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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第1章 緋色の少女と悪魔の少女
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第7話 知らない世界

「…………そんな」


 ヒイロは愕然として呟きます。あり得ない事態に、目の前が真っ暗になりそうです。


「いやあ、でもよく考えてみると、僕って痛いの苦手だから、痛覚が軽減できるスキルは結構嬉しいなあ」


 手にした紙をぴらぴらと振りかざしながら、マスターは無邪気にはしゃいでいます。しかし、ヒイロはそれどころではありませんでした。


「…………」


「あれ? 僕の話聞いてないの? そうか。じゃあ……何をしたら気付いてくれるのか、実験してみようかな? まずは首筋を……」


「嘘です!」


「うわ! いやいや、冗談に決まってるだろ? 本気にしなくたっていいじゃないか。大体、君が魅力的過ぎるのがいけないんだ」


「…………」


 焦ったように言い繕うマスターの言葉を聞き流し、ヒイロは目の前の事態を信じがたい思いで受け止めていました。


「ん? どうしたんだい?」


 ようやくヒイロの様子に気付いたのか、心配そうに声をかけてくれるマスター。


「……知らないんです」


「え?」


「こんな世界、ヒイロのデータベースには存在しません。ありとあらゆる次元世界を旅して回ったヒイロに、知らない世界なんてあるはずがないのに……」


 呆然とつぶやくヒイロに、マスターは明るい声で話しかけてきました。


「でも、君だって万能じゃないだろう? 知らない世界があったって、不思議じゃない」


 それはそうです。でも、そんなことが問題ではないのです。


「……申し訳ありません。マスター」


「え?」


「この世界は、ヒイロの『知らない座標』にあります。つまり……この世界からの次元移動の仕方さえ、わからないということです」


「いや、良く意味が分からないんだけど……」


「つまり、現状では、ヒイロたちはこの世界で生きていくしかないということです」


 ヒイロは、自分の声が暗く沈んだものになっていることを感じました


「ん? でも、元々そのつもりだったんじゃ……」


「でも、ヒイロが想定していた世界と違います。こんな『知らない世界』では、不確定要素が大きすぎて、マスターの身の安全が!」


 ヒイロの使命。ヒイロの存在意義。完全で完璧なナビゲート。ヒイロにとっての至上命題。それが損なわれようとしている……。わけのわからない感情の高まりに衝き動かされ、ヒイロはさらに首を振って声を荒げました。


 けれど、その時──


「落ち着こうよ。ヒイロ」


 マスターはヒイロの肩に手を置き、静かに語りかけるように言いました。


「で、でも……!」


「いやいや、意外と僕はこれで良かったんじゃないかと思ってるよ。大体、人生は不確定要素があるから面白いんじゃないか」


「だとしても、情報が不足し過ぎています!」


「なら、当面の目標は情報収集だね。違うかい?」


 にっこり笑って語りかけてくれるマスター。その瞳には、深い信頼の色が見えたような気がします。もっともそれは、『心』を解析できないヒイロの勘違いかも知れませんが……。


「あ……はい! 申し訳ありませんでした!」


 ないものを嘆いても仕方がありません。できることから手を付けなくては。


 それから、ヒイロは【因子観測装置アルカグラフ】のセンサーを起動し、進むべき方角に目途を付けました。


「こっちでいいの?」


「はい。大きめの生命反応があります。詳細は掴めませんが、恐らく人間でしょう。この世界の人間との接触には不安もありますが、そうも言ってはいられませんから」


「じゃあ、そっちにこの世界の人がいるんだ……」


 さすがに緊張気味の顔になるマスター。それはそうでしょう。未知なる世界で初めて誰かに出会うのですから。しかし、むしろヒイロの胸は、興奮で一杯でした。……ああ、これなのです。これこそ、ヒイロが望んでいた『ナビゲート』なのです。


 未知なる世界を探索するマスターのため、最大限のサポートを行うこと。ただ、誤算だったのは、ヒイロにとってまで『未知の世界』を案内することになってしまったということぐらいでしょうか。


 しかし、辿り着いた場所で待っていたのは、明らかに平和的とは言い難い光景でした。


「×××……! ×××!」


「××××××。××××××××!」


 この世界の人間と思われる人々が、何やら会話を交わしています。ヒイロは彼らの言葉の発音やイントネーション、その他の情報を瞬間的に整理し、無限データベースに蓄積された無数の言語の中に類似するものを検索して、翻訳を開始しました。


「く……こんな時に!」


 破壊された馬車らしきもの。屋根と幌が吹き飛び、ただの台車と化した残骸の上には、あごひげを長く伸ばしたローブ姿の老人がいます。そして、彼の背後には、十代前半ぐらいに見える可愛らしい金髪の少女が寝転がっています。


