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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第9章 愚者の聖地と七人の御使い
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第166話 有頂天

 『愚者の聖地』


 その呼称を、いつ誰が最初に使い始めたのかについては、はっきりした記録は残っていません。そもそも『教会』の教義において『愚者』とは世界の敵であり、生きとし生けるものに仇なす邪悪な悪魔にも例えられる存在なのです。


 それを思えば、『愚者』たちが集うこの場所が『聖地』と呼ばれていることには、違和感を覚えるところです。もちろん、文字通りの『聖なる場所』という意味ではなく、ドラグーン王国のような『魔力』の豊富な場所を指して、『王魔』たちが『聖地』と呼ぶ例もあります。ですが、当の『愚者』たちには、そのような知性などないはずなのです。


 しかし、実際にその土地を目前にして、わたしはその認識を改めざるを得ませんでした。


「なるほど。これならば確かに、この地を訪れた人々が、ここを『聖地』と呼びたくなる気持ちも、わからなくはありませんね」


 『フェアリィの森』をアンジェリカたちとは真逆の北へと抜けたマスターとわたし、そしてメルティを待ち受けていたのは この世のものとは思えない美しい風景でした。

 どこまでも続く緑の草原。その中で咲き誇る色とりどりの可憐な花たち。吹き抜ける風に乗って、それらが醸し出す爽やかな香りがこちらにまで届いてくるようです。


 しかし、驚くべきは、そうした風景の『美しさ』ではありません。


「まあ、綺麗と言えば綺麗だけど……ちょっと露骨すぎるんじゃないかな。『ドラグーン王国』だって、国境に目に見える線なんか引いてなかったっていうのに」


 わたしの隣では、マスターがあきれたように首を傾げ、足元を見下ろしています。


 そう、それはあまりにも明確な『線引き』でした。

 見た目の美しさとは裏腹に、残酷なまでの『一線』です。


 その『一線』よりこちら側、わたしたちの背後には、目の前の草原と大きく変わることのない、緑豊かな自然があります。それでも、こちら側と向こう側では、『世界』が違う。そう断言してしまえるくらい、両者の間には明確な差が存在していました。


「ここから先は、『愚者の聖地』。侵略者どもの『汚れた意識ヴァイラス』など、欠片たりとて立ち入ることを許さぬ世界」


 あまりの光景に呆然と立ち尽くすわたしたちより少し先、その『一線』を超えた向こう側に立つメルティは、これまでになく大人びた──というより厳かな口調で言いました。長い黒髪を風になびかせる彼女の額には、赤く輝く『愚者の隻眼』が開いています。


「それも『みんな』が言ってたのかい?」


 しかし、マスターはそんな彼女に驚いた様子もなく、問いかけの言葉を返します。


「うん。『みんな』の言葉は、キョウヤたちにはわかりにくいから、わたしが『通訳』なんだって」


メルティは物憂げな顔でそう言うと、そのまま『通訳』を続けました。


「……千年前の厄災から今の今まで、この『線』を超えた『魔法使いヴァイラス』は、オウマもメガミもホウオウも含めて、誰一人いない」


 何人たりとも足を踏み入れることが許されない聖域。どちらかといえば、この場所が『聖地』と呼ばれている理由は、見た目の美しさよりも、その点にあるのかもしれません。


「ふうん。まあ確かに、ここまで見事に『魔力』の欠片もない土地に入りたがる『魔法使い』はいないだろうね」


 『線』の向こう側は、まさに『ドラグーン王国』とは真逆の世界でした。

 

 わたしが知る限り、想念によるものであれ、知識によるものであれ、意志によるものであれ、何を根源としているにしても、『魔力』というものは【因子アルカ】とともに、あまねくこの世界に満ちているはずのものでした。


 しかし、メルティの立つ『緑の園』には、『魔力』の痕跡が一切ありません。

唯一絶対の根源的情報素子として【因子アルカ】のみが存在する──わたしにとっては最もなじみ深い世界の姿がそこにはありました。


「確かにマスターのお考えは正しいかもしれません。この世界の『真の姿』を知るには、この『愚者の聖地』こそ最も適した場所に違いありません」


「それは良かったけど、過去にこの『線』を越えることのできた魔法使いはいなかったって割には、僕らがすんなりここまで来れちゃったのは、どういうわけなんだろうね? メルティ、わかるかい?」


 なおもマスターは目の前の『一線』を越えようとしないまま、向こう側にいるメルティに問いかけを続けます。


「キョウヤとヒイロは、『魔法使い』じゃないからだよ。だから、アンジェリカたちをこっちに連れてこなくてよかったね。そしたら、きっと大変なことになってたもん」


「魔法使いじゃない? でも、僕、結構いろいろな魔法が使えるよ?」


「この世界で言う魔法使いは、『ヴァイラス』のことなの」


「うーん。そのあたり、少しはっきりさせておこうか? これまで聞いてきた話とか、僕が『法術器』から得てきた知識とか、そういうものから判断する限り……『ヴァイラス』っていうのは、この世界にとっての【異物】のことなんだよね? 病原体ヴァイラスだなんて言うぐらいなんだから」


