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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第10章 鏡のカケラと心のカタチ
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第181話 千年前の悲願

 ドラグーン王国の王城に吹き上がる巨大な火柱。

 それを背景に両手を広げ、哄笑を続ける黒衣の老人。

 分身体との情報の統合を終え、『この地』に降り立ったわたしの前に現れたのは、そんな光景でした。


「二人とも、しっかりしてください。まだ、戦闘は終わっていません」


 わたしは、いまだに意識を失ったまま横たわるリズさんの身体を抱え起こすと、ベアトリーチェとエレンシア嬢に声をかけました。


「え? ヒイロ?」


 わたしの呼びかけに、こちらを振り返る二人。そのうち、ベアトリーチェはわたしと視線を合わせると、何かに気付いたように目を丸くしました。


「む? まさか、『本体』か?」


「はい。遅くなって申し訳ありませんでしたが、ようやく帰還することができました」


「じゃ、じゃが、どうやって? それに、キョウヤとメルティちゃんはどうしたのじゃ?」


「説明は後です。まずは、目の前の敵を」


 そう言ってはみたものの、残る敵は依然として笑い続けるシヴァ枢機卿と、彼の傍に立ったまま、呆れたように肩をすくめる四天騎士ヴィーナの二人だけです。

 今やこの場に残る最後の四天騎士となった彼女は、ベアトリーチェと同じ紫紺の瞳を瞬かせると、不思議そうに首を傾げました。


 少し前までの戦いぶりが嘘のように、今のヴィーナには、敵意も殺意も感じられません。しかし、おそらく彼女の場合、それこそが恐ろしい。妖精騎士プロセルピナのスキル『残酷なる平和の使者ナチュラル・キラー』とまではいかないにせよ、こちらに攻撃の意思を察知させないまま、それとなく致命の刃を刺し込んでくるのが、彼女という暗殺者なのです。


「あら? ヒイロさん、だったかしら? 随分、雰囲気が変わったわねえ? っていうか、さっきまで大した攻撃もしてこなかったはずなのに、今のソレには随分と物騒な力がありそうじゃない?」


 彼女は右手に持った黒塗りの短剣をこちらに差し向け、問いかけの言葉を口にしました。いえ、正確には、わたしの周囲を飛び回る小さな赤い光の『円錐』を指しているのでしょう。


「敵の質問に答える義理はありませんね。言っておきますが、マスターがまだ『こちら側』に来なかったことは、貴女にとっての幸運です。たとえ『どんな形』であれ、貴女がリズさんを傷つけたことを彼が知ったら、ただでは済まなかったでしょう」


 わたしは、自身の周囲で荒れ狂う光の粒子を制御しながら、不敵に笑う女暗殺者を睨みつけました。


「んふふふ! ただでは済まない? それって、わたしのことを雄々しくたくましいモノで、貫いてくださるってことかしら? 真っ赤な鮮血をまき散らし、殿方にそれを浴びせかける! うふふふ! それもまた、素敵よねえ?」


 うっとりとした顔で狂気じみた言葉を吐き続けるヴィーナ。先ほどまで友好的に語り掛けてきておきながら、次の瞬間にはこちらの喉を切り裂いてくる──正気と狂気の間で揺れる振り子のごとき精神性。彼女を前にしては、油断はどこまでも禁物でしょう。


「ヴィーナよ。神の使徒たるものが偉大なる『女神の降臨』の時に際し、そのような下品な言葉を吐くものではないぞ」


 そして同じく、先ほどまで狂ったように笑っていたシヴァ枢機卿もまた、いつの間にか冷厳なたたずまいを取り戻し、こちらを値踏みするような目で見つめてきていました。


「……ったく、枢機卿サマこそ、さっきまでお下品に笑ってたんでしょうに。まあ、千年待たされた願いが叶うんだから、無理もないけれど」


「ああ、そうだとも。千年だ! 千年、我は待った。『女神の想念』の欠片によるウロボロスの暴走は、確かにこの世界を変質させた。だが、忌々しい『王魔』ども……さらには『法王』の眷属どもの暗躍により、それは不完全なものにとどまった。だが、今度は違う! 『法王』は滅び、贄となる『王魔』には、最大最強の激情を有しうる『竜神の化身ニルヴァーナ』を選んだのだ。今度こそ、万に一つも失敗はない!」


