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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第3章 暴走姫と王子様の口映し
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第47話 規則違反の女王入城

 その後、ルヴァン司教兵長をはじめとする教会の面々は、ヒイロたちに謝礼金を渡し、そのまま丁重に送り出してくれました。


 どうやら『目に見えない万華鏡サイコロジカル・デザート』が発動する前に出されたパウエル司教からの命令は、世界への影響を失うことはなかったようでした。


「パウエル司教は、自分の部下にもちゃんとした目的を話していなかったみたいだね」


「はい。もしかすると、『世界を読み解く者アカシック・リーダー』で捕捉した対象を捕える任務は、彼の部下ではない者にやらせるつもりだったのかもしれませんね」


 であれば、ルヴァン司教兵長の態度も頷けようというものです。彼は本当に、パウエルが『王魔』と友好関係を築きたいのだと信じていたのでしょう。


 いずれにせよ、これ以上事態がややこしくなる前に、この街を離れる必要はありそうでした。


「しかし、不思議なものだな。……何というか、少し前まで確かにあの男のことを毛嫌いしていたはずなのに、そんなことさえどうでもよくなってきてしまったぞ」


 街中を歩く道すがら、アンジェリカが不思議そうな顔で言いました。


「わたしも……あの方は教会の偉い方のはずなのに……なぜかその言葉が軽いというか、薄いというか……、嘘ばかりついているようにさえ聞こえてしまいました」


 リズさんも同意するように頷いています。


「でも、わたくしは……あの男がどんなに偉い人間だとしても、キョウヤ様を殴ったことだけは許せませんでしたわ!」


 一方、憤慨したように声を荒げているのは、エレンシア嬢です。パウエルがマスターを殴ったのは、彼がスキルを発動する前のことであり、エレンシア嬢の憤りはそこに端を発しているのでしょう。


「……彼も、本当に運が悪かったですね」


 これからあのパウエルという男が辿らねばならない運命を思うと、さすがに気の毒な気分にもなってしまいます。彼はこれから、死ぬまで誰にも自分の価値を認めてもらえず、何をしてもその結果が台無しになってしまうのですから。


 そして、そのまま街の外にまで出たヒイロたちは、人目のつかない場所まで移動すると、早速《ステルス・チャフ》と《レビテーション》を同時展開し、再び空の旅へと移ったのでした。


──空を飛ぶことしばらく。アンジェリカは、少し残念そうな顔をしています。


「それにしても、ほとんど街の観光もできなかったな」


「そうですね。この分だと、少なくとも神聖王国アカシャの都市は避けた方がいいかもしれません。彼らのスキル『世界を読み解く者アカシック・リーダー』は、会話を交わした相手でなくても、ある程度近づきさえすれば『王魔』の存在を感知できるのかもしれませんし……」


「ふん。鼻だけは利くというわけか。まさに『女神』の犬だな」


 ヒイロの言葉に鼻を鳴らし、吐き捨てるように言うアンジェリカ。

 するとここで、マスターが何かを思い出したように言いました。


「あ、そうそう。会話を交わしたと言えば……うっかり忘れるところだったよ」


 そう言いながら、脇の鞘から『マルチレンジ・ナイフ』を引き抜くマスター。


「どうしたのですか?」


 エレンシア嬢が不思議そうな顔で聞くと、マスターは手にしたナイフをひらひらともてあそびながら答えました。


「うん。さすがにあのままじゃ、パウエルのおじさんも気の毒かと思ってね。新しいスキルの実験がてら、楽にしてあげようかと……」


 意味の分からないことを言ったマスターですが、その直後、彼はその場で、誰もが目を疑うようなことをしたのです。


「えい」


 可愛らしいとさえ思えるような掛け声とともに、自分の衣服をまくり上げ、手にしたナイフを脇腹に突き刺すマスター。さらに彼は、それを一気に反対側の脇腹へと、横一文字に引き斬ったのです。


