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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第1章 緋色の少女と悪魔の少女
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第3話 美少女転校生

 当然、彼はこの国の警察機構にも疑いを掛けられています。ヒイロのような万能ともいえる解析能力は無いにせよ、それでも彼のようにずさんな犯行に手を染めた人間を見逃すほど、この国の警察も無能ではありません。


 学校の裏手側。路上に止められた一台の車の中で、よれよれのコートを着た男性と糊のきいたスーツ姿の男性が会話を交わしています。


 ヒイロは【因子演算式アルカマギカ】《ステルス・チャフ》を展開しつつ、二人の会話をすぐ傍で聞いていました。


「……来栖鏡也?」


「はい。聞き込みを続けた限り、この少年は死亡した二人の少年から酷い虐めを受けていたようです」


 スーツ姿の男性は手元のメモ帳を見ながら、運転席に座るコートの男性に報告を続けています。


「つまり、動機はあると?」


「ええ。それだけではありません。彼ら二人と親しかったというクラスメイトの少女がいるのですが……彼女は現在、精神に異常をきたして入院中です。一時的な錯乱状態のようなものなので、『原因』さえ取り除かれれば社会復帰も可能だという話ですが……」


「原因?」


「うわ言のように、クルス、クルスと呟いているのだそうです」


「…………」


 その一言に、コートの男性が天を仰ぎました。


「現場の目撃証言もあったな?」


「ええ。第二の事件。事故現場から走り去る高校生の姿を目撃した住民がいましたね」


「なら、可能性は高いか」


「任意で引っ張れれば、目撃者に面通しもさせられますが……」


 スーツ姿の男性は、そこで言葉を尻すぼみに途切れさせると、判断を仰ぐように相手の言葉を待ちます。すると、その後を継ぐように、コートの男性が言葉を続けました。


「……任意って言っても、相手は少年だしな。今のところはまず、揺さぶりでもかけてみるか。所詮は高校生だ。殺人なんぞ犯してれば、すぐにボロが出るさ」


「ええ。今こそ先輩の強面の出番ですね。おかげで僕一人で学生たちへの聞き込みをしなければならなかったのは大変でしたが、その甲斐もあったってものです」


「……言うようになったなあ。ええ?」


 立場としては先輩・後輩にあたる刑事なのでしょう。軽口を交わしながら、二人はその後も被疑者と思われる『少年』へのプレッシャーのかけ方について、相談を続けていたのでした。




──翌日。ヒイロは、彼との接触を図ることにしました。


 接触の手段は、できるだけ自然な方がいい。元々そう考えていたヒイロは、前もって各種システムにハッキングして情報を操作し、書類を偽造することで、問題のクラスに『転校生』として入り込める手はずを整えていたのです。


「えー……ということで急な話だが、今日からこのクラスに転入してきた日向彩羽ひゅうがいろはさんだ」


 担任の教師に案内されたヒイロは、黒板の前で一礼します。こうして『素体』を衆目にさらすのは久しぶりのことでしたが、この世界の人間として自然に振る舞う方法なら、十分に『解析』済みでした。


「はじめまして。日向彩羽と言います。今日からどうか、よろしくお願いします」


 しかし、何が悪かったのでしょう? ヒイロはいたって自然に振る舞ったはずなのに、教室はハチの巣をつついたような大騒ぎとなってしまったのです。


「うおおお! すっげえ、可愛い!」


「うそ……アイドルみたい……」


 大声で叫ぶ少年たちに、うっとりした目の少女たち。彼らは一様に、ヒイロの方を見て興奮しているようでした。


「ほらほら、お前ら。美人の転校生が来て嬉しいのはわかるが、今はホームルームだぞ。静かにしないか」


 教師が呆れたように語る言葉で、ヒイロはようやく状況を理解しました。ヒイロは、『転校』にあたり、髪と目の色こそ、この国に合わせて黒くしたものの、それ以外の『素体』の構成要素には手を加えていませんでした。


 ですが、ヒイロの素体は、ナビゲートするという性質上、その機能のみならず外見に至るまでもが、対象者に安心して接していただけるようにデザインされています。

 だからこそ、ヒイロに与えられた性別は、相手に威圧感を与えにくい『女性』であり、さらに言えば『少女』なのでした。


 そして『素体』はその性質上、理想のコンディションで肉体を維持するものです。

 そのためか、ヒイロの外見は、艶やかな長髪に滑らかで張りのある肌に加え、すっきりと伸びた手足や優美な曲線を描くボディーラインなど、女性としての魅力を十分に備えていたようです。


