12 イカリングでも食ってろ
今回かなり難産となっております。
「――――――こいつどうしよ?」
俺は目の前の海面に浮かぶ巨大なイカを見て呟く。
あれから順調に進めた俺たちは、すでに魔族大陸が見えてくる位置にまで来ていた。いよいよ到着といったところで、このイカが海から飛び出してきたのだ。
「こいつはクラーケンね、A級よ」
他の生物が自分の縄張りに入った瞬間襲ってくるイカの化物と呼び名の高いクラーケン、その名前の通り、俺たちもこの海域に入った瞬間襲われたんだが――――――
「目障りだったのよね、海を自分のモノと主張するその態度が」
――――――目の前にビルほどの大きさはあるだろう体が現れた瞬間、リヴァイアの口から放たれた水の弾が、その胴体に風穴をあけた。
体の中心にポッカリと穴があいたクラーケンは一瞬巨大な10本足でもがき、数秒もしないうちに絶命した。
まさに秒殺だ。
「海の魔物でお前に勝てる奴がいない……ってのは知ってたけど、ここまで秒殺だとはな」
「私は海神よ? これくらい当然だわ!」
えっへんと聞こえてきそうなほど声が誇らしげだ。
調子に乗らせておくのも癪だったから、適当に流す
「はいはい……で、こいつどうしよ?」
「……まあ食べたらいいんじゃない?」
「なに!? 食べれるのか!?」
何か不満そうなリヴァイアから魅力的な発言が飛び出し、俺は思わずクラーケンを凝視する。
イカかぁ……
「……イカリングでも作るか」
「おおー……久々に来たぜ魔族大陸」
「わ、私初めてです……」
人の目を避けるため、港の方へは回らず、人気のない砂浜に俺たちは降り立つ。
先に降りたルリが、緊張した様子で辺りをキョロキョロと見渡していた。
俺もリヴァイアの頭から飛び降り、懐かしい雰囲気を感じ取る。
人間大陸とは違い、まず空気中にある魔力の量が多い。魔族が魔術のスペシャリストなのも、こういう環境で育っているからと言われている。
「私は暇なときに結構来てるから新鮮さはないわね」
「ん?」
後ろから声がし、振り返るとそこには水色の髪をストレートに伸ばした少女が立っていた。まるでモデルかと思うほど完璧なスタイルを持ち、胸はそこまでないもののそれがどうでもよくなるくらいの美人顔だ。鼻がスッと通っており、大きめな眼は黒目部分が赤色になっている。服装は日本で甚平と呼ばれている服を着ており、色は水色。下はゆとりを持った短パンで、そこから伸びる白い足が魅力的だ。
「なんだ、ついてくんのかリヴァイア」
「あなたが帰ってきたってのに海でジッとしててもつまらいでしょ? それに……魔王に会いに行くなら私もちょっと用があるし……」
……なにやら訳ありのようだが、俺としては特に拒む理由はない。
見ての通り、彼女は〈人化〉と呼ばれるスキルが使える。SSS級魔物などでは特に珍しいことではなく、割と一般的なものだ。この状態でも通常時と同程度の力はあるらしいのだが、海神の特性上海から出るとS級魔物程度の能力値になってしまうらしい。それでもS級魔物なんて滅多にいない方だから、戦力としては十分期待できる。
「ルリはいいか?」
「だ、大丈夫です……でも本当にイビルバロウまでついてきてくれるんですか?」
「俺もそこに用があるし、これでも一応護衛役だからな」
ルリは魔王に会いにいく自分に付き合わせるのを悪いと思ったのか、心配そうに聞いてくる。
それでも俺は元々そいつに会いにいくつもりだったし、忘れかけてはいたがルリの護衛として一緒にいるんだ。一緒に行くことにメリットはあってもデメリットはない。
「じゃあ三人で行くとして……まずどうする?」
四時間もかかっただけあって、空は茜色に染まっている。
野宿するにも準備しなければならないし、魔法袋に入れたクラーケンもどっかで調理したい。
近くに村でもあればいいんだが……
「それなら近くに私の顔が利く村がこの近くにあるわ、というかそこに行くためにここに上陸したの」
「そうなのか、なら案内頼むぜ」
「任せて」
リヴァイアが俺たちを先導して歩き始める。
向かう先は、歪な木々が生い茂る気味の悪い林の中だった。
林の中を歩き数分、木々の向こうに黒い木で建てられた建物たちが見えてきた。
リヴァイア曰く、この森に生えている木で作られているとのこと。よく見れば確かに歪に曲がっているこの木たちは真っ黒だ。てかこんなもんどうやって家屋に使ってんだよ……
近くまで来ると、村を囲むように木で高い防壁が作られているのが見えてきた。魔族大陸は空気中の魔力が多いだけあって魔物も強いため、こうして襲撃を防いでいるのだという。
「――――――止まれ」
村の全貌が見える距離まで来ると、村への入口である門を守っている男が静止をかけてくる。
男は灰色の甲冑に身を包んでおり、よく手入れのされた槍を持っていた。
「私よ。通してくれないかしら?」
「おっと……これは失礼いたしました海神様。その方々は?」
「私の友人よ、この二人も通してくれる?」
「海神様の友人となれば拒むわけにはいかないでしょう、どうぞお入りください」
「ありがとう」
マジで顔見知りの中のようで、特になんの警戒もされず村の中に入れてしまった。
「り、リヴァイアさんってほんとにすごいんですね……」
「……あなたにそう呼ばれるのはあんまり違和感ないわね……まあ、私の機嫌を損ねたらこんな海に近い村は簡単に沈められるから」
確かに逆らえないに決まってるよな……下手したら津波起こされてこの辺一帯海に沈むぞ?
