくる。
俺が気になっていることは、茶ローブを作り出した組織についてだ。テランからは組織の名前や規模すら聞き出せなかったが、去り際に黒ローブが言った「主」という存在が、どうにも気がかりになっている。それと、奴は俺が乗り込んできた時に、「やはり」と言った。
俺がこの世界に戻ってきたことが予想されていた。それもデザスに対し、俺を呼び戻すから結婚しろと、テランに持ち出させた奴らにだ。
(矛盾している……だがちょいと情報が少なすぎんな……)
「どうしたのよセツ」
再び考え込んでしまうと、隣にいたリヴァイアが心配そうに顔を覗き込んできた。その隣にいるルリも同じような表情をしている。
「ほんとになんでもねぇよ……大丈夫だ」
まだ何にもわからない状態で、これ以上心配事を増やさせるわけにはいかねぇな。俺は心配する必要がないと分かってもらえるように笑ってみせた。
「それよりルリ、お前デザスに渡すもんがあるだろ?」
「あっ! そうでした!」
話を変えるために、俺はルリの本来の目的の話を思い出させる。
あわあわとポケットを漁り、目的の物を見つけたルリはそれを持ってデザスに駆け寄る。
「あの! これおじいちゃんから託されたものです!」
「おお……これは……」
デザスが差し出された物を受け取る。
それは俺がかつてデザスにあげた黒いブローチだった。
「うむ、確かに直っているな。感謝するぞルリとやら。それでどうしてお主が届けにきたのだ? あの老人は……」
「あ……病気で……もう」
「……そうか、悪いことを聞いたな」
「いえ、寂しいですけど、もう大丈夫ですから」
そう言ってルリは笑う。その笑みはやはり寂しげだが、暗さはない。立ち直っているのは本当のようだ。
「だが本当に助かった、セツから貰ったブローチが壊れてしまったときは絶望したものだったが――――――」
「え!?」
あれ? ルリには言ってなかったか?
俺は驚いた表情でこっちを向いてくるルリに言う。
「それ俺がやったもんだ。裏に名前もいれてやってな」
「えぇぇぇ!!? セツさん何者なんですかぁ!?」
何を今更そんなことを聞いてくるのだろうか? だって俺は異世界から召喚された――――――
ん? あ、そっか!!
「俺お前にまだ正体話してなかった!」
「セツさんが五年前の戦争を止めた英雄……」
「まあ英雄なんて立場じゃないが」
「我々にとっては、セツは命の恩人どころか国の恩人だぞ!」
なぜかドヤ顔でデザスが話に割り込んできた。こいつらにとってはそうなんだろうが、俺からすればむず痒いだけだ。
……まあここまで言われると、地形が変わるほど頑張って戦ってよかったって気持ちにもなるが
「セツはものすごかった……なんたってあの悪魔のような勇者を―――――」
「デザス」
「ッ……そうだった、すまぬ」
俺はヒートアップしそうになったデザスの話を止める。それ以上はルリの知らなくていいことだ。俺自身あまり知られたい話ではない。
「と、とりあえず! ルリには何か褒美を与えねばな!」
少し気まずくなった雰囲気を、デザス自ら変えてくれる。
突然仕事の話に戻ってきたルリは慌てながら口を開いた。
「そ、そんな! 報酬は依頼と共に受け取ってますから……」
「別にいいんじゃねーの? くれるってんなら貰っとけよ」
「セツさんまで!?」
魔王様から直々に褒美が貰えるってんだから、拒否する意味はないと思うんだが……
「本来の報酬以上をもらってしまうのはその……商売人として……」
なるほど、受け取る資格がないとお考えのようだ。
見た目はちっこいのに考え方だけは立派だな。
「へっ、ガキんちょがいっちょまえに遠慮しやがって。貰えるもんは全部受け取れって」
俺はルリに歩み寄り、頭をペシペシと叩く。
めっちゃ不満そうな顔になった。なにこれ楽しい
「ぐぬぬ……もう私だって13歳なのにぃ……」
「成人もしてねぇじゃねぇか」
この世界では15歳から成人だ。酒は基本的にその年からになる……守ってる奴が居るのかどうかは別として。ちなみに結婚だけは17歳からだ。成人してすぐ結婚すると、仕事もろくにできず破産する可能性があるとかなんとか
「せ、セツさんだって! 私とそんな離れてないじゃないですか!! そんな人に子供扱いされたくないですよ!」
「残念だったな小娘、俺は前世を合わせれば三十は超えているぞ!!」
「前世はずるいですよ!?」
ふはははどうだこれがジジショタ――――――ないな、うん。ありえない
「妾からすればどっちも子供なんだが……」
「精神年齢が女子高生レベルのてめぇは黙ってろ!!」
数百年生きてんのにBBA感が一切ないこいつはどんな過ごし方をしてきたんだ。口調だけじゃねぇか
「ジョシコウセイというものがなんなのかはわからんが……ものすごく馬鹿にされた気がするぞ?」
ちっ、勘が鋭いさすが魔王。
馬鹿にされてることがわかってへそ曲げられても困るため、俺はまたも話題を反らしにかかる。
そこ! 自業自得とかいうんじゃねぇ!