 歓喜に打ち震える顔を片手で覆い、血を吐くような声で叫ぶ黒衣の老人。『教会』における最古参の『枢機卿』と言われる彼は、本人の言に偽りがないなら、千年の時を生きてきたと考えられます。凄まじいまでの執念を感じさせるその姿は、真に迫るものがありました。


 しかし、だから何だというのでしょうか。身勝手な思いで多くの人々を巻き添えにし、世界を狂わせ、破滅させようとするその行為には、どんな大義もあろうはずがありません。


「そのような世迷言に付き合う義理もありません。あなた方を直ちに排除し、わたしたちもすぐに『向こう側』へ向かうとしましょう」


 わたしはそう言うと、赤い光の粒子で構成される『無数の円錐』を頭上高く掲げました。絶対的な破壊の力。対象の分子間結合を破断する凶悪な光のくさび

 それを広範囲に隙間なく展開し、敵性体めがけて叩きつけるこの【因子演算式アルカマギカ】は、回避も防御も不可能です。


 しかし、シヴァ枢機卿は、眼前に迫る破滅の光が見えないかのように、平然と笑いました。


「無駄だ。我ら使徒は、偉大なる『神の御業』に護られている。貴様がどのような力を振おうが、我らを殺すことなどできぬ」


 この期に及んで『神の御業』などと口にする枢機卿。

 『世界魔法』《リンク・ナビゲーション》を使用した今のわたしには、そのカラクリもすでに解析済みでした。


「ええ、わかっていますよ。ここで倒されるあなた方は現実と寸分たがわぬ力を持った、ただの『幻想』。座標を変えずに場所を変え、壊れていない城を壊してみせた──『二重世界』の仕組みは理解しましたので」


「…………」


 わたしの言葉に、シヴァ枢機卿は表情を険しくして押し黙ります。


「え? それでは、まさか……わたくしたちは幻覚を見せられているというのですか?」


「いや、それはあり得ぬ。幻覚ならわらわの『世界を観測する者アカシック・ゲイザー』で見破れるし、エレンも精神支配の類は無効化できよう」


 一方でエレンシア嬢とベアトリーチェの二人は、驚いた様子で顔を見合わせましたが、無理もないことでしょう。

 しかし、今回、『わたしたち』の身に生じた現象は、幻覚や精神支配の類ではありません。ベアトリーチェがいかに世界を観測する力を有していようとも、『内側』から観測する限り、この『世界』のおかしさに気付くことはできなかったでしょう。


「『幻覚』ではなく、『幻想』なのです。『女神』の侵食によって生み出された二重の世界。そのうち、『女神側』の世界。それが今、わたしたちがいる場所です。言ってみれば精巧につくられたレプリカを相手にしているようなものですね」


 本来であれば、重なり合い、互いに干渉しあうことによって、あたかもわたしにとっての『本体』と『分身体』のように同期し、同一性を保持しているはずの『二重の世界』ですが、おそらくは片方の世界そのものと同化している『女神』の力を応用することで、その両者にずれを生み出しているのでしょう。


 そんなことが簡単にできるとは思えませんが、少なくとも、わたしが『愚者の聖地せかいのそとがわ』から世界全体を改めて『観測』した限りでは、そのような現象が起こっているとしか考えられないのです。


「でも、だとすると、ドラッケン城の火柱も『幻想』なの? アンジェリカは? 無事なのかしら……」


「ここから見える景色は、幻想でしょう。ですが、あれだけ凄まじいエネルギーの暴走です。現実世界にも影響を与えている恐れは十分にあります。だからこそ……マスターとメルティには、先に『あちら側』へ向かっていただいたのですが……」


