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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第4章 愚かな巨人と黒の騎士
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第78話 悪魔と遊ぶ黒の騎士

「お前、だれ?」


 『黒騎士』は急に割って入ってきたアンジェリカを見て、不思議そうに問いかけました。


「……アンジェリカだ。約束を忘れるな! お前が言ったのだろうが。わたしが『触っても壊れないモノ』ならば、次は遊ぼうと」


 すっかり自分の存在を忘れられていたことに腹を立て、声を荒げるアンジェリカ。するとようやく、『黒騎士』が何かを思い出したように頷きました。


「えっと……あの時のオウマのひと?」


「ああ。よもや今回は、逃げ出したりはするまいな?」


 念を押すように言うアンジェリカ。


「夜更かしは良くないけど……『みんな』が動き出したから、ついてきただけだし……」


 しかし、『黒騎士』は何故か空を見上げ、悩むようなそぶりを見せています。それを見たマスターは、この隙にアンジェリカへと声を掛けました。


「アンジェリカちゃん。それは危険じゃないかな? 身体能力は相手の方が上なんだろうから、僕の時みたいに『魔法』を禁止されたら大変だよ? 負ければ自分だってどんな命令をされるかわからないんだし……」


「心配はいらない。わたしにも禁止事項は設定できる。それに……スキルで強制でもしない限り、こいつから情報を聞き出すのは無理そうだ」


「でも、危険には変わりない。それでもやるのかい?」


「……あの日、アリアンヌおばさまの姿を見て……わたしは思ったんだ。もう、あんな悲しいことは終わらせなくちゃいけないって……。これまでわたしは、何も知らずにメンフィスやおばさまの愛情を受けて育ってきたけれど、だからこそ、わたし自身の手で『オロチ』を見つけ出さなくちゃ駄目なんだ」


 アンジェリカが思いつめた顔でそう言うと、マスターはついに諦めたように息を吐きました。


「じゃあ、仕方がないね。ただ、当然だけど、僕らも『観客』にはならせてもらうよ」


「うん。ありがとう、キョウヤ。……わがまま言って、ごめんなさい」


「いいんだよ。君は君のしたいようにすればいい」


 申し訳なさそうな顔のアンジェリカに、にっこりと微笑みを返すマスター。一方、それまで唖然として事の成り行きを見守っていたエレンシア嬢が、戸惑い気味に彼の袖を引きました。


「あ、あの……キョウヤ様? 彼女はいったい何をしようとしているのでしょう?」


 彼女もアンジェリカのスキルは知っているはずですが、それでも説明だけでは、あの独特な『遊びの空間』のことは実感しづらいでしょう


「えっと……まあ、大丈夫だよ。ただちょっと、友達と遊びたいだけみたいだから」


 マスターも口頭での説明は難しいと考えたのか、そんな曖昧な答えを返しました。

 すると、その時。


「ともだち? アンジェリカは、ともだち?」


 彼の口にした言葉の思いもよらない部分に対し、『黒騎士』が反応を示したのです。それを受けてアンジェリカは、これを好機だと悟ったようでした。ここぞとばかりに大きく頷いてみせます。


「もちろんよ! だから……『遊んで』くれるよね?」


「……うん! 遊ぼう」


 『黒騎士』が元気よく答えを返したその瞬間、アンジェリカの特殊スキル『禁じられた魔の遊戯ダンス・ウィズ・ザ・デビル』が発動しました。




──今回のスキルの発動は、以前の時より周囲の風景を大きく変化させています。


 わたしたちが立っていた砦が消え、足元の地面はいつの間にか、石床から土に取って代わられていました。小高い丘の上には、まばらな樹木や岩石が転がり、灰色に変わった空の下には緑の平原が広がっています。


「な、なんですの? これが……アンジェリカさんのスキル? 植物が……いえ、これは植物じゃない?」


 周囲の異常を察知したエレンシア嬢は、すぐに『世界に一つだけの花オール・フォー・ワン』を発動させて状況を確認してはみたものの、どうやら上手くいかなかったようです。

 

 恐らく『禁じられた魔の遊戯ダンス・ウィズ・ザ・デビル』は、元の場所を模した形で、『人工物が存在しない擬似的なフィールド』を形成しているのでしょう。目に見える植物も、見た目どおりのものではないのかもしれません。

