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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第5章 無垢な少女と気高き聖女
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第89話 ありふれた硝子の靴

 ドラグーン王国に出入りする商人の動向を監視し、特にこの国の大商人とつながりを持とうとする人間に注意を払う。

 言葉で言うのは簡単ですが、実際にはかなり大変なことです。そんな人間は、それこそ掃いて捨てるほどいるのですから。


 もっとも、急を要する話ではありません。とりあえずのところは、城下町にある市場を中心に見て回ることにしました。

 『王魔』であるアンジェリカやエレンシア嬢については、『アカシャの使徒』に会うことを避けた方がよいだろうとのことで、直接の見回りにはわたしとマスター、二人だけが参加しています。


 ちなみにマスターは、ここ最近、国内外から商人が集まるこうした場所に顔を出し、せっせと『全てを知る裸の王様アビス・ゲイザー』を使用し続けています。そのせいか、人混みの多い市場の中でもその足取りに迷いはなさそうでした。


「うーん。それこそ『女神』の使徒みたいに特定の『魔力』を探知する能力でもあればいいんだけどね」


 市場を見渡しながら、そんな言葉を口にするマスター。わたしたちが今いるこの場所は、『サンサーラ』が中心となって整備した、国内外の主要な流通を一手に担う市場です。城下町の中に設けられた広大な広場には、競売会場や商人同士が商談に使う施設などが備わっており、区画中央には市場を運営する事務所まで建てられています。


「ですが、この都市に限って言えば、ここは主要な商人全てが利用する場所です。庶民が買い物をするような商店もありませんし、人数もそれなりに絞れるでしょう」


 もちろん、『アカシャの使徒』がこの街に狙いを定めるという保証もない以上、まったくの徒労になる可能性も十分にあります。


「どっちみち単なる暇つぶしなんだし、しばらくやってみて駄目なら諦めたっていいさ。目に余るような問題が起きれば、そのうちエレンが掴んでくれるだろうしね」


「そうですね」


 この広場には、商人たちが持ち寄った商品を申請に基づいて陳列できる『展示会場』もあります。もっとも『展示会場』とは言っても、屋根があるわけではなく、広場の一角をロープで区切って陳列スペースを用意している程度のものでした。

 人の出入りもそれなりに多く、比較的賑わいを見せていることもあって、わたしたちの足も自然とそちらに向いています。


 その道すがら、マスターの隣を歩くわたしは、自分の紅い髪に集まる視線がいつもより多いことを感じていました。『サンサーラ』には様々な髪の色をした者もいることから、この国では奇異な目で見られることもなかったのですが、やはり国外から来る人間たちにとっては、珍しいものなのでしょう。


「……ふむ。赤い髪か。やはり、『王魔』の国だけあって、髪の色も服装も珍しいものが多いな。アレと同じモノがどこかで買えれば良いのだが……」


「しーっ! 旦那様。この国では原則、奴隷売買は禁止されています。あまり声を大きくするとまずいですよ」


「なんだ、つまらん。まあ、髪や服が同じでも、あれほどの上玉はそうはおらんか。どのみち、十分珍しい魔法の道具が手に入ったのだ。仕方がない。これで満足するとするか」


 ……彼らは声を潜めて離しているつもりでしょうが、わたしの集音センサーには、はっきりと聞こえてしまっていました。


「……どうやら、ここに集まる商人の皆さんにも、色々な方がいるようですね」


 わたしは彼らの会話に不快感を覚えながらも、言葉としてはどうにかその程度に抑えるに留めました。しかし、マスターは……


「どうしたの? 気分が悪そうだけど……」


 先ほどの会話が聞こえたはずもないのに、わたしの声のわずかな変化に感づき、こうして心配そうに声をかけてきてくれるのです。これもきっと、彼が誰よりも『人の心』を見つめ、それを気にかけ続けているからなのでしょう。