 武装した数人の男たちに取り囲まれた老人は、手の中の折れた杖を忌々しげに見つめ、それを投げ捨てました。


「やれやれ、手こずらせてくれましたな。それにしても……あの程度の魔法で壊れてしまうとは、貴方ともあろう御方が所有する『法術器』にしては、随分と貧弱ですな」


「やむを得ないとは言え……《縄》に『知識枠メモリ』を取られ過ぎたか……」


「何をぶつぶつ言っているのです? ……さあ、その娘は渡していただきましょうか」


 武装集団の中央には、一人だけ白いローブを纏った若い男性が立っています。勝ち誇ったように笑う彼の周囲には、鈍く輝く金属製の鎧兜に身を固め、剣を握った騎士のような出で立ちの男たちがいました。


「おのれ……ランドグリフ! よくも我が弟子の分際で……。そもそも貴様ごとき未熟者に、『ニルヴァーナ』を制御できるはずがなかろう!」


 壊れた馬車の上から、憤りと共に激しい言葉を男たちにぶつける老人。その背後に寝転がる金髪の少女の服装は、荒野を旅するためどころか、外出のために身に纏う衣服でさえありません。形状や材質から推測するに、就寝時に着用するネグリジェの類でしょう。


「でしたら……大人しく『ニルヴァーナ』の制御方法を教えてもらえませんかな? いくら貴方が『大法術士』の称号を得た『魔法使い』だとしても、普通ならそんなことが可能なはずがない。我らに発見されるや否や、公用の《転移の扉》を暴走させてまで逃げるとは、正気の沙汰とは思えませんよ。何か秘密があるのではないですか?」


「……貴様らこそ、対魔法銀ミスリル製の武具などを持ち出してまで、わしらを追いかけてくるとは正気の沙汰ではないな。陪臣の騎士ごときが所有するような装備ではあるまい。たかが地方領主仕えの法術士風情が買い揃えるには、相当の散財だったのではないか?」


「なあに、この程度なら大したことはありませんよ。『王魔』の中でも一、二を争う種族たる『ニルヴァーナ』……その貴種の血が手に入るのならばね!」


「馬鹿が! この娘は……わしが命を賭けて、ようやく保護したのだ! 貴様ごときに引き渡せるものか!」


「ふん! 保護しただと? 白々しい!」


 言葉のやりとりから少しでも情報を得たいところですが、いまいち要領を得ません。『魔法』というのは宗教用語なのでしょうか? あるいは何かの隠語かもしれませんが、意味不明です。


 などと、ヒイロが考えていたその時でした。


「女の子が眠ってる横で、喧嘩は良くないんじゃないの?」


「ええ!? マ、マスター!」


 いつの間にかヒイロの傍を離れ、彼らに近づいていくマスター。彼らの会話に気を取られていたのは迂闊でしたが、まさかマスターがここまで無謀な行動をとるとは、思いもしませんでした。ヒイロもやむなく、その後ろについて歩くしかありません。


「貴様ら、何者だ? 珍妙な服を着おって。それに……赤い髪の女だと? なんと不気味な……。まあいい。邪魔だ。消えろ」


 ランドグリフと呼ばれていた男が、顎で周囲の部下に合図をすると、たちまち彼らがこちらに向けて威嚇するように剣を構えました。


「……うーん。よし、決めた。よくわからないけど、お爺さんと女の子を助けよう」


「え?」


 ヒイロはわけもわからず、問い返します。


「助けると言いましても、事情が分からないのでは?」


「そんなの、どうでもいいよ。お爺さんと女の子の方が困ってるっぽいしね。正義の味方としては、弱きを助けるのが当然だろう? ……っていうか、ヒイロの綺麗な髪のことを『不気味』とかほざいてくれちゃった奴の味方なんか、死んでもごめんだね」


 会話の内容からはわかりませんでしたが、あの老人が娘を誘拐しているという可能性も考えられるのです。なのに、マスターにはそんな事情を確かめる気さえないようでした。


「ヒイロも、助けてくれる?」


 しかし、こんな風にマスターに頼られては、『ノー』とは言えません。ヒイロはナビゲーターですが、進むべき道はマスターの意向こそが最優先です。ただ、護るのではなく、マスターの行動をサポートすること。それこそがヒイロの『存在意義』なのですから。


「了解いたしました。マスターを援護します。ご自分のスキルの内容は、覚えていますか?」


「うん。要するに、『殺す気』で攻撃してきてもらった方がいいってわけだ」


 マスターは、にこやかに笑って言いました。それを受けてヒイロは黙って頷き、いざという時のための【因子演算式アルカマギカ】を準備しました。生命体の治癒力を飛躍的に高める【式】──《フォース・エイド》です。


