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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第2章 世話焼きメイドと箱入り娘
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第27話 人生の間違い探し

 それからマスターがしたことと言えば、『実験』でした。


 彼のスキル『鏡の中の間違い探しミラー・アンド・エラー』によって発生する、蘇生対象者の『間違い』。その法則性やコントロールの方法などを確認するため、死亡した盗賊たちに順番にスキルを使用したのです。


 一人目。何も考えず、黒焦げになっていた男にスキルを使用。

 すると彼は、裸のままで狂ったように街へと飛び出していきました。どうやら皮膚感覚に異常があったらしいのですが、当人がいなくなってしまったため、詳細は不明です。


 この時点で、殺害された際の傷は、復活後の肉体に何らかの異常を引き起こすことが判明しました。


 二人目。同じく黒焦げで死んでいる男に対し、感覚が鈍くなるように念じながら、スキルを使用。

 すると彼は、虚ろな瞳で左右を見渡し、誰の言う事でも従順に従う人形のようになってしまいました。


 この時点で、スキル使用時に念じることで、対象の精神に特定の影響を与えられることが判明しました。


 三人目。頭上から股下までを一刀両断にされた男に対し、心を入れ替えるように念じながらスキルを使用。

 すると彼は、目覚めるなり奇声を発しながら落ちていた武器を取り、自分の胸を突いて死んでしまいました。どうやら、自分の心臓を取り出そうとしたようです。


 詳細は不明ですが、『心を入れ替える』の意味を正しく理解できなかったのでしょうか?


 四人目。袈裟懸けに身体を両断された男に対し、心を入れ替えるように念じながらスキルを使用。

 すると彼は、ひたすらに反省の弁を口にして、ヒイロたち一人一人に土下座せんばかりに謝罪すると、官憲に自首してくると言い出したので、とりあえず気絶させておきました。


 三人目と四人目の違いから察するに、脳への損傷が無い場合なら、比較的狙い通りに精神への影響を与えられるのかもしれません。


 これらの情報を元に、マスターは様々な条件を試しつつ、次々と男たちを蘇らせていきました。


「うん。まあ、大体掴めたかな?」


 デリアを残す十六人を復活させた時点で、マスターは疲れたように息を吐きました。ちなみに残る四人については、アンジェリカを人質にしようとした三人が返り討ちにあい、ヒイロの電磁バリアにより一人が心臓マヒで死亡したため、彼のスキルでは蘇生させられません。


「いまいち確実性には欠けますが、上手く使えば人の行動をある程度、操れそうなスキルですね」


「……え?」


 ヒイロが何気なく感想を口にすると、リズさんが驚いたような顔でこちらを見ました。


「どうしましたか?」


「い、いえ……。み、皆さんの感覚に、わ、わたしが慣れるしかないんでしょうね……」


 リズさんは小さく頭を振りました。確かに、彼女にとっては非日常の光景です。慣れるのに時間がかかるのは、無理もないことでしょう。


「じゃあ、最後の一人だ。軽く心臓を一突きにしただけだから、ピエールとかいう貴族の息子より上手くいくかもしれない……スキル『鏡の中の間違い探しミラー・アンド・エラー』」


 マスターがつぶやくと、デリアの胸の傷が見る間に塞がり、血の気を失っていた顔にも徐々に血色が戻ってきました。


「うう……」


「大丈夫?」


 頭を軽く押さえ、ふらふらと身体を起こすデリアに向かって、マスターは優しくその手を差し伸べました。


「え? あ、ああ、ありがと……」


 デリアは差し伸べられた手を取ろうとして、そこで動きを止めました。


「あ、あ……だ、大丈夫だから。自分で立てるわよ」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうに手を引っ込めると、どうにか自分の足で立ちあがるデリア。


「とりあえず質問なんだけど、君、さっきまでのこと覚えてる?」


 マスターがそう訊くと、デリアは胸の開いた服を見下ろし、それからマスターの顔に目を向けて、徐々に顔を青褪めさせていきました。


「こ、殺されたはずなのに……」


「うん。確かに僕は、君を殺したよ」


「じゃ、じゃあ、一体どうして?」


「蘇生させたんだ」


「助けて、くれたの?」


 呆然とした顔でマスターを見つめるデリア。しかし、マスターは肩をすくめて周囲を指し示します。


「どうかな? 君の部下たちは、ほんの数人を除いてまともには蘇生できなかったし……君も含めてまともに蘇生したように見える連中だって……もう、『元の自分』じゃいられないしね」


「え? ……あ、あ」


 意味の掴みにくいマスターの言葉に、最初は不思議そうな顔をしたデリアでしたが、やがて、その顔が驚愕に染まっていきます。


「う、嘘……。どうして、あたし……。ち、違う! こんなの、あたしじゃ……ない」


 自分自身を否定する言葉を吐きながら、必死に頭を振るデリア。


「それが今の君だよ。『男性関係には清廉潔白。恥ずかしがり屋で曲がったことが大嫌い』な君だ。まあ、どうやら君も十分に『変わった自覚』があるみたいだし……その辺、上手く折り合いをつけて頑張ってもらわないとだけどね」


 恐らく、にたりと笑うマスターの顔は、デリアにとって悪魔よりも恐ろしいものに見えたことでしょう。


「い、いや! いや! いやああああ!」


 耳を塞ぎ、絶叫しつつも、彼女は自分自身を信じられなくなっていきます。自分が自分でなくなっていく感覚。他の人格に乗っ取られる、などという生易しいものではなく、自分の人格そのものが変貌し、しかもその過程を理解させられてしまう感覚。


