10 海の渡り方
――――――自分のことをルリと名乗ったこの少女は、なんでも商人見習いらしい。
あれからいくらか経って、俺たちはあの場を少し離れたあと、土魔法で作った穴の中に殺された護衛冒険者の亡骸を入れて埋める作業をしていた。これは冒険者時代のマナーのようなもので、同じ冒険者の亡骸は埋めてやらなければならない。理由としては、死体に群がる魔物が現れるのを防ぐためと、死体のまま放置され、辺りの魔力の影響でアンデット化してしまうのを防ぐため……の二つがある。一つ目はそのままの意味だが、二つ目は割と難しい話だ。
人型の動物が死にそのまま自然界に放置されると、その地の魔力を吸収しアンデット化するというのは、冒険者にとっては常識だ。アンデット自体は大した力もなく下から三番目のC級程度の驚異だが、まれに仲のいい友人がアンデット化し、それに剣を向けられず食われたという事例があるらしい。そんな事態を防ぐためにも、これは必要な作業と言えた。めんどくせぇとか言ってられないパターンのやつだ
それを終えた俺とルリは、横転した馬車を立て直し、なんとか逃げずに残っていてくれた馬にそれを引かせ道を進んでいた。ルリはその馬の手綱を握っている。
「それにしても……お前みたいな子供が商人ねぇ……」
「子供って言わないでくださいよ! それに何度も言ってますけど見習いですよ? み・な・ら・い!」
おっとそうだった。
この少女、ルリは商人をしていたという祖父に付き添い、その仕事を手伝ったりしていたのだが、その祖父が数日前病気で亡くなってしまったのだとか。商人の経験はそれなりに積んできたが、祖父は結局最後まで一人前として認めてくれず、見習いのままなのだという。
「……でもこのブローチを魔族大陸に届けられれば、天国のおじいちゃんも認めてくれるかもしれないんです」
彼女の目的、それは魔族大陸にいるある人に、ブローチを届けることだそうだ。元々祖父が魔族大陸に行った時にその人に修理してくれないかと頼まれ、引き受けたのが始まりらしい。お金はすでに受け取っており、あとは届けるだけだと言う。
「おじいちゃんはそのブローチを届けに行こうとしたところで死んじゃったんです……だからその弟子の私がちゃんと届けてあげないといけないんです」
「……と思って出発したら、その道中にあんな目にあったと……」
「うう……」
俺は馬車の中に積まれている商品を眺める。全体的に雑貨が多く、生ものはさすがにないが、保存食である干し肉などが袋詰めされていた。
これらはちゃんとした商品らしく、ブローチを届けたついでに魔族大陸で商売しようと考えていたらしい。さすがは商人の孫といったところなのか……まあこれを盗賊に狙われたわけだな
「護衛の依頼を出したんですけど、あまりランクの高い冒険者を雇えなくて……なんとかギリギリの資金で雇えはしたんですけど」
それがあの殺された連中ってわけだ
「まあ大金積まなきゃ高ランクは雇えねぇからな……」
S級以上を雇うとなればもう給料三ヶ月分なんかじゃ足りない。その点あの連中の装備からしておそらくやつらはC級程度、まあ多少奮発すれば雇える程度の冒険者だ。ぶっちゃけ心もとないレベル。
「あの……聞きたかったんですけど、本当に何もお礼できないんですけど大丈夫なんですか?」
「別にいいって言ったろ? 俺は港町までの行き方を聞けただけで十分だ」
俺は港町まで馬車に乗せてもらう代わりに、護衛の役目を受け入れた。
彼女は一人になってしまったわけだし、放置して俺だけ全力疾走するのはちょっと気が引けた。せっかく助け出したのにまた襲われて今度こそ売られたなんて最悪だしな……
「でも……」
「んじゃブローチを届ける仕事が終わったら飯でもおごってくれよ」
「え!? そこまでついてきてくれるんですか!?」
「ん? ああ……俺も行き先は魔族大陸だしな」
目的地まで一緒なら、こうして付き添っても大した時間ロスにはならないだろう。さすがに帰りまでは面倒見れないが……