「いずれにせよ、ならばさっさと連中を片付けて、あそこへ向かおう。エレンの言うとおり、アンジェリカのことが心配じゃ」


 ベアトリーチェの言葉に、わたしは頷きを返すと、再びシヴァ枢機卿とヴィーナへと顔を向けました。


「こちらが『幻想の世界』である以上、貴方たちの目的は、最初から我々を殺すことではなく、アンジェリカの『精神』を暴走させることだったということですね」


 肉体よりも精神に重きを置く世界。だからこそ、アンジェリカの精神に揺さぶりをかけるにはちょうど良かった。そういうことなのかもしれません。

 しかし、ヴィーナは踊るようにくるりと身体を回転させながら、けらけらと笑って否定の言葉を口にします。


「あはは! もちろん、そんなわけないじゃない。わたしたちみたいに『自覚』がない限り、この世界での死は、『精神の死』に同じ。つまり、さっきまでの戦いは、貴女たちだけが一方的に命を懸けていたってわけ。うふふふ! 滑稽ねえ?」


「おしゃべりが過ぎるぞ、ヴィーナ」


「あら、枢機卿サマ。どのみち、『この世界は幻想だ』なんて認識を持たれた時点で、『精神的な死』も難しくなったことには変わりないでしょう?」


「ふん。まあよい。いずれにせよ、これ以上の小細工は不要であろう。……赤い髪の娘よ。汝はここを『幻想の世界』と呼んだが、『女神』が貴様の言う『現実の世界』を飲み込めば、こちらこそが唯一にして、完全に完成された完璧なる世界となるのだ。それこそが、千年越しの我らの悲願! ふはははは! いまさらあの男が戻ってきたところで、すべては手遅れだ!」


 再び高笑いを始めるシヴァ枢機卿。この世界のカラクリさえ理解してしまえば、先ほどからの彼の無防備な態度の理由もわかろうというものです。こちらとしても、これ以上の長居は無用でしょう。


「……わかりました。それでは、向こうで決着をつけましょう。《ワールド・デストラクション》を展開」


 すでに用は済んだと言わんばかりに立ち尽くす、ヴィーナとシヴァ枢機卿。わたしが放った無数の赤い閃光は、二人の身体を一瞬で分子レベルに分解し、さらにそれだけにとどまらず、周囲の『世界』をも破壊しつくしていったのでした。




 ──世界を塗り替える真紅の閃光が収まると、周囲の景色は再び激変していました。ただ、それは『見慣れぬ景色』ということではなく、わたしたちが『教会』の使徒たちに襲撃される直前まで視界に映っていた、飛翔する『竜王』の背から見る空の景色でした。


「こ、これはいったい……」


 わたしのすぐそばから聞こえる声。そちらに目を向ければ、そこには意識を回復した……いえ、最初から胸を貫かれてすらいなかった、リズさんの立ち姿がありました。


「ふむ。現実の世界に戻った、というわけじゃな」


 そんなリズさんの姿に、安堵の息を吐くベアトリーチェ。しかし、問題は別のところにありました。


「ヒイロ! アンジェリカが!」


「……く! やはり、そういうことでしたか」


 エレンシア嬢の切迫した声に振り向けば、そこにはアンジェリカが青い顔をして横たわっていました。


「どういうことですか? いったい、何が……」


 リズさんは戸惑いながらも、ほとんど反射的とも言うべき速さでアンジェリカの元に駆け寄ると、彼女の呼吸や脈を確認しはじめました。


「……ふう。どうやら息はあるようです。でも、かなり衰弱しているようにも思いますが……」


「はい。ほとんど必要最低限の生命反応しか確認できない状態ですね。やはり、あの火柱の上がった先で、強い精神的なショックを受ける何かがあったのでしょう」


「……まさか、本当にアンジェリカのお父様とお母様が?」


「わかりません。……エレンの『世界に一つだけの花オール・フォー・ワン』で、あちらの様子は見えませんか?」


「あ、そうでしたわね。やってみます」


 エレンシア嬢はその場で軽く目を閉じ、それからしばらくして、再び目を開きました。


「どうですか?」


「……ドラッケン城内は、『謁見の間』で発生した異常事態のせいで、かなり混乱しているようです。特に城自体が破壊された形跡はありませんし、アンジェリカの御両親が亡くなったという話は聞こえてきませんが、騒ぎが大きすぎて詳細の確認までは……」


「謁見の間か。つまり、『賢者の石』に異常が起きておるのじゃろうな。しかし、あの雷帝ならば無事のようじゃ。わらわの『世界を観測する者アカシック・ゲイザー』で感知したあの男の『魔力』には、特に異常は感じられん」