「きゃああああ!」


 吹き出る血飛沫に、悲鳴を上げるエレンシア嬢とリズさん。


「うわわ! 内臓が出てきたあああ! えっと、パウエルに、『規則違反の女王入城キャスリング・オブ・アリス』!」


 腹圧で飛び出た腸を慌てて押さえ、一息に叫ぶマスター。あまりのことに、ヒイロもとっさには反応できませんでした。


 しかし、さらにその直後には、マスターの腹の傷は跡形もなく消えてしまっています。


「あ、あ……い、いったい何が……?」


 口元を押さえたまま、震える声で尋ねるリズさん。そんな彼女を落ち着かせるように、その背をさすり、呆れたような顔をしているのはアンジェリカでした。


「まったく、キョウヤときたら、どこまでもタチが悪いな。そのスキル……確か自分と相手の傷を入れ替えるというものだったな?」


「うん。そうだよ」


 こともなげに笑うマスター。


「確かにヒイロも、そんな使い方もあり得なくはないと思ってはいましたが……よりにもよって真っ先に、一番外道な使用方法に走るとは……」


 ヒイロも同様に、呆れてしまって他に言うべき言葉が見つかりません。


「き、傷を入れ替えるとは……まさか、パウエルに?」


 恐る恐る確認するエレンシア嬢。


「うん。ほら、僕の手、見てよ。これたぶん、さっきあいつが花瓶を割った時の怪我だよ」


 マスターの手には、小さな切り傷のようなものがついています。つまり、このスキルはまったくのノーリスクと言うわけではないのでしょう。しかしそれでも、一度でも彼とそれなりの時間の会話をしてしまった者に対しては、いつでも遠隔攻撃が可能であるとも言えるのです。


「いやあ、でもまさか、内臓飛び出るとか思わなかったから、びっくりしたよ。昔のお侍さんって、結構グロい死に方してたんだねえ……」


 いくら『痛い痛いも隙のうちフーリッシュ・マスター+』によって自在に痛覚が軽減できるからと言って、ああも簡単に自分の腹を斬り裂くことなどできるものでしょうか? 能天気に笑うマスターに、その場の全員がげっそりとした顔で息を吐いてしまいました。


「で、では……今頃、パウエル司教は……」


「まあ、さっきのと同じ怪我をしてると思うよ。しかも、『目に見えない万華鏡サイコロジカル・デザート』があるから、誰も助けてくれないだろうし。自分で手当てができないなら、エレンみたいによほど生命力が強くない限り、まず助からないんじゃない?」


「……そ、そうですか」


 もはや絶句するしかないリズさんです。

 おそらくパウエルは、凄惨きわまる死に方をしたことでしょう。そして、にもかかわらず、彼がまき散らした血も臓物もその場を『汚す』という結果を残すことすらできず、『彼の死そのもの』も、誰にも何の感慨も与えないのです。


 それはまさに、どこまでも報われず、まったく救いのない最期でした。


「……わたしの国の連中にも、言って聞かせる必要がありそうだな。決して、この男を敵に回すなと……」


 さすがのアンジェリカも若干顔を青ざめさせて、そう言ったのでした。


 ……ちなみに、パウエルの実際の生死は確認できませんでしたが、マスターのスキル『世界で一番綺麗な私ワースト・プリンセス』のポイントには変化がありました。


『未完成スキル6』

 特殊スキル『世界で一番綺麗な私ワースト・プリンセス』の効果により発生。現在、1340ポイント。スキル完成まで残り1060ポイント。


 リズさんと会話した時に比べ、ポイントが400ポイントほど変化しています。やはり、特殊な能力や魔法を有する者ほど、ポイントが高くなるようです。




──それから、二度の野宿を挟んだヒイロたちは、とうとうアンジェリカの故郷である『ドラグーン王国』に到着しました。国土面積こそ小さいものの、魔力が豊富な土地は、実りも豊かであるらしく、見えてきた景色は広大な農園の景色でした。