「そうだよ。病気の元。やっぱりこの世界は、『皆仲良く万病息災ラブ・アンド・ピース』っていうわけにはいかないみたい」


 自分のスキル名を引き合いに出しながら、どこか皮肉げな笑みを浮かべるメルティ。どうやら彼女はこの『聖地』に来て、ますますその情緒を安定・成長させているようでした。


「だとすると、僕たちなんかは、極めつけの【異物】なんじゃないのかな?」


「うん。【異物】だよ。でも、『病気の元』なのかはわからない。毒かもしれないし、薬かもしれない。だから、それを確かめたいんだって」


「品定めのために、僕らをここまで通したってわけか。それじゃあ彼らにとっては、この『地雷の海』が試金石のつもりなのかな?」


 軽く首をかしげつつ、目前に広がる草原を見渡すマスター。しかし、彼の瞳には、肉眼では本来見えるはずのないものが映り込んでいます。


因子演算式アルカマギカ】──《トラップ・マッピング》


 見目鮮やかな無数の花々が咲き乱れる緑の草原に、わたしが展開した【式】。それは、いわゆる『地雷』を発見するためのものでした。より正確に言えば、《トラップ・マッピング》はその名のとおり、地雷だけを発見するものではなく、毒劇物、爆薬、銃火器、刀剣類など、ありとあらゆる『危険な罠』を発見可能なものです。

 今回には関しては、わたしがその【式】をさらにアレンジし、トラップの場所を赤い光でマスターの『瞳』に埋め込まれた『ヴァーチャル・レーダー』を介して彼の視界に表示しています。


 マスターは『地雷の海』と表現しましたが、この草原には足の踏み場もないほどに無数のトラップが仕掛けられているようでした。


「……正直、ここまでやるか? って感じだよね」


「見渡す限り、罠、罠、罠……ですね」


 あきれたように肩をすくめたマスターに、わたしも小さく頷きを返しました。


「でも、こんなに広い範囲にある罠を一瞬で全部見つけ出すなんて、さすがはヒイロだね」


「いえ。この場所には『魔力』のような不確定要素がない分、【因子観測装置アルカグラフ】の精度も高まっているようです」


「なるほどね。じゃあ、これがヒイロの本来の実力ってわけか」


 マスターは一つ頷くと、腰のポーチから小さな石を取り出しました。


「えい」


 本来なら、『冒命魔法』で人形を生み出すために使う鉱石のようでしたが、マスターはそれを軽い掛け声とともに、強化された身体能力で遠方の赤い光の群れへと放り投げました。

 きれいな放物線を描き、地面に墜落する石。それが赤い光のある、地面に触れたその瞬間でした。


「おおっと、すごいねこれは」


 轟音とともに炎を噴き上げ、衝撃波と暴風を遠く離れたこの場所まで叩き付けるほどの大爆発。地雷と呼ぶにはあまりにも規模の大きいトラップです。


「きゃあ! ちょっと、キョウヤ! いきなり何するのよ!」


 背中を押されるような爆風を受け、メルティが抗議の悲鳴を上げています。よく見れば彼女、紅い光に足を踏み入れているにもかかわらず、トラップを発動させてはいないようでした。


「あはは、ごめんごめん」


〈……ヒイロ、今の爆発、解析できた?〉


 マスターはメルティに手を振って謝りながら、こちらに《高速思考伝達》で問いかけてきました。メルティに聞かれたくない、というのではなく、彼女を介してこちらを観察しているかもしれない相手に聞かれないようにとのことなのでしょう。


 わたしは一つ頷きを返すと、同じく《高速思考伝達》でマスターに返事をしました。


〈はい。どうやら……あれは【因子演算式アルカマギカ】に極めて近い原理で『爆発現象』自体を具象化したもののようです。一般の地雷と同じく、トリガーとなっているものは荷重や衝撃と言ったところのようですが……〉


〈そっか。ヒイロはああいう爆発系の力を使わなかったけど、実は【因子演算式アルカマギカ】って、物騒な力があるんだね。〉


〈そうですね。これまでのわたしには、『重火器』の使用に制限がありましたから、お見せする機会はなかったところですが……【因子アルカ】を自在に操作できるなら、その気になれば世界を焼き尽くすことも可能なのです〉


 かつてわたしが世界を滅ぼした時のように、核融合と核分裂の無限連鎖を【因子アルカ】の操作で実現するだけで、容易に『世界の破局カタストロフィ』は現実のものとなるのです。


 だからこそ、かつてのわたしは自身に『無意識』のうちに、火力制限を設けていたのですが……それももう、今のわたしには存在しない『かせ』でした。


「とはいえ……ここでいつまでも立ち止まっているわけにはいかないかな」


 マスターはそう言うと、前ではなく、横に身体をずらすように移動しました。いえ、正確には、わたしに道を譲るように身体をどかした、と言うべきかもしれません。


「マスター?」


「僕が無理やり、『魔法』か何かでここを突破することもできなくはないかもしれないけど、まだはっきりと敵対しているかもわからない相手に、最初から喧嘩腰ってわけにはいかないじゃん?」