「いえ、大丈夫です。しかし、『アカシャの使徒』が侵入してくるにしても、さすがに髪の色くらいは誤魔化すでしょうね」


「うん。まあ、そうだね。白髪ってのも目立つしね。確か、この世界じゃお年寄りも髪が白くはならないんだっけ?」


「はい。とはいえ、教会の教義で忌避されている濃い髪色に染めることはないでしょう。そのあたりが、さしあたっての区別の方法でしょうか。魔法ではなく、染料を使ってのものなら、わたしの【因子観測装置アルカマギカ】で元の色を解析できるかもしれません」


「……うん。じゃあ、それは頼むよ」


 などと言いながら、マスターはなぜか周囲を落ち着かなげに見回しています。


「どうかしたのですか?」


「ああ、えっと……あそこがいいかな?」


 そう言ったかと思うと、マスターはわたしの手を取り、ぐいぐいと引っ張るようにして歩き始めました。向かった先は、女性ものの装飾品が多く置かれた場所です。


「マスター? エレンシア嬢かアンジェリカにでもお土産をお買いになるのですか?」


「いや、二人とは何度かデートの時に一緒に買い物もしたんだけどね。考えてみたら、ヒイロとは、こうして二人で出かける機会も少なかったかなと思って」


「え? そ、それって……」


「それに……ほら、ヒイロには僕のわがままで、制服でいてもらってるだろ? だから……あんまり着飾ったりとかもさせてあげられなかったかな、とも思ったり……」


 珍しく遠まわしな言い方を続けるマスター。


「この制服に、何か問題でも?」


「え? い、いやいや、その制服はいいんだけど……その、ほら、それはそれとしてもヒイロだって女の子なんだし、もっとオシャレをしてみてもいいんじゃないかと……」


「なるほど。それでは、この制服は着替えてしまいしょうか?」


「それは駄目! 絶対に駄目!」


 即答でした。それも、わたしが言葉を言い終わらないうちに被せてくるかのような見事な即答です。彼の制服への執着は、相当なものがあるようです。


「ふふ! うふふふ!」


 わたしはつい、おかしくなって笑ってしまいます。しかし、どうにか笑いを収め、改めて見上げたマスターの顔を見上げると、びっくりしたように目を丸くしてこちらを見つめてきているようでした。


「どうかしましたか?」


「いや、そんな風に笑うヒイロを見たのって、初めてかなと思ってさ。ヒイロもそうやって笑うと、やっぱり可愛い女の子なんだなあと改めて思ったり……」


「……う」


 途端に恥ずかしくなったわたしは、その場で身体を硬直させてしまいました。

 しかし、その直後のこと。


「それより、その……ヒイロにも何かアクセサリでもプレゼントをしてあげたいんだ」


「……え? あ、ありがとうございます。嬉しいです」


 思いもがけないマスターの言葉に、わたしは少し驚きつつも、どうにか微笑みで応じたのでした。




 ──実際のアクセサリ選びは、かなり難航しました。


 途中、マスターはわたしの好みなども聞いてはくれたのですが、わたし自身、そうしたものに興味があるわけでもなく、上手く答えられなかったというのも問題だったかもしれません。


 アンジェリカやエレンシア嬢と一緒に出掛けた時のマスターは、もっと自然に彼女たちへのプレゼントを選んだりしていたように思いますが、先ほどから彼の言動はどこかぎこちないようにも感じられました。


 結局、展示している商人のアドバイスなども受けた結果、最も無難だろうと思われるものとして、小さな宝石のついたネックレスを買うことで落ち着きました。


「じゃあ、はい、これ」


 不安げな顔で、わたしにネックレスを差し出すマスター。細かい装飾のされた金の鎖には、これまた複雑な幾何学模様の刻まれた金の星形が取り付けられており、その中央には小さくも愛らしい真紅の宝石が美しい輝きを放っていました。


