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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第2章 世話焼きメイドと箱入り娘
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第30話 鏡の国の遍歴の騎士


「こらー! そこ! 何をイチャイチャしておるかー!」


 身を寄せ合うマスターとヒイロの耳に、アンジェリカの憤慨した声が聞こえてきます。そちらに目を向けると、夕焼けの中、彼女は『背中の羽根』をパタパタとはばたかせて飛んでくるところでした。


「え? アンジェリカちゃん? まだ、夜にはなっていなかったと思うけど……」


「あんなことが起きれば、心配にもなるさ。……それこそ、『奥の手』を使ってしまうくらいにはな」


 驚いて問いかけるマスターに対し、アンジェリカは不満げな顔で答えを返します。


 センサーで感知する限りでは、あれだけ大量にいたはずの『愚者』たちは、その大半が殲滅されてしまっているようです。

 変身を遂げた彼女の魔法を前にしては、『愚かなる隻眼』による減衰効果など、まさに『焼け石に水』だったのでしょう。彼女の使う『熱の魔法』が猛威を振るった結果、辺り一面が焼け野原のような有様となっていました。


「奥の手?」


 首をかしげるマスターに、ヒイロは彼女の持つ、もう一つの特殊スキルを教えてあげました。


○アンジェリカの特殊スキル(個人の性質に依存)


悪魔は嘘を吐かないトリック・オア・トゥルース

 自分だけを騙す『嘘』により、自身の状態をその『嘘』のままに現実のものとする。この能力を使用した翌日は、朝から夕方まで眠りについたまま、目覚めることができない。


 恐らくアンジェリカは、『今は夜である』と自分を騙すことで、夜でなくとも『変身』することを可能としたのです。


「これで明日の間は、お前たちを信じて眠るしかなくなってしまったがな」


「すみません。……でも、助かりました。あの化け物を相手にするには、アンジェリカさんのお力が必要ですから」


 安堵の息を吐くヒイロ。近づいてきたアンジェリカはその言葉を聞いて、得意げに胸を張りました。


「ふん。あの程度の敵を相手に情けない。だが、『アンジェリカ様お願いします』と頼むなら、あいつもわたしが片付けてやるぞ?」


 勝ち誇った顔で言われるのは少し気に入りませんが、そんなことを気にしている場合ではないでしょう。しかし、ヒイロが言われるままに口を開こうとした、その時でした。


「アンジェリカちゃん」


 マスターの呼びかけの声。特に感情のない、普段通りの声です。


「なんだ?」


「……悪いけど、遠くに離れててくれるかな? あいつは僕一人でやるから」


「はっはっは。わたしも鬼ではない。土下座までは求めていないぞ……って、え?」


 マスターの意外な言葉に、目を丸くするアンジェリカ。


「い、今、なんて?」


「いや、だから……離れててって言ったんだけど?」


 いたって平然とした顔で言うマスター。あの化け物を相手に、いったい何を言い出すのでしょうか?


「な、ななな……! 正気かキョウヤ? その……確かに、わたしの言い方も悪かったかもしれないけど……じょ、冗談で言ったんだし……そんな風に意地を張らなくても……」


「そ、そうですよ、マスター! ここは協力して戦った方が……」


 マスターには、先ほど『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』で伝えてあるはずなのです。あの時、黒騎士が発動していた恐るべきスキルについて──


○???(黒騎士)の通常スキル(個人の適性の高さに依存)


精神は肉体の奴隷ツァラトゥストラ』 ※ランクS

 活動能力スキル(身体・感覚強化型)。任意に発動可。純粋にして究極の身体強化型スキル。視覚・聴覚などの感覚を含めた、あらゆる身体機能を爆発的に強化する。


 このスキルだけを見ても、まさに化け物としか言いようがありません。正面からぶつかっては、どうやっても勝ち目のない相手でしょう。ヒイロの使う牽制用の【因子演算式アルカマギカ】程度の攻撃など、蚊に刺されたほどにも感じないに違いありません。


 そして、この黒い鎧の騎士は、さらにもう一つ、特殊スキルを同時に発動していました。


○???(黒騎士)の特殊スキル(個人の性質に依存)


砂漠に咲く一輪の花ラスト・プライド

 1)生物を『強さ』で圧倒した時、対象を従属させる。この効果は永続する。

 2)生物を『美しさ』で魅了した時、魅了の程度に応じて対象の身体能力を奪い、その分、自身の身体能力を強化する。この効果は対象との戦闘中のみ。


 生物を従属させる力……これはおそらく、この騎士が『災禍ノ獣』の背に乗っていた理由とも考えられます。


 いずれにしても、こんな化け物を相手に一人で戦うなんて……と、ヒイロはそこまで考えた時点で気付きました。先ほどから黒騎士がこちらを攻撃してくる気配がないのです。不思議に思って見てみると、何やら一人で大剣を振り回し、地面を激しく破壊し続けています。先ほど衝撃波が連続で吹き上がり、石礫が飛び散り続けていたのも、それが原因のようでした。