「え、えっと……それはどういうことでしょう?」


 マスターのおっしゃりたいことが理解できず、わたしはつい、首をかしげてしまいました。


「あはは。なんだか、そういう仕草をヒイロがするのって、新鮮でかわいいね」


「な! か、からかわないでください! それより、今のお言葉はどういう意味なのですか?」


「うん。ここはヒイロにお願いしようかなって思ってね。この『地雷の海』みたいな場所をヒイロの力で何とかしてほしいんだ」


「……え?」


 マスターの言葉に、わたしはなぜか、唖然として固まってしまいました。いえ、彼の言葉にはおかしなところは一つもないのですが……ただ、このとき、わたしは気づいたのです。


『何とかしてほしい』──マスターがわたしに対し、ここまで抽象的な、というよりも委細を丸投げにするような指示をしたのは、こうした大事な場面では初めてのことではないでしょうか。


「あ……ふふ! うふふふ!」


 もちろん、これまでも彼はわたしを十分に信頼してくれてはいましたが、この『何とかしてほしい』という言葉は、わたしの【ナビゲーター】としての存在意義をもっとも明確に示してくれるものだったのです。


 後にして思えば、この時のわたしの『心』には羽が生え、天高く舞い上がってしまっていたのかもしれません。


「あれ? えっと……ヒイロ? どうしたの?」


「はい、マスター! 了解いたしました! 万事わたしにお任せください! 貴方のヒイロはどこまでも! どこへなりとも! 貴方を導いて差し上げます!」


 ああ、うれしい。そうです。そうなのです。たとえわたしが誰かの娘であったとしても、心ある人間の少女であったとしても、それでもわたしの根幹のひとつは、やはり【ナビゲーター】なのです。


 マスターのために。

 愛する人のために。

 わたしは全身全霊を込めて、世界に働きかける【式】を展開します。


「うわ……ヒイロにやばいスイッチが入っちゃったみたいだ。メルティ! 危ないからこっちおいで!」


「う、うん。わかった! ヒイロ、大丈夫? 目が怖いよ!?」


 なぜか二人が怯えたような声で会話を交わしているのが聞こえますが、今はそれどころではありません。目の前に広がる【因子アルカ】によるトラップの群れ。けれど、わたしの目から見れば、所詮は精密な計算などあったものではない、雑で幼稚な紛い物の【式】でしかありません。


「さあさあ! それではこのわたしが! 『本物』を見せて差し上げましょう!」


 複雑かつ大規模な【式】の展開に伴って、わたしの周囲には渦を巻くように風が吹き上がっています。その風に乗り、逆立つように波打つ真紅の髪とわたしが広げた両手の先に具現化した【真紅の円錐】。それらが呼応するように輝いた瞬間、この世界でわたしが初めて発動することになる『超攻撃型』の【因子演算式アルカマギカ】は展開されました。


「《ヴォルカノン・ブレイズ》を展開!」


 鋭く叫ぶわたしの声に合わせ、周囲の地面から一斉に噴き出したのは、超高温・超高圧のマグマでした。当然のことながら、制御には絶対の自信があります。飛沫はおろか、その熱の一部ですら、マスターやメルティのいる場所に届かせることはなく、わたしは吹き上がったマグマの柱の流れを完全にコントロールしていました。


「うああああ! ちょ、ちょっと、ヒイロさん? いくらなんでもこれはその……」


 マスターの驚愕の声に耳を貸すこともなく、わたしは無我夢中で……いえ、『有頂天』

の気分のままに、自らが支配した極熱のマグマの激流を解き放ちます。


「きゃあああ! 燃える! 燃える! みんな燃えちゃうってばあああ!」


 メルティがらしくもない悲鳴を上げていますが、それもまた、わたしの意識の外にあるものでした。


 今のわたしには、マスターの行く手をふさぐ『トラップ』の群れを排除すること──それだけがすべてなのです。


 マグマの激流は緑鮮やかな草原へと猛火を巻き起こしながら広がっていき、時折、水分が激しく蒸発するような音を立てています。

 途中、草原内のトラップが作動して爆発らしき反応が見られることもありましたが、圧倒的な質量を持って押し寄せるマグマは、そのほとんどを抑え込み、そのまま押し固めていきます。


「ふふふふ! どうです? これが『本物』の力です! あの程度の【因子アルカ】の制御でわたしとマスターの行く手を邪魔しようだなんて、片腹痛いというものです!」


 わたしは後から考えれば自分でも理解できないテンションで、ひたすら高笑いを続けていました。


 ──《ヴォルカノン・ブレイズ》の展開完了からわずかに数十秒後。

 美しかった草原は、どす黒く焼けた溶岩の地層に完全に覆いつくされ、見るも無残な焼け野原と化してしまっていたのでした。


「ああ……喧嘩腰はダメだって言ったのに」


 呆然とつぶやくマスターですが、この時のわたしは『一仕事』やり遂げた達成感のためか、そんな声も耳に届くことはありませんでした。

次回「第167話 進化の証」

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