「さて……じゃあ、座席だが……急な話だったからな」


 見渡す教室には、空席が三つ。しかし、死者を弔う花瓶の置かれた机に、転校生を案内する習慣は無いらしく、教師は少し悩んでいます。


「……先生。わたしは目が良いので、一番後ろでも大丈夫です」


 ヒイロの目は、最後列の机に腰かけ、こちらを見つめて目を丸くしている彼の姿と、その隣の空席──欠席中の『秋山さん』の席を捉えていました。


「そうか。まあ……新しい机と椅子を手配するまでなら、大丈夫かな?」


「ありがとうございます」


 ヒイロが微笑を浮かべつつ礼を言うと、その教師は赤面したようでした。

 しかし、その後のこと。最後列の席に向かうまでの間に、ある女生徒に袖を掴まれ、ヒイロは立ち止まる羽目になりました。


「なんですか?」


「……そ、その、隣の男子……来栖君にはあまり関わらない方がいいよ」


 どうやら忠告をしてくれているつもりのようでしたが、全くの的外れ。ヒイロの目的は、まさに彼なのですから。


「ありがとう」


 そう言って彼女に微笑みかけた後、ヒイロは自分の席へと向かいながら、彼に向かって笑いかけてみました。


「よろしくお願いします。来栖君」


 すると彼は……


「え? あ、ああ。うーんと……よろしく?」


 少し戸惑ったようにヒイロを見上げ、小さく返事をしてくれました。


 午前中の授業が終わると、クラス中の生徒たちが一斉にヒイロの周囲に押し寄せました。すると隣の席にいた彼は、その人ごみを嫌うようにしてその場を離れていきます。


「ご、ごめんなさい。ちょっと……」


 目線と声と仕草だけでトイレに行きたい旨を周囲に悟らせ、ヒイロは立ち上がると、彼の後を追うことにしました。


 行先なら、わかっています。いわゆる家庭崩壊の状況で生活する彼は、弁当など持たされていないため、この時間は必ず学食の売店にパンを買いに行くのです。


「待ってください。来栖君」


 ヒイロは、後ろから彼を呼び止めます。すると彼は、びくりと身体を震わせてから、ゆっくりとこちらを振り返りました。


「僕に何か用? 日向さん……で良かったっけ?」


 不思議そうな顔で問いかけてくる彼の顔は、それなりに整ってはいるのに、陰鬱な印象が否めませんでした。


「呼び名はヒイロで良いです」


「え? 『ひゅうがいろは』で、ヒイロ? 随分と変わった愛称だね。……じゃあヒイロさん。改めて聞くけど、僕みたいな奴に何の用かな?」


「少し、話があります。売店まで一緒に行っても?」


「……まあ、いいけど」


 ためらい気味に返事する彼。随分と警戒されているようですが、チャンスは今しかありません。実際、これから向かう先には、あの『二人』が待ち受けているのですから。


 本校舎とは別棟にある学食の入口に、二人の男性がいます。こちらの姿を見かけるなり、コート姿の男の方がズカズカと歩み寄ってきて、胸元から出した手帳のようなものをこちらに突きつけてきました。


「来栖鏡也くん、だね? わたしは桐原署の刑事で峰岸と言うんだが、少しお話を聞かせてもらってもいいかな?」


 言いながら、反応を窺うような目を向ける峰岸刑事。ヒイロは何も言わず、黙ってそれを見守ることにしました。はたして、彼の反応はと言えば──


「はあ。刑事さんですか。話って何です?」


 特にどうということもない顔で返事をしていました。この国では第一級の重罪になる殺人を犯しておきながら、刑事を目の前にしてのこの態度。ヒイロに対する時の方が、よほど挙動不審だったように思います。


 しかし、これでは却って怪しんでくれと言っているようなものでしょう。同じクラスで人が死に、刑事が自分の前に現れたのです。本来なら、もっと狼狽すべき場面です。


「……できれば場所を変えたいんだが」


 言いながら、ヒイロに視線を向けてくる峰岸刑事。席を外してほしいということなのでしょう。


「うーん。悪いですけど、ヒイロさんの話の方が先約なんで、後にしてもらえませんか?」


「なに?」


 峰岸刑事は、呆気にとられた顔で固まります。もちろん、ヒイロも驚きました。


 警察に話があると言われて、同行する女の子との話を優先しようとする彼。そんな非常識な彼に対し、峰岸刑事は脅しのつもりなのか、眼光鋭く険しい顔をしてみせます。けれど、彼は涼しい顔で笑うばかり──。刑事たちにとって、怪しさはますます増していることでしょう。実際、もう一人のスーツ姿の男は、彼の一挙手一投足を注意深く見守っていました。


「……大事な話なんだ。だから、そっちの彼女さえ良かったら、先に話をさせてもらいたいんだけどな」


 それでもなお、辛抱強く説得を続けようとする峰岸刑事。


「大事な話? 一刻を争うんですか?」


「い、いや、そうじゃないが……」


「だったら、後にしてください」


 彼は取りつく島もありません。すると峰岸刑事は、鋭い視線をヒイロに向けてきました。言わんとすることは理解できますが、今はそれに乗るわけにはいきません。──と、ヒイロが考えた時でした。


「か弱い女の子が相手なら、無言の圧力で思い通りにしてやれるとでも、思ったのかな?」


「…………!!」


 内心を読んだかのような彼の痛烈な言葉に、峰岸刑事の顔が引きつります。どちらかと言えば、それは自己嫌悪にも近い表情だったかもしれません。


「わ、わかった。ここは出直そう。……今度は『書類』を整える必要もありそうだがな」


 そして、何かを恐れるような顔になりつつも、峰岸刑事は揺さぶりの言葉を繰り返します。けれど、やはり彼は、こともなげに首を傾げただけでした。


「やっぱ刑事さんでも、書類仕事はあるんですねえ。お仕事、ご苦労様です」


「…………」


 ギロリ、と殺気さえこもっていそうな鋭い視線を彼に突き刺した後、二人の刑事はその場を離れていきました。


「さて、お待たせ。ヒイロさん。転校したてじゃ、売店のメニューもわからないよね? 僕のお勧めは、ここのハムカツサンドなんだけど、どうかな?」


 何事もなかったかのように彼がそんなことを言ってきた時点で、ヒイロはある失敗に気付きました。


「ええ、ありがとう。……でも、お金を持っていないんです」


 貨幣の準備までは、していなかったのです。


 けれど彼は、にっこり笑って任せろとばかりに胸を叩くと、ヒイロの分も一緒に購入してくれました。ただし、彼が買ってくれたハムカツサンドは全商品中、2番目に安いもの。……ちなみに一番安かったのは、セットで購入した紙パックの牛乳でした。

次回「第4話 異世界への誘い」

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