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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第5章 無垢な少女と気高き聖女
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第81話 おめかしの時間

 わたしたちがドラグーン王国の首都ドラッケンに帰還したのは、出発してから二週間余りが経過して後のことでした。


 まず最初に向かったのは、ジークフリード王の元です。メンフィス宰相に事実を伝えるにしても、まずは国王……というより、宰相の親友である彼に事情を説明して協力を仰ぐべきだと考えたのです。


 アンジェリカを通じて人払いを頼んだわたしたちは、執務の合間にどうにか時間を作ってくれたジークフリード王に面会することとなりました。


 ちなみに、メルティに関しては、エレンシア嬢とリズさんと一緒に来客用の寝室で待ってもらうようにしています。何しろ彼女の身体には『愚者』の瞳があり、服装もいまだに裸同然の恰好にシャツ一枚という状態なのです。部屋までの移動の際には、《ステルス・チャフ》で彼女の姿を隠さなければなりませんでした。


 今頃はエレンシア嬢とリズさんが寝室に持ち込んだ衣服の中から、適当なものを見繕っていることでしょう。仮にも女性の着替えを行おうという部屋にマスターが残っているわけにもいかず、それならその時間を使って王との面会を済ませてしまおうということで、二手に分かれたのです。


「……にわかには信じられん話だな」


 話を聞き終えたジークフリード王は、頭を掻きながら呟きました。


「信じられないかな?」


「いや、そういう意味ではない。アンジェリカの顔を見れば、それが嘘でないことくらいはわかる。……だが、話が突拍子もなさすぎる。よりにもよって、十五年前に『愚者』に殺されたと思っていたあいつの娘が、『愚者』になって帰ってきたなど……そんな話、どうやってあいつに伝えればいいというのだ」


 まるでマスターに原因があるかのように、恨みがましげにこちらを睨みつけてくるジークフリード王。ちなみにアンジェリカはと言えば、説明の最中に再び感極まったのか、今にも泣きだしそうな顔でうつむいています。


「だから、それを相談しに来たんじゃないか。親友なんでしょ? 何とかうまい方法考えてよ」


 それを横目にしながらも、マスターは気楽な調子で言いました。なんというか、このあたりは完全に丸投げです。自分で考える気は、まるでゼロといったところでした。


「ぐ……。い、いずれにせよ、俺とて本人に会ってみなければ何とも言えん。彼女がどんな状態で、どこまで記憶を有しているのか。……冷たい言い方をすれば、この国に害を及ぼす存在でないのか……それを見極めなければな」


 こうした物言いは、さすがに国王らしいと言える部分です。支配欲によって国を統治するとはいっても、国を想う気持ちにも嘘はない。だからこそ、彼は国王たり得ているのでしょう。


「大丈夫だよ。特に何の根拠もないけど、そんな心配がないことは、この僕が保障する。彼女はすごく、いい子だよ」


「……根拠もなしに保障するな。まあ、いい。で? 彼女は何処にいる?」


「今、着替えてもらっているところだよ。王様の前に出るのにふさわしい恰好ってものがあるだろうから、服選びに時間がかかってるみたいだけどね」


 などとマスターは冗談を口にしましたが、実際のところ、彼女の『服選び』はかなり難航しているようでした。


 この間、わたしは《スパイ・モスキート》を使い、彼女たちがいる客間の状況も並行して確認していたのですが、どうやらメルティは、衣服を着るのに慣れていないようなのです。


「ああ! そんなにしたらドレスが破れてしまいますわ!」


「でも、これ、きゅうくつ!」


 部屋の姿見の前で、ぐいぐいと首元を覆う布地を引っ張っているのは、絹糸のように美しい黒髪をした少女でした。


「あ、えっと……メルティさん。お洋服は引っ張ってはいけません。それが気に入らなければ着替えていいですから、手を離してくださいませんか?」


 リズさんは優しく声かけをしながら、ゆっくりと首元を掴む彼女の手を取りました。


「はーい」


 するとメルティは、にっこり笑って素直に返事をしました。そのまま、リズさんにされるがままにドレスを脱がしてもらっています。しかし、そのドレスも彼女の怪力の前に、首元の生地が伸びきって一部が千切れていました。


