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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第1章 緋色の少女と悪魔の少女
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第9話 禁じられた遊び

「……おい。今際の言葉くらい、最後まで聞かせろ」


 途端に不機嫌な声で言う少女。けれど、マスターは剣を投げ捨て、気楽な調子で振り返ります。


「苦しそうだったし、ちゃんと殺してあげないと可哀そうでしょ?」


 即死できない腹部を刺したのは明らかにわざとでしょうが、それでも苦しめ続けることは望んでいなかったということでしょうか? 相変わらず、マスターの考えはわかりにくい部分があります。


 それはともかく、今回、マスターがハイラム老を殺害したことで、彼のスキルに変化がありました。


○特殊スキル(個人の性質に依存)


『未完成スキル1』

 特殊スキル『世界で一番綺麗な私ワースト・プリンセス』の効果により発生。現在、50ポイント。スキル完成まで残り50ポイント。


 どうやらハイラム老の殺害は、彼の特殊スキルに新たな項目を追加したようですが、彼一人ではスキル生成までのポイントには到達しなかったようです。ポイントにどんな基準があるのかは不明ですが、『特殊スキルを追加するスキル』となると、これは思ったより恐ろしい能力なのかもしれません。


「可哀そうだと? お前が中途半端に刺しておいてか?」


 声を荒げた少女からは、その可愛い外見からは想像もできないほどの凄まじい威圧感が放たれています。ヒイロの【因子観測装置アルカグラフ】も、この金髪の少女が持つ潜在的な力の強大さに、最大級の危険信号を発していました。


 できることなら、関わり合いを避けるべき相手ですが、マスターが彼女との折衝を望むなら、ヒイロは危険が及ばぬよう、最大限の対処を続けるしかありません。


 とはいえ、そんな威圧感を前にしても、マスターは平然としていました。


「事情も分からず死なれちゃ、僕も困るんだよ。でも、大体の事情は分かったし、それなら、もう苦しんでもらう必要もないじゃないか」


「なに?」


 こともなげに言うマスターに、少女は目を丸くして首を傾げます。彼女の動きにあわせ、金色の髪がさらりと流れる様は、まるで美しい絵画でも見ているようでした。


「呆れたな。何とも自分勝手な言い分だ。でも……それがいい」


 黒いドレスを揺らしながら、楽しげな笑みを浮かべる少女。ここでようやく、彼女から放たれていた凶悪なプレッシャーが消失しました。


「それじゃあ、自己紹介でもしようか? 僕の名前は、来栖鏡也。まあ、君には気安く『キョウヤ』と呼んでもらってもいいよ」


「わかった。では、『クルス』。わたしも名乗ろう。我が名はアンジェリカ・フレア・ドラグニール。話は聞いただろうが、『ニルヴァーナ』だ」


 アンジェリカは、青い宝石のような瞳に底意地の悪そうな光をたたえて笑っています。対するマスターはといえば、軽く目を丸くすると、愛想笑いを浮かべながら言葉を返しました。


「……じゃあ、僕は君のことを『アンちゃん』って呼ばせてもらおうかな?」


「却下だ。殺されたいのか?」


 氷のように冷たい眼光がマスターを射抜いています。お願いですから、彼女を刺激するような真似だけはやめてください。ヒイロは内心で冷や冷やしながら、二人のやりとりを見守っています。防御用の【因子演算式アルカマギカ】も準備しておいた方がいいかもしれません。


「君って結構、我が儘だね」


「当然だ。『ニルヴァーナ』は、基本的に快楽主義者だからな」


 少女、アンジェリカは胸を張って誇らしげに語っています。しかし、このままこの二人に話をさせていても埒が明かないようなので、ヒイロはここで、彼女に話しかけることにしました。


「お話し中、すみません。申し遅れましたが、こちらのクルス・キョウヤをマスターとしし、彼にお仕えする『ヒイロ』と申します。我々は遠い異国から来たため、存じ上げていないのですが、『ニルヴァーナ』とは何なのでしょうか?」