「へえ、すごいね。『ニルヴァーナ』にも農業をやってる人っているんだ?」


「もちろんだ。前にも言ったが、ニルヴァーナの行動原理たる『欲望』には、様々な種類がある。ああいう生産的な活動に従事することに喜びを見出すものも少なくはない。『アトラス』と違って、わたしたちはむしろ『精神的欲求』の方が強いからな。もっとも、農作業の大部分は魔法で代替しているし、どちらかと言えばその手の仕事は『サンサーラ』の方が多いかな?」


 自分の故郷のことだけあって、アンジェリカも今回ばかりは雄弁に、いろいろなことを語ってくれました。


「前にも言った通り、この国にはニルヴァーナだけじゃなく、サンサーラもいれば、人間もいる。害がない限り、この国は来る者は拒まずが基本だからな」


「でも、他の『王魔』はいないんでしょう?」


「それはまあ……『アトラス』みたいな蛮族とは種族的に気が合わないところがあるし、『ユグドラシル』みたいに滅多に会えない相手もいるからな」


 アンジェリカはそう言いながら、ヒイロに目を向けてきました。


「ヒイロ。悪いが、ここからは《レビテーション》はなしだ。関所を護るニルヴァーナに撃ち落されてはかなわんからな。たしか《ステルス・チャフ》も、魔力感知までは防げなかったはずだろう?」


「そうでしたね。では、そのように。よろしいですか? マスター」


「うん。頼むよ」


「はい」


 ヒイロは徐々に重力場の高度を下げていき、国境付近の関所が見えるあたりに着陸しました。足元の感覚は、そこが柔らかな土壌の上に広がる草原であることを示しています。


「はあ……自然が多くて、素敵なところですわね」


 エレンシア嬢は、緑の匂いを身体に取り込むかのように、大きく息をしています。


「はい。これなら、この土地を求めて戦争が起きたのもわかりそうなものですね」


 周囲の土壌に含まれる豊富な養分などを確認したヒイロもまた、納得したように言いました。それに……この土地では『魔力』が豊富であるせいか、【因子アルカ】の動きも普段と違うように感じられます。この場所なら、もしかすれば、『魔力』について何か掴めるかもしれません。


「うむ。エレンの魔法の練習にも、ちょうどいいのだろうな。ここ最近の練習で、だいぶ感覚はつかめてきたようだしな」


「はい。頑張りますわ!」


「よし、その意気だ」


 どうやらアンジェリカとエレンシア嬢の二人は、ここ数日の魔法の訓練を通じて、徐々に打ち解けてきているようです。ですがここで、マスターが余計な一言を口にしました。


「そうだね。エレンが魔法を使えるようになってくれたら、僕的にも楽しみが二倍になる感じだもんね」


 楽しみ──その言葉の意味は明らかです。それを聞いたエレンシア嬢は、たちまち顔を赤くしてしまい、ぶんぶんと新緑の髪を振り乱すように頭を振っているようでした。


「こら、キョウヤ。せっかくエレンシアがやる気になったところに、水を差すようなことを言うんじゃない。……そ、そんなにキスがしたいなら……わたしが後でしてやるぞ」


 咎めるようにそんな言葉を口にしたアンジェリカもまた、頬を赤くしています。照れるくらいなら言わなければいいと思うのですが……。


 それはさておき、そんなアンジェリカにはリズさんが声をかけてきました。


「心配いりませんよ。アンジェリカさん。エレンお嬢様は今、自分の妄想を頭から振り払おうとしているだけのようですから。むしろ、張り切って魔法を覚えるのではありませんか?」


「妄想? それってどういう……」


「い、いやあああ! ちょ、ちょっと、リズ! 何を余計なことを言ってるのよ!」


 新緑の髪の先から『動く茨』をゆらゆらと広げながら、金切り声をあげるエレンシア嬢。

 しかし、そんな彼女に向けて、リズさんはしれっとした顔で返します。


「いえ、お嬢様。わたしは、『余計なこと』は何も言っていません。事実を端的に、隠したい部分を隠したままで言ったつもりですよ」


「うぐぐ……お、覚えてなさい!」


 どうやらこの主従。思った以上にフランクかつフレンドリーな関係のようです。

次回「第48話 暴走姫の帰郷」

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