 彼らの装備品のうち、特に鎧の金属組成だけは何故か解析できませんが、剣に関しては分子結合への干渉能力があるわけでもない、単なる前時代的な刃物のようです。その程度の武器による傷であれば、この【式】で十分癒せるでしょう。


「寄ってたかってお爺さんと女の子を虐めるなんて、最低な連中だな。お前ら全員、男のくせにピー(自主規制)がピー(自主規制)でピー(自主規制)してやがるの?」


 マスター……自主規制が多すぎます。聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいですが、相手の頭に血を昇らせるには十分だったようです。


「ぐぬぬぬ! 殺せ!」


 ランドグリフが叫び、他の騎士たちも怒りに任せて一斉にマスターへと斬りかかってきます。しかし、対するマスターは、その場から微動だにしませんでした。

 その胆力には、驚嘆するばかりです。いくらヒイロによるスキルの説明を信じてくれたからと言って、自分めがけて振り下ろされる白刃を前に、こうも平然と構えていられるなんて普通ではありません。


「死ねええ!」


 もちろん、特殊スキル『世界で一番醜い貴方ベスト・モンスター』は正しく発動し、三人の騎士が放った斬撃は、マスターの周囲に出現した『鏡』に飲み込まれていきます。そしてその直後、合わせ鏡のように騎士たちの背後にも『鏡』が出現し、そこから現れた斬撃が彼ら三人を背中から斬り裂きました。


「ぐあああ!」


 致命傷を負って倒れる騎士たち。


 このスキル、今までヒイロが見たこともない異常なものです。今のは空間歪曲の応用なのでしょうか? しかし、発動条件が『殺意』というのも理解しがたいところですし、また、ヒイロでもここまで精緻な空間操作は不可能です。


「な、何だ今のは! 魔法か? い、いや、それなら対魔法銀ミスリル製の鎧で防げぬはずが……!」


 残ったランドグリフと他の騎士は、揃って顔を青褪めさせていました。


「どうしたの? もう終わり? 意外と腰抜けなんだね」


 マスターが挑発の言葉を口にしますが、相手は恐れるばかりで斬りかかってきません。こうなると、むしろマスターに危険が及んでしまいそうです。中途半端に殺意の無い状態で振り回された剣を受ければ、逆に致命傷を負いかねないのです。


「やむを得ません。ここはヒイロも手伝いましょう」


 実のところ、『ナビゲーター』であるヒイロの【因子演算式アルカマギカ】には、対人殺傷用のものは存在しません。とはいえ、この程度の相手であれば、マスターの護衛用に有している対人制圧型の【式】で十分でしょう。


「……《ショック・ブラスト》を展開」


 ヒイロは残りの騎士たちに向けて、【式】を展開します。


「ぎ! うぎゃあああ!」


 すると彼らは、突如として全身を襲った激しい灼熱感に絶叫し、苦悶の表情を浮かべてバタバタと倒れていきました。──強烈な電磁波を照射することにより、対象に強い苦痛を与えて無力化する《ショック・ブラスト》。使用効果が激烈な割には、人体への直接的な悪影響は少なく、高い安全性を誇る【式】です。

 

 もっとも、金属製の鎧の一部は実際に過熱し、それを着込んだ彼らに本物の火傷を負わせてもいるようでしたが……。


「な……今のは魔法か? だ、だが、それなら、なぜ対魔法銀ミスリルの鎧が効かん!」


 配下の騎士が倒れ伏したのを見て、ランドグリフは恐慌状態に陥って叫び声をあげると、脱兎のごとく逃げ出しました。


「マスター、追いますか?」


「ううん。別にいいや。二人を助けたかっただけだから」


 倒れていた騎士たちも苦痛から解放されると、ランドグリフの後を追うように走っていきました。彼らが逃げる先には、人間よりも体格の大きい生命反応があります。どうやら騎乗用の生物のようでした。


「マスター。初陣、お疲れ様です」


「いや、初陣ってほど何もしてないさ。でも、意外に使えるなあ、あの物騒なスキル」


 無惨に切り刻まれた騎士たちの死体を見下ろし、特に表情も変えずに言い放つマスター。彼はそのまま、馬車の上で驚愕に固まる老人の方に振り向きました。


「……さて。もう大丈夫だよ。お爺さん。お嬢さん……はまだ眠ってるのかな?」


「…………」


 身体を震わせたまま、マスターを睨みつける老人。確かランドグリフは彼のことを『大法術士』ハイラムと呼んでいたでしょうか?


「……おやおや、これはこれは。僕、どうしようかなあ?」


 マスターの目には、ハイラム老の背後で眠る……否、『縛られて転がる』少女の姿が映っていました。

次回「第8話 ニルヴァーナ」

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