15 圧勝
タイトル通りですね
デザスの結婚話を聞いてから、俺たちはその翌日にその村を出発した。期限はその日を入れて残り三日、普通に移動したら二日は取られると考えると、猶予は一日。それでも式には何とか間に合うだろうが、戦闘すると考えると準備が足りなくなる恐れがある。
その為俺がとった手段は、ブラッドが使った転移魔法陣を利用することだった。ブラッドなら数日間分の魔力を注ぎ続けて起動させる代物だが、俺の魔力量なら一日分で起動させられる……訳もなく、少しずつリヴァイアとブラッドから分けてもらい、ギリギリ起動させることができた。
魔力がすっからかんになってしまった俺はその一日をすべて寝て過ごすことになってしまったが、二日のところを一日に短縮できたのは大きい。まあ次の日もほとんど動けなかったんだが、おかげである程度の準備はできた。
「――――――ってわけでここまで来たんだが何か質問は?」
「だ、大体わかったが……お主とともに来たブラッドとリヴァイアとその商人の娘とやらはどうしているのだ?」
「ブラッドならほら」
「?」
天井の方を指すと、そこには穴の空いた部分から降りてくるブラッドが居た。
「ブラッド!!」
「ご無事ですかデザストル様!!」
ブラッドの姿が確認できたと同時にデザスが奴の名を叫ぶ。ブラッドの方もデザスが無事で安心しているようだ。
逆にデザスの横に居る白いスーツの男は恐ろしげにそれを見ていた。だれだ? あいつ
「貴様……やはりこの世界に戻っていたか……」
やはり? なんだこいつ俺が戻ってきていることを予想でもしていたのか?
俺は正面に立っていた黒いローブの男を訝しげに見る。全体的に気味の悪いやつだ。とりあえず俺の相手はこいつでいいのか?
「なら……おいブラッド!! そっちの茶色い奴ら任せるぞ!! イデスも動けんならブラッドと行け!」
「承知した!!」
「う、うむ……」
ブラッドはすぐに動いてくれたが、イデスはまだ困惑が抜けきらないようだ。それでも俺だということは信じてもらえているようで、戸惑いながらもブラッドと共に走り出す。
「ほんじゃ、俺はテメェをぶっ飛ばすとするか。デザスに手ぇ出した罪はでかいぜ?」
「……正確には手を出したのは俺ではないのだが……まあいい、貴様は確実に仕留めておかなければならない男!! ここで潰させてもらう!!」
殺気をむき出しにして構える黒ローブ
へぇ……少しは持ってくれそうだな
この私、ルリは、現在魔王城の王の間の前にいます。こんなしがない見習い商人がなぜこんなところにいるのか……
「ほらルリ! 気を確かに持ちなさいよ! 私がついているのよ?」
頼もしいことを言ってくれている隣の女性はリヴァイアさん。私が幼い頃聞いた神話に出てくる海神様だそうです。そんなとんでもない人が隣にいることも、私がビクつく原因の一つです。
「そんなこと言っても……」
「シャキっと立ちなさい! ほら! 仕事が来たわよ!」
「ふぇ!?」
リヴァイアさんにそう言われ、私は伏せていた顔を上げました。
すると正面から鎧をまとった魔族の人たちが駆けてきています。先ほどセツさんが起こしたであろう轟音を聞きつけたのでしょう。みなさん顔が真剣です。
「貴様ら!! そこをどけぃ!!」
私たちに剣や槍を構えながら、少し他の人より鎧が豪華な人が言います。団長のような人でしょうか?
