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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第2章 世話焼きメイドと箱入り娘
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第29話 大事な身体

 ヒイロは、敵の構成を詳細に分析し、その情報をマスターを初めとする皆さんに伝えました。


「狙うべきはまず、あの『災禍ノ獣』たちでしょう。ヒイロが見る限り、『禍ツ餓鬼』には戦闘中にもかかわらず発動中のスキルもないようですし、あの『動く茨』を突破することはできなさそうです」


 アンジェリカの『王魔が生まれる』という言葉の意味は置いておくとして、とにかく救出対象であるエレンシア嬢のいる屋敷を『愚者』たちから護ることが先決でした。

 実際、人の背丈を優に超える大きさの『災禍ノ獣』が突進を仕掛ければ、あの屋敷自体が倒壊する恐れがあります。あまり時間があるとは言い難い状況でしょう。


「できれば日が沈み切るのを待ちたいところだが、そうも言ってはいられないか」


 アンジェリカは忌々しそうに夕日の方角を見つめた後、炎をかたどった真紅の短剣『イグニスブレード』を軽く一振りしました。刀身から立ち上る熱気は夕焼けの光を屈折させ、まるで彼女の周囲に炎が揺らめいているかのようです。


「じゃあ、行こうか。……でも、リズさんはどうする?」


「ヒイロが《ステルス・チャフ》と併せて、いくつかのバリアを展開しておきます。今の時点でも気付かれてはいませんし、これだけ距離が離れていれば問題は無いでしょう」


「す、すみません……。本当ならわたしも行きたいのですが……」


「大丈夫。リズさんはここで待っていてください。邪魔ものを排除したら、ゆっくりお嬢様のところに行けばいいんだし」


「は、はい! ……皆さん、よろしくお願いします」


 マスターの言葉に頷いたリズさんは、申し訳なさそうに大きく頭を下げました。


「ふん。わたしは気に入らない『愚者』どもを蹴散らすだけだ。リズが気にすることではない。さあ、行くぞ」


 それに対し、アンジェリカは照れ隠しのように言うと、魔剣を手に一気に丘を駆け下りていきました。


「待ってよ、アンジェリカちゃん。一人じゃ危ないってば」


 マスターも『マルチレンジ・ナイフ』を手に、慌てて彼女の後を追いました。


「それでは、行ってまいりますね。リズさん」


「は、はい……ヒイロさんも、お気を付けて」


 ヒイロは不安そうにこちらを見つめるリズさんを安心させるように微笑み返すと、高速滑空用の【因子演算式アルカマギカ】《エア・グライダー》を展開しながらマスターの後を追いました。


「邪魔だ、どけ! ……《クリムゾン・ウェイブ》!」


 先頭を走るアンジェリカは、横薙ぎに魔剣を振るいます。すると、彼女を中心に半円状に炎の波が広がり、『禍ツ餓鬼』たちの群れを飲み込んでいきました。しかし、二千を超える数の『愚かなる隻眼』の輝きは、彼女が『魔剣イグニスブレード』で強化した炎魔法さえも大きく減衰したらしく、実際に火に巻かれたのはわずか数体だけのようです。


「ちっ! さすがに数が多すぎるか。魔法だけでは、一気に殲滅するのは難しそうだな」


 アンジェリカは舌打ちをしながら、頭に手を突っ込んで金の髪を一本引き抜きました。彼女はそれを『身体の隅まで女王様ナチュラル・サディスト』のスキルで長大な黄金の鞭に変えると、敵陣のただ中に突進をしかけていきます。


するとここで、さすがの『愚者』たちも、後方から迫る脅威に気付いたようです。

 最初に反応したのは、ねじれた黒い鉤爪を手から生やした『禍ツ餓鬼』たちです。顔を覆うかのような巨大な紅い目をギョロリと彼女に向け、金属がこすれるような不気味な声をあげながら、一斉にこちらへと押し寄せてきます。


「雑魚が! 身の程を知るがいい!」


アンジェリカが左手をしならせると、無数に枝分かれした黄金の鞭が『禍ツ餓鬼』たちを薙ぎ払い、粉々に破壊しながら吹き飛ばしました。


「随分と派手に暴れちゃって……アンジェリカちゃんもストレスたまってたのかな? あの分なら小さい奴らは十分全滅させられそうだね。よし、じゃあ、僕はピンポイントであのデカブツを狙おう。……《ランス》」