「うう……どうしてですの? わたくしがせっかく、貴女の綺麗な黒髪によく似合うドレスをお選びしましたのに……」


 エレンシア嬢はそれを見て、がっくりと肩を落としています。メルティが着せ替え甲斐のある見事なプロポーションの持ち主であるせいか、エレンシア嬢は彼女の衣装のコーディネートにかなり乗り気だったようです。しかし、当の本人は服飾にはまるで興味を示さず、それどころかこうして何着ものドレスを台無しにしてしまっているのでした。


「困りましたね。これでは、いつまでたっても陛下の御前にお連れできませんし……」


 リズさんが困り果てた顔でため息を吐いています。とはいえ、メルティはマスターが保障したとおり、こうして話をする分には至って素直ないい子です。


「ねえ、メルティ? 貴女、どんな衣服が好みなのかしら?」


 エレンシア嬢は、ついに自分がコーディネートしてあげることを諦めたようです。しかし、メルティは、そんな彼女に元気よく言葉を返します。


「このままでいい! きゅうくつじゃないもん」


 彼女の言う『このまま』とは、胸と腰だけを布きれで隠した、裸同然の恰好です。わたしが出してあげたシャツでさえ、結局彼女は引き裂いてしまったのです。


「で、でも、女の子が人前でそんな裸同然の恰好をするなんて、良くありませんし……」


「どうして良くないの?」


「……う、そ、それは……でも、殿方もいらっしゃるのですから、レディーたるもの、お肌をあまり露出するのは……その、はしたないですわ」


 真っ直ぐな目で問いかけられ、苦し紛れの言葉を返すエレンシア嬢。それを見て、リズさんがくすくすと笑っています。


「エレンお嬢様。いくらなんでも、彼女にその理屈では……」


「はしたない? ……メルティ、この格好だと、立派な『れでぃー』になれないかな?」


「え?」


 途中まで言いかけたところでメルティに言葉を挟まれ、驚いたように彼女に目を向けるリズさん。一方、思わぬ言葉を返されたエレンシア嬢は、コクコクと大きく頷いています。


「そうですわ。立派なレディーたるもの、お洋服はちゃんと身に着けるべきなのです」


「……うん。大きくなったら立派な『れでぃー』になるんだもん。メルティ、頑張る。でも……あんまり、きゅうくつじゃないのがいいな」


 力強く頷くメルティを見て、リズさんは何かに気付いたような顔になりました。


「もしかして、それもアリアンヌさんから言われていたのでしょうか」


「なあに?」


「……いえ、それじゃあ改めて、お洋服を選びましょうか」


 リズさんはそう言って微笑むと、『なるべく窮屈じゃないもの』とのメルティの要望に応えるべく、洋服ダンスの中を確認しはじめました。


 それを横目で見つつ、着せ替え甲斐がないとばかりにエレンシア嬢は大きく息を吐いています。


「でも、それを言うならあの鎧こそ、『きゅうくつ』だったのではないかしら?」


「鎧? うん。はじめは寝床に使ってたの。それに……あれがあると、遊び相手が『壊れにくくて』良かったから」


 『壊れにくくなった』とは、恐らく彼女の美しい姿を覆い隠すことで、『美しさ』で魅了した相手から身体能力を奪うスキル『砂漠に咲く一輪の花ラストプライド』が発動しなくなったことを指しての言葉でしょう。


「……鎧が寝床? ずいぶん……辛い生活を続けてきたのですね。……こんなにも可愛らしい女の子ですのに、あんまりですわ」


 エレンシア嬢は同情するようにそう言うと、彼女の身体をしっかりと抱きしめました。


「エレンシアも、寂しいの?」


 悲しげな顔で自分に抱きつく彼女に、メルティは気遣わしげに問いかけます。


「ううん。平気よ。メルティ、貴女は辛くありませんでしたの?」


「辛い? ううん。わかんない。寂しい時はあったけど……遊んでいれば、それも忘れていられたし……」


 彼女の『遊び』。それもまた、幼い心に生まれてしまっていた『空白』を埋めるための手段だったのかもしれません。


「……でも、もう大丈夫ですわ。貴女には、貴女の帰りを喜んでくれるご両親がいるんですから」


 メルティを抱きしめながら、優しく言葉をかけるエレンシア嬢。もしかすると、もう会うことのない自分の両親のことを思い返しているのかもしれません。


「そうなの?」


 しかし、メルティは、エレンシア嬢のその言葉には、興味もなさそうに首をかしげるだけでした。




 ──結局、通常のドレスの中には、メルティお嬢様がお気に召すものは見つからず、やむなくわたしが部屋まで戻り、彼女の要望に合わせた形状の衣服を作成することとなりました。ジークフリード王は自分の面前だからといって服装などにこだわる必要はないと言ってはくれたものの、まさか半裸で面会させるわけにもいきません。


