102 本性
「弱いなぁ……弱すぎるよ」
「はぁ……はぁ……」
エルカは、自分の体重を剣を地面に刺して支えていた。
肩で息をし、額に汗を滲ませる。
「君の攻撃は、能力を発動させていない僕に一つも通用していない。対して君は僕の攻撃を受ければ一撃で終わり。今はかわせてるけど、いつまで持つかな?」
「くっ……あぁ」
エルカは悔しさのあまり剣を強く握りしめた。
こんな命の危険が迫る状況でも、自分自身は集中し切れていない。
どうしても、頭の中にセツの姿が浮かんでくる。
(……このまま死ねば、セツ様のもとへ行けるのでしょうか)
思考が暗い方向へ落ちていく。
ここでエルカが負けても、他の仲間がこの少年の姿をした聖剣を倒してくれるだろう。
エルカが死んだところで、最終的な結果は変わらない。
「敵……討てなかったですね」
ついに、エルカは考えることをやめた。
何もかも手放し、ここで死ぬことを選んだのだ。
すべての力を抜いたとき、エルカの脳裏に、黒い炎をまとった夕陽の姿が浮かんできた。
(最期に思うことは弟子の変わり果てた姿ですか……私らしくない)
自分を自分で笑ってやろうと、口を開きかけた――そのとき。
「――――違う」
ぼそりと、エルカは呟いた。
「夕陽は、正しいんだ」
エルカは、地面から剣を引き抜いた。
剣を左右に振って土を払うと、顔を上げる。
「私は、セツ様が死んだことを受け入れてなかった」
頬を涙が伝う。
受け入れたくなかった、認めたくなかった。
セツが生きていると、思っていたかった。
「さっきから独り言ばっか、怖いなぁ。どうしたの?」
「……あなたたちがたまらなく憎い」
エルカの足下に、冷気が漂い始める。
「セツ様の死を、夕陽は完全に受け入れているんだ。だから、あれだけ怒れる」
周囲の気温が下がる。
土や木の葉に、霜がおり始めた。
「受け入れてしまえば、単純なことでした」
エルカの眼には、それまで宿っていなかった光りが灯っていた。
それは、殺意。
冷たく、そして熱い感情。
「憎い……創造神が、あなたが、憎い」
「……へぇ、いい眼になったじゃん」
エルカの心が、押さえ込まれていた憎しみで覆い尽くされていく。
目の前の少年、レヴィアタンを殺したい。
すべての元凶、創造神クレアシルを、この手で殺したい。
いつの間にか行き先を失っていた怒りの感情が、行く宛を見つけた。
「――殺す」
「やってみなよ!」
エルカが地面を蹴る。
レヴィアタンは自分の剣を構えようと動いた。
「遅い」
「はっ!?」
レヴィアタンの剣を持った腕を、エルカが掴んで止めていた。
そして、エルカは自身の剣をレヴィアタンの太股に突き立てる。
「何すんだ――――」
「吠えるな」
「ぎっ」
エルカは、剣を捻り上げた。
当然、レヴィアタンの太股から血があふれ出す。
剣を伝って硬いものを感じることから、どうやら骨にも当たっているようだ。
想像を絶する激痛が、レヴィアタンを襲う。
それにより声にならない悲鳴を上げたレヴィアタンは、その場で硬直してしまった。
「ふっ!」
エルカはレヴィアタンの腕を引く。
そのまま前のめりに倒れてくるレヴィアタンの顔面にめがけて、エルカは跳び膝蹴りを叩き込んだ。
引く力と蹴りの力が合わさり、レヴィアタンの顔面から骨が砕ける音がした。
「ぎゃひっ……お、お前」
「逃がさない」
レヴィアタンの身体が、再び引きつけられる。
エルカは、彼の手を離していなかったのだ。
「はっ!」
太股に突き刺している剣から手を離し、エルカはレヴィアタンの顔面に拳を叩き込む。
肉がつぶれる音がした。
「まだ……まだぁ!」
「ふざけん――」
エルカの拳を、氷が覆う。
