8
宿のある大通りにはここぞとばかりに露店が並び立っている。 店の戸口などは避けて、 店と店の間だったりと配慮しつつも皆が敷物を広げて商品を並べていた。
人の笑い声や活気に混じってどこからともなく明るい陽気な音楽が流れてくる。
「フラフラしていると流れに呑まれますから気をつけてくださいね」
キョロキョロと辺りを見回しては目を丸くしているイリスにルシアがそう言う。
気を抜くと本当に人の流れに流されてしまいそうで、 ルシアもそう背が高いというほどではないのだが一般的なその歳の男の子としては小さいイリスは尚のこと注意が必要そうだ。
何度かルシアの姿を見失いそうになったりして、 最終的にイリスはルシアの袖端を摘んでいた。
「凄い人の量……」
「酔いましたか?」
「ううん。 平気。 市場よりは密集してないし」
立ち止まる人や行く人が入り混じっているのと、 やはりイリスが小さいから苦労するのだろう。
「よく流れを見ていれば、 通り道が見えますよ。 そこを通れば楽に歩けます」
「うー。 わかった」
「ふふ。 焦らずに。 自然と慣れますから」
ルシアが露店の前で足を止め、 イリスも足を止める。
「さて、 あまり宿から離れられませんし、 折り返したら時間もちょうど良いでしょう。 という事で……」
ルシアの視線を辿り見ると、 そこにはアクセサリーが並べられていた。
ブリキ細工の赤銅色に銀色、 木製のもの。 いずれも小ぶりであり花や蝶を象ったものが大半だ。
「君、 どれが好みですか?」
「……喧嘩売ってるの?」
ギラリと瞬時に殺気がイリスの瞳に宿る。
「いえいえ。 そうではなく、 君が女性に贈るならどれにしますか、 ということですよ」
女性。その言葉に一瞬キョトンとしたイリスにルシアがタレ目の目じりを更に下げて笑む。
「自由行動は今日だけ、 という気概なのでしたら、 今日しかお土産をゆっくり買える機会はありませんよ? 女性をエスコートする際に買うのは極力避けたいものですし」
その方に贈るならともかく。 もしくはその女性もお土産を買うなら話はべつですが。 そう続けたルシアにイリスも目を瞬いた。
「あ……」
「今回は村から出るのが目的のようなものですし、 それにある程度心に余裕を持たないと何事も上手く行きません」
ひょいと屈みこみ、 髪飾りやブローチを手に取り、 ルシアが横で立っているイリスを見る。
少なくとも、 一つのことにばかり目を向けていては周りがおろそかになる。 集中というのは大切だけれど、 視野が狭くなるのなら話は別だ。
「第一……女性に手土産の一つも用意せずにいるのもどうかと。 特に今日は彼女に誘っていただいたわけですし」
「う」
「お誘いばかりか、 エスコートもお任せするようでは君も肩身が狭いと思ったのですが、 考えてみればそこまで気にするほどまだ中身が成長して……」
「うるさい変態っ」
余計な一言にイリスが顔を真っ赤にして叫び、 露店に目を向ける。
やれやれといった風情で両手を挙げて首を横に振る仕草がわざとらしいルシアの方は極力見ずに、 イリスは改めて商品を見て手に取った。
「指輪は避けるのが無難ですよ」
「わかってるよそれくらい」
昨日今日会って友達になったような男から指輪なんて贈られても気まずいだけである。
女の子から買ってと言うなら冗談で安いものでも見繕えばいいが、 そんな友達初級の男の方から買っておいて差し出されても最悪ドン引きだ。
品物を見回し、 あまり考えずに手に取ったのは髪飾り。
ブリキ細工の赤みがかった茶色で小さな花と木の実を象った素朴なものだ。
パッと見て露店の商品とわかりそうなものだが、 これくらいの方が友達の女の子に贈るのに気安くていい。 贈るほうも受取る方も。 気を遣わない程度がいいのだから。
―――― うん。 これにしよ。
露店の店主に銅貨を払い小さな麻の袋に髪飾りを入れてもらい受取る。 ふと、 静かだと思ってみればルシアの姿が無い。 キョロキョロと見回し、 その姿はすぐに見つかった。
