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「――――というわけです。 誤解はこれで解けましたでしょうかお嬢さん」
「……ええ。 人攫いではなく、 街に来た教会の人……イリスの保護者のようなもの、 なのね?」
宿の一階である食堂兼酒場の一席にてワースと合流したイリスたちは夕食を取り、 ルシアはメムに簡単な事情を説明した。
広場でも一応説明はしたのだが、 イリスの変態呼ばわりなどから中々信用されず、 結局ワースと合流してから誤解を解くしかなかったのだ。
「んじゃ、 話がついたところでオレも自己紹介したほうがいいだろ?」
「脇役その一です。 以上」
「ひでー……。 ルッシー冷てぇ」
「黙りなさい。 席を替わりなさい今すぐ」
丸いテーブルを囲む一同だが、 イリスの隣にはメムと青年。 ルシアはメムの隣で向かい合うような位置に居る青年を睨みつけている。 言うまでもなくイリスに隣を却下された結果だった。
「俺も呼び方に困るから名前は聞いておきたい。 そこのお嬢さんはメムちゃん。 で、 そこのライスプディング五杯目食い終わった兄さんの名前は?」
一足先に食事を終えて紅茶のカップを口に運んでいたワースが、 脇役その一とルシアに称された黒ツナギの青年を見遣る。
この宿のライスプディングは味も良いのだが、 量も一つがたっぷりある。
それを現時点で五杯平らげ、 まだ他の料理も食べている。 長身痩躯のどこにその量が入るのかと思う食べっぷりだ。
「シェルディナード。 ルッシーからはシェナッドって呼ばれてるけど、 好きに呼んでいーぜ?」
親指で軽く口の端を拭い笑う表情は、 その顔の造作やメイクからすればどことなくズレているのだが、 逆に親しみやすい気軽な雰囲気を感じさせる。
ルシアの友人だというシェナッド。
丁寧で落ち着きながらも容姿に目を引くような華やかさもない仕立て屋であるルシアと、 モノクロ色彩ながらも黒ツナギの中にはアクセサリーやゴシックテイストの服が覗くシェナッドは一見してみると対照的にも見えた。
―――― お師匠様とシェナ……兄様って、 並ぶと迫力……。
ミルクのコップに口をつけながら、 席の並ぶ二人を見遣り、 イリスはそう思う。
そう思っているのは何もイリスだけではなく、 ちらりと周囲を見れば若い女性たちがちらちらと絶え間なく二人へと見惚れたような視線を送っている。
二人ともはっきり言って目立つ。 そして何だか自分が急にお子様になったようにさえ思ってしまう一種の居心地の悪さがあった。 それを感じたのはどうやらメムも同じだったらしい。
「じゃあ、 私はそろそろ……」
「帰るの? なら、 僕、 送るよ」
「ううん。 平気。 大丈夫だから。 ありがとう」
「ですが外も大分薄暗くなっておりますよ?」
最後に向けられたルシアの言葉にも、 彼女は首を横に振った。
「本当に、 大丈夫だから。 この街の道なら住んでる私の方が、 よく知ってるし。 すぐ近くなの」
「じゃあ、 戸口の外まで。 それくらいは良いよね?」
席を立つイリスにメムはかすかに笑う。
「ええ。 ……ありがとう」
宿の外に出れば水光石を使った街灯が夕闇に幻想的な光を放ち、街を照らしていた。
「わぁ……」
「……?」
「すごーい」
「何が凄いの?」
「あ、 うん。 僕の村とはやっぱり街って違うんだなーって。 広いし、 路は全部石畳だし、 こんな綺麗な街灯がそこらじゅうにあるんだもん」
田舎としかいえない村から物心ついてからこの方、 出た事はなかったイリスにしてみれば、 街では当たり前の光景でも全てが鮮やかに映っているのだろう。
「…………」
「ん? 何? どうして笑ってるの?」
「……私、 笑ってた?」
「うん。 笑ってるよ」
仄かな口元の笑みを見逃さなかったイリスの言葉に無意識だったのかメムは自分でも驚いたように問いかけた。
「そう……」
えへへ、 と照れるような、 気恥ずかしいような笑みでイリスが頷き。
「うん。 可愛い」
「…………」
金髪碧眼色白華奢、 なんて見た目が可憐な少女そのままの少年に可愛いと言われても微妙なものがある。
照れるようにはにかみ、 照れた所為でちょっと頬が染まっているその表情で言われても。
それでも、 イリスは繰り返す。
「可愛いよ」
にっこり。 屈託のない子供のような純粋な笑顔で。
「……あ、 りがと」
「へへ」
「じゃあ、 そろそろ、 本当に暗くなってきたから」
「うん……。 今日は、 ありがとうね」
「うん。 ……じゃあ……」
軽く手を振ってメムは背を向けて数歩歩き、 足を止めた。