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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第9章 愚者の聖地と七人の御使い
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第180話 暴走する激情と女神の顕現

「リズさん!」


 わたしは倒れていく彼女の身体を、とっさに支えました。彼女の背中から斜めに突き刺さり、寸分たがわず心臓を貫く『黒い針』。それは、太さも長さも人体を貫通するには十分な大きさであるにも関わらず、目を凝らさなければ視認できなくなりそうなほど、存在感が希薄なものでした。


「リズ! ……くっ! なんということを……! きさまあああ!」


「あはは! 随分とお怒りのようだけど、よそ見をしている暇はあるのかしら? 集中力を切らせば、貴女の持つ『御使いの封印』の力も効果を発揮しなくなるんじゃなくて?」


「く……! それが狙いか!」


「ベアトリーチェ。落ち着いてください。彼女の治療なら、わたしが行います!」


 ヴィーナの言動からして、敵の狙いはリズさんを殺すことだけでなく、こちらの精神的動揺を誘うことにあるはずなのです。


「治療する? 無理に決まってるじゃない。心臓を貫いたのよ? そもそも、その『針』──わたしの《暗器》を消すには、同等の力を持つ『御使いの神器』でなければ難しいでしょうしね」


「ヒイロ? どうなのじゃ?」


「針さえ抜ければ、治療はできるはずです。しかし……」


 ベアトリーチェに針の除去を行ってもらうにしても、ヴィーナの妨害を排除しながらとなれば、封印能力の維持までは手が回らなくなる恐れがあります。


 かといって、リズさんの状態を現状維持の形で安定させ、放置することも困難です。なぜなら、彼女が倒れたことによる最も大きな影響は……


「くっくっく。やはり、その娘の力が聖女の封印能力を高めていたようだな? いや、『最適化』だったか? だが、それももう終わりだ!」


 シヴァ枢機卿の言うとおり、彼女の使用していた《最適化の護符》の効力が失われることだからです。

 『御使い』の能力と神器の『魔法』を融合させた『混沌を告げる御使いファースト・エンジェル』の特殊能力──《女神の暁闇》。

 

 シヴァ枢機卿は、その《闇》を再び展開するべく、漆黒のローブから『魔力』を放出し始めました。


「ぬう! この状況で、あの《闇》はまずい!」


 ベアトリーチェはそれに対抗するように周囲を舞う《天秤の砂》を操り、シヴァ枢機卿の元へと飛ばすと、広がろうとする《闇》を押しとどめました。


「ふむ。ヴィーナの言葉ではないが、ベアトリーチェよ。『護るべきものが多い』と、実に難儀なものだな。今のお前には、我の《闇》は封じられても、遠く離れたクリシュナの封印までは維持できまい。すでに『ドラグーン王国』の国王夫妻の命はないものと知れ」


 すべてが思惑通りだとばかりに、嘲り笑うシヴァ枢機卿。


「黙れ! お父様とお母様が、そう簡単にやられたりするものか!」


 アンジェリカはそう叫びながらも、その場を動こうとはしません。しかし、両親を助けに行きたい。でも、リズさんや皆を置いていくわけにはいかない。こちらに向けられた今にも泣きだしそうな顔からは、そんな気持ちの狭間で揺れ動く彼女の想いが見てとれるようです。


 だから、わたしは大きく頷きを返しました。


「大丈夫です! 心臓を貫かれた程度の傷、わたしの【因子演算式アルカマギカ】なら何の問題もなく治癒できますから!」


 わたしは皆を安心させるため、ことさらに強気な言葉を口にしましたが、実際の治療には慎重を期す必要があります。


 わたしの腕の中でぐったりと仰向けに横たわるリズさん。顔からは血の気が失われ、呼吸もほとんどありません。


 焦る気持ちを押さえ、わたしはまず、特殊な麻酔を使い、彼女のバイタルを安定させます。続いて、傷口に刺さった『黒い針』の形状や毒の有無を確認しました。

 どうやら毒はないようです。《暗器》というからには、それが懸念材料ではありましたが、『毒殺』という手段は『流血を告げる御使い』の名には相応しくないということなのかもしれません。


 などと考えていると、当の相手から声をかけられました。


「まったく忌々しいものね。赤い髪のお嬢さん。『王魔』でもないただの人間の……心臓を貫通する傷を治療するですって? そんな真似、どんな『魔法使い』にだってできないはずだわ」