「異国? ああ、そんな話もしていたな。……まあ、簡単に言えば『ニルヴァーナ』とは、世界に存在する四種の『魔法使い』の中でも最上位の『王魔』に属する種族の名称だ。己の快楽を得ることを至上命題とし、欲望の強さこそがそのまま力の強さに繋がる存在。『悪魔』などとふざけた呼称で呼ぶ者もいるがな」


 『魔法』の原理は未だわかりませんが、『魔法使い』とは文字どおり、魔法を使う存在を指して言う言葉なのでしょうか。


「……ヒイロ、と言ったか? お前もなかなか大したものだ。わたしの強さに気づいていながら、怖じ気づくどころか主人を守るべく、積極的に探りを入れてくるとはな。お前たちの方こそ、いったい何者だ?」


「……」


 相手の正体がわからない以上、うかつにこちらの情報を漏らすわけにはいきません。


「だんまりか? まあ、この状況では愚問だったな。では、愚問ついでに言わせてもらうが、お前のあの《ショック・ブラスト》とやらは、実に面白い魔法だったぞ。……いや、魔法ではなかったか?」


「……はい。恐らく、この世界の魔法とは異なる原理だと思います」


 慎重に、言葉を選んで返事をしました。現在までのところ、特に敵対行動には出ていな彼女ですが、こうして話しかけてくる狙いは未だはっきりしません。


「くくく……よし、決めたぞ」


「え?」


「クルス・キョウヤ。ヒイロ。わたしと少し『遊び』をしないか?」


「遊び? うん。別にいいけど……」


「あ!」


 思わず叫んでしまいました。マスターが二つ返事で言葉を返したその直後、ヒイロの【因子観測装置アルカグラフ】が『嫌な予感』を覚えたのです。


「なんだ、クルスだけか。ヒイロの方が勘が鋭いのかな? だが、『観客』として巻き込むには十分な距離だ」


 気づけば、周囲の景色が変化していました。マスターとアンジェリカ、そしてヒイロの立ち位置に変化はありませんが、『高さ』が揃っています。つまり、ヒイロ以外の二人が立っていた馬車の残骸が消失しているのです。


 蒼かった空は薄気味悪い灰色に染まっていますが、その他には大きな変化はありません。そこにあるのは、依然としてまばらな草木と岩塊が点在する荒野の景色です。


「……スキルの発動?」


 残念ながらヒイロには、個体情報の登録のない人間を見ただけで、その能力を看破できる機能はありません。しかし、目の前で発動したスキルに関しては、ヒイロの【因子観測装置アルカグラフ】が自動解析を行うようになっていました。


○アンジェリカの特殊スキル(個人の性質に依存)


禁じられた魔の遊戯ダンス・ウィズ・ザ・デビル

 対象者に『遊び』を提案し、承諾があった場合に発動。特殊空間に自分と相手を閉じ込める。この空間には、以下の性質がある。


・空間内には、死は存在せず、致命傷を受けても死なない。

・解除条件は、『遊び』の決着。

・『遊び』の決着方法は、相手に『致命傷』を与えるか、降参させること

・参加者は各人一つずつ、戦闘に『禁止事項ルール』を設定できる。

・『禁止事項ルール』は絶対。相反するものがある場合は、当事者の調整で合意が必要。

・敗者は勝者の要求を一つだけ、絶対に受け入れなければならない。ただし、死を求めることは不可。永続する要求もできず、その場合は最大で一年間のみとなる。


 ──ヒイロが観察した限り、彼女には大した【因子感受性アルカンシェル】は見受けられません。にもかかわらず、この特殊スキルは、あまりにも異常な効果を有しています。魔法の存在も含め、この世界ではヒイロの常識がまるで通じなくなってしまっているようでした。


 それはさておき、ヒイロは読み取った情報を手早く『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』でマスターに伝えましたが、アンジェリカは同様の説明を口頭で始めています。


