108 火炎強襲
(何だ……何が起きた!?)
グレインとティアは、瓦礫の影で自分たちの|分身が倒れたのを見た。
念のため、瓦礫でクレアシルの視界が塞がったときに、ティアの分身を生み出す魔法で身代わりを作っていたのだ。
クレアシルの眼の前で倒れた分身たちが木片に戻る途中で、グレインはティアに目配せする。
(どう思う?)
(……多分、クレアシルの創造の力。私たちの体内に石を創造して、体内から破壊したのかも)
(……それにどうやって対抗しろって言うんだい?)
小声で会話する二人は、眼の前に大きく立ちはだかった問題に対し、ため息をついた。
クレアシルは分身だった木片を興味深さそうに眺めている。
二人には気づいていないようだ。
(クレアシルは魔力が感知出来ないみたい。多分私たちがここにいることも気づいていない)
(付け入る隙があるとすれば……そこか)
二人は頷くと、瓦礫の影から飛び出す。
音でクレアシルが気づき、少し口角を釣り上げる。
「なるほど、身代わりか」
「はっ!」
ティアが地面に爆発する魔法をかける。
爆発とともに瓦礫や土が舞い上がり、クレアシルの視界を塞いだ。
「む……」
「〈飛剣・斬華〉!」
散らばった飛剣が、クレアシルを襲う。
クレアシルはそれを鬱陶しそうに払った。
「つまらぬ。貴様らの力が我に通用すると思っているのか?」
(ダメか……!)
グレインは砂埃に紛れて、ティアを脇に抱える。
「一旦引くよ!」
「了解」
されるがままになっているティアは、位置がばれない程度の小声で会話を始める。
「グレイン、聞いて」
「どうした!」
「多分、クレアシルの力は座標系の力だと思う」
「座標? 位置を指定して発動させる魔法だっけ?」
グレインは瓦礫の影に再び隠れながら、そう聞いた。
ティアも同じように横に並び、クレアシルの様子を伺う。
「そう。多分、私たちの体内の座標を指定して、そこに石を創りだしたんだと思う。さっきみたいに視界が機能しない状態だと、クレアシルは私たちを攻撃出来なかった。出来るなら一瞬で終わらせてるはずだし、こうして隠れてたって殺せるはずだよ」
「……確かにね」
煙が晴れると、そこには変わらずの態度のクレアシルが宙に浮いていた。
辺りに視線を泳がせ、グレインたちを探している様子だ。
「とりあえず……この場を離れよう。今の僕たちじゃ相手にならない」
「同意。みんなと合流する?」
「それが一番いい。そうと決まればさっさと――――」
「――――面倒だな、辺り一帯吹き飛ばすか」
「「っ!?」」
クレアシルが手を空に掲げている。
おそらく、上空に何かを創造しようとしているのだろうと、グレインたちは予想した。
(まずい!)
グレインはすぐさま反応し、ティアの首根っこを掴む。
強烈なまでの死の予感が、グレインを支配していた。
そのとき――――。
「アイスランス!」
「む?」
クレアシルの顔面に、氷の槍が直撃する。
ダメージは一切入っていないようだが、気は引けた。
「何者だ?」
クレアシルは辺りを見渡すが、氷の槍を放った存在の姿が見えない。
「グレイン、ティア」
「! エルカ!」
二人の隠れている瓦礫の影に、エルカが現れる。
さすがの頭脳で状況は理解しているらしく、自らも近くに隠れた。
「二人が目立った怪我をしていないことから、隠れて様子見をしていることは分かりますが……詳しい状況を聞かせてもらっても?」
「ああ……よく来てくれたよ。とりあえず、クレアシルの前に姿を晒すのはまずい。クレアシルは座標指定で物体を創造出来るから、下手すれば体内に石一つ創造されて即死だ」
「それで、こっちの攻撃は全部通用しない」
「――――絶望的なのでは?」
エルカは苦笑いだ。
グレインとティアも気まずそうに笑う。
三人はふざけているわけではない。
何とか状況を打破する方法を考えているのだ。
「なるほどね、眼で追えなければ同じことだろ?」
「っ! ロア!」
三人が相談していると、気づかぬ内にロアが横に並んでいた。
行ってくると言い残し、ロアは瓦礫の影から飛び出す。
驚異的な速度である。
少なくとも、この場のエルカたちは眼で追えない。
「何だ?」
クレアシルは音に気づき、ロアの飛び出した方を見る。
そのときには、すでにロアはクレアシルの真後ろに回り込んでいた。
「おせぇよ!」
「――――」
ロアは伸ばした爪を、クレアシルの首筋に叩きこもうと飛び上がった。
振り下ろした腕は、真っ直ぐクレアシルの首へ向かい――――。
「ふむ、人の身にしては速い」
「なっ……」
ロアの腕は、クレアシルの手によって掴まれていた。
クレアシルはロアの方を見ていない。
それでも、クレアシルの首筋に爪が届く前に、その腕をしっかりと捕まえていた。
「離せ――――」
「消えろ、虫め」
クレアシルはもう片方の手を、ロアの眼前に置く。
(あれはセツさんを消し飛ばした……っ!)
〈消失〉に気づいたグレイン、ティア、エルカの三人は、ロアをなんとか救い出すために飛び出す。
それが罠だとも知らず。
「ふん、ようやく出てきたか」
「っ!?」
三人が飛びかかろうとすると、クレアシルの胴体に信じられない物が見えた。
それは、「腕」である。
三本の腕が、グレインたちに向いていた。
「消えるがよい」
グレインは、時間が遅くなるような感覚を味わった。
クレアシルの手から、死の光が漏れ始める。
誰もが、自らの死を確信した。
「――――クレアシルゥゥぅゥゥ!」
「むっ!」
直後、上空から黒い炎の柱が飛来した。
その柱はクレアシルを飲み込み、辺りに強烈な熱気を放つ。
「夕陽か!?」
グレインが頭上を見上げる。
そこには黒い炎をまとった夕陽が、宙に浮いていた。
「殺す! お前は絶対に!」
「まずいですね……離れます!」
「っ……了解」
エルカの指示で、三人はその場から離脱する。
夕陽が巨大な炎の塊を掲げていた。
あのまま残っていれば、容赦なく巻き込まれていただろう。
「あっ……つ……」
炎の中に巻き込まれた自分の腕の痛みに耐えながら、ロアは何とか腕を引き抜こうとする。
すると、先程までとは打って変わってすんなり抜けた。
痛みに顔をしかめつつ、ロアはその場から離れる。
「ロア! こっちへ!」
エルカの声が響き、ロアはその方向へ移動した。
「死ねッ!」
夕陽が巨大な黒炎の塊を放つ。
炎の柱に動きを封じられているのか、クレアシルが避ける様子はない。
そのまま、炎はクレアシルに直撃した。