「ふん。わらわのヒイロを、そんじょそこらの魔法使いと一緒にするな。それより、うぬには、わらわの『幻想生物』たちと遊んでいてもらおうか」


 ベアトリーチェはそう言うと、白と黒の二対の翼を持つ天使『アカシャの使徒』と金色の鱗を持つ『翼ある蛇ラーヴァ』の二体に命令し、ヴィーナへ攻撃を仕掛けさせました。


「うふふ! その隙に心臓の『黒い針』を消そうってわけ? でも、そんなことに力を割けば、わたしの『能力』も封印できなくなるわよ。この程度の化け物で、わたしの『能力』を止められると思わないことね」


「馬鹿め。忘れたのか? わらわたちには、今もなお、エレンからの『魔力供給』が続いているということを」


 ベアトリーチェはそう言うと、再び『侵食する禁断の領域パンドラ・ヴァイラス』を発動させ、複数の『幻想生物』を出現させました。先ほどブラックとの戦いで消滅した『三つ首のダイダロス』より力は劣るようですが、その分、数を多くそろえたと言ったところでしょう。


「へえ? 面白いじゃない! じゃあ、せいぜい遊ばせてもらうわ!」


 ニタリと笑った流血の女暗殺者は、背中の白い翼を真紅に染めて、大きく羽ばたきました。そこへ、一斉に飛びかかっていくベアトリーチェの『幻想生物』たち。


「さあ、ヒイロ。急いで治療を始めるぞ!」


 途端に激しい戦闘を開始したヴィーナたちを後目に、ベアトリーチェはリズさんの心臓に刺さる『黒い針』を手でつかみました。


「抜けそうになったら、わたしに教えてください。針を抜く瞬間に傷口を塞ぎます」


 もちろん、単に傷を塞ぐだけではなく、心筋組織の修復、拍動の回復のための電気信号の調整など、あらゆる手順を迅速かつ的確に処理していく必要があるでしょう。


 それにしても、ヴィーナの狙いが彼女の『心臓』であったことは僥倖です。同じ『致命傷』でも、仮にこれが頭部に刺さり、脳に損傷を与える形であったならば、後遺症なく彼女を救うことはできなかったでしょう。


 どんなに医療技術が進み、脳の構造を完全に把握し、寸分の狂いもなく組織や神経を再生できたとしても、一度失われた『個性』という名の情報だけは、元の形に再生することはできないのです。


「ヒイロ! 信じていますわよ! 貴女なら、リズを助けてくれるって! だから、貴女は早く行きなさい、アンジェリカ!」


 一方、そう叫んだエレンシア嬢は、依然として天騎士ラングリッドとの戦闘を続けています。手に巨大な棍棒を持つ十体の『レギオンゴブリン』たちが同じく十体ほどの《女神の機械兵》と交戦を続けているため、振り返る余裕ぐらいはあるはずですが、彼女はそうしようとはせず、自身の周囲に無数の植物を生成し続けています。


 長年の親友である彼女が、リズさんのことを心配していないはずはないのですが、振り返って怪我の状態などを目の当たりにすることで、自身の冷静さを失うことを恐れているのかもしれません。

 ですが、この状況でそうした判断ができること自体が、彼女の心の強さを表していると言えるでしょう。


「すまない、みんな! リズは、わたしにとっても、国を飛び出して出来た初めての友達なんだ。だから……頼む!」


「今から行っても無駄だぞ。生贄の乙女よ。クリシュナが『終わらせた時』の中を動けるようになった以上、王の首を刎ねるのは一瞬だ」


 なおも馬鹿にしたように笑うシヴァ枢機卿。しかし、わたしはこの時、彼の言動にかすかな違和感を覚えました。

 国王夫妻の命の危険について、ことさらに繰り返して言及するのは、こちらを焦らせ、冷静さを奪うための作戦かとも思えますが、それにしては『やりすぎ』のようにも感じられるのです。


「うるさい!……よくも、よくもリズを傷つけたな! よくもわたしの国をめちゃくちゃにしてくれたな! お父様とお母さまを殺すだと? そんなこと、させるものか!」


 度重なるシヴァ枢機卿の挑発に、ついにアンジェリカは、その激情を爆発させました。


 彼女の足元から噴き上がる熱気。すさまじい炎は、そのまま彼女の熱を養分に変換するスキルの糧となり、彼女の身体を一回り大きく変化させていきます。さらに彼女の背中には、本来なら夜に出現するはずの竜の翼。


 しかし、たった今、彼女の背中から噴き出すように出現したソレは、超高温の青い炎の翼でした。二つに結わえた金の髪は炎の中でも燃えることなく輝きを放ち、ゆらゆらと揺れています。


