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虹と洋裁箱  作者: 琳谷陸
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「って言うか、 いい加減にしてよ。 わざと僕の気に触ること言って反応見てるでしょ。 一体何を試してるわけ?」

 守護契約を持ちかけた側のくせに一々癇に障るように言葉を使い、 わざと怒らせようとする。 そうやってずっと観察しているのに気付かないほど鈍くない。

 ―――― ぶっちゃけもう我慢の限界なんだよね。 ふざけた答えなら殺す。

 そんな不穏たっぷりの決意を固め、 イリスはルシアを見る。

「あー……。 ええとですね」

 眼鏡の向こうにある瞳が一瞬泳いだ。 それからひょいとルシアはイリスの手にあった空っぽのコップと匙を取り上げ、 自分の物と一緒に屋台の店主に返し何事も無かったかのように懐中時計を取り出してその文字盤を眺め始め。

「ねぇ」

「ああ、 宿まではここからですと少々時間が掛かりそうですね。 そろそろ移動しましょうか」

「ちょっと」

「あ、 途中で寄りたい所があるので、 寄り道させてくださいね」

「人の話聞きなよね!」

 思わず手を伸ばしイリスはルシアの袖を掴む。

 明らかに誤魔化そうとする雰囲気があって、 逃がしてたまるかと睨みつけた。

「……わかりました。 今度、 ちゃんとお話します」

「なんで今はダメなの」

「……申し訳ありません」

 不信感たっぷりの目を向けるイリスに、 ルシアはどこか困ったように眉を下げる。

 それはどこか彼自身も説明に迷っているような雰囲気があり、 納得はいかないもののそれ以上問い詰めても無駄な気がして、 イリスはふくれながらも手を離す。

「言っておくけど、 全然信用してないから。 この変態」

「ルシアです。 ……信用されなくても、 君を守ることに変わりはありませんし、 守ります」

 その言葉にイリスはちらりと己の左手を見遣る。 掌だけを覆う手袋の下、 左掌には契約の刻印が浮き出ているのだ。

 それは契約の証でもあり、 ある程度の魔物避けになると言われた。

 イリスは何故か魔に属するものにとっては大変美味しそうな匂いがするのだという。 この刻印はその匂いをルシアの魔力の匂いで包み隠すようなものらしい。

「では、 参りましょうか」

「行くって、 どこに? 寄り道ってどこに行く気」

「まずは、 服を見に行きましょう」

「一人で行けば」

 聞こえてきた言葉にイリスの声が一段冷たくなった。

 初対面で花嫁衣裳を着ろと迫ってきた事は中々忘れられるものではない。

 変態を見る眼としか言いようの無い視線でルシアを見てから、 ワースに貰った街の地図を広げる。

 先ほどのルシアの言葉には正直腹が立ったが、 一方で言っている事はあながち間違っていないと思ったのだ。

 ―――― 今の僕にできることって、 確かにこれくらいだもんね。

 依頼人との交渉も、 恐らくは退魔の実戦にも今回は関わらせるつもりはないのだろうと薄々わかっていた。

 まずはイリスが外に慣れることを優先してくれている。 師匠の心遣いはちゃんと弟子に伝わっていたようだ。

「まずは被害の出た場所とか見に行った方が良いのかな」

 今回の依頼は最近街を騒がせている人食魔の退治と聞いている。

 まずはその現場を見に行った方が良いかなと思った矢先、 イリスは自分の体がいきなり宙に浮いたのを感じ何事かと思った。

「なっ、 何するの離しなよこの変態っ」

「はいはい。 ちょっとこちらでゆっくりじっくりお話しましょうね。 二人っきりで」

「離せー!」

 いやー! とまさしく悲鳴のようなものを上げつつ、 荷物の如く肩に担ぎ上げられたイリスはバタバタと暴れたのだが、 見かけに反しルシアは力があるらしく、 びくともしなかった。

「痴漢! 変態! 殺すよっ」

「はっはっは。 君にはまだ無理でしょうねぇ」

 ―――― いつか絶対殺してやるっ!

 着実にルシアへの(見習いとはいえ)聖職者には相応しくない殺意という種を心の中で育てるイリス。

 ルシアは喚くイリスの様子に何事かと振り返る人に爽やかな笑顔で騒音の非礼を詫びながらも、 堂々と歩き続けた。

 こそこそとしたりすれば逆に不審に思われ取り押さえられたかもしれないが、 互いが、 少なくとも一方が軽口のように流しつつそうやって礼儀正しく周囲に対応すれば周りのものは兄弟喧嘩もしくはそれに近い関係のものと思うのだろう。

 中にはクスクスと微笑ましそうに笑うものもいる。

 騒ぐのに疲れたのかイリスが手足をばたつかせなくなった頃、 ルシアはひょいと人気の無い路地へと入りそこでイリスを下ろした。

「さて、 ここなら良いでしょうかね」

 元々あまり広くない道幅なのに木箱や空樽などの荷物が置かれていたりするため更に通りにくい横路。

「何する気なの」

 先程よりも笑みを深めたルシアにイリスは不信感満載で問いかけながら、 視界の端に退路を確認する。

 フフフ、 と正に悪魔のように笑うルシアにイリスの背にはじわりと汗が滲んだ。

「何。 変なことしたら許さないよ! 変態」

「ルシアですよ。 それに、 私のどこが変態だって言うのですか失礼な」

「十五の男に花嫁衣裳着せようとする奴のどこが変態じゃないっていうのっ」

「似合いますから大丈夫ですよ」

「黙れ変態!」

「さぁとりあえず脱ぎましょうか」

「触るなーっ!」

 ルシアの魔の手に蒼白になり逃げ惑うイリスの腕を突然横から小さな手が引っ張った。

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