13 怒リング
二話連続謎のイカリング押し……美味しいもんね
今回は少し短めになってしまいました
日も暮れ、辺りの見通しが悪くなってきた頃、魔王デザストルの部下である五大魔将の一人、ブラッド・アレグラは魔王城を抜け、海が近い林の中に居た。
(これで転移はしばらく使えない……この辺りからイビルバロウまでは二日といったところか、それならば十分に間に合うが、急がねば……)
彼の後ろには淡く光る魔法陣が地面に描かれていた。彼がその場から離れると、やがてその光を失っていく。
これは転移魔法陣と呼ばれるもので、その名の通り人や物を移動させることが出来るものである。魔法陣を二つ地面に描くことで転移の条件はほぼ揃うのだが、それに使う魔力の量は尋常ではない。五大魔将の称号を持つ彼でさえも、この魔法陣を起動させるために数日間魔力を魔法陣に注ぎ続けておく必要があった。
(―――――――海神リヴァイアサンの力を借りることが出来れば……魔王様を奪還できるかもしれん)
彼が海辺へと来た理由、それは海神に助けを求めるためであった。
(魔王デザストルと特殊な関係を持つ彼女ならば……)
淡い希望ではあるが、ブラッドはそれに頼らなければならないほど、この状況を重く見ていた。
テランと言うあの胡散臭い男が持つ、謎の余裕……魔族大陸で最強の称号を持つ魔王の前でも飄々とした態度を崩さないあの余裕が、いったい何処から来ているのか――――――――
(あの様子ならば裏に何かがいるのは確かだ……式を壊すという我々の計画もその何かに邪魔される可能性がある)
彼ら五大魔将は、結婚式当日に騒ぎを起こし、デザストルを奪還する計画をたてていた。その場でテランに大恥をかかせれば、二度と彼女には近づけないだろうと考えた上での計画である。
だがもし彼の裏に何か護衛のようなものがいれば、それを阻止されるだろうと考えたのだ。自分たちの城で好き勝手発言ができるほど彼が強気になれるということは、自分たちを相手にしてもそれなりに戦える者がテランの後ろには居るということの証明となっている
その為、魔王と関係がある海神に助力を求めることにしたのだ。陸地で戦闘になった場合彼女の力は落ちるが、それでも自分たちの補助を任せられるほどにその力は強大だ。どうでもいいところでプライドの高い彼女に補助を頼むのは、今後の彼の交渉次第だろう。
「……む?」
潮の香りが強くなってきた頃、ブラッドはいつもはないはずの騒ぐ声が、どこからか聞こえてきているのに気づいた。
この辺りにある街……というか村は一つしかなく、彼は何度かこの辺りに足を運んできたことはあったが、一度たりともこのような賑わいを感じたことはなかった。
ふと気になりその声の方に足を運び始める。
ちょうど海神に会うには若干時間が早いと思っていたところなので丁度良かった。昼間でなく夜にここへ訪れた理由は、海神と自分の会話を万が一でも聞かれないためであったのだが、まだ日が暮れて間もないため、少々時間を潰さねばと考えていたのだ。
村へ近づくと、門を守る兵士が何やら茶色いリング状の物を口に運んでいるのが見えた。
「おい、兵士よ」
「―――――ッ! こ、これは五大魔将のブラッド様!! なぜこんなところに!?」
「俺のことはいい、なぜこの村はこんなに賑やかなんだ? まるで宴でも行っているようだ……」
「その通りです!! あの海神様が我ら海辺で暮らすものの天敵であったクラ―ケンを討伐してくださったのですよ!! 今宵はその海神様を交えての宴になっております」
ブラッドは兵士の言葉を聞いてなるほどと納得する。海神がこの村に居るのは計算外であったが、呼ぶ手間が省けたという物……だが彼が気になっていたことはもう一つあった。
「騒ぎのことはわかった……ところで兵士、その茶色い輪はなんなのだ?」
先ほどから兵士の持つ皿の上に盛られているリングがどうにも気になっていたのだ。それからたちこめる匂いは、かつて自分らの友人が振る舞ってくれたフライと呼ばれるものと同じ――――――
「これはいかりんぐなるものらしいのです。クラ―ケンの身にパンの粉をつけて揚げたものらしく、歯ごたえがよくて美味いですぞ」
そう言いながら兵士が差し出してきたものを一つ受け取り、口へ放り込む。
サクッとした歯ごたえのあとに、衣に包まれたイカの味がどんどん口の中で広がっていく。元々イカというものをあまり口にしないブラッドであったが、こんなに柔らかい物だったのかと驚愕するほど歯がよく通る。味を楽しみきる前に自然と飲み込んでしまった。
「これは……美味いな」
彼はかつてフライという食べ物を口にした以来の衝撃を受けていた。だが見れば見る程、嗅げば嗅ぐほどかつて食べたそれと似たような印象を受ける
「お口に合ったようでなによりです。これは海神様と共にこの村に来た者が作ってくださっているのですよ」
「海神と共に……?」
海神と行動を共にし、かつて自分が食べた物と似たような物を作れる者……
彼の中に一人の男の顔が浮かんだ。
ブラッドが村の中に入ると、そこには長いテーブルがいくつも並べられており、その上には先ほど自分が食べたイカリングと呼ばれる物が何十個、何百個と置かれていた。
村人はそれを口に運びながら酒を飲み、あちらこちらで盛り上がっている。
時々声をかけられながら進むと、ようやくお目当ての人物に到達する。
「海神リヴァイア……」
「あら? あなたは魔王のとこのブラッドじゃない」
リヴァイアは小皿にイカリングを乗せ、その横にもう一つそれと同じ色をしているが形の違う何かを乗せていた。
その何かは、ブラッドにとっても馴染みがあるものであった。
「そ、それは……」
「ああ、白身魚のフライ? あげないわよ?」
それは残念―――――と彼は思ったが、肝心なのはそこではない
「それを作った者はどこにいる!?」
「え? あそこにある村長の家にいるけど……」
そこまで聞いたブラッドはリヴァイアへの用も忘れてその家へと駆けだしていた。
村長の家の前まで来ると、ブラッドはノックもせずに扉を開け放ち中に飛び込むようにして入った。
驚く村の娘をよそに調理場の方へ一目散に向かうと、調理場の扉も開け放つ。
「ここの料理を作っている者は誰だ!!」
「うるせぇ!! いいからイカリングでも食ってろ!!」
中に入り声を上げた瞬間、彼の口の中に茶色いリングが飛び込んでくる。
「もがっ――――――――あ、あつぅい!!」
俺は再びの侵入者に揚げたてのイカリングを投擲した。さっきは煩すぎるあいつのためにわざわざ白身魚のフライを作ってやったんだ。これ以上わがままを聞く余裕はねぇぞ
「―――――――――あ、あつぅい!!」
「……ん?」
だが耳に入ってきた男の声に、俺は疑問を持つ。てっきりリヴァイアがお代わりを要求してきたもんだと思ってたんだが別人だったか。
それにしては聞いたことある声だな……?