 全身の要所を覆うのは、炎の鎧。そして、彼女の額には、竜の角の形を模した炎が燃え盛っています。


 彼女はこの時、マスターの【スキル】『境界線のない鏡面体ヴァリアブル・ミラー』によって覚醒したばかりの【スキル】を発動させていました。


〇アンジェリカの特殊スキル

偽らざる悪魔の純真トリック・オア・イノセンス』 

自分のすべてを偽ることなくさらけ出し、鏡と向き合う心の形。自身を含めた周囲の世界を対象に、自身の想念を現実のものとする力。


 自身の肉体のみならず、自身の周囲に及ぶ想念の現実化。それが熱を、炎を、彼女の望む『武装』へと変化させているのでしょう。


「ふははは! なるほどな。確かに、凄まじい力だ! まさに『竜神の化身ニルヴァーナ』と呼ぶにふさわしいではないか。だが、悲しいかな。どれだけの力をもってしても、『想い』の力で絶望の使徒を破ることはできんのだよ」


 シヴァ枢機卿は近づくことさえできないような高温に包まれたアンジェリカを目の前にしながらも、なおも余裕の表情を崩しません。そんな彼の視線の先には、再びアンジェリカの前で両手を広げ、その行き手をさえぎる黒い影が立っていました。


「枢機卿猊下ノ仰セノトオリ……ドンナ想イモ、ドノヨウナ願イモ、世界ヲ変エルコト、アタワザルナリ。世界ハタダ、残酷ニ無慈悲ニ、汝ラヲ拒絶スル」


 無機質なその言葉に、わたしはようやく、倒れる直前にリズさんが言おうとしていたことに気づかされました。『絶望を告げる御使いシクスス・エンジェル』の能力の正体は、『魔力による世界干渉の阻害』です。


 精神性に強く依存する根源的情報素子たる『魔力』。その精神性そのものを何らかの手段で否定することで、魔法の効果が世界に及ぶことを阻害する。

 あの黒い影のような姿も、『攻撃の意思』を向ける対象として認識することを困難にする効果があるのかもしれません。


 ですが、だとするならば、それこそ『今のアンジェリカ』の前には無意味でしょう。


「邪魔だ! どけ!」


 アンジェリカは鋭く叫ぶと、《クイーン・インフェルノ》による超高温の熱源体を両掌に一つずつ生み出しました。そして、そのまま身を低く沈めると、炎の翼で地を滑るように飛翔し、『ブラック』の元へと突撃します。

 

「混沌だろうが絶望だろうが、まとめて全部! わたしが焼き尽くしてやる!」


 人型をした黒い影に叩きつけられたのは、アンジェリカが右手に掴んだ熱源体の光球でした。すると、これまであらゆる攻撃を無効化してきた『絶望の使徒』は、水が蒸発するような激しい音と共に驚愕の叫び声を上げました。


「ガアアアアア! ワガ絶望ガ! 焼ケル! 溶ケル! ナゼダ! ナゼ、コンナコトガデキル! 世界ノ拒絶ヲ! ナゼ、貴様ノヨウナ小娘ガ、乗リ越エルコトガデキルノダ!」


「うるさい! 黙れ! わたしは国のみんなを、お父様とお母様を助けると決めた! そのわたしの『熱』を、わたしの『想い』を、お前ごときが止められると思うな!」


 高温の炎にさらされる黒い影は、徐々に焼け落ちるように崩れていきます。そして、その奥に見えたのは、やせこけた頬に落ち窪んだ眼をした男の顔でした。


「ガ、アアア……。何という強い激情。生まれた直後に親に捨てられ、すべてに絶望してきた我にとって……それは手に入れたくとも叶わなかった……眩しくも妬ましき想いである。……ああ! 女神よ。貴女の求めるモノは……イマ、ココニ……」


 そんなつぶやきとともに、男の身体は炎に包まれ、溶けるように消えてしまいした。


「お父様、お母さま! 今、行くからね!」


 アンジェリカは『ブラック』の身体を突き抜けた後も勢いをとどめることなく、さらにその奥に立つシヴァ枢機卿に突進しました。


「ふはははは! 素晴らしい! まさか本当に『絶望』を打ち破るとは! それでこそ、生贄の乙女に相応しい! 理想的な激情だ!」


「笑ってないで避けなさいよ! ほら! 危ないわよ、枢機卿さま!」


 間一髪、高笑いを上げて立ち尽くすシヴァ枢機卿の身体をつかみ、アンジェリカが左手から放った光球を回避させたのは、つい先ほど、ベアトリーチェが生み出した『幻想生物』のうちの一体、『翼ある蛇ラーヴァ』を血の海に沈めたヴィーナでした。


