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「結界が……」
「消えたようだね。みんなよくやってくれた」
グレインは鋭い眼光で、クレアシルがいるであろう神殿を睨みつける。
「ティア、ある程度回復したようだけど……」
「大丈夫、私も行く」
ティアの魔力もだいぶ回復したようで、顔色も元通りになっていた。
「他の人は待たない?」
「それも考えたけど、ここでクレアシルに逃げられてしまったら面倒なことになる。多分逃げないだろうけど……僕たちでクレアシルを消耗させよう。そこからは――――耐久戦だ」
「了解」
二人は神殿の中へ足を踏み入れる。
最後の戦いが、始まろうとしていた。
◆◆◆
「ほれ、そろそろ行くぞ。クレアシルの気配がかなり濃い。今いる位置から動かれたら面倒じゃ」
「――――ああ」
身体に巻き付いていた鎖を引きちぎり、男が一人、祠の中から姿を現す。
黒い装束をまとっている男は、無表情で空を仰ぐ。
「久々だな、外は」
「3ヶ月――――までは行ってないか、長い期間そこに居たからのう。身体は鈍っていないか?」
「散々訓練させといて、鈍ってるわけないだろうが。行くぞ、無駄口はもう十分だ」
「連れない男じゃ。まあ同意じゃが」
黒い少女が笑う。
二人は並んで歩き出した。
その先に……。
「ギヒャヒャ! 何か妙な気配がすると思ったら、強そうなやつがいるじゃねぇの! 当たりだぜ!」
「……誰だお前」
そこにいたのは、細身の男。
奇抜な格好であり、気配が明らかに人間ではない。
「俺は強欲剣マモン! てめぇの命がほしい!」
「おーおー、おあつらえ向きなのが来たじゃないか。セツ、ちょいと実力を試してみたらどうじゃ?」
「試す――――ね」
セツはマモンと向き合う。
「欲望解放! お前のすべてをぉぉぉ!」
「やかましい」
「ガッ!?」
叫んでいるマモンに一瞬で近づいたセツは、彼の頭を鷲掴む。
驚異的な握力が、マモンを襲った。
自分の頭蓋骨に指が食い込んでくる感覚がする。
マモンは声にならない叫びを上げた。
「ぎぃ……あ……」
「この程度の相手で試すなんて、無理だろ」
セツの手が、一瞬輝く。
「〈消失〉――――」
光が収まると、そこには上半身が消し飛んだマモンの姿があった。
残ったマモンの足は、その場で哀れに倒れる。
「全部消せなかったな……どうも神技は苦手だ」
「お前は人だったからな、馴染まないのは仕方ないだろう。クレアシルとの戦いでは過信するなよ」
「分かってるっつーの」
セツはマモンの足を蹴り飛ばし、開けた場所を作り出す。
デストロイアはその後ろに並んだ。
「〈転移門〉――――開門」
二人の目の前に、巨大な門が出現する。
ドラゴンが丸ごと通れるほどの大きさをほこり、それは地響きするような音を出しながら開いていく。
中からは光が溢れていた。
「――――待ってろクレアシル。お前は俺が殺す」
二人は門の中に消えていく。
やがて門は閉じ、下から消失していった。
ここに残ったものは、何もない。
◆◆◆
(何だ……この威圧感は……!)
グレインとティアは、神殿の階段を登っていた。
一段登るたびに、足に重りをつけられているような感覚が、二人に襲いかかる。
そして、ついに最後の段に足をかけた。
「人間が、我と同じ高さに立つか」
「「ッ!?」」
閃光、衝撃。
何が何だか分からないままに、二人は地面を転がっていた。
「ティア! 助かった!」
「危なかった。とりあえず逃げる」
「分かってる!」
二人の身体を、透明な薄い膜が覆っていた。
それは、ティアの発動させた魔衝壁である。
衝撃を限りなく0にするもので、これによって二人の命は守られた。
この、神殿の崩壊から。
瓦礫が雨のように降ってくる中、二人は走り抜けて何とか雨の中から逃れる。
振り返ると、はじけ飛んだ神殿の上に、人影が見えた。
「クレアシル……ッ!」
「その位置だ。人間と神の立場はこの距離でなければならない」
宙に浮きつつ、クレアシルは二人を見下す。
その眼には、何の感情もなく、ただただ無機物を見ているようだ。
「なぜ、我の創りだした聖剣どもが消え、貴様らが我の前にいる?」
「お前の作り上げた聖剣たちが不良品だったんじゃないかな?」
「ふむ……なるほど」
グレインは、クレアシルとの会話に何とも咬み合わない違和感を覚える。
それが、否が応でも格の違いに繋がり、グレインは自分が冷や汗を流していることに気づいた。
二人は初めてクレアシルに出会ってから、鍛錬を重ねたため実力はかなり上がっている。
だからこそ、分かることがあった。
クレアシルが、すでに完全体の存在になっていることだ。
彼女からは、相変わらず何の力も感じない。
しかし、魔力や殺気は感じないはずなのだが、絶望的なまでの威圧感を感じる。
「つまり、もう少しレベルの高い聖剣を創り出せばいいわけだ」
「何っ!?」
クレアシルが手を下に向けると、手から地面にぽとりぽとりと雫が落ちる。
地面に雫が落ちると、土の上に波紋が広がった。
そして、その波紋の中から、2つに人影が現れる。
「七聖剣よりも強い聖剣だ。貴様らがどう足掻くか見ものだな」
「……興味もないくせに」
「ほう、分かっているじゃないか。屑が何をしようが、我は意に介さん。だから――――これは死にゆく屑への、ささやかなの冗談だ」
無表情の男女、新たに創られた聖剣二人は、グレインとティアに向かって駆け出す。
そして――――。
「「邪魔!」」
グレインは一太刀で男の聖剣の首を切り飛ばし、ティアの魔法が女の聖剣の頭を貫いた。
一瞬にして二体の聖剣を片付けた二人は、クレアシルを睨みつける。
「あまり人間を舐めないほうがいいぞ、神様」
「この程度なら、何体来ても負ける気がしない」
「ほう……」
自分の生み出した聖剣を瞬殺したことで、クレアシルは二人に少しばかりの関心を抱いたようだ。
ゆっくりと、下へ降りてくる。
まだ地面に足はつけていない。
「我の脅威とはまだ成り得ないが……面白い、少し遊んでやろう」
「ようやく戦う気に――――」
「ほれ、これで終わりだ」
直後、グレインの隣から血飛沫が上がる。
驚く間もなく、グレインは自分の胸部に違和感を覚えた。
「な……なんだこれは……」
グレインは口から流れ出る血に気づく。
恐る恐る自分の身体を見下ろすと、胸からこぼれ出す大量の血液が目に入った。
そして、胸の中から、こぶし大の石が一つ顔を出す。
「貴様らのために10秒も時間をくれてやった、感謝するがよい」
血だまりの中に倒れ伏す二人を見下しながら、クレアシルはつまらなそうにそう言った。