ほらルリがビビってんじゃねーか
「いくら私でもそんな面倒くさいことしないわよ、疲れるし」
「よ、よかったです……」
「あなたわたしのことなんだと思ってる……?」
口から水の弾吐いて、出会って速攻風穴開ける危ない女じゃないか?
その被害にあったイカはちゃんと後で食べてやるからな
「ようこそいらっしゃいました、海神様にそのご友人様方」
村を歩いていると、頭の側面に小さな角を持った老人に出会う。相変わらず魔族の肌は青白い、顔色が悪いようにしか見えないが、本人たちはいたって健康というのだから最初の頃は心配して損してばっかりだった。
「村長、今日一晩泊めてもらいたいのだけれど、大丈夫かしら?」
「もちろんです。最大限のおもてなしをご用意いたします」
もてなしという言葉にルリが居心地悪そうな顔をしている。リヴァイアの友人というだけでそこまで言われてしまうのは、俺としてもちょっと苦笑いだ。
「あ、そうだ村長。この男にどこかの調理場を貸してあげてくれないかしら?」
「調理場ですか? それならばワシの家を使っていただいて結構ですが……」
使うんでしょ? と言いたげな視線を俺に向けてくるリヴァイア。調子に乗らせるのは嫌だが、ここでは素直に視線で感謝を返す
「何を作るのですか?」
「ああ……ちょっとイカを料理したい」
イカ……?――――――尊重は訝しげな視線を向けながらも、俺を自分の家へと案内してくれた。
「ほい! 揚がったぞもってけ!!」
「は、はい!!」
俺は近くにいた村の娘に、皿にのせた料理を運ばせる。
その料理とはもちろんイカリングと呼ばれているイカの揚げ物だ。
え? あんなでかいイカがどうしてリング状になって皿で運べるかだって? こまけぇこと気にしてるとハゲるぞ!! 切って揚げたらこうなってたんだよ!
――――――で、なぜさっきからひっきりなしにイカを挙げているのかといえば……
「―――――申し訳ないですねぇ……宴の料理を任せてしまって」
「そう言うなら手伝ってくれよ村長!!」
「ワシは料理ができないもんで……」
「だぁーー!! ちくしょう!!」
村長の家にて、俺はクラーケンの調理を開始したのだが、それを見た村長たちが急に騒ぎ出し宴の準備を始めた。なんでも、このクラーケンにはかなり被害を被っていたらしく、まともに海に出て漁ができないでいたらしい。
そんな中俺たちがクラーケンを討伐しまともに漁ができるようになったこの村が、それを祝って宴を開くことにしたのだ。
そして俺はその宴の料理係を任されている。これも全部リヴァイアのせいだ。
あいつが俺の料理をめちゃくちゃ押しやがったために、村全体が俺に任せる流れになってしまった。
「どうせあいつが食べたかっただけだろうが……っ! なんで俺がこんなめんどくせぇこと……」
別に断ることもできたが、自分の料理に期待されてるってなるとちょっと断りにくい。
日本にいたときは別に料理を強要されることはなかったが、趣味の範囲で色々作っていた時がある。両親が美味いと言ってくれるとめちゃくちゃうれしくて、趣味の範囲を飛び出したこともあった。だからぶっちゃけリヴァイアに料理係を押された時は少しだけ嬉しかった。調子乗るから絶対言わねぇけど
だからって面倒なものは面倒なので、今はかなり後悔している。
魔法袋から伸びるこのイカの足にだんだんイラついてきた。こうやって全体が出せないため足を一本ずつ出して調理しているんだが、まだこれは二本目だ。
切るとなぜか一口サイズのリングになるイカの足にパン粉をつけて、油へ投げ込む。その間にまた足を切り、綺麗に揚げることができたイカリングと油から出す。皿に盛ったらまたイカ足を油へドーン。詳しい作り方なんて知ったこっちゃないため、もう適当にパン粉つけて油へ投げ込む作業である。
「セツーそろそろイカリング飽きたわ。白身魚のやつ食べたい」