「あ、ありがとうございます。でも、本当にいいんですか? こんなに高いものを……」


 マスターは『産術院』の警護などによりかなりの報酬をもらっていますので、懐具合は豊かです。とはいえ、このネックレスの価格は、庶民には到底手の届かないものでした。


「もらってくれると嬉しいな」


 けれど、そんなことはどうでもいいとばかりに、ネックレスの収まった箱をわたしに差し出して笑うマスター。


「はい……もちろん、いただきます。ありがとうございます。肌身離さず……大事にします」


 思わず、胸が熱くなってしまいました。こんなに涙もろい『人工知性体』なんて異次元世界すべてを探しても、わたしだけかもしれません。


「え、えっと……な、なんで泣いて? ヒイロ? 大丈夫?」


 マスターは、突然泣き出してしまったわたしに、おろおろと動揺してしまっているようです。


「はい。大丈夫です。嬉し涙ですから……」


 わたしはどうにか気を落ち着けると、恥ずかしい感覚をごまかすべく、話題を変えることにしました。


「と、ところでマスター、エレンシア嬢やアンジェリカさんにも同じようにプレゼントをされていたという割には、こうしたことに不慣れな印象があったのですが、どうしてなのですか?」


「え? あ、あーうん。何て言うか……」


 少し言いよどむようにしてから、マスターは仕方がないとばかりに言葉を続けました。


「ほら、あの二人って、この世界の人間だし、僕の世界のことを知らないだろ? だから、少しぐらい女の子とのデートの常識に合わないことをしてもごまかしが効くんだよ。でも、ヒイロは違うし……元の世界の制服も着てるし……。だから、その、向こうの世界の女子高生とデートしてるみたいでさ……なんだか緊張しちゃってね」


「なるほど……」


 わたしは納得したように頷きながらも、内心で笑いをこらえるのに苦労しました。いつも余裕綽々に見えるマスターですが、こんな風に『年頃の少年』を思わせる部分もあると思うと、こう言っては失礼ですが、『可愛い』とさえ思えてしまいます。


 この日、彼がわたしにくれたものは、魔法の力が込められているわけでもなく、どこにでもある単なる首飾りでしかありません。けれどそれでも、このネックレスは、わたしにとって特別なものなのです。

 彼の思いやりのこもった『世界にひとつだけのネックレス』。わたしはそれを人知れず、ぎゅっと握りしめていたのでした。




──展示会場からの帰り際、わたしたちを呼び止める声がありました。


「そこのお二人、もしよろしければ、わしの商品も見ていってはくださらんか?」


 小奇麗な身なりをしたその老人は、どうやら行商人の一人のようです。とはいえ、会場の端のスペースしか与えられていない時点で、彼の商人としての格の低さは明らかでした。なぜなら、良い場所ほど申請時に高い場所代が必要になるからです。


「おじいさん。悪いけど、僕らも暇じゃないんだ。見てくれと言うからには、よっぽどいい品でもあるのかい?」


「もちろんだとも。まったく、ここの連中ときたら、見る目がない奴らばかりでなあ。わしが長い年月をかけて集めてきたコレクションの価値を、まるで理解していないのじゃ」


 彼が指示した場所を見れば、そこには陳列台はなく、代わりに石畳に敷かれた風呂敷の上に、古びた骨董品らしきものが並べられています。マスターは促されるままにそこに近づくと、それらを珍しげに見て回り、ひとつひとつを丹念に手に取っているようでした。


 しかし、わたしにはそんなことをするまでもなく、わかったことがあります。


「マスター。少なくともこの中に、貴重な鉱石などが使われた品はなさそうです」


 これらの品々の大半は、ガラクタと言ってもいいでしょう。この程度の商品を扱う商人が、この市場で商いを許可されていること自体が信じられません。


 しかし、わたしの言葉に、その老人は不敵な笑みを浮かべて見せました。


「お嬢さん。材料の貴重さだけが、こういったものの価値を決めるわけではないのじゃよ。例えばこれなどはその昔、偉大なる『法術士』が生み出したという伝説の『法術器』でな。世界に二つとない、貴重なものなのじゃ。まあ、起動することはできないじゃろうが、骨董品としては相当の値打ちものじゃよ」