「なんだ、あれは? やっぱり『愚者』だけあって馬鹿なのか?」


 アンジェリカが呆れたように言いますが、ヒイロにはああして『見当違いの相手に攻撃を仕掛ける』ような現象にひとつの心当たりがありました。


「ま、まさか……」


 ヒイロは信じられない思いで、マスターを見ました。すると彼は、にっこり笑って頷きを返してきます。


「うん。……この前完成した特殊スキル『鏡の国の遍歴の騎士パラドクス・ドンキホーテ』だよ」


「そんな馬鹿な……じゃ、じゃあ……」


「おいおい、わたしを置いて勝手に話を進めるな。一体どうしたんだ?」


 アンジェリカの問いを受け、ヒイロはマスターのスキルの内容を説明しました。


○特殊スキル

鏡の国の遍歴の騎士パラドクス・ドンキホーテ

 自分が視界に入れた『知性体』に対し、任意で発動可。対象に『倒すべき敵』と『守るべき仲間』を誤認させる。対象人数は最大五人。効果時間は五分間。同じ対象への連続使用は不可。


「……それはまた、えげつないスキルだな。仲間同士で殺し合いをさせるようなものじゃないか」


「僕を殺す気が無ければ、殺し合いにはならないさ。大体、敵だからといって攻撃しなければいけないわけじゃないし、味方だからといって絶対に攻撃されないと考える必要もない。つまり、『敵対する相手には平和主義を貫き、味方に対しては常に警戒を怠らない』──そういう相手には意味がないスキルってことになるかな?」


「そんな奴がこの世にいてたまるか。そもそも……そういう問題か?」


 アンジェリカは呆れたように首を振りました。それに対し、ヒイロも頷きながら同意の言葉を返します。


「はい。そういう問題ではありません」


「だろう? ヒイロもそう思うよな?」


「二人して酷いなあ。僕のスキルがこんな風なのは、僕のせいじゃあないのに……」


 マスターは傷ついたような顔でぶつぶつと文句を口にしていましたが、ヒイロの言葉の意味するところは、別にありました。


「申し訳ありません。そうではなくて……疑問点が二つあるんです」


「え? 疑問点?」


「はい。まず一つ目ですが……『鏡の国の遍歴の騎士パラドクス・ドンキホーテ』は、『知性体』にしか効果が無いはずだということです。つまり、あの黒騎士は『愚者』でありながら、『知性』があるということになりませんか?」


「ん? ああ、あるよ。僕には、あいつが近づいてきた時点ですぐにわかったけどね。でなきゃさすがに、ヒイロを抱えてあの距離を一足飛びに移動するなんて無理でしょ?」


「……まさか、『空気を読む肉体クレバー・スレイブ』も有効だったのですか?」


 だとすれば、あの黒騎士は間違いなく『知性体』だということになりそうです。


「そうだよ。……で、あともう一個の疑問は?」


「……あの黒騎士が『大地』を攻撃しているという点です」


 それこそが一番不可解な点でしょう。


「なるほど、確かに変だな。……それではまるで、『世界の敵』であるはずの『愚者』が、『大地』を仲間だとみなしているかのようじゃないか」


 アンジェリカもそのことに気付いたのか、納得したように頷きを返してくれました。


「あるいは……『世界』を守るべきものだと思っているのかもしれないね」


 おどけたように言いながらも、マスターの目は大地を激しく破壊し続ける黒騎士へと向けられています。


「……世界を、守る?」


 荒唐無稽にも思える言葉ですが、一心不乱に剣を振るうあの黒騎士の姿を見ていると、かえってその真実味が増してきてしまいます。


「さて、いい加減、そろそろ五分経つんじゃないかな? アンジェリカちゃん。あいつが『知性体』だってことがわかったなら、僕の言いたいこともわかってくれただろう?」


「……ああ。お前の特殊スキル……だったか? それらはすべて、対象に『知性』がある場合だけ有効なものだったな」


 アンジェリカはそう言いますが、むしろ『知性体には絶対に避けられないスキル』と言ってもよいかもしれません。


「そういうこと。殺意ある攻撃は僕には効かないし、身体能力でも一対一なら互角を張れる。もちろん、アンジェリカちゃんだって十分強いし、魔法の力も含めれば、力を合わせた方が簡単に勝てるかもしれないけど……」