俺が怒りに任せ足を切っていると、調理場にリヴァイアがのこのこと入ってきやがった。
忙しいのは目に見えて分かるくせに、白身魚のフライを作れとほざく彼女に向けて、俺は揚げあたてのイカリングを手でつかみ、リヴァイアの口に向けて投擲する。
「うるせぇ!! しばらくイカリングでも食ってろ!!」
「もがっ―――――あ、あつぅぅぅい!!!」
水ーーーー!! と叫びながら出て行くリヴァイア。しばらく反省しておけ
―――――セツたちが上陸した頃……
魔王の元で結婚の約束を取り付けた男、テラン・スニーターは、城下街を走る馬車の中にいた。
馬車の中はそれほど広くなく、せいぜい四人程度しか入れないと思われる。
その馬車の中にはテランの他に、真っ黒のローブに身を包んだ者がいた。ローブのフードを深くかぶり、体の特徴が目立たないように全身を隠している。
「―――――上手くいったようだな」
ローブが声を発する。その声から中身が男ということがわかった。
テランは異様な雰囲気の男に顔をしかめつつも、すぐに笑みを浮かべて嬉しそうに話し出す
「あなたの言った通り、セツという男の話だけでこうもうまく行くとは思いませんでしたよ。でもどうするのです? の〈テラン商会〉にはその男を召喚することなどできませんよ?」
その発言は、先ほど魔王城で話していたこととまったく逆のことであった。
彼は魔王デザストルに対し、セツという男を再召喚できると話していたのだ。
「それは我々の方でやる。貴様は精々魔王との生活を楽しんでおけ」
「そうさせていただきますが……あまり好ましくない言われようですね」
「……貴様をこの国に連れてきて女まで与えたのは誰だ?」
「……わかっていますよ」
テランはこの男に逆らうことは間違いだとわかっていた。
自分のことなどいつでも消せると言いたげな態度が、ハッタリだとは到底思えなかったのだ。
「お前は余計なことを考えず、自分の結婚式の準備でもしていろ。式当日は俺も参加しておく。魔王の部下が邪魔をしてくるとしたらその場面だからな」
「はぁ……まああれだけ敵意のこもった目で睨まれてますからね……邪魔してくるのは確定だと思います」
「我々が貴様を守るのはその日までだ。その後はいつも通りの取引に戻らせてもらうぞ」
「わかっています」
「ならばいい」
そう言った次の瞬間に、ローブの男は消えていた。テランが瞬きをした一瞬で、動いているこの馬車から姿を消してしまったのだ。
「ふぅーーー……やはり彼との会話は神経を使いますね」
何百人と商売の話をしてきているテランにとっても、あのローブの男との会話は毎回冷や汗ものだった。下手に発言を間違えれば、自分の首が飛んでいる可能性もある。
だがそれだけのリスクを背負うだけの価値はあった
「まあ、それだけであの魔王の美貌が手に入ってしまったのだからよしとしなければ――――――」
彼の乗る馬車は元々彼しか乗せていなかったかのように、城下街を進んでいった
その馬車を、建物の上から見下ろす影があった。それは一瞬前までその中にいたローブの男……
「やはりあの男は利用しやすい……」
男はそう呟きながら、フードをさらに深くかぶる
(――――――あの方の予想では……すでにその男がこの世界に帰ってきているとのこと……)
街を行く人は彼に全く気づかない。無関心……まるで影のような扱われ方であった。
(我らが主のため……その存在を確かめさせてもらうぞ……我が主と共にに呼び出されし勇者、セツよ)
次の瞬間、彼の姿は馬車から消えた時と同じようにその姿を消していた。
セツの知らないところで、この世界に不穏な風が吹き荒れ始めていた――――――
次回は宴の様子と、村にとある訪問者が来るところから始まります
難産になりそうな時他の書き手さんはどうしているんでしょう?私気になります