 悪戦苦闘の結果、最終的にわたしが作成した彼女の衣服は、少し奇抜なものとなってしまいました。もっとも、マスターの世界においてであれば、『現代的』とも言えるようなものです。


 まず、肩の部分に密着した布地があること自体、彼女には気に入らないらしく、インナーは肩ひもで吊った袖なしのタンクトップです。そこに軽くて薄い七分袖のジャケットを羽織り、背中や脇などの露出を減らしました。

 お腹の部分を密着して覆う布地も使わせてもらえないため、ジャケットに着けたフリルでごまかすという苦肉の策をとりましたが、少し身動きをすれば、彼女の形の良いおへそが見えてしまいそうでした。


 下半身は、かなり短いスカートです。そのため、実際には下着が見えないよう、キュロットタイプを採用しました。この世界の一般的な女性の感覚に合わせるなら、さらに露出を避けるため、ロングソックスなどで足元を覆う形をとりたかったのですが、それは受け入れてもらえず、結局は柔らかめのロングブーツで代用する形をとっています。


 基本的な色調はタンクトップや一部の装飾に黒や赤を取り入れたほかは、白一色で統一しているため、全体的に落ち着いた雰囲気にまとめることができたようです。


「……はあ。ようやく、人前に出ていただける姿になりましたね」


「お疲れ様です。ヒイロさん。まさか、彼女に服を着せるのがこんなに大変だとは……」


「いえ、それほどでも……」


 リズさんのねぎらいの言葉に軽く頷き、わたしは改めてメルティを見ました。彼女は物珍しげに服の各所を引っ張ったり、手足をぐるぐる回して具合を確かめたりしていましたが、やがて、満足げに笑ってくれました。


「うん! これ、気持ちいい」


 その姿に、ほっと胸を撫で下ろします。


「気持ちいい? ヒイロ、まさかメルティに服を着せるのに、衣服に何か仕込んだの?」


 しかし、ここで迎えに来たマスターが、彼女の言葉に目を丸くしていました。


「人聞きの悪いことを言わないでください。長い間、服を着ていなかったとはいえ、彼女も人ですからね。本来、体毛の少ない種族は、衣服を着ることを心地よいと感じるものなんです」


「なるほどね。確かに、洗濯したてのシャツとか着るのって気持ちいいもんね」


 そんなやり取りをしながらも、わたしたちは彼女をジークフリード王の元に連れていきました。


 部屋に入ると、メルティはエレンシア嬢とリズさんから教えられたとおり、まっすぐジークフリード王の前まで歩み寄り、ぺこりと頭を下げました。


「はじめまして! 王様。メルティです!」


「あ! うう……省略しすぎですわ」


 どうやら、もう少し長めの口上を教えていたようですが、メルティも短い時間では覚えられなかったのでしょう。かなり、ざっくばらんな挨拶になっていました。

 頭を下げていた彼女がゆっくりと顔を上げると、身体の左右に分かれて垂れていた黒髪が、さらりと背中に戻っていきます。


 一方、極めて無礼な挨拶をされた国王はと言えば……


「…………」


 黙ったまま、彼女の姿に見惚れているようです。


「こらー! お父様。親友の娘に見惚れるとか、不謹慎でしょ?」


 結局、アンジェリカが頬を膨らませつつ、そんな非難の言葉を投げかけるまで、彼は固まったままだったのでした。

次回「第82話 教育の時間」


※これまで基本的には週四回更新していましたが、今回以降、週三回(土日の更新を片方のみとする)とさせていただきたいと思います。これまでの更新ペースを楽しみにされていた方には申し訳ありませんが、作品の質を維持するためでもありますので、よろしくご理解ください。

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