「そうなんですか!? ちなみに何をしに?」
「友人に会いにいくんだよ。五年くらい会えてねぇからな」
「なるほど……」
とりあえず会えたら拳骨落としておかなければ……というか魔王城に居んのかな?戦争中なら不在ってこともありえるんじゃ……
(ま、それならそれでいいか。玉座にでも座って待っていてやろう……ククク)
知らない顔の奴が自分の椅子に座ってるの見たらどう思うかな、あいつ
「セツさんすっごい悪い顔してますよ……」
「おっと悪い悪い」
つい癖でからかうことを考えてしまう。あいつ口調は偉そうだが、反応が面白くからかい甲斐があるんだよな。
今度からかう時の様子を想像し一人ニヤニヤしていると、頭の中になにかしらの引っ掛かりを覚えた。
「んー?」
「どうかしました?」
わからない……何か引っかかる。
「いや……なんでもない」
「? そうですか」
それからしばらく探っていたが、頭の中の引っ掛かりは取れることがなかった。
――――――それから一晩中馬車を走らせ、次の日の正午にようやく港町に到着した。
「着きましたねセツさん!」
「ああ……すげぇ潮の香り」
日本で海には何度か行ったことがあったが、それも幼い頃で、久々に見たどこまでも青が続いていくこの景色は、俺の目にすごく新鮮に映った。
街に入れば、様々な魚がそこら中の商店で売られ、店番のオヤジが怒鳴るように声を出して売りつけていく。なんか日本の市場もこんな感じなんじゃなかったか?
「私何度かこの港町には来てるんですけど、この潮の香りとか商店の雰囲気とか大好きなんです」
そういうルリの目はキラキラと輝き、まっすぐ海へと続いているこの大通りのあちこちにある店にその目を向ける。商人として、人の売り方を参考にしたりもするのだろう
俺も商人ではないが、この空気は嫌いじゃない。
「っと、町に見惚れてないで、とりあえず船の時間をチェックしにいかねぇか?昼飯でも買いながら」
「あ、そうですね……早く出発できるに越したことはないですし」
行く先を決めた俺たちは、昼食に串に刺さった魚の丸焼きを買い、頬張りながら船が出るであろう海沿いへと向かった。
……ん?待てよ?
――――――船?
「あ!!」
「あ? 船なら出てねぇぞ? 今は戦争中なんだからよ」
ぐぉぉぉ!!やっぱりかぁぁ!!
「そ、そんな……」
ルリが目の前で目に見えて落ち込む。
俺が昨日引っかかったのはこれだった。
(―――――戦争中に船が動くわけねぇだろバカァ!!)
敵対している大陸から船が来たらまず攻撃する……どんなに無抵抗を見せられても万が一があればどうしようもないのだから
そしてそれは向こうも同じ……
完全に船という選択肢が消し飛んだ瞬間だった。
「今んとこ大陸間での移動手段は残っちゃいねぇ、諦めて帰んな」
「うう……」
結局来た道を引き返すことになってしまった。
なんとなく馬車を引く馬たちも落ち込んでいるように見える……いや、近くにいるルリの落ち込みようが半端じゃなく、それが馬にもうつって見えてるんだ。
「……そんな落ち込むなって」
「無理ですよぉ……一人前になれるチャンスなのに……」
今にも泣きそうな顔をされてしまうと、俺としても何とかしてやりたい気分になる。
一つだけ方法があるのだが……ううむ
「なあルリ?」
「はい?」
「一つだけ手段があるんだが……」
そう言うとルリの雰囲気がガラっと変わり、がっつくように聞いてきた
「どういう方法ですか!? 教えてください!!」
「いや……誰にも言わねぇか?」
「言いません絶対言いません!!」
――――――それならばと
「んじゃちょっとついてこい」
俺は期待の目を向けてくるルリの手を引き、その方法がわかる場所へと連れて行くことにした。
「――――――ここならいいか」
しばらく海岸沿いに歩き、人気のない場所を探し続けた結果、ちょうどいい具合に人の通りの少ない、ゴツゴツした岩場を見つけた。ここならよさそうだ。
「ついたぞ」
「ここですか……あ、あの」
「ん?」