 その言葉に、わたしはちらりとマスターに目を向けました。


「ふうん。ちょっと触らせてもらってもいいかな?」


「よかろう。だが、扱いには注意してくれ」


 そう言って老人が手渡してきたのは、よくわからない形をした古びた金属の棒です。しかし、マスターはそれを受け取るなり、わたしに向かって『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』で言いました。


〈うん。見事なまでに偽物だね〉


〈『他人の努力は蜜の味ノーレッジ・スナッチ+』で確認したのですか? では、やはり時間の無駄だったかもしれませんね〉


〈いや……これは買っていくよ〉


〈え?〉


 わたしが驚いている間にも、マスターはその老人に声をかけ、値段交渉を始めてしまいます。最初は高額な代金をふっかけてきた老人ですが、なかなか売れない商品を手放す機会を失いたくない気持ちがあってか、最終的にはかなりの減額となりました。


「うむ。毎度あり! ああ、ちなみに……まず無理だとは思うが、教えてさしあげよう。古代の『法術器』を起動するには、二つの手順が必要じゃ」


 そう言って、指を二本立ててみせる老人。偽物を売りつけてきた割には、随分とアフターサービスを怠らない人物のようです。


「二つの手順?」


「うむ。まず、起動に必要なだけの『知識枠メモリ』の空きがあること。とはいえ、強力な『法術器』ほど必要な『知識枠メモリ』は大きい。簡単なことではないじゃろうな」


「ふうん。じゃあ、二つ目は?」


「その『法術器』の仕組みを理解すること。これに関しては、多少の研究は必要じゃろうが、作成者を大きく凌駕するだけの『知識枠メモリ』があれば不可能ではない。……が、まあ普通は不可能じゃろうがなあ! ほっほっほ!」


 わたしたちを送り出す間際まで上機嫌におしゃべりを続けてくれた彼ですが、考えてみれば、商人である割には随分と『法術器』に深い造詣があるなど、不思議なところも多かったように思います。


「……マスター。良かったのですか? 減額できたとは言え、それなりの金額を払ってしまったようですし……」


 偽物を購入した彼の意図が分からず、そう尋ねると、彼は笑って言いました。


「まあ、これは確かにガラクタだけど、結構すごいものが『手に入った』し、その代金ぐらいは払ってあげないといけないと思ってね……っとそろそろ時間かな?」


 マスターがそう言った、次の瞬間でした。

 彼の手の中に、忽然と姿を現したものがあります。


「え? それはいったい……」


「僕が『他人の努力は蜜の味ノーレッジ・スナッチ+』で得た知識によれば……あの『法術器』は《召喚の笛》と言って、声が届く範囲にいる相手に呼びかけて、相手からの承諾の返事さえあれば、自由に自分の傍に転移させられるものだったらしいよ」


「え? まさか……展示されていたものの中にそんなものが?」


「うん。無造作に置かれていたところを見ると、あのお爺さんも知らなかったのかな? あるいは知ってて……って、まあ、今はいいや。とにかく、アレは間違いなく昔の偉大な『法術士』様とやらが作ったものだよ。……でもって僕がいま『創った』この笛は……言うなれば《訪問の笛》ってところかな?」


「『ありふれた硝子の靴ノット・オンリーワン』を使ったのですか?」


 彼のスキルの中でも、特に異彩を放つ器物限定のスキルです。


○特殊スキル(個人の性質に依存)

ありふれた硝子の靴ノット・オンリーワン

 世界で唯一の価値がある物に触れた場合のみ、発動可。その性質を反転させた同価値の物を複製する。同じ物に一度のみ使用可。再複製は不可。生物には使用不可。


「そのとおり。もっとも、あの場で出したんじゃ怪しまれるから、『いびつに歪む線条痕イリーガル・レンズ』を併用して、こいつの『完成時間』を遅らせたんだけどね。とりあえず、今の僕の『知識枠メモリ』でも、どうにかこいつは使えそうだよ」


 屈託なく笑うマスターの手には、黒光りする《笛》が握られていたのでした。

次回「第90話 鏡の中のお前は誰だ」

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