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「今回の標的は朽と名乗る少年だ。この近辺の商店で計百二十五回の窃盗を行っている」
用件を淡々と説明しながら扉から出てきた若い男性は喰頼の前に数枚の資料を放る。その足で社長のプレートの机についた。“何でも屋 鳶”の所長、都日である。
必要な分だけの筋肉のついた体は細く、背は高い。よれよれの灰色のスーツと小洒落たサングラスは不釣り合いな組み合わせのようだが、意外と違和感がない。
薄緑の髪は水門と同じ位目立つ。
都日は従業員よりも豪華な椅子の、高級素材の背もたれに体を預けた。胸ポケットから煙草の箱を取り出すと一本加えて火を灯す。
「社長。煙草吸うなら窓開けて……いや、それでも汚らわしいので自室でお願いします」
「はいはい、緋澄は黙ってな。喰頼、今回の件の続きだ」
緋澄の話に適当に返事をすると、話題を戻す。緋澄は「汚らわしい!」と怒鳴りつけ、机を叩いて立ち上がり、入口の隣にある階段を上って行った。
彼女は空気中の物質の中でも煙草の副流煙を異様に嫌っている。いつものことだ。
「社長ー。緋澄のことも考えてやれよ。いい歳こいてガキじゃあるめえし。そんなんだから彼女に逃げられるんだよ」
この仕事場は会社ではなく、事務所だ。都日の役職は所長だが、所員は社長と呼ぶように教育がされている。よくわからない彼のこだわりだ。
「煙草が美味いから仕方ない。全て煙草が悪い。あとそれは昔の話だ」
この愛煙家には何を言っても無駄だ。話が進まないので資料に目を落とした。被害のあった店舗と盗品の情報。そして監視カメラで撮られた写真が十数枚。
「こいつの犯行数多くね。それになんでこれだけカメラに写ってて捕まってねえんだよ。空気君か?」
「決まってるだろ。感染者だからだ」
「……だよな。何かしらの能力使って姿を眩ましたってとこか」
窃盗犯が盗んだものは脈絡が無い。食料から換金できそうな品まで、さまざまな物が被害物リストに挙げられている。
監視カメラで撮られた映像から抜き出したと思わしき画像には、野球帽の上からフードを被り、顔の半分をマスクで覆った男が写っている。
確かに顔は分からないが、かなりの現場で姿を収められている。捕まらないのは何かしらの理由があるはずだ。
「そんなわけで、この近辺の店からここに依頼があったんだよ。警察がどれだけ捜査しても見つけられなかった。だから俺達に回ってきたんだ」
「はあ……そんな感染者相手に俺らがどうしろと」
喰頼は眉をひそめて都日に視線を送った。正直キツい。百件を超える事件を起こし、多数の映像やカメラに姿を捉えられてなお、捕まっていない相手だ。
「どんな事情であれ、依頼は完遂するのが俺達だ。やれ」
喰頼は煙草を灰皿に押し付けている都日から視線を外すと、立ち上がった。店の依頼である以上、喰頼に断ることはできない。なるようになる。実際、今までもそうしてきた。必要な道具を準備すると軽く手を振って店を出た。
早く終わらせて凪木のところへ帰ろう。