「見ない顔だな!! この騒ぎは貴様らが起こしたものか?」
「うーん……まあそうなるのかしら?」
「なっ……そういうことならば生かしちゃおけん!!」
「そんなに気張らないでよ、ルリ、あれを渡して?」
「あ、はい!」
そうだ、これが今の私の仕事
私はセツさんの魔力が篭っている魔力袋から、手のひらサイズの物体を取り出しました。
それを一つずつ兵士さんに渡していくと、みなさん警戒しながらも一応受け取ってもらえました。こういう時私の見た目の無害さは有利です。
「……こ、これは?」
「コロッケ――――――と言うそうよ、あなた達は知っているんじゃないかしら?」
リヴァイアさんがそう言うと、それまで警戒していた皆さんの表情が変わりました。
「こ、これをどこで!?」
「中で騒ぎを起こした奴があなた達に渡せって言ってきたのよ。これ食ってちょっと待ってろとも言ってたわね」
騎士団長らしき人の質問にリヴァイアさんが答えると、みなさん顔を見合わせて騒ぎ始めました。
「せ、セツさんのころっけだ!!」
「あの人が帰ってきているのか!?」
「やっぱうめぇ!!」
「お前食うの速すぎるぞ!!」
中にはすでにコロッケを平らげている人もいて、私たちの役目は難なく果たせそうです。
私たちの役目は、騒ぎを聞きつけてやってくる兵士さんたちを、この中に入れないことです。なんでも、敵の戦力次第では巻き込まれて死人を出すかも知れないと考えたセツさんが私たちに任せてきたのですが、まさか本当にコロッケと言う芋を油で揚げた物で皆さんが止められるとは思いもしませんでした。
『すでにあいつらにはコロッケの美味さを調教してある』
と意地悪な笑みを浮かべながら言っていたのですが、嘘ではなかったようです。
ちなみに転移魔法陣を使ってまで急いだのは、これを大量に作るためだったそうです。市場の芋を買い集めるのは結構骨が折れました。しかし苦労しただけあって、作ったのは私ではないけれど、美味しいと言ってもらえると少し嬉しくなりました。
というかコロッケ一つでセツさんと確信できるみなさんは大丈夫なのでしょうか?この城の警備が心配です
「セツさんは何をしに王の間へ? 今は式の途中であったはずですが……」
「魔王を糞男から取り返しに来たのよ」
リヴァイアさんがコロッケを食べ終わった兵士の質問に答えると、辺は再びざわめき出しました。
聞く所によると、みなさんも今回の結婚には反対―――――というかその相手さんのモノになるのを猛反対していたようです。そういう事情からセツさんに加勢したいと申し出る人もいましたが、本人であるセツさんが来るなと言っていますので……と断っておいた。
「気長に待ってなさいよ、コロッケはまだまだあるわ」
「お、これはありがたい」
私は再びコロッケをみなさんに配ります。
私も一つ口に入れてみると、出来たての方が美味しかったなぁなどと失礼なことを考えつつも、その芋の美味しさに手が止まらなくなります。セツさんの世界ではこういうものもお弁当に入れて持っていくそうです。今度頼み込んで作ってもらおうかな……
俺は目の前に迫ってきた黒い棘を、首を倒すことで避ける。
そして黒ローブに近づき様に黒丸をひと振り……
「くっ……」
わざと大振りで振ったその攻撃は、バックステップされたことで空振りに終わる。
「鋭い一撃だ……危うく血を流すところだった」
「……お、おう」
これくらいなら死なないだろ――――――ぐらいの気持ちで軽く放っただけだったんだが、そんなに鋭く見えたか?
「こちらも本気で行くぞッ!! 〈影の拳〉!!」
男の影から真っ黒い拳が現れる。かなりでかいな、俺のガタイならペシャンコにされそうだ。
だが俺は特に焦ることもなく、ただこの程度が本気かと失望しながらそれを見つめていた。
「はぁ!!」
気合とともに繰り出されるその拳を、俺は黒丸を持っていない方の手で正面から受け止める。ズシンと勢いが響いてくるが、ダメージは一切ない。
「片腕で……ッ」
「あっらよっと!」
俺は黒丸を振り上げて、受け止めておいた黒い拳に振り下ろす。スパンと切り裂かれた腕は霧散して消え、剣が振られた風圧で黒ローブの体が後退する。
「なんと言うデタラメな……」
「よく言われる」
「ッ!?」
後退した男と一足で間合いを詰めた俺は、体制を崩したままのこいつの腹に前蹴りを叩き込む。
「がはっ―――――」
衝撃で唾と息を吐き出した男は吹き飛び、床に体を打ち付けながら転がる。
やっぱりあんま強くねぇなこいつ、こんなのにイデスの野郎は苦戦していたのか? 五大魔将の称号が泣くぞ?