「き、貴様……よくも俺に……」
俺は調理しながら後ろからする声を聞く。
魔王の部下であるブラッドという男の声にそっくりだ。振り返りたいところだが油から目が離せない、また後でにしてほしい。
「くっ……てっきりセツとばっかり思ったのだがな……とんだ無駄足だった」
怒りの混じった声で俺の名前を出す男、俺は油を熱していた火の魔石へ魔力を送るのを止めて振り返る。
「あ~やっぱブラッドか」
その顔を見てようやく確信できた。頭に生えた立派な赤い角は健在のようだな。一時期取れないものかと弄ったことがあったのだが、ほんとに頑丈なんだなあれ
「貴様……なぜ俺の名を」
あー……見た目変わってんから分かんねぇか……こいつには体で覚えさせるようなことがなかったから簡単には証明できねぇな
「あ、そうだ」
俺は魔法袋の中にイカの足を押しのけて手を入れ、目当ての物を取り出す。
それは、こいつらの主にもらった身の丈をも超える大剣、黒丸だ。
これはこいつの目の前でもらったものだから、証明にはちょうどいいだろう。
「そ、その剣は!!」
「ほれ、お前んとこの主がくれた剣だぞ」
投げ渡して確認させてみる。おっかなびっくりそれを受け取ったブラッドは、上から下まで確認した後にそれを投げ返してくる。
「ほ、本物の〈シュバルツ〉だ……」
「こいつはそんな名前じゃねぇ!! く・ろ・ま・るだ!!」
そんなダッセェ名前で呼ぶんじゃねぇ!!
「その名前で呼ぶのは……ほ、本当にセツなのか……?」
「久々だなブラッド、相変わらず面白い角してんな」
「せ、セツ……戻ってきていたのだな……!」
俺だと分かった途端ブラッドが涙を流し始める。なんでこいつ心底安心したみたいな顔してやがんだ?
「――――――――なるほど、デザスがねぇ」
「ああ……あ、このいかりんぐとやらお代わりしてもいいか?」
「めんどくせぇから自分でよそってこい」
宴が落ち着いてきた頃、俺はリヴァイアとルリを村長の家に呼び、ブラッドから粗方の事情を聞いていた。ルリは爆睡しているが……
「何かお酒飲ませたらフラフラし始めて、気づいたら寝ちゃったのよね」
「お前のせいか……」
気持ちよさそうに寝ているルリはまだ未成年だ、酒なんて初めてだったに違いない。とりあえずそんなことをしたリヴァイアに拳骨を落とし、俺は聞いたことについて考える。
「テラン商会ねぇ……」
五年前に聞いたことはあった。その時は特に目立つようなこともない商会だったのだが……その会長が魔王に求婚ねぇ
「俺を出汁にして魔王を手に入れようなんて舐めた真似してくれるじゃねぇの……」
あいつには俺が唾つけといたんだ、勝手に奪われちゃ困るってもんだ
「おいブラッド! その結婚式とやらはいつだ!!」
「むぐ……んぐ……四日後だ!!」
イカリングを口いっぱい頬張っているブラッドはそう答えた。
四日後……今日はもう出発できないとして、明日からだと三日後か
「お前の話じゃ式にはそのテランとかいう男の護衛がいるかもしれないんだったか?」
「ああ……確かめたわけではないが、十中八九間違いない」
こいつらを相手にしても無力な男が余裕を持てる程度の実力者か、まあその程度なら問題ねぇだろ
「―――――――――んじゃ、丸ごと結婚式を潰してやるとするか!」
俺の大切なもんに手を出したことを後悔させてやんないとな。
考えをまとめつつ、目の前のテーブルに乗っていたイカリングを一つ掴み、それを口に放り込む。
そんな柄じゃないが、姫様を助けんのはいつだって勇者様だもんな。
次回はようやく魔王城へと出発します
ブラッドさんもイカリングを気に入ったようで何よりですね