それによって破壊力が上がった。
レヴィアタンの腕を掴んでいる手が、その腕ごと氷に包まれる。
決して逃がすことがないように、と。
「あぁぁぁああぁぁあ!」
雄叫びを上げるエルカ。
それと同時に、怒濤の拳がレヴィアタンに叩き込まれる。
◆◆◆
「これで!」
グレインは、目の前にいた聖剣を一太刀で切り捨てた。
「ふぅ、これであらかた片づいたか」
「お疲れ」
あれだけいた聖剣たちも、グレインによって一掃されていた。
少なくとも、見える範囲には聖剣はいない。
「あとはみんなが結界を解いてくれるのを待つだけか」
「……エルカ、大丈夫かな」
「……」
ティアのふとした疑問に、グレインは言葉を詰まらせる。
しかし、それも一瞬のこと。
すぐに微笑を浮かべ、口を開いた。
「エルカなら大丈夫さ。なんたって、僕らの中で一番強いのは、エルカなんだから」
「――そう言えば、そうだったね」
ティアは思い出したようにつぶやく。
かつて、エルカ相手に模擬戦闘を行ったことは、多々あった。
その戦績は、
「169戦、0勝、152負け、17分けだもん。私」
「僕もそんなものだよ。あ、そう言えば覚えているかい?」
グレインはそう口にしながら、冷や汗を流していた。
それを見て、ティアも何を言いたいのか察する。
「ティアって、セツさんといるとあんな感じだったけど、もともとは――」
「――クソドS」
◆◆◆
「ほら、もっと鳴いてくださいよ」
(こ、こいつ……!)
拳の嵐はやまない。
レヴィアタンの身体は、聖剣という立場上かなり頑丈だ。
いまだ意識を保ち、耐えているのがその証拠である。
しかし、いくら致命的な怪我を負わないと言っても、ダメージは蓄積するのだ。
腕は封じられて、絶え間なく殴られているせいで身体を起こすことすら出来ない。
片腕が生きているが、ガードに使いすぎてすでにボロボロだ。
逃げ出すことが出来ないこの状態で、レヴィアタンに出来ることは、ただ耐えること。
エルカの手が疲労で止まり、攻撃が終わるタイミング。
そこにかけるしかない。
それは当然エルカも理解していた。
攻撃の手を止めれば、手痛い反撃を受けることは明白。
ゆえに拳を突き出し続ける。
ダメージは少ないようだが、効いていないわけではない。
しかし、これでは倒すまでに至らない。
このままでは勝てないのだ。
(別に、いいですが)
――すでに、エルカの中での目標は変わっていたのだ。
エルカが今求めているものは、レヴィアタン含め聖剣たちと創造神が苦痛で表情を歪めること。
今現在殴られ続け、何もすることが出来ないレヴィアタンの顔は、酷く歪んでいる。
その表情を見て、エルカの背筋を快感が昇っていった。
(この感覚、久しく忘れてました)
表情が緩む、緩む。
エルカは、自分の顔が壊れないおもちゃを見つけた子供のようになっていることを自覚した。
ただ、今はこの少年の容姿をした悪魔を、壊したい――。
「いい加減に――しろぉ!」
「っ!」
そのまま完封かと思われたそのとき、レヴィアタンが吠えた。
エルカは反射的に氷を解き、彼の太股に刺さっていた剣を引き抜き下がる。
次の瞬間、赤黒い炎がレヴィアタンの包み込んだ。
「ああ、熱い! 熱い! だからイヤなんだ! この力を使うのは!」
「……」
赤黒い炎は、レヴィアタンの周りで渦巻いている。
あのまま逃げなければ、エルカもあの炎に飲み込まれていただろう。
(いや……あの炎、発動させた本人をも焼いている?)
苦しげなレヴィアタンの声が聞こえる。
あの頑丈なレヴィアタンですら、悲鳴を上げるほどの炎。
エルカが受ければ、一瞬で灰になる可能性もある。
「〈煉獄なる感情〉、もう許さないから、お前」




