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モネの夏の始まりを告げる祭は大祭でもある。
街から程なくの所にある万年雪のリーズ山脈からは一年を通して山おろしの風が流れてくるから、 夏であっても朝方や夜中になると冷え込むことがあるほどだ。
年間を通して気温の低く、 冬などの強い寒さを向かえる街の住人にしてみれば夏は春や収穫の秋祭りと同等もしくはそれ以上に喜ぶべきものらしい。
その喜びの程は祭が六区画あげての催しだということからも想像できる。
一日ごとに一区画がメイン会場になり、 七日目には街の中心部で後夜祭をかねた盛大な催しをするらしい。
春の終わり夏の始まり。
夏でさえ朝夜の冷え込みがあるのだから、 今のこの時期も例外ではなく、 イリスは目を覚ましたときの肌寒さに軽く身体を震わせた。
それと同時に、窓の外に見えた光景に目を輝かせる。
昨日は色々と慌しくよく見ていなかったのだが、 宿から見える大通りの水光石を頂く街灯には花とリボンで飾りつけが施され、 水晶のような水光石と朝靄に浮かぶ光がきらきらとしていた。
「すっごーい……」
「モネはここら辺で一番大きな街だからな。 中央にはステーションもあるぞ」
「ステーションて、 蒸気機関車の?」
「そうだ。 ここは観光地でもあるからな。 特に夏は避暑にくる貴族も多い」
二人部屋の自身の寝台に腰掛けながらワースはそう言う。
寝巻きで窓から外を眺めているイリスと違い、 こちらはすでに聖職者の黒衣に着替えている。
詰襟長袖、 足首までの長衣は両脇に裾から腰までスリットが入っており、 下には黒いズボン。
革靴を履くときもあるのだが、 今回の用向きや在住している村が森の中にある為、 ブーツを使用している。
必要ならばこれに同色のケープを羽織り、 最後に聖印の首飾りをつけ聖職者の黒衣としていた。
「今日は祭の初日だ。 ……あまり気張らずに、 ただ楽しんで良いんだからな?」
「ありがとう。 お師匠様」
それでも、 頑張らなきゃという思いは消えないけれど、 その気遣いは嬉しくてイリスは微笑んだ。
「着替えて下で朝ごはんだ。 先に行ってるぞ」
「はーい」
白い長袖シャツに膝丈の黒ズボン。 そこまでは昨日のパターンと同じ。
「……あれのチョイスだからもっと変なのかと思ってたけど」
渡された白い包みに入っていたのは、 靴下とベストにケープ。 おまけで帽子。
靴下は黒と白のしましまで黒いブーツからちょっと見える丈。 ズボンと同じ黒いベストには真鍮の釦が三つ。
ケープは赤と緑のチェックで裾と襟に黒いレースがあしらわれている。 こちらは釦ではなく、 黒いサテンのような光沢の柔らかいリボンで結ぶもののようだった。
ケープに合わせたらしい同じ生地の平べったく黒いつばのある帽子も悪くない。 イリスの金髪にそれらはとてもよくあっていた。
身につけて鏡の前に立ったイリスはその姿に微妙に顔をしかめる。
「…………」
似合わないわけではない。 むしろとても似合うと周囲の人は言うだろう。
だからこそ微妙だった。
だってあの変態が選んだものだから。 その思いが消えないのは、 全てあの出会いの所為だろう。
「ま、 いいや。 服に罪は無いもん」
ワースの待つ階下の食堂へとイリスが移動すると、 既にルシアとシェナが合流し、 一緒のテーブルについていた。 のだが。
「よ。 イリス」
「お、 おはよう……シェナお兄様……そのお姉様たち、 誰?」
シェナの周りには五人ほどの女性が絶えず侍り話しかけている。
女性たちはワースやルシアにも愛想を振りまき、 思わずその光景にイリスはテーブルの手前数メートルから動けなくなった。
綺麗なお姉さんがいっぱい。
そしてそんな目立つテーブルを、 他の主に独り寂しくカウンターで食事をしている男や男同士での花のない食卓を囲んでいる方面のものが、 半ば恨めしそうな目で見ている。
「……シェナッド。 君、 席を移りなさい」
「えー? なーんで。 いいじゃん別に。 いつものことだろルッシー」
「慣れてない子供もいるんです」
ルシアの言葉にシェナが席を立ち、 別のテーブルに移った。
「朝からお騒がせしてすみません」
「あー、 いや、 俺は良い。 女の子大好きだし。 ……イリス、 とりあえず座れ」
頭痛そうな様子でルシアがそう言い、 ワースは気にしない様にと言ってからイリスを席に招いて。
とりあえず席に着いたものの、 なんとも言えない沈黙がテーブルに落ちていた。
「俺はこの後、 お偉いさんたちと色々話してくるんだが……」
ゴホン、 と気を取り直すように軽く咳払いをしてワースが口を開く。
「イリスはお昼過ぎにメム嬢がいらっしゃいますね」
「そうだな。 今日一日は好きに羽でも伸ばしていいから」
「……うん」
予定の確認はすぐに終わった。 もとより予定を立てるのではなく、確認するだけなのだから当然だ。自身の予定通りに食事を終えたワースはこの街の上層部の人間と話をする為、宿を離れた。残されたのは別のテーブルで女性たちに取り巻かれているシェナと、ルシアとイリス。
「…………」
「…………」
―――― 何か、きまずい……。
シェナはいると言っても別のテーブルで。思えばこうやって落ち着いて向かい合ったことはなかった気がするイリスは、向かいの席でシェナのテーブルを見ながら半眼になっているルシアをちらりと見る。その視線に気付いたのか、ルシアがイリスの方を見て。
「どういたしましたか?」
「別に。なんでもない」
「そうですか。……ところでメム嬢がいらっしゃるまで少し時間がありますね」
懐から取り出した懐中時計で時間を確認したルシアはそう言った。
「それではお買い物にでも行きましょうか」
「いや、なんでそうなるの」
「時間は有効に使うものですよ?」
「待ち合わせまで確かに時間はあるけど買い物なんて」
「本腰を入れた買い物ではありません。少し宿の周辺を散歩がてら露店を冷やかすだけですよ」
にっこりと笑顔でそう言うルシアの顔を、思わず胡乱げに眺めてしまいそうになった自分に気付き、同時に昨日のことを思い出したイリスはハッとして誤魔化すように頭を振った。
「まぁ、ここでボーっとしてても仕方ないし。良いよ」
「ありがとうございます。では参りましょうか」
席を立とうとしたイリスは不意に横に現れた影にそちらを見ると、先に立ち上がっていたルシアが片手を差し伸べている所だった。
「……何、してるの」
「お手をどうぞ?」
「いらない」
微妙に子ども扱いされているというか、それは女性に対する接し方ではないのか。
口には出さないものの、声のトーンと表情には隠すことなくそれを滲ませたイリスの様子に、ルシアはくすくすと笑う。
「笑うな変態」
「ルシアです。いい加減覚えてくださいね」
ぶすーっとふくれっつらになったイリスに、変態と言われても慣れたのかにこやかに応じたルシアはちらりとシェナのテーブルを見る。
「シェナ兄様は……忙しそう、だね」
「すぐ戻ってきますし、放っておきましょうかあれは」
いつの間にか更に女性が増えていた。