 魔法というものを理解しつつあるわたしでも、未だにその原理がまるで見えてこないスキルでした。


「……アンジェリカさん。大丈夫でしょうか」


 一方、心配そうな声を上げたのはリズさんです。


「大丈夫だよ。アンジェリカちゃんは、あれでも勝算のない戦いはしないと思う」


「……でも、心配です。あの黒い騎士、ものすごく強かったですし……」


 屈強な『アトラス』の蛮族たちが、あの黒い鎧騎士の前では、まさに鎧袖一触で蹴散らされてしまっているのです。対するアンジェリカは小柄な少女であり、それこそ吹けば飛びそうな華奢な体つきをしているのですから、リズさんの心配も無理はありません。


「うん。じゃあ、心配しながら見守ろうか」


「え?」


 リズさんはここで、虚を突かれたようにマスターの顔をまじまじと見返しました。


「……正直に言うとね。僕も心配なんだよ。いくらアンジェリカちゃんが自信満々でも、僕らにだって心配する権利ぐらいはあるはずだ」


「……ふふふ。そうですね」


 そんな風に笑いあうマスターとリズさんの目の前で、アンジェリカと『黒騎士』の遊びの準備は着々と進んでいるようでした。


「……うーん。てっきり何度も同じ説明をしなきゃかと思ったが……意外とお前、理解が早いな?」


 意外そうな顔で『黒騎士』を見つめるアンジェリカ。


「アスタロ……うーんと、アスタルテ? ……は、頭良い! ルールのある遊びも、好き!」


 黒く武骨な鎧の中からくぐもった声で幼い言葉を話されるのは、非常に違和感があります。とはいえ、アンジェリカはそんなことなど気にもしていないらしく、話を先に進めました。


「よし、それじゃあ、早速『禁止事項ルール』の設定だ。まず、わたしからだな」


「うん」


「わたしの設定する『禁止事項ルール』は……『身体強化系の能力』の使用禁止だ」


 ほとんど考える時間を置かず、アンジェリカは言いました。もっとも、他に選択肢はないでしょう。『黒騎士』の最も恐ろしい点は、まさに究極の身体強化系スキル『精神は肉体の奴隷ツァラトゥストラ』にあるのですから。


「じゃあ、お前の番だ。何を禁止する?」


 この答えもわかりきっています。夜の『ニルヴァーナ』としてのアンジェリカの最も恐ろしい点は、間違いなく彼女の『熱を支配する魔法』にあるのですから。


 しかし、ここで『黒騎士』は予想外の答えを返してきました。


「羽根で空飛ぶの駄目」


「え?」


 思わず目が点になるアンジェリカ。その気持ちを代弁するなら、『何を言っているんだ、この馬鹿は?』といったところでしょうか。


「い、いや、お前、正気か? もっとこう……魔法を禁止するとかあるだろう?」


 『あなたの方こそ正気ですか』と言いたくなるようなアンジェリカの言葉です。せっかく有利な条件になりかけたところで、相手にそんな知恵を授けてどうするというのでしょうか?


 しかし、この言葉に『黒騎士』は首を振ります。


「オウマから魔法がなくなったら、つまらない」


 手にした大剣をもてあそぶように振り回しながら、『黒騎士』はこともなげに言いました。そして、その言葉を受けたアンジェリカはと言えば……


「……くくく! あははは! いいじゃないか! 面白い! アスタルテ、お前は思っていた以上に最高だな! 久しぶりに、わたしも熱くなれそうだ!」


 不敵な笑みを浮かべ、嬉しそうに羽根をパタパタと羽ばたかせていました。


「それでは確認だ。このバトルでは、身体強化と空を飛ぶことを禁止する。勝利条件は、相手を降参させるか、『致命傷』を与えるかだ。この空間内での致命傷は、空間解除時に治癒される。以上、異論はないな?」


「うん! 早くやろう!」


 その言葉を皮切りに、アンジェリカが魔法を発動させました。


「《クイーン・インフェルノ》!」


 彼女の周囲に超高熱の膜を生み出し、彼女のスキル『傲慢なる高嶺の花クール・ビューティー』との組み合わせによって、完璧な防御を実現する彼女の戦術。


 しかし、先日の対魔法銀ミスリルの防具を装備した『アトラス』の前には、その戦術にも弱点があることが露呈していました。

 仮に『熱の膜』を突破された場合、彼女のスキルは確かに熱を帯びた敵の運動エネルギーを吸収し、それを受け止めることが可能です。しかし、敵がそのまま彼女の身体を『掴んで』きた場合には、それを防ぐすべはないのです。