「まあ年齢はいいとして、先に何をやるか決めたほうがルリも受け取りやすいんじゃねぇか?」
「話を反らされた気がする……確かにそうだな……うむむ、こういう時は適当に勲章でも与えておけばよいと思ってたのだが……ルリはそんなものいらないだろうからな……」
おいそういう所がジョシコウセイって言ってんだよ。
今まで適当に褒美を与えられてたって知ったら、この国の何人かが泣くだろうな、確実に。
「何かルリの欲しいものはないのか?」
「わ、私がですか?」
突然聞かれ、動揺して俺を見るルリ。「どうしたらいいんですか!?」って言いたげな顔をしている。
さすがにここで突き放すのは悪い気がしたため、無難にアドバイスすることにした。
「言うだけ言ってみろよ、あまりにとんでもないことじゃなけりゃ大丈夫だって」
「そう言われても……」
「ほら、なんかねぇか? こう……なんか夢とか」
俺が夢と言ったとき、ルリの肩がピクっと動く。
何か夢があったのかもしれない。それを聞こうとする前に、彼女が自分から口を開いた。
「夢なら……あります」
そう言いながら、ルリは決心したようにデザスに向き合い、その夢を伝えた。
「私――――――自分のお店が欲しいです」
真っ暗な部屋の松明に火が灯される。壁際に取り付けられたそれらに火がついても、部屋はいまだ薄暗く足元は見えづらい。
その部屋の中心には長机が置かれ、それを囲むように、数人の黒いローブを着た男女が座っている。
そのローブは数十分前、セツと戦った影魔法を扱う男と同じものだ。
「……俺の分身体がやられた」
「そっか、どうだった?」
「主の言った通り、あの男は生きていたぞ」
「ははは! やっぱりか!」
最初に口を開いた黒ローブは、セツと戦ったその男と同じ声をしていた。魔族大陸にいたこの男は、この場から作り出された彼の分身だったのだ。
そして彼と会話しているのは、長机の一番奥に座っている者だ。声は中性的で性別が分かりづらく、黒ローブで顔や体格も隠しているため、ますます男か女かわからない。だがその異様な雰囲気から、この者が集団の長ということは一目瞭然だった。
「確かめに行ってくれてありがとね、カゲロウ」
「主の頼みごとならば構わない」
影魔法を扱う男はカゲロウと言うらしい。カゲロウは感謝の言葉にそっけなく返す。主の頼みごとをこなすのは当然と考える彼は、感謝の言葉すらいらないという精神だった。
その忠誠心に機嫌を良くしたここの長は、嬉しそうに口を開く。
「あの魔王の窮地を囮にしただけで、こうも上手くおびき出さるなんてね」
「来ない可能性もあったが、その時はどうするつもりだったんだ?」
「それならそれでテランくんを裏で操って、僕らの目的物の魔王ちゃんを回収するだけのことさ」
隙を生じぬ二段構えだよ――――――と長はあっけらかんに言う。
「なるほどな、さすが主だ」
「そんな褒めないでよカゲロウ」
二人で会話をしていると、突然ノックの音が響く。
その出処はこの部屋の唯一の出入り口である鉄の扉。
「お、入っていいよ」
「――――――失礼いたします」
長の許可と共に入ってきたのは、巻かれた金髪を揺らす少女。高級なドレスに包まれ、その表情はほんのり赤く、まるで恋に頬を染める女のようだ。
「ディスティニア王国第一王女マーガレットです。近況報告に参りました」