「それはしたくない……と?」


「うん。だって、冗談でもなく本気で『世界は守るべきもの』だと思っているかもしれない奴を相手に、よってたかって戦ったら、それこそこっちが悪者みたいじゃん」


「……『わるもの』とはね。良く言ったものだ。相変わらず、キョウヤは面白いな。よし、わかった。それなら、きっちり五十メートル以上離れて、『高みの見物』をさせて貰うとしよう」


 アンジェリカはそう言い残すと、こちらから距離を置くように空を飛んで宙に浮かび上がりました。


「さて、ヒイロもわかってくれたかな?」


「はい。……でも、危なくなれば話は別です」


「うん。その時は是非、頼むよ」


「はい!」


 マスターは巨大なクレーターの中央に立ち尽くす黒騎士へと、一歩、また一歩と近づいていきます。


「さて、仕切り直しと行こうか。……《ソード》」


 マスターは、だらりと下げたままの右手に持った『マルチレンジ・ナイフ』を長剣形態に変え、黒騎士へと声を掛けました。すると、その直後──


 黒騎士がいきなり跳躍し、一瞬で間合いを詰めると、マスターめがけて歪んだ形の大剣を振り下ろしてきたのです。


「……え? うわっと!」


 頭上から襲いくる斬撃に対し、余裕の表情でそれを見上げていたマスターは、しかし、寸前で慌てて身体を横に投げ出しました。


 振り下ろされた大剣は、マスターの肩をかすめ、地面に激突してすさまじい粉塵と土砂を巻き上げます。


「やっぱり駄目か。危うく身体が半分なくなっちゃうところだったよ」


 マスターはいたって軽い口調で言いますが、マスターのスキル『世界で一番醜い貴方ベスト・モンスター』が発動しなかったという事実は、かなり重いものがあるでしょう。


「あれが……殺意がない攻撃? そんな馬鹿な……」


 あの黒騎士には、『知性』があることは間違いありません。であるならば、あれだけの威力のある攻撃を『殺意』もなしに放つなど、普通なら不可能です。しかし、マスターは特に不思議がるでもなく、大きく飛び下がりながら不敵な笑みを浮かべました。


「なるほど、こいつは『そういう敵』ってわけか。少しばかりやっかいだね」


 長剣の先を黒騎士に向け、不可視の光線を放つマスター。しかし、黒騎士はその動きから何を察したのか、恐るべき反射速度で大剣を身体の前にかざし、光速で放たれた《レーザー》を弾いてしまいます。


「まだまだ! 《ヒート》」


 マスターは敵と同等にまで引き上げられた爆発的な身体能力を駆使し、姿がかすむほどの速度で黒騎士へと斬りかかります。しかし、黒騎士は、マスターの斬撃をことごとく手にした大剣で防いでしまいました。


 黒騎士の持つ大剣には、高い耐熱性能でもあるのでしょうか。禍々しい形に歪んだその大剣は、鉄をも溶かす《ヒート》の一撃をまったく問題なく受け切っていました。


「あちゃあ……これは厳しいね」


 マスターは、自分の首めがけて振るわれた大剣を身をかがめて回避します。


 そのまま相手の懐に潜り込むようにして、《ソード》を相手の身体に叩きつけようとするマスター。しかし、これまで何度となく敵の武器ごと切断してきた高熱の刃は、強引に引き戻された大剣にはじき返され、有効打にはなりませんでした。


 一方の黒騎士は、短い間合いで大剣を使うことをあきらめたのか、そのまま腕を伸ばしてマスターの首を掴もうとしてきました。一瞬早くそれを察知したマスターは、慌てて後方に下がります。


 しかし、黒騎士はその一瞬を狙っていたのでしょう。だらりと下げていた大剣を無軌道かつ乱暴に振り上げ、マスターの身体をなでるように切り裂きました。


「うあっと!」


 脇腹から胸にかけてを浅く切られたマスターは、手で傷口を押さえました。痛みこそ『痛い痛いも隙のうちフーリッシュ・マスター』で軽減されていますが、ダメージがないわけではありません。ヒイロは急いで回復用の【式】を展開します。


「さすがに攻撃が強すぎて、この服じゃ防げないか……」


 マスターの言うとおり、黒騎士の攻撃は『リアクティブ・クロス』の反発衝撃波をはるかに上回る威力です。服自体の防刃繊維も含め、薄紙も同然に突破されてしまいました。


「さて、どうしたものかな……」


 マスターは敵の猛攻をしのぎながら、小さな声でつぶやいたのでした。

次回「第31話 狂える鏡と愚かな黒騎士」

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