「あれが……ヴィーナの『御使い』として『スキル】ですか」


 ヴィーナはその【スキル】を使い、すでに数体の『幻想生物』を撃破しており、残るは《聖女の神歌絶唱》により召喚された『アカシャの使徒』だけになっていました。


〇ヴィーナの特殊スキル(個人の性質に依存)

流血を告げる御使いフィフス・エンジェル

 任意に発動可。最高位の『アカシャの使徒』にのみ発現する七種の特殊スキルのひとつ。天使の力を得る。──五番目の御使いは、すべての命に『終わらぬ流血』を与える。


 相変わらず不完全なスキル解析になってしまっていますが、それでもヴィーナと『幻想生物』たちの戦闘を見ていれば、彼女の能力の正体は明らかでした。

 彼女の《暗器》が『幻想生物』たちに接触するたび、新たな血潮が噴き上がり、その血は止まることなく大地を染めていきます。

 本来、『幻想生物』は聖女の魔法で生み出された存在であり、通常の生物のような出血多量による死などないはずなのですが、彼女の能力による『流血』は単なる血液ではなく、魔力や生命力など、存在の根幹をなすもの自体を失わせる効果があるようでした。


 それでも、さすがにベアトリーチェが最強の戦力として召喚した『アカシャの使徒』は強力であり、また現在のヴィーナがシヴァ枢機卿をかばいながら戦っているせいもあってか、どうにか時間は稼げそうです。


「よし、もうすぐじゃ」


「はい。お願いします」


 わたしはベアトリーチェとともにリズさんの治療を続けながら、同時に『多元的並列情報処理能力』を使ってエレンシア嬢の戦況の把握を行いました。


 この時点ですでに、ベアトリーチェが差し向けた『レギオンゴブリン』は、《女神の機械兵》の度重なる斬撃に具現化維持の限界を超えて消滅しているようでした。


 しかし、エレンシア嬢はその間に敵の特性に合わせた『植物群』を生み出しており、《女神の機械兵》の振り回す斧は強靭な弾力を備えた枝に弾かれ、強力な粘着成分を含む樹液に絡めとられています。


「ぬははは! なかなかやるではないか! だが、これならどうだ!」


 《女神の機械兵》が小柄な兵士であるとすれば、天騎士ラングリッド本人は、巨人と言っても過言ではない体躯の持ち主です。そんな彼が巨大な斧を振りかざし、足元の大地をえぐるように叩きつけると、猛烈な土砂がエレンシア嬢めがけて降り注ぎました。


「きゃあ! く……! 目くらましを……!」


 目も鼻も口もない《機械兵》たちにとっては、この土砂は何の障害にもなりませんが、エレンシア嬢はそうもいきません。周囲の植物の一部を盾にして、その土砂を防ぐ必要がありました。


「えっ? どうして動いて……! くうう!」


 しかし、その直後のこと。彼女の掲げた植物の盾を突き破り、一体の《機械兵》が彼女の身体に切りつけます。一体とはいえ、彼女の防御を突破してこれたのは、先ほどの土砂によって樹液の粘着力が弱まったからでしょう。


「この!」


 とっさに髪の茨で《機械兵》の身体をつかみ、そのまま投げ飛ばすエレンシア嬢ですが、彼女のドレスは袈裟懸けに大きく切り裂かれていました。


「うう、傷はすぐ治癒しても、服ばかりはそうもいきませんわね……」


「ぬははは! 愚かなり! 戦いの何たるかも知らぬ小娘が!」


 現在の戦況において、何より厄介なのは、彼の【スキル】もまた、封印の影響から脱しつつあるということです。


〇ラングリッドの特殊スキル(個人の性質に依存)

聖戦を告げる御使いフォース・エンジェル

 任意に発動可。最高位の『アカシャの使徒』にのみ発現する七種の特殊スキルのひとつ。天使の力を得る。──四番目の御使いは、すべての兵に『不滅の肉体』を与える。


 実のところ、少し前までの戦闘では、《女神の機械兵》のうちの何体かは、『レギオンゴブリン』の巨大な棍棒の一撃やエレンシア嬢の植物の刃などによって打ち砕かれ、手足を切り裂かれて動きを止めていたはずなのです。


 しかし、彼がこの【スキル】を発動した途端、それらの人形のダメージは一瞬で回復し、一気に『レギオンゴブリン』を全滅させ、エレンシア嬢を窮地に追いやってしまいました。


