101 想い人
「んー、まいったな」
冬真は木の陰に隠れながら、広場の中心に佇む女を睨みつけた。
「隠れても無駄よ!」
「うわっ!」
色欲剣アスモデウスは、冬真の隠れている場所へ手を伸ばした。
すると、冬真が背にしていた木の下の土が盛り上がり、根が地面に露出する。
根がブチブチと音をたてて切れ、木が浮かび上がった。
そしてそのままアスモデウスの方へと、高速で飛んでいく。
木の後ろに隠れていた冬真も、当然浮かび上がり、アスモデウス目がけて飛び始めた。
「こなくそ!」
冬真は聖剣を地面に突き立て、何とか止まる。
ただ体は浮いており、冬真の履いていた靴が両方とも脱げて、アスモデウスの方へ飛んでいく。
いや、正確に言うならば、「吸い込まれた」。
アスモデウスの身体に当たった靴が、その場で消滅する。
先ほど冬真が隠れていた木も、とっくに消滅させられいた。
「私の無差別なる誘惑は法則無視の能力よ。あなたたがいくら抵抗しようと、この引力からは逃れられない!」
「うわぁぁ!」
ついに、剣が地面から抜け、冬真の身体はアスモデウスのもとへ一直線に引き寄せられた。
「これで終わりよ!」
アスモデウスは、眼前まで迫ってきた冬真を、手持ちの剣で切り裂いた。
確かな手応えが伝わり、アスモデウスは勝利を確信する。
しかし――――。
「いやー、ほんとに面白い能力だね」
「っ!?」
アスモデウスは振り返る。
そこには、冬真が立っていた。
その隣には、先ほど切られた冬真が横たわっている。
「二人」、いるのだ。
「結構簡単な手にも引っかかるんだね、やっぱり魔力が感知出来ないって言う仮説は正しかったんだ」
冬真がそう言った直後、倒れている方の冬真が光の粒子になって消える。
「ぶ、分身……」
「せいかーい。本物の僕はもっと遠くにいたんだよ。君の能力を探るためにね」
聖剣を手で弄びながら、冬真は話し出す。
「まず、君の能力は一カ所、それも近場しか引き寄せられない。多分手を向けた場所だけなんだろうね。全方向のものも引き寄せられるにしても、吸引力が低下する系の能力と見た」
「……」
アスモデウスは何も返さない。
ただ表情は強ばっており、冬真の発現の信憑性を高める。
「あと、生きてるものは引き寄せることしか出来ない。木や靴、意識のないものが君に触れれば、おそらく粒子レベルに分解されるんだろう。もし人間も消滅させられるなら、僕の分身をわざわざ斬る必要はないしね」
そこで冬真は言葉を区切り、あざ笑うような表情をアスモデウスに向けた。
「つまり、君の能力は大したことないってことさ」
「言わせておけば!」
アスモデウスが、冬真に手を向ける。
しかし、その瞬間にはもう冬真は視界から消えていた。
「っ!?」
「こうして高速で動けば、簡単には捕まらないよね」
後ろから声がした。
アスモデウスはとっさに前へ跳んだ。
しかし、背中を浅く切りつけられ、血が宙を舞う。
「ここでやられとけばすぐ済んだのにー」
「ほざいてなさい!」
アスモデウスはすぐに冬真に手を向ける。
今度は、確かに冬真を捕らえた感触がした。
「捕まえたわ!」
「――無駄だって」
冬真は、その引力に身体を任せた。
凄まじい速さで引き寄せられるが、冬真は動じない。
そればかりか、聖剣を前に突き出し、鋭い眼光をアスモデウスに向けた。
「君たち聖剣を生きているものとするなら、僕のこいつだって生きてるってことだよね! ならこのまま君を刺せる!」
「……っ!」
止めるのはもう遅い。
冬真はそのままアスモデウスに吸い込まれ、聖剣は勢いよく彼女を貫いた。
「……一撃くらいもらってあげるわよ」
「は?」
冬真は、何が何だか分からないという表情で、アスモデウスを見る。
確かに聖剣はアスモデウスを貫いていた。
ダメージもあるだろう。
しかし、彼女の両手は、冬真の肩に添えられていた。
「私のこの能力は、真の能力が発動する射程まで対象を引きずり込むためのもの。そして、ここがその能力の射程範囲内よ」
「っ! 離せ!」
冬真がもがくが、時すでに遅し。
アスモデウスの手は動かず、冬真は距離を取ることが出来ない。
「あなたには、私を愛してもらうわ」