この程度ならあの二人に他の兵士足止めさせておく必要もなかったかもしれない。巻き込むほど規模がでかくならなそうだ。
「がっ……はっ……〈影の槍〉ッ!」
膝を付いたままの男の影から、三メートルは優に超えるであろう巨大な槍が伸びてくる。
結構魔力を練り込まれているな、傷くらいは負いそうだ。
「くらえ……ッ!」
「いいから撃てや」
「ハァ!!」
気合とともに放たれた槍は真っ直ぐ俺目掛けて飛んでくる。魔王城の壁に余裕で風穴開ける威力はあるな、天井に穴開けた罪悪感もあるし、これ以上穴を増やさせるわけにはいかない。
「てい」
ぺしっと槍を叩く。それだけで槍は床に叩きつけられ、先端がへし折れた。
魔力の粒子になって消えていくその槍から目を離し、顔は見えないが驚愕の雰囲気を隠せないでいる黒ローブに挑発の意味を込めた笑みを送る。
「どうした? もっと来いよその程度か?」
「ぐっ……規格外とは聞いていたがここまでとは……!〈影の槍〉は軽くA級の威力はあるのだぞ……」
「A級程度で調子乗ってんじゃねぇよ真っ黒黒すけ。ついでだ、SSS級のパンチを見せてやるよ」
「ぐ……〈影弾〉!!」
俺は軽く地を蹴り黒ローブに接近、男が咄嗟に影から飛ばしてきた黒い弾丸を剣で弾きつつ、その目前へと迫る。
距離を取ろうと地を蹴る前にその腕を掴み、逃がさないように固定する
「そう逃げんなって、遠慮なく受け取れよ」
「がっ―――――――――」
剣を離し、黒ローブの顔面を殴りつける。鈍い音と共に吹っ飛んでいくと、前蹴りを食らわせた時と同様床に体を打ち付けて止まる。
「てめぇ何か不自然だな、いつまで力隠してやがんだ?」
俺は倒れながらうめき声を上げる黒ローブへ問いかける。
どうにもコイツの持つ雰囲気と強さが比例していないのが気になる。
魔眼持ちのティアほどではないが、俺もなんとなく雰囲気で相手の魔力量を推測できる。そこからSS級程度の実力はあるように思えたんだが、戦ってみればA級、S級ほどでしかない。
「はぁ……はぁ……さすが規格外の勇者……この状態では相手にすらならないか……」
「この状態?」
「悪いがここは引かせてもらおう……貴様のことを主に報告しなければならないからな」
「主とやらが誰だか知らんが、簡単に逃がすと思うか?」
放った剣を拾い上げ、それを奴の首元へと突きつける。
「ふっ……貴様には俺の命は奪えまい……その甘さが命取りになることを知れ……くくく」
そこまで言うと、男は黒いローブだけを残し、その場で霧散する。黒い魔力の粒子が辺に舞い、やがて消えていく。
「影魔法だけに影分身ってか? ――――――舐めやがって」
さっきまでの弱さは分身体ならではってことか、道理で大した手応えもないわけだ。
俺は苛立ちを覚えながら黒い粒子を払う。次会った時はその主とやらごとボッコボコにしてやる。
「――――――セツ」
「……お、そっちも終わったか」
ブラッド、リリー、イデスがそれぞれ茶色いローブを着た奴らを引きずりながら俺のもとへ来る。
大した怪我も負っていないようだし、圧勝だったようだな。
「とりあえず身ぐるみ剥いで正体を――――――」
「セツッ!!」
「おわっ!?」
正体を拝むかと言おうとしたところで、俺の背中に柔らかさと重みが襲いかかってきた。
俺の体を包むように、花嫁姿の魔王デザストルが抱きついてきていた。転生のせいで体が別物になり、身長ががくっと下がった俺とデザスの身長は逆転してしまっている。五年前は俺のほうが大きかった。
ぐう……嫌になる。
「怪我はねぇか?」
「ないッ! それに純潔のままだ!」
うん、それはよかったよかった……人前で言うんじゃねぇ対応に困んだろ
「まあなんだ……とにかくまた会えてよかったぜ、デザス」
「うん……! うん……!!」
抱きしめてくる力が強くなる。腕を見ると小刻みに震えており、相当不安だったことが分かった。まあこいつも見た目は大人っぽいが、中身は女の子だ。身の危険は感じていたんだろうな
「それにしても……お前白似合わねぇな」
俺はデザスの格好を見て言う。やっぱりこいつが似合うのは赤色か黒だ。俺からすれば白なんて違和感しかなく、できれば普段の格好に戻ってもらいたい
「お主ならそう言うと思ったわ……一応花嫁姿なのだがな」
デザスは苦笑いを浮かべつつ言った。まあ色さえ考えなければ、今のこいつはめちゃくちゃ綺麗なんだが……
「はぁ……今度黒と赤のウエディングドレス用意するから着てみてくれよ」
その色のドレスならば素直に褒められる気がする。
「む! それはもしや……プロポーズか!?」
すごい食いつきを見せ、俺の顔を引き寄せてくる。必然的に顔が上を向き割と痛い。やめろやめろ!
