表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第1章 緋色の少女と悪魔の少女
8/195

第8話 ニルヴァーナ

「……助けてくれたことには、礼を言わせてもらおう。だが……君らは一体何者なのだ?」


 縛り上げた少女を背後に置いたまま、屋根を失った馬車の上からヒイロたちを見下ろしてくるハイラム老。


「ただの旅人だよ。ね? ヒイロ」


「……ええ、少なくとも嘘ではありませんね」


 悪戯っぽく話しかけてくるマスターに、ヒイロは呆れて言葉を返しました。しかし、そんな冗談めかした雰囲気も、ハイラム老には通じていないようです。


「質問に答えてほしい。対魔法銀ミスリル製の鎧さえ通すような魔法を……いや、それ以前に『法術器』さえ用いずに魔法を使うなど……『王魔』か『女神』の魔法以外には考えられんが……それにしても奇妙な力だった」


 どうやら、この世界では魔法なるものが信じられているようです。ヒイロは馬鹿馬鹿しくなったものの、異文化の民間信仰を否定するほど子供ではありません。それなりに相手を……


「何言ってんの。爺さん。魔法なんてあるわけないじゃん」


「って、マスター!」


「うわ! いきなり耳元で叫ばないでよ」


「はあ……」


 顔をしかめて耳を塞いで見せるマスターに、ヒイロは疲れたように息を吐きます。


「……お前たちこそ何を言っている? 『魔法』を知らないだと? だったら、先ほどの魔法は何だ?」


 ハイラム老の問いかけに、やむなくヒイロが答えます。


「あれはちょっと特殊な技術なのです。ここより遥か遠い異国では、ああいう技もあるのです」


 交通手段が未発達な世界であれば、これほど使い勝手の良い言い訳もありません。


〈いいですか? マスター。ここはヒイロに話を合わせてくださいね?〉


〈うん。まあ、今の話が終わるまでは我慢するよ〉


 高速思考伝達のベーシックスキル『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』でのやりとりを間にはさみ、ヒイロは続けてハイラム老に話しかけます。


「よろしければ、あなたの言う『魔法』がどんなものなのか、教えていただけませんか?」


 ヒイロがそう尋ねると、ハイラム老は懐から小さな水晶玉を取り出しました。


「遠い異国? その奇妙な服装や赤い髪の色も異国のものか。……よかろう。見せてやる代わりに、君らの『技術』とやらも教えてもらいたい。わしの『知識枠メモリ』の増大に役立てることができるかもしれんからな」


 そんな前置きをしてから、彼はぶつぶつと呟きます。どうやら、言い訳は信じてくれたようです。


「知識の泉より湧き出でし、我が法力。法の導きにより、輝きを放て。《光の霊玉》」


 次の瞬間、信じられないことが起こりました。彼の手にした水晶玉の中から、光を放つ球のようなものが飛び出してきたのです。そしてそれは、頭上をフワフワと飛び回り、やがて一点で静止します。


「今は『縄』に『知識枠メモリ』の大半を費やしているからな。この程度しかできないが、これが『魔法』だ」


「へえ、光ってる。すごいなあ。ヒイロ、君はどう思う?」


 マスターの感心するような声も、ヒイロの耳には入っていません。ただひたすらに、驚愕したまま『魔法の光』を見上げるしかありませんでした。


「……あり得ません。ヒイロのセンサーには、熱源はおろか、光エネルギーを発生させる媒体すら感知できませんでした。考えられるとすれば、【因子アルカ】による直接事象変異ですが……【式】すら展開せずにどうやって……」


「媒体となる『法術器』に己が蓄えた『知識』を刻み込み、必要に応じて自身の『知識枠メモリ』を『法術器』にあてがうことで世界に秘められた力を解放し、己が望む奇跡を起こす。それが我ら『法術士』が使う『法学』の魔法だ」


 解説をされても全く理解できません。とはいえ、これは単にヒイロの知識不足のために、解析すべき現象をすべて観測しきれていないだけでしょう。引き続き、観測を続けていれば、何かがわかるはずです。


「ほ、他にも使える『魔法』は……」


「ヒイロ。そろそろいいかな?」


 そこで、マスターが割って入るように言いました。


「僕、そろそろ我慢できないんで、言わせてもらうよ」


 マスターはハイラム老に対し、愛想よく笑いかけます。


「何かな?」


「その後ろの女の子、なんで縛ってるの?」


 マスターが指を差した先には、馬車の床に寝転がり、縛られたまま眠る少女の姿があります。

 ここでハイラム老は、明らかに焦った表情を見せた後、こちらを探るような目で見つめ、それからおもむろに口を開きました。


「異国の人よ……誤解しないでもらいたい。これは世界に害をなすとされる種族、『ニルヴァーナ』の子。この『封印の縄』は『ニルヴァーナ』の力を封印するため、わしが数十年の時をかけて培った『知識』のすべてを注ぎ込んだ特別な『法術器』なのだ」


「ふうん。でも、その子がそんな風には見えないけどな」


 納得いかなげに首を傾げるマスター。彼の片手は背中に回されています。


「外見に騙されるな。彼らの姿は、確かに人間に近い。しかし、この時間でこそ何の変哲もない少女そのものだが、夜になると身体の一部に『人外の化け物』であるという決定的な証拠が現れる」


 そこで軽く言葉を切ると、ハイラム老は弁舌を振るい続けます。


「見ての通り、邪悪な種族とは言え、この子はまだ少女だ。殺すには忍びなかろう? だからこその封印術。今もわしの『知識枠メモリ』の大部分は、この『封印の縄』の奇跡を発現するために使っておる。こうして押さえつけておき、満月の晩に儀式を行うことで、その力を完全に封じる予定なのだ」