「ぐ……ああぁぁぁぁああぁあぁ!」
全身に電流が走る感覚を、冬真は味わっていた。
自分の中身が作り替えられていくような、酷い喪失感。
そして、目の前の女性へと向けられた「愛情」が、創造されていく感触。
アスモデウスの何もかもが魅力的に映り、すべてを自分のものにしたいと思うほどの、飢えを感じ始める。
「これでもう、あなたは私に逆らえない。なぜなら、あなたの愛情を捧げるべき対象は、私一人だけ。私を裏切る行為は、二度と出来ないのよ」
「あ……ああ……」
冬真は、アスモデウスを見て涙を流す。
そして、頭を地面に押しつけ、謝り始めた。
「ごめんなさい! 今までの僕がどうかしてました! 数々の無礼、心から謝罪します!」
「ふふっ、いい姿ね!」
アスモデウスは、冬真の頭を踏みつける。
足を動かし、冬真の頭は徐々に地面に埋まっていった。
冬真はそれでも、謝罪し続ける。
――――あなたに嫌われては耐えられないと。
――――あなた無しでは生きられないと。
「ど、どうすれば……許してもらえますか……?」
「そうね……」
今度は、アスモデウスがあざ笑う番であった。
嘲笑を浮かべながら、アスモデウスは無慈悲にも言い放つ。
「じゃあ――――自分の聖剣で腹を斬って自害しなさい」
冬真の身体がビクンと震える。
怯えた眼でアスモデウスを見上げると、冬真は身体を起こす。
そして、落としていた聖剣を拾い、腕を長く突き出して先端を腹の前につけた。
「いい子ね。そうだ、最後にご褒美をあげるわ」
アスモデウスは冬真の顎に手を当てて、上を向かせる。
顔と顔を近づけると、冬真の顔が赤く染まった。
「死に逝くあなたに、最良の餞別を」
「あ……」
アスモデウスの唇が、冬真の唇に近づいていく。
ゆっくりとしたその動きの中で、冬真の頭の中は幸せに支配されていた。
そして、唇が触れ合う――――。
「やっぱキスは無理」
「え」
ことはなかった。
唇が触れ合う直前、瞬時にため込んでいた魔力を解放し、冬真は渾身の力でアスモデウスを斜めに切り上げた。
大量の血液をまき散らしながら、アスモデウスの二つに割れた身体が地面に落ちる。
「な、何で……」
「君のことは好きになったけど、やっぱり女は無理なんだよね、生理的に」
冬真は立ち上がり、聖剣をアスモデウスの脳天に突きつける。
「僕には心に決めた男性がいる。元から君は、眼中にないってやつだね」
「私への愛……は?」
「お猪口一杯くらいかな」
聖剣が、アスモデウスの脳天を貫く。
その瞬間、辺りに破砕音が響き、アスモデウスの身体が崩れ始めた。
「へぇ、聖剣って面白い死に方するんだね」
「……私を殺したくらいじゃ、到底クレアシル様には届かないわよ」
崩れていくアスモデウスは、最期の抵抗とばかりに、冬真をあざ笑う。
「七聖剣の中でも、怠惰剣ベルフェゴールは……格が違うわ。せいぜい足掻きなさい……絶望の中でね」
「……」
最期に笑みを浮かべたまま、アスモデウスの身体は完全に消滅する。
その場には、一振りの剣。
先ほどまでアスモデウスが持っていたものだ。
冬真は、その剣を踏み砕く。
破砕音とともに、剣は砕け、灰になる。
風に飛ばされていくその灰を眺めながら、冬真は自分の頭を掻いた。
「心配する方が馬鹿らしいんだよ。セツの仲間をさ」
◆◆◆
「――――おら、立てよ雑魚。いい加減いじめんのも飽きてんだ」
「はぁ……はぁ……な、なんで!」
怠惰剣ベルフェゴールの頭を、ロアは蹴り飛ばす。
地面を数回跳ねて止まったベルフェゴールは、息も絶え絶えに怯えた表情でロアを探した。
すでに、目の前にいたのだが――――。
「ふん、つまんねぇやつ」
「がっ」
ロアは、ベルフェゴールの頭を掴んで持ち上げる。
ぎりぎりと締め付けられる頭部の痛みに、ベルフェゴールは苦悶の声をあげた。
「そろそろ寝る時間だぜ!」
そのままベルフェゴールを地面にたたきつけると、轟音とともに地面が大きく陥没した。
ベルフェゴールは痙攣することしかできない。
「獣王の娘を甘く見るなよな」
巨大クレーターの中心。
そこに唯一立っている少女は、汗一つかいていない顔でそう言った。