 それを知っているかどうかは不明ですが、『黒騎士』は全くためらうことなく、禍々しい形の大剣を大上段に振りかぶったまま跳躍しました。

 身体強化系のスキルを使用できていないため、その跳躍力も速度も激減しているはずなのですが、見た限りではそれでも十分な威力のある攻撃のようです。


 アンジェリカがその攻撃を飛び下がって回避すると、地面に激突した大剣が猛烈な土砂を巻き上げ、石の散弾を彼女に叩きつけました。

 ここでようやく気づいたのですが、あの大剣には魔法のような力があるようです。大地を叩いた際に散弾が敵めがけて噴き上がるのは、その力によるものでしょう。


「ちっ!」


 しかし、当然、それらの石飛礫はアンジェリカの『熱の膜』に阻まれて焼き尽くされ、燃え残って突き抜けたものも、彼女のスキルの前にその勢いを失って地に落ちていきます。


「あはは! かわした、かわした!」


 『黒騎士』はなおも楽しげに笑いながら、右に左に大剣を振りかざし、アンジェリカに連続攻撃を仕掛けてきました。一方のアンジェリカは、かつてマスターと戦った時に見せた華麗な足さばきで巧みに距離を取りつつ、それらの攻撃を回避していきます。


 しかし、やがて埒が明かないと判断したのか、彼女はその場で足を止めて叫びました。


「馬鹿め! わたしの《クイーン・インフェルノ》を前に特攻とは、自殺行為もいいところだ!」


 自ら前に出たアンジェリカと、ためらうことなく突進してきた『黒騎士』。

 二人の激突の際に『熱の膜』に接触した大剣は、禍々しく歪んだ刃を赤熱させつつも、そのままアンジェリカの元に突き込まれていきます。


 しかし、彼女は大剣の刃を右手で掴みとり、その運動エネルギーを自身の養分として吸収しました。そしてそのまま、動きの止まった『黒騎士』に、左手に宿らせた炎の魔法を叩き込もうと突き出します。


「なに!?」


 しかし、アンジェリカは一瞬の判断で大剣を掴んでいた手を離し、大きく飛び下がりました。


「馬鹿力め。スキルなしでも、『夜のわたし』より上を行くのか……」


 どうやらあの一瞬、『黒騎士』は掴まれた剣を力任せに引き寄せようとしたようです。彼女があのまま刀身を掴んでいれば、身体ごと持っていかれていたに違いありません。


 忌々しげに吐き捨てながらも、アンジェリカは冷静に相手の姿を見据えています。『黒騎士』の手にした大剣は、依然として真っ赤なままです。ですが、それは赤熱しているせいではなく、先ほどの熱で『被膜』がはがれ、『元々の刀身の色』が見えているといった状況のようでした。


 しかし、よく見れば、大剣は無事でも『黒騎士』の鎧はそうはいかなかったようです。一部が溶けかかり、部分的に変形してしまっています。


「……お前、そんな状態で熱くないのか?」


 呆れたように言うアンジェリカの目には、『黒騎士』が溶接されて関節が稼働しなくなった鎧の腕を剥ぎ取る姿が映っています。剥ぎ取られた部分からは、武骨な鎧の中にあったとは考えられないほどに華奢な腕が見えました。どうやら中の衣服は長袖ではないらしく、意外なほどに白い肌が全面的にさらされています。


「オウマの魔法は壊せるから、熱さは届かない。でも……鎧は邪魔」


 『黒騎士』はよくわからない言葉を口にしながら、自分の鎧を剥ぎ取り始めます。アンジェリカにしてみれば攻撃のチャンスのはずなのですが、あまりにも無防備に鎧を脱ぎ出した相手の姿に、呆気にとられて固まっているようです。


 鎧の両袖を剥ぎ取り、下半身の甲冑を脱ぎ捨て、そして最後に兜を脱ぎ捨てる『黒騎士』。


 ここでようやく、これまで黒い鎧の下に隠されていた『彼女』の姿があらわになったのですが、わたしたちはその姿を見て、あまりの驚きに言葉を失ってしまったのでした。

次回「第79話 焦熱地獄の女王」

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