 その恐ろしさは、ヒイロにも想像がつかないものです。『人の行動を操る』だなんて、とんでもありません。このスキルは、そんなに生ぬるいものではないようでした。


「ど、どうして、こんな……こんなのって……こ、こんなんじゃ、『死んだ方がまし』じゃない!」


 涙を流し、震える声で叫びながらマスターを見つめるデリア。けれど、彼は冷たい瞳で彼女を見返して言いました。


「うーん、説得力ないなあ。まあとにかく、人生の間違い探し──頑張ってね」


 そしてそのまま、興味を失ったように彼女から目を逸らすマスター。


「じゃあ、行こうか。さすがに、そろそろ人が集まってくるかもしれないしね」


 確かに長居は無用です。

 呆然と立ち尽くすデリアを残し、ヒイロたちはその場を後にしたのでした。




──それから間をおかず、騒ぎが発覚する前に《転移の扉》に向かうことにしたヒイロたち。辿り着いた場所にあったのは、立派な門構えの施設でした。


「ここが『法学院』か。この奥に『どこでもド……』──じゃなかった……えっと、《転移の扉》があるんだね」


「はい。クレイドル王国が管理する公の施設です。通行料さえ払えば、誰でも《転移の扉》を使わせてもらえますが、この『通行許可証』がない一般庶民には、高くてとても利用できないでしょう」


大貴族の使用人だという説得力を増すため、メイド服に着替えたリズさんは、一行の先頭に立って内部を案内してくれました。

 彼女の話では、こうした施設はクレイドル王国以外にも、数多く存在しているようです。しかし、どの都市間を結ぶのかは、国家によって厳密に決められており、ハイラムのように『法術器』の知識が豊富な法術士でもない限り、行き先を変更することはできないとのことでした。


両開きの大きな扉の先には、待合室のような部屋がありました。係官が事務的に声をかけてきたため、リズさんが許可証を見せ、そこで受付を済ませます。


「ここからだと、ヴィッセンフリート領までは直接行けないのだろう? あと何回くらいの転移が必要なんだ?」


 アンジェリカは興味津々に施設内を見渡しながら、リズさんのメイド服の袖を引っ張るようにして尋ねました。


「そうですねえ。……でも、二、三回と言ったところですかね」


 一方のリズさんも言葉遣いは丁寧でありながら、親しい年下の女の子に対するように返事をしています。


「なんかあれ以来、随分仲良くなったみたいだね。あの二人」


 不意にマスターに呼びかけられ、ヒイロは頷きを返します。


「ええ。共に行動する立場とすれば、仲が良いことは悪いことではありません」


「うん。でも……ヒイロも同じ女の子同士なんだし、二人ともっと仲良くなれるといいね」


「……マスター」


「ん?」


「いえ、ありがとうございます」


 マスターは、こんなヒイロのことを『女の子』と呼び、『女の子』として扱ってくれます。そのことにヒイロは、『ナビゲーター』としての自分を否定されているような気持ちになる一方、心の中に不思議な温かさを感じてしまうのです。


 そんな葛藤を知ってか知らずか、マスターはヒイロに柔らかな笑みを返してくれました。


 さらに廊下を進むと、応接室のような部屋がありました。豪華とはいえないまでも、十分に立派なつくりのテーブルと椅子が置いてあり、テーブルの上には燭台が置かれています。


「ここで順番待ちをするってわけか。でも、そんなに来客もないみたいだね」


「そうですね。まあ、すぐに通さないのは、《転移の扉》に対する権威づけの面もあるかもしれませんけれど……」


「つまり、もったいぶってるんだね」


 身も蓋もないことを言うマスターに、リズさんは困ったような顔をしていました。いずれにしても、待つよりほかはありません。そして、そのまま係官が出してくれたお茶を飲んでいると、アンジェリカが思い出したように言いました。


「そう言えばキョウヤ。あの時、よくデリアの色仕掛けに惑わされなかったな?」


「え? 何を言ってるんだよ。僕が色仕掛けなんかに騙されるような人間じゃないことくらい、アンジェリカちゃんも良く知っているだろ?」


 白々しく言い返すマスター。その場の空気が一気に冷え込み、全員が白い眼で彼を見つめる中、アンジェリカはさらに言葉を続けます。


「普段の行いを思い返してから言え、と言いたいところだが……まあいい。それより、確かお前、こんなことを言っていたな?」


 意地悪そうな顔で言いながら、言葉に溜めを作るアンジェリカです。


「リズの胸は『たわわに実ったメロン』だとか……」


 その瞬間、アンジェリカの隣に腰かけていたリズさんは、顔を真っ赤にしてとっさに自分の胸を抱え込みました。……しかし、その動作はむしろ、逆効果と言うものでしょう。


「……うわ、すご! 形が変わってるよ」


 そしてマスター……、その手の台詞は声に出してはいけません。


「きゃっ! な、何を言ってるんです!」


 ますます顔を赤くして、マスターの視線から逃れるように身をよじるリズさん。


「え? あ、違うんです。リズさん。これには深いわけが……」


「ほほう? 女の胸を凝視したり、果物に例えたりすることに、一体どんな深い意味があるんだろうな? この変態め」


 言い訳をしようとするマスターに、アンジェリカが勝ち誇ったような顔を向けています。どうやら彼女、マスターが女性の大きな胸のことばかり気にしているのが気に食わないようです。


「ふっふっふ。これでわかっただろう? リズ。この男は変態だ。以後、近づくときは気を付けるんだな」


「は、はい……」


「そんな……リズさんまで……」


 しょんぼりとうなだれるマスターですが、かなり自業自得な面があるため、さすがにヒイロも慰めの言葉が見つかりませんでした。

次回「第28話 災禍の田園」

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