「なるほど、それは大変だ。でも、邪悪だか何だか知らないけど、なんでそこまでして封じないといけないの?」


 マスターがそう尋ねると、ハイラム老は我が意を得たりと緊張を解いた顔で頷きました。


「うむ。先ほども言ったが、邪悪なる『ニルヴァーナ』は世界全体にとっての害悪だ。世界を守るため、そして皆の平和のためにも、封じて当然なのだよ」


 そこでマスターは、軽く首を傾げると、横たわる少女に向かって声を掛けました。


「そこの君。このお爺さんが言ってることって、本当?」


「無駄だ。封印術が続いている以上、この娘は言葉を発することなどない」


「封印術ね。確かによく眠ってる……」


 マスターは、静かに眠る少女の顔を見つめた後、ハイラム老にゆっくりと語りかけました。


「うーん。『世界のため』だとか『皆のため』だとかさ……」


 マスターは、暗く淀んだ瞳をハイラム老に向けています。


「う、うう……! な、なんだ、その目は! そんな目でわしを見るな!」


 黒々とした『鏡』の瞳。ハイラム老は今初めて、彼のそんな瞳に気付いたかのように怯えた声を出しました。深淵より覗く暗黒の瞳は、人の心の深奥を見透かすかのように、鋭い眼光で老人を穿っています。


 マスターは少女にちらりと視線を向けた後、驚くほど身軽な動きで馬車の上に飛び上がりました。


「な、何の真似だ?」


 警戒の声を上げるハイラム老。彼はマスターの瞳に見つめられて狼狽しきっており、マスターの片手が以前として背中に回されたままであることに気付いていません。


「──あんたの言っていることには、『まるで心が無いかのよう』だぜ?」


 ズブリ、と突き刺さる銀の刃。マスターは背中に隠していた騎士の剣を斜めに突き出し、ハイラム老の胴体を深くえぐっていました。


「ぎゃあ! が、あぎ……! ど、どうし、て……?」


「どうしてって言われても、一言じゃ難しいな。……強いて言うなら『気に入らない』から、かな?」


「そ、そんな……」


 致命傷を負いながらも、マスターの心無い言葉に愕然とした顔になるハイラム老。


「それこそ、言い方が気に入らないかい? じゃあ、こう言おうか。……どうせもうすぐ死ぬのなら、僕が殺したって同じだろう? その方が僕の『役』にも立つんだしね」


 マスターが指し示す先には、ゆらりと立ち上がるネグリジェ姿の少女。しかし、天使のように可愛らしい寝顔をしていたはずの彼女は、今や悪魔のように邪悪な笑みを浮かべています。


「くくく、面白い奴がいたものだな。久々に楽しめそうだ」


「そ、そんな……ま、まさか!? ど、どうして我が《呪縛の縄》が……」


 腹の傷を押さえ、呻きながらつぶやくハイラム老。けれど少女は、歌うように言葉を返します。


「満月の夜に、『ニルヴァーナ』の乙女の血を飲んだ者は、不老不死となる」


「……あ、う」


「人間どもが何故、そんな迷信に振り回されるのか、わかるか? ……簡単だ。それを為し得たものなど、この世に一人としていないからだ。それを貴様らがごとき人間に毛が生えただけの『未熟な魔法使い』どもにできるとでも?」


「が、がふ! な、なぜ……今まで……」


 苦しげに血を吐きながら、ハイラム老はうめいています。


「何故だと? なあに、ただの暇潰しだよ。人が気持ちよく昼寝をしていたのをいいことに、身体を勝手に運ばれていたのには腹も立ったさ。……だが、だからこそ、身の程知らずのお前には、相応の報いを与えてやろうと思った。満月の夜、最後の最後で拘束を解き、お前に絶望を与えてやる方が面白いだろうからな」


 そう語る彼女の目には、冷酷な光が宿っています。


「……馬鹿な。わしの、数十年の……研鑽が……知識が……」


「そう、お前は愚かだな。数十年かけて、『法学』の真髄を追い求めた挙句、くだらぬ迷信に左右されたお前は、ありもしない『幻』を掴みとって喜んでいたのさ」


 十代半ばにも達していないだろう少女の口からは、大人びた語り口で辛辣な言葉が発せられていました。


「う、うああ……」


「最後には、こうして惨めに死んでいくというわけだ。不遜にも、わたしの血を飲もうなどとした貴様には、似合いの最後だろう? ほら、どうした? もう少し絶望に満ちた顔でもするがいい」


 愉悦に満ちた笑みを浮かべる少女。輝くような黄金の髪をツーサイドアップにまとめ、凛として立つ彼女の姿は、まさに世界に君臨する女王そのものでした。


 いつの間にか彼女の衣装は、銀の刺繍糸を散りばめた黒いドレスに変化しています。上半身こそ胸元と背中が大きく開かれ、白い素肌が大胆にのぞく扇情的なデザインとなっていますが、同時に膝上丈のスカートには、紅い飾り布が裾の辺りでヒラヒラと揺れていて、可愛らしい印象さえ受けました。


 十代の少女のようでありながら、同時に老成した雰囲気を併せ持つ女性。そんな彼女自身を象徴するような衣装です。


「【因子アルカ】の干渉も確認できないのに……衣装の形状はおろか、組成や質量まで変化しているだなんて……」


 思わず独り言が洩れてしまいます。無数の異世界を旅するヒイロにとっても、初めて見る現象でした。


「……ぐふ! お、おのれ……わ、わしに、力が……」


 苦痛と屈辱に満ちた顔でうめくハイラム老。すると、その時。


「はい。おしまい」


 少女が楽しげにハイラム老を見つめている目の前で、マスターは突如として剣を振り上げ、老人の首を断ち切ったのでした。

次回「第9話 禁じられた遊び」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