せっかく今から大陸を渡れるというのに、ルリは顔を伏せ、硬直してしまっている
「どうした?」
「そ、その……そろそろ手を……」
「ん?――――――あ、すまん」
そうか手を繋ぎっぱなしだったな。年頃の女の子にはちょっと不快感を与えてしまったかもしれない
「ちょっと配慮が足りなかった、今後は気をつける」
「え!? いや……はい」
ん?もしかして、手をつないで照れてるのか? ははは、こやつめ
「ほいほい、照れてないで行くぞ」
「―――――なっ!?て、照れてなんか」
「わかったわかった、いいからついてこい」
「わかってませんよね!? セツさんは何か意地悪です!」
すまんすまんと謝っておく。こいつもからかうと面白いタイプだ、これからはもうちょっとぶっ込んでみよう。
俺はそんなルリの先を行き、足場の悪い岩場を進む。探している場所があるのだ
「お、ここなら―――――」
「何かあるんですか?」
「まあ見とけって……よっと」
俺が探していた場所は、手が海につけられるほど足場と水面が近いところ。割と大きい岩が多くてちょっとだけ焦っていた。
俺はしゃがみこみ、手を海ならではの波がある水面につけた
「―――――お呼び出しだ、〈リヴァイアサン〉」
そう呟くが、辺りにはなんの変化も起こらなかった
「……何も起きませんよ?」
ルリがそう言ってくるが、まだ何も起きていないだけだ。
彼女は何も気づいていないかもしれないが、波が段々と激しくなってきている。
そして徐々に目の前の海面が盛り上がり始めた。
「来たか」
「な……なんですか……これ……」
海面を盛り上げていたのは巨大な龍の頭。青いウロコに包まれたその頭は、口に鋭い牙を宿し、切れ長の赤い目はこの龍の強さを示すように威厳を放っていた。
大きさを表すなら、その頭だけで一軒家に相当している。体の大きさは不明。どこまで長いかはまだ見たことがない……それほどに巨大ということだ。
「よお、久々だな―――――リヴァイアさん」
「―――――その呼び方は馬鹿にされてる気がするからやめてって言ったでしょ?セツ……五年もどこに行ってたの? あなたを乗せるって約束まだ果たしてなかったのよ?」
「すまんすまん、色々あったんだ」
海から飛び出した龍の頭は、若い女の声で言葉を話した。
龍の顔は無表情ではあるものの、口角が少し上がり、どことなく嬉しそうな雰囲気を醸し出してくる。
「まあ海神である私は海のように広い心を持っているから許してあげましょう」
「ウロコ剥ぐぞ」
「ごめんなさい」
相変わらずお調子乗りなところは変わってねぇと……なんだろうな、やっぱこんだけ年月が空いても変わらないでいてくれると、安心するし嬉しいものがある
「あ、あの……これはどういう……」
おっと、ルリを忘れるところだった。
俺は脅されて大人しくなった龍に自己紹介するように伝える。さっきからビビっているルリにもわかりやすく頼むぜ
「ごほん……私はこの海を管理する神、海神リヴァイアサンよ。人の子であるあなたの前に姿を見せるなんて滅多にないわ、感謝しなさい」
「ふ……ふぇェェェェ!?」
ルリは両目を見開いて驚く。海神の名はこの世界でかなり有名なものだから、知っているのも無理はない。だが有名と言っても神話などが出回っているだけで、実物が目撃されたことなんて全くと言っていいほどない話。
そんな神話の中の生物が目の前にいるのだから、この驚き様も仕方ないものだろう
「まあ見ての通り、俺が呼んだSSS級魔物、海神リヴァイアサンだ。お調子乗りだが面白いやつだ」
「ちょっと!! お調子乗りって何よ!?」
お調子乗りが何か言っているが、ここは無視。というかこれは前から言ってたぞ? そろそろ自覚を持て自覚を
「せ、セツさんが呼んだんですか!?」
「ああ。俺が言った手段てのはこいつのことだからな」
「まままま……まさか……」
「さあ、こいつの頭に乗せてもらおうぜ」
俺がニヤニヤしながらそう言うと、本日二回目のルリの叫びが放たれた―――――
次回は海神とセツの関係の話から始ります