俺は痛みを堪えつつも口を開く。
「ま、まあお前が望むなら結婚くらいなら……」
基本的に俺は来るものを拒まず精神だ。もちろん俺自身が好きか嫌いかはあるが、好きならば相手の気持ちに応えてやりたい。それに日本にいた時では考えられないほどの美女からの求婚を断る理由など、どこにあるだろうか? ―――――――――いや、ない 。あるはずがない
わかってくれ、俺だってハーレムに憧れる男子的な気持ちを持ち合わせているんだ。
……まあ精神年齢で言ったら三十超えているんだが……
「ほ、ほんとか!? あ、いや……しかし……」
一瞬花が咲いたような笑みを浮かべたデザスであったが、すぐに考え込む表情に変わる。
「だがあやつに断りも入れず求婚するのは抜けがけというか……どうせならばあやつとともに求婚してみたいというか……うーーーー!! どうすればいい!!」
「そのあやつってのはロアのことか……?」
ロア・レオネール、獣人大陸の王である獣王の娘の名前だ。元敵対していた魔族と獣人、その王と、王の娘は現在友人関係になっている。まあ最初は険悪なムードだったんだが、俺を挟んで話しているうちに打ち解けたようだ。今ではもっと仲良くなっているのかもしれないな。
「うーーー……き、決めた! まだ求婚はしない!! やるときはロアも一緒だ!」
「お、おう……」
何やら決心したデザスは俺から離れ、拳を握り締める。よくわからんがコイツの中で話は纏まったらしい。
「ってかお前らはいいのかよ? 自分たちの主が俺なんかと結婚しても……」
「デザストル様が決めたことならば」
「そうだねーわたしたちさからえないもんねー」
「ふむ、でざすとるさまがそうはんだんすればもんだいあるまい」
ブラッドは口調こそしっかりしているが、顔はにやけている。あとのリリーとイデスはニヤニヤを隠す気もなく、口調は丸っきり棒読みだった。
――――――こいつら今回の結婚式では暴れるほど受け入れようとしなかったってのに……
「まあダメって言われるよりはいいんだが……
――――――そんであいつどうする?」
俺がそう問うと、全員がある方向へ向く。
「ひっ……」
そこに居たのは白いスーツを身にまとった人間の男、五代魔将に花嫁と結婚する者として受け入れてもらえなかった、哀れな新郎だ。
玉座の陰に隠れ足を抱えて怯えている姿は、みっともなさすぎて見るに堪えない。
「妾はあんな男のモノとなるところだったのか……今考えてみても恐ろしい」
ひどい言われようだが、そう言われても仕方がないほどその姿は惨めで小汚い。
「た、助けてくれ……命だけは……」
歯をガチガチと鳴らし必死に命乞いをしてくる。
デザスたちは俺に処分を一任すると言いたげに、俺に視線を送ってきた。
俺はため息をつきつつも、仕方ないかと男に歩み寄る。ちゃんと黒丸も持ってな
「よぉ、仲間に見捨てられた哀れな新郎さん、気分はどうだ?」
「た、助けてくれ……か、金ならば払える……」
魔族の王であるデザスにはそんな命乞い通じねぇだろ……
俺はご丁寧にセットされた髪を鷲掴みにし、顔を上げさせる。
「――――――仕方ねぇ、命だけは助けてやるよ」
「!! ほ、本当か!?」
「ああ、ただし――――――」
俺は黒丸をこいつの真横に突きたて言った。
「――――――お前の知っている情報を洗いざらい吐いてくれたらな」
軽く殺気を混ぜた眼光を向けてやると、こいつは涙と鼻水を流しながら何回も頷いた。
次回はテランくんからお話を聞き出した所からです。
テランざまぁ