 マスターがキーワードを口にしたと同時、彼の手の中で一振りされたナイフは、瞬時に長槍へと姿を変えていました。この形態の最大の特徴は、他の形態に比べて《スタン》や《レーザー》といった中距離・遠距離攻撃の飛距離を伸ばすことができる点です。


「《レーザー》」


 マスターは手にした槍を離れた場所に立つ『災禍ノ獣』に向けると、そのまま素早く《レーザー》を放ちます。一瞬で目標まで到達したその光線は、『災禍ノ獣』の表皮と何らかの反応を起こしたらしく、命中と同時に荒れ狂う熱エネルギーに変換され、激しい炎となってその巨体を焼きました。


〈グアゴオオオ!〉


 身体の三分の一ほどの面積を焼かれ、苦悶に身をよじる『災禍ノ獣』。その声でようやく、屋敷に群がっていた『愚者』たちは、彼らに迫る『もう一つの脅威』に気付いたようです。マスターの周囲に『禍ツ餓鬼』たちが殺到していきます。


「させません! 《インパルス》を展開」


 ヒイロが展開した牽制用の【式】は、強力な衝撃波を発生させ、マスターに迫る一群を大きく弾き飛ばしました。


「サンキュー! ヒイロ」


「はい。お気を付けて!」


 ヒイロはマスターの無事を確認すると、次なる手を打つことにします。


「屋敷の防御も怪しくなってきましたね。ここは少しでも彼らを足止めしなくては……《エレメンタル・チェンジ》を展開」


 屋敷周辺の大地に向けて、性質変化の【式】を展開するヒイロ。すると、たちまち屋敷を囲む一部の地面が泥沼と化し、無数の『愚者』たちがズブズブと沈み込んでいきました。


「お二人とも、屋敷に近づきすぎないように気を付けてくださいね」


 念のための忠告を二人に伝えたヒイロは、広範囲にセンサーを作動させました。あらゆる周辺情報を収集、整理して、対応策を立案し、行動に移していきます。


 ──『災禍ノ獣』が強酸性の唾液をマスターに吐きかけていました。マスターの装備する『リアクティブ・クロス』のバリアによって回避こそできたものの、吐かれた酸は大地に残ってしまい、これを踏めば怪我は避けられません。ヒイロはそれを感知して、戦場全体に酸を中和する【式】を展開します。


 ──アンジェリカが放った炎が減衰され、何体かの『禍ツ餓鬼』が焼け残って反撃に出ようとしています。ヒイロはそれを感知して、重力変化の【式】《グラヴィディ》を彼らに叩きつけ、その動きを牽制します。


──さらに随時、遠方で待機しているリズさんの状況について、周囲に敵はいないか確認しつつ、各種バリアの不具合をチェックします。


──あわせて自分の素体を【式】《エア・グライダー》によって滑空させながら、マスターやアンジェリカ、それぞれの傍で様々なサポートを行います。


 多元的並列情報処理が可能なヒイロには、戦場の複数の地点で刻一刻と変化する状況を同時に把握し、タイムラグなくそれぞれに適切な対応を考えることができるのです。


「ああ、もう! しつこい! さっさと全滅してしまえ!」


 アンジェリカは、時に黄金の鞭で数十体の『禍ツ餓鬼』を薙ぎ払い、時に真紅の短剣を『災禍ノ獣』に突き刺して体の中から焼き尽くすなど、縦横無尽に暴れ続けています。


 マスターの『槍』の先端から照射されたレーザーは、途中にいた何体かの『禍ツ餓鬼』とその奥の『災禍ノ獣』を貫通し、傷口を完全に炭化させていました。


「やっぱり、《レーザー》は『槍』にした時が一番威力があるね。……《ソード》アンド《ヒート》」


 マスターは落ち着いた口調で言いながら、周囲に群がる『禍ツ餓鬼』の攻撃を軽くかわし、高熱を放つ長剣に変化した『マルチレンジ・ナイフ』で薙ぎ払いました。


 ギイギイと胸の悪くなるような声を上げ、赤い目をした黒の小人たちは、次々とマスターに殺到し、その手の鉤爪を突き立てようと襲い掛かっています。しかし、マスターはその攻撃の多くを回避し、一部を『リアクティブ・クロス』によって防いでいました。