「やあマーガレット、相変わらず美人だね」
「そ、そんなお上手ですね……」
マーガレットはさらに頬を染めて悶える。どこからどう見ても恋に落ちた女の顔をしていた。それもそのはず、この長が、マーガレットの英雄であり、勇者なのだから
「それで? 召喚された勇者くんたちはどうしてる?」
「順調に育っております。〈聖剣持ち〉とその仲間はすでに〈悲しみの洞窟〉にも潜ることができます」
「へぇ……」
悲しみの洞窟とは、この世界に存在するダンジョンと呼ばれるものの一つである。ダンジョンにはそれぞれ冒険者と同じでランクが定められており、その洞窟は難易度A級相当だ。
「他の者たちもB級までのダンジョンならば攻略できますので、直にS級にも手が届くでしょう」
「いいね! それならもうすぐ使えるようになりそうだ」
まるで新しいおもちゃが手に入るとでも言うように、長は笑い声を上げる。
笑いが収まると、それを見て嬉しそうな顔をしていたマーガレットに言った。
「また報告お願いね、マーガレット」
「お任せ下さい――――――冬真様」
冬真……それはかつてセツと共にこの世界へ呼ばれ、そしてセツに葬られた男の名前。
彼はマーガレットが退室した後に、黒ローブの内の一人に声をかける。
「ねぇ、シロネコ、ちょっと獣人大陸へ向かってくれないかな?」
「……わかったのです」
そう言われたシロネコと呼ばれた黒ローブは、理由も聞かずに立ち上がり出口へ向かう。
まるですぐにでもここからいなくなりたいとでも言いたげだ。
「まってまって! まだ仕事を伝えてないよ!?」
冬真は焦ってそれを止める。実はシロネコは彼に忠誠を誓っているわけではない。そのため色々と態度に問題があった。
「シロネコ!! あなたは冬真様にもっと敬意を払いなさいよ!!」
その態度に怒りを覚えた者が一人。女の声で叫んだその者は、こっちを見ようともしないシロネコの胸ぐらを掴み上げた。
「ルーナ、落ち着いて。シロネコを下ろすんだ」
「冬真様……」
静かな声で言われたルーナと呼ばれた者は、フードで隠れている眼でシロネコを睨みつけながらも、言われた通りシロネコを下ろす。
「シロネコ、君の仕事は獣人大陸に来たセツを襲うことだ。魔族大陸に来たら次は獣人大陸だろうからね。できれば寝込みを襲って、生け捕りにして欲しい。もし対応されたら退却してね、彼には正面からじゃ絶対勝てないよ」
「……分かりましたのです」
「そのまま逃げようとは思わないでね? 獣人大陸の妹さんがどうなってもいいなら別にいいけど……」
「別に逃げないのです。言われた通りにするのです」
「……うん、いい子だ」
仕事内容を伝えられたシロネコは静かに部屋を退室する。 弱みで脅したというのに、冬真はいい笑顔でそれを見送った。
そしてシロネコの気配が完全に消えたあと、別の黒ローブに冬真が指令を出す。
「……クロイヌ、シロネコの後を追ってみて。彼女が裏切ったら殺しちゃっていいから」
「はい、主様」
クロイヌと呼ばれた黒ローブも退室する。
何人か減ってしまった部屋の中、冬真はここまで自分の思う通りの流れが出来ていることを喜んだ。そして僅かに狂気の混ざった笑い声と共に呟きをこぼす。
「ハハハ……きっと君を手に入れてみせるからね……セツ。
――――――――――僕の愛しの人」
次回、ルリお店を持つ
敵にも愛されるセツくんまじすごい