「……というわけだ。ちなみに、わたしが勝った場合だが……クルスには一年間、わたしの奴隷になってもらう」


 奴隷? マスターを奴隷にする? この女は、何を言っているのでしょうか。

 ヒイロにとって、唯一無二のマスター。それを奴隷などに貶めようとは、許しがたい害悪です。ヒイロは怒りのあまり、【因子演算式アルカマギカ】を発動しようとしました。


 が、しかし──


「無駄だよ。この空間では、『観客』はバトルに介入する行動そのものを封じられる。お前の《ショック・ブラスト》が魔法とは異なる力だとしても同じことだ」


「…………」


「ヒイロ。心配しなくても大丈夫だよ。この空間じゃ、死ぬことはないって話だしね」


 マスターは、わかっていないのでしょうか? 『だからこそ』問題なのです。


「さあ、クルス! わたしと踊ろう! 刹那の逢瀬を楽しもう! わたしはもう我慢できない! 何をやっても満たされることのない──わたしのすべてを、お前の『熱』で満足させてくれ!」


 黒いドレスを振り乱し、踊るように歩き回る彼女。蒼い瞳には狂気にも似た光が見え隠れしています。


「……これはまた、随分と色っぽいお誘いだね。女の子にそんな風にせがまれちゃったら、断るわけにもいかないか」


「いい覚悟だ。……もっとも、この空間に入った以上、他に選択肢はないけどね。ならば早速、戦闘ルールの設定といこうか。お前から先に決めるがいい。何しろひとつしか設定できないのだ。ゆっくり考えて、自分にできるだけ有利になる条件を設定しなよ。その程度の時間なら、わたしは喜んで待ってやるぞ」


 頬を上気させ、恍惚とした表情で自らの指先を舐めるアンジェリカ。外見こそ十代前半のあどけない少女のようでありながら、ひとつひとつの仕草が恐ろしく蠱惑的でした。


「それじゃあ……『魔法』の使用禁止で」


 マスターはほとんど迷うことなく、そう言いました。


確かにそれが最善でしょう。『魔法』は未知の力ですし、彼女自身が自分を『魔法使い』だと言っている以上、それを封じることは彼女の戦力を大きく削ぐことになるはずです。


「ふむ。意外にオーソドックスな手に出たな。過去にわたしと『遊び』をしたものは、多くが同じ条件を出してきた。『王魔』を相手にする以上、当然と言えば当然だ。しかし、わたしのこの姿を見て、魔法さえ封じれば勝てると考えるのは大きな誤解だぞ?」


 そう言ってアンジェリカは、手近な場所にある岩石に近づき、片手を軽く振り抜きました。するとその直後、何かが砕けるような音が響きます。


「え? まじで?」


 砕けたのは叩きつけられた少女の小さな拳……ではなく、彼女の身長ほどもあろうかという岩塊の方でした。


「と、まあ、『ニルヴァーナ』は魔法が無くても十分強い」


 自慢げに壊した岩塊を見つめた後、勝ち誇ったようにマスターに視線を戻すアンジェリカ。


「……えっと、ヒイロ?」


「なんでしょう、マスター」


「僕が奴隷になっても、ついてきてくれる?」


「……知りません」


 情けないことを言い出すマスターに、ヒイロはつい、心無い言葉を口にしてしまいました。するとマスターは、所在なげに頭を掻きつつ、大きく息を吐きました。


「じゃあ、ヒイロに見捨てられないよう、頑張らなくちゃかな……」


「くくく! お前たちは本当に楽しい。とはいえ、そろそろ始めようか。……ちなみに、わたしが設定するルールは『これ』だ」


 そう言って、両手を広げるアンジェリカ。すると、その動きに合わせるかのように、周囲の空間に透明度の高い光の壁が出現しました。


「およそ三十メートル四方の空間。ここをバトルフィールドに設定する。逃げてばかりでは興ざめだからな。ちなみに枠を超えた場合は、強制的に枠の中央に転移することになるぞ」


 彼女の話す距離の単位は、ヒイロが実際に光の壁の長さを計測し、翻訳したものです。いずれこの世界の度量衡も覚える必要があるでしょう。


 それはさておき、これで『遊び』の舞台が整いました。

次回「第10話 悪魔と踊る狂える鏡」

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