「あまたの聖戦を勝ち続けてきたこのラングリッドに、敗北の二文字はない! 再生できなくなるまで粉みじんに切り裂いてやるぞ!」


 そう言って哄笑するラングリッドは、これまでエレンシア嬢から一切の有効打を受けていないだけあってか、己の勝利を確信しているようでした。


「……馬鹿な男。これだから粗野な殿方は嫌いですのよ」


「化け物の分際で、いっぱしの貴婦人を気取るか? 片腹痛い!」


 赤黒い鎧を大きく揺らし、笑い続けるラングリッド。再びエレンシア嬢へと襲い掛かる《女神の機械兵》たち。十体を超える人形たちに一斉に飛びかかられ、なすすべもなく後ろへ倒れるエレンシア嬢。


 このままでは、彼女が再び切り刻まれてしまう。わたしがそう思った、次の瞬間でした。


「な、なんだと? なんだ、これは……」


 ラングリッドが突然、驚愕のうめき声とともに地面に膝を着いたのです。

 それと時を同じくして、エレンシア嬢に飛びかかっていた《女神の機械兵》たちも動きを止めていました。


「き、貴様……何をした! 我に、いったい何をした!」


「あら? おわかりにならない? だから、貴方は馬鹿なのよ。あなたが言ったのでしょう? わたくしは『化け物』だと」


「なんだと? ぐ、うう……」


 苦しげにうめき、ついには前のめりに倒れ込むラングリッド。


「ですから、わたくしは『化け物』らしく振舞って差し上げたのですわ」


 倒れた状態から、上半身だけを引き起こすエレンシア嬢。よく見れば、彼女の美しい緑の髪から生まれた茨は、周囲の地面に沿うように広がり、同時に途中から再び細かく枝分かれして極細の繊維に変化しているようでした。


「化け物らしく? 何を言っている?」


「今、あなたとあなたの人形を縛っているのは、わたくしの髪の毛ですわ」


「そんな馬鹿な!……髪の毛ごときに、こんな力があるわけがない! 我に千切れぬはずがない!」


「魔法で『植物』を生み出すだけでは追いつかないなら、世界全体から集めた生命力と『魔力』を使って、わたくし自身を『植物』として強化すればいい。少しばかり時間はかかりましたけどね」


 こともなげに言って笑うエレンシア嬢。ですが、だとするならば、彼女は今、大地を爆発させるだけの力を持ったラングリッドの身体を自身の肉体の力だけで抑え込んでいるということになります。


「ぐがあああ! おのれ! おのれ! 化け物め! 貴様ごとき小娘に、我が敗北するはずがない! 神の兵士よ! 動け! 動け!」


「無駄ですわ。無限の再生力があろうと、動き自体を封じられてしまえば無意味でしょう? ……ああ、そうそう、そういえば、貴方もおっしゃっていましたわね?」


 エレンシア嬢は冷たい声で言いながら、ゆっくりと立ち上がります。


「な、何をするつもりだ! や、やめろ!」


「『不死の化け物なら、それこそ永遠に殺し続ければよいだけ』だったかしら?」


 可憐な貴族令嬢の姿をした『化け物』は、無慈悲にそう宣告すると、無数に枝分かれした『緑の繊維』を赤黒い鎧の騎士に巻き付けていったのでした。


 『六番目ブラック』と『四番目ラングリッド』の使徒を撃破し、徐々に戦況がこちらに優位に傾く中、『一番目』の使徒──シヴァ枢機卿は依然として不気味に笑い続けていました。


「ああ、もう! いつまで恍惚に浸ってるのかしらね、この枢機卿様は!」


 彼をかばって戦うヴィーナが苛立ち紛れに《暗器》を振るい、ついに『アカシャの使徒』を撃破しましたが、こちらもリズさんの治療がほぼ終了するところです。


 このまま、どうにかこの状況を切り抜けることができるかもしれない。


 わたしたちの誰もが、そう考えた、その時でした。


「ふはははは! おお! ついに、その時が来たか! 『運命を告げる御使いサード・エンジェル』は上手くやったようだな! ふはははは!」


 突然、天を仰ぎ、大声を張り上げるシヴァ枢機卿。


 異変は、その直後に起きました。


「え? なにあれ?」


 エレンシア嬢が震える声で指を差した先にあったもの。それは、王城を中心に吹き上がる巨大な火柱と、その中に浮かび上がる女性の姿です。


「ああ! 女神よ! ついに、ついに、貴女がこの世界を呑み込み、すべてを完全で完璧に完成された世界へと昇華する時が来ました! さあ、喜ぶがよい! みなの者! 偉大なる女神が顕現あそばすこの時に居合わせた幸運を!」

次回「第9章幕間 リンク・ナビゲーション」

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