 やはり、一見して人型に見えても、この『禍ツ餓鬼』たちには『知性』と呼べるものが無いのでしょう。マスターの攻撃反射スキル『世界で一番醜い貴方ベスト・モンスター』は発動しませんでした。


 と、その時──


 突如として、マスターの頭上に黒い影が出現しました。その正体は、はるか向こう側の『災禍ノ獣』の背の上から跳躍してきた、漆黒の鎧騎士です。禍々しい形の大剣を大上段に振り上げた『ソレ』は、ヒイロがとっさに展開した複数のバリアを薄紙のように突破しつつ、マスターの頭上に斬撃を叩きつけてきました。


「え? こいつ……おっと! 危ない」


 間一髪、回避したマスターでしたが、直撃を避けてもなお、ただでは済みませんでした。騎士の叩きつけた大剣の威力は、ヒイロの想像を超えるものだったのです。


「マスター!」


 炸裂した衝撃波が放射状に拡がり、大きく陥没した地面。そこから弾け飛んだ石礫は、殺人的な速度でまき散らされ、周囲の『禍ツ餓鬼』たちまでもを撃ち貫いていきます。当然、すぐ傍にいたマスターも例外ではないでしょう。


 ヒイロは、とっさにマスターの周囲へとバリアを展開しました。機関銃のように降り注ぐ石礫の嵐は、『リアクティブ・クロス』の反発衝撃波だけでは不安を感じるほどに激しいものでした。

 さらに、何故か地面から吹き上がる衝撃波は一度に留まらず、二度三度と石礫を撒き散らしているのです。

 マスターにバリアを展開する間、ヒイロに対しても石礫の散弾が飛来しますが、構っている暇はありません。位相をずらした亜空間に『存在の核』を保持するヒイロの『素体』は、修復も容易で、痛覚も必要に応じてカットできるのですから。


 自分の『素体』がボロボロに傷ついていくのを感じながら、ヒイロはなおもマスターにバリアを展開し続けました。


 しかし、その時──もうもうと立ちこめる土煙の中から、何かがこちらめがけて飛び出してきました。


「……こちらへの攻撃? ですがマスターから狙いが逸れるなら、その方が好都合で……え?」


 飛び出してきた影をセンサーで察知したヒイロは、その正体に戸惑いを隠せません。


「ヒイロ。大丈夫?」


「え? きゃあ!」


 マスターの力強い腕に抱え込まれ、ヒイロは思わず悲鳴を上げてしまいました。そのまま信じられない脚力で一気に跳躍し、敵から大きく距離をとって着地するマスター。


「マ、マスター……良かった。お怪我はなかったようですね」


「全然良くないよ」


「え?」


 珍しく険しい顔で見つめてくるマスターに、ヒイロは言葉を失いました。


「怪我をしてるのはヒイロの方だろう? 早く治さなくちゃ」


「え? は、はい……お見苦しいところをお見せしました」


 ヒイロは自分の『素体』を修復し、遮断していた痛覚を元に戻します。するとそのせいか、ヒイロを抱きかかえてくれているマスターのぬくもりが、一段と強く感じられました。


「……はう」


 ヒイロは、激しく動揺してしまい、思わず息を漏らしてしまいます。


「大丈夫?」


「は、はい!」


「そっか。良かった。でも、なんで自分にバリアを張らなかったの?」


「……マスターが優先でしたから。ヒイロの『素体』なら、修復は容易なんです」


 そう言うと、マスターは少し悲しげな眼をして首を振ります。


「駄目だよ。ヒイロ。君は女の子なんだし、自分の体は大事にしなくちゃ」


「……ヒイロにとって、この『素体』は衣服のようなものです」


「うーん、そうかもしれないけどさ。だって『これ』は、こうしてたった今、僕と触れあうことができるじゃないか。だったら、『これ』は君の身体だ。僕にとっては、かけがえのない大事なものだよ。……だからヒイロ、自分の身体を粗末にするような真似は、もう二度としないで欲しいな」


「……マ、マスター」


「わかった?」


「はい……」


 優しく微笑みかけてくれるマスター。ヒイロは、その鏡のように澄んだ瞳を前にして、どうしようもない胸の熱さを感じてしまうのでした。

次回「第30話 鏡の国の遍歴の騎士」

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