 エレンシア嬢とベアトリーチェのスキルにより、遠く離れたドラッケン城の状況とジークフリードの無事までは確認できたようです。となれば、あとは実際に現場に向かうだけですが……


「で、でも、ここからドラグーン王国までは、あと一日以上かかってしまうのですよね?」


 リズさんが言うとおり、『竜王』の飛翔速度をもってしても、現在の宙域からあの国までは、まだかなりの距離がありました。


「そうですね。ですので、わたしが『空間転移』を使います。あまり広範囲の空間には作用させられませんので、わたしの周りに集まってもらえますか?」


「え? 空間転移って、そんなことまでできますの? でも、それならもっと早くやってくださればよかったですのに」


 エレンシア嬢が驚きに目を丸くしながら言いましたが、わたしは首を振りました。


「いえ、わたしの本来の【転移式】では、この人数で長距離を移動するのは困難です。『フェアリィ』の使う転移とは違い、『亜空間』に入る際には入念なバリアフィールドが必要ですからね。ですが……わたしは『愚者の聖地』で新たな転移方法を身に着けましたので」


 実際、わたしが『聖地』から自身の分身体の元までたどり着いたのも、この新たな方法を使ってのことでした。


「新たな転移方法? よくわかりませんけれど……じゃあ、それでお願いしますわ。一刻も早く、向かいましょう。アンジェリカの異常も、ドラッケンで起きていることが原因なのでしょう?」


「ええ、それでは、行きますよ」


 わたしはそう言うと、その『魔法』を発動させました。


「世界魔法──『相対性の幻想』を展開」


 その瞬間、周囲の世界は灰色に染まり、わたしたちは光速をはるかに超える『速度』で、ドラグーン王国の上空に到達していました。


「え? え? 今、何が起こったんですか?」


 瞬く間に色を取り戻していく世界で、アンジェリカを抱きかかえたまま、きょろきょろと周囲を見渡すリズさん。同じくベアトリーチェもエレンシア嬢も驚愕の目をこちらに向けてきています。


 時間がないとはいえ、あまり混乱させたままにしておくのも問題があるでしょう。わたしは手短に説明をすることにしました。


「……まあ、原理とすれば、クリシュナの力に近いかもしれませんね。本来、『時を止める』なんて無茶はそうそう簡単にできるものではありません。というより、ほぼ不可能でしょう。ですが、ここが『二重世界』であり、『物理法則』が通用しにくい世界であるということが、それを疑似的に可能にします」


 と、この言い方では皆さんに理解してもらうのは難しいかもしれませんね。


「つまり……一時的に『時の止まった幻想世界』にわたり、そこで『移動して』、再びこちら側に戻ってきている、と言えばよいでしょうか。ですので、あの時、クリシュナが『時を止めて』こちらを襲撃してきたあの瞬間には、わたしたちは『幻想世界』に取りこまれていたというわけです」


 四天騎士クリシュナの持つ恐るべき時間停止能力は、言ってみれば、『幻想の世界』でのみ作用する力なのです。そのため、普段の彼の『処刑』は、時の止まった状態の中ではなく、現実世界に復帰直後に、不意打ちで相手の首を切る形で行われていたのでしょう。


「で、でも、どうしてヒイロさんにそんなことができるのですか?」


「『聖地』で、この世界の解析を済ませたからだというのもありますが……実際には、わたしの場合は『幻想世界』の時を止めているのではなく、『速度の誤魔化し』をしただけです。結果が同じならこれも十分、転移と言えるでしょう」


「なるほど。そういうことですか」


 頭の良いリズさんは納得して頷いてくれましたが、他の二人は完全な理解には達しなかったらしく、それぞれ首をかしげているようです。とはいえ、これ以上余分な時間を費やしている場合でもありません。


「さて、この先は何があるかわかりませんから、慎重に『謁見の間』に向かいましょう」


 重力制御の【式】により、未だ混乱の続く城内へと降り立ったわたしたちは、これからこの世界を覆わんとする、最大最凶の厄災の発生源へと足を向けたのでした。

次回、「第182話 完全に完成された完璧なる世界」

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