山車いっぱいに色とりどりの花を積んでいる花屋で小さな花籠を買い求めている。
それを手にして戻ってきたルシアが時計を確認し、 やはり戻れば丁度良い時間になっていた。
「おかえり、 ルッシー。 イリス」
「ただいま。 シェナお兄様……あのお姉様たちは?」
「一旦帰った」
出掛けた時と同じテーブルで魚と薄く切って揚げたジャガイモのチップをまぶした料理を食べながらシェナが答える。 あれだけ周りを取り巻いていた女性たちは今はいない。
「一人くらい残ってもらっても良かったのですけどね」
溜息混じりのルシアの言葉にイリスはびっくりしてその顔を見る。
「どうしました?」
「え。 ううん。 別に……」
「何かとても勘違いされている気がするのですが……」
サッと顔を背けたイリスにルシアはにこにこと首を傾げつつも、 食い下がる。
「なんでもないってば。 しつこいよ変態」
「……ですから、 変態などではないと何度言えば」
「おーい来たぜ? 二人とも」
先ほどまで目の前に在ったはずのフィッシュ&チップスの皿を平らげた挙句、 フライドチキンを食べ終えて指を軽く舐めたシェナがイリスとルシアに声をかけた。 その声にひとまず恒例になりそうだった言い合いをやめて、 近寄ってきた少女へと挨拶を向ける。
「こんにちは。 メム」
「御機嫌よう。 レディ」
イリスは笑顔でそちらに近寄り、 ルシアは軽く片手を胸元に当てて一礼した。
「こんにちは……」
少し戸惑うように恥ずかしそうに小さな声でメムはそう返す。 血の気の薄い白い肌、そ の頬が少しだけ染まったように見えた。
「あ、 そうだ。 あのね」
「では早速仕度いたしましょうか!」
「は?」
照れつつも先ほど買った髪飾りを取り出そうとしたイリスを遮る笑顔と声で、 ルシアが言う。 その言葉に怪訝そうに固まったのはイリスだけではなく、 メムも同様だった。
「シェナッドの取り巻きの方が残っていればお手伝いをお願いしようと思っていたのですが、 居ないものは仕方在りません。 そんなに複雑なものでもありませんし、 さぁこれにお着替えを!」
「消えろこの変態っ!」
後ろ手にメムを庇いつつイリスの回し蹴りがルシアの中段に入るも、 にこにこ笑顔とキラキラ煌くオーラは微塵も揺るがない。 むしろその蹴りはダメージになってもいないようだ。
「酷いですね」
「煩い黙れこの変質者」
「え、 と……」
イリスの後ろから戸惑ったような目が向けられていることにルシアも気を変えたのか、 一度肩をすくめ。
「この街の方なら寒さには慣れているのでしょうが……それをよしとしても折角のお祭です。 レディが着飾らない手はないでしょう?」
そう言ってルシアが見せたのは膝丈までの長袖ワンピース。 イリスのケープと同じ赤と緑のチェックの生地で作られている。 肩の所がふわりと心持ち膨らんでいて、 しかしその先は袖口が止められているわけでもなくゆったりとしていた。 少し首周りが大きく開いていたが、 中に柔らかい白シャツを着るもののようだ。 白いシャツの折り返した襟にはささやかなレース。 黒い膝を少し越すくらいの靴下と飴色の靴。
「こ、 こんな……私……」
「如何でしょう。 似合うと思うのですが。 とりあえず袖を通すだけでも」
「え、 あ……」
たじろぐように助けを求めるようにメムはイリスを見た。 が。
「……可愛い」
「え」
「絶対、 可愛いよ!」
キラキラと瞳を輝かせ、 イリスがメムを見つめ返す。
うるうるとした熱っぽく滲んだ碧眼が、 生き生きと自分を見つめている事態に、 メムは逃げるより先に固まった。 その間に、 イリスが両手でメムの手をきゅっと握る。
「絶対絶対、 可愛いっ。 この変態が用意したものだからちょっと不安で気持ち悪いかもしれないけど、 メムが着たらきっと可愛いよ!」
「さりげなく何か聞こえましたが、 ともかくきっとお似合いになると思いますので、 私からも是非」




