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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第9章 愚者の聖地と七人の御使い
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第163話 彼の幸せ

 夜が明けて、わたしたちは今後の方針をあらためて話し合うことになりました。

『アルカディア大法学院』で『知識の欠片』と接触し、世界の謎に迫ることに成功した以上、次なる目的地は、残る最後の一つの『賢者の石』が安置された、神聖王国アカシャの『大聖堂』ということになるはずです。


 問題は、敵の本拠地ともいうべき場所にどうやって乗り込むかということでした。大法学院の時のように、何らかの大義名分を手に入れられればよいのですが、今回に関しては、唯一『教会』とつながりにあるベアトリーチェでさえ、過去の戦いで枢機卿と明確に敵対してしまっているのです。


「まあ、それは仕方がないじゃろう。ただ、逆に言えば今回は、わらわにとって勝手知ったる『大聖堂』じゃ。力づくで突破するにも内部構造がわかるとわからぬとでは大違いじゃろう?」


「それはそうだね。『大法学院』じゃ、不思議な浮き島があったり、ヒイロの重力制御が制限されたりで、どうにも勝手が違ったけれど、最初からわかっていたら対処のしようもあったわけだし」


 ベアトリーチェの言葉に、同意するように頷きを返すマスター。

 森の中でたき火を囲み、朝食を済ませつつ、わたしたちは二人の会話に耳を傾けていました。


「とはいえ、ここは『フェアリィの森』だったか? ドラグーン王国から北方……ということは『大聖堂』まではかなりの距離がありそうじゃな」


「でも、エレンのスキルで植物の視界を借りて、僕の《訪問の笛》を使えば、距離は関係ないよ」


「……ふむ。ある程度の距離まで近づくにはそれもよいかもしれんが……近づきすぎるのは危険じゃな。少なくとも枢機卿や天騎士たち──七人の『御使い』クラスの使徒どもには、わらわと同じ『世界を観測する者アカシック・ゲイザー』が備わっておる。下手に奴らを『観測』してしまえば、逆に奴らからも『観測』され返される。そうなれば、何らかのスキルの餌食になりかねん」


「だったらさ、そろそろアレ、試してみるのもいいんじゃないかな? うまくすれば連中も全滅できるかもだし」


「アレ? ああ、ヨミ枢機卿にしかけた『全てを知る裸の王様アビス・ゲイザー』のことか。しかしな……うーん……」


 ベアトリーチェはここで、悩ましげに腕を組んで考え込み始めました。


「……いったい、どういうことですの?」


 ふと袖を引っ張られる感覚に、そちらへ目を向ければ、なぜか顔をこちらに寄せて声を低めるエレンシア嬢の姿があります。


「どういうこと、とは?」


「い、いえ、あの二人、あんなに息の合った会話をしてますけど……いつの間に仲良くなったのかと……」


 なんとなく不安げな顔でわたしに目を向ける彼女は、どうやらわたしが『樹木の壁』の中に『分身』を生成していたことに気付いているようです。


「まさか、妬いているんですか、エレン?」


 つい、おかしくなってそんな冗談を口にしたわたしですが、エレンシア嬢の顔は不安げなままで、動揺した様子もありません。


「そうではありませんわ。その……いつの間にというのはわかります。わたくしが『樹木の牢獄』にお二人を閉じ込めた時なのでしょうけど……」


「では、何を心配しているんですか?」


「あ、あの時は怒りに任せてしまいましたけど……よく考えてみれば、若い男女を狭いところに二人きりで閉じ込めてしまうというのは、その……」


 なるほど。ようやくわたしは理解しました。どうやら彼女は、その間にいわゆる『破廉恥なこと』が起きてしまっていなかったかを心配しているのです。いえ、正確には『自分のせい』で、そういう事態が起こってしまったのではないかと危惧しているようでした。


 さすがに若い男女を二人きりで一晩一緒にしておくわけにもいかないということもあり、昨日のうちにマスターとベアトリーチェの二人は解放されてはいたのですが、それでも短くない時間、二人は同じ密室内に閉じ込められていたのです。


「でも、エレンのスキルなら、壁の中の様子も確かめられたはずでしょうに」


「それではベアトリーチェさんのスキルで、こちらを見られてしまうでしょう。あの時のわたくしは、それも避けたかったのです。でも……」


 そういいながら、上目遣いでわたしに確かめるような視線を向けてくるエレンシア嬢。何とも言えない可愛らしさですが、わたしとしては、『ヒイロを守る会』の発起人としてわたしをからかった彼女に対し、少しばかりのいたずら心を発揮せざるを得ないところです。


「心配は無用ですよ。わたしはしっかり見ていました」


「そ、そうですの。ああ、よかった……」


 安心するのはまだ早いです。


「お二人は、清く正しくしっかりと、口づけを交わしていただけですから」


「く、くちづ……も、もが!?」


 大声をあげそうになる彼女の口を手で押さえ、わたしはその耳元にささやきます。


「ちなみに、エレンの『朝の口づけ』は、まだでしたか? マスターにとっては都合のよいことに、数々の特殊融合スキルの生成の中でもなお、『白馬の王子の口映しリバース・アップル』の効能にだけは変化が起きていないようですし」


「な、なな……!?」


 耳まで顔を赤くして、涙目で私を見上げてくるエレンシア嬢。わたしは優越感をこめた眼差しで彼女を見つめ返します。


「……うう、ヒイロ。貴女、本当に成長しましたのね……」


 お嬢様は、敗北を認めたようにがっくりと肩を落としたのでした。


 それはさておき、先ほどから考え込んだまま黙り込んでいたベアトリーチェですが、ここでようやく踏ん切りがついたように口を開きました。


「その、ヨミ枢機卿じゃがな」


「うん」


「どうやら、わらわたちが解放してやった、その日のうちに死んでおる」


「ええ?」


 思わぬ言葉に目を丸くするマスター。するとここで、聞き捨てならないとばかりに、アンジェリカが口をはさみました。


「ちょっと待て。なんでそんなことがわかる? いや、もしわかっていたというなら、なぜ今まで黙っていたのだ?」


「……前者の問いに答えるのは、簡単じゃ。わらわには『世界を観測する者アカシック・ゲイザー』がある。観測はともかく、一度認識した者の『魔力』の有無程度であれば、向こうがこちらを見ておらずとも可能じゃ」


「その『魔力』の有無で死亡が確認できたと?」


「『魔力』が消滅したからと言って死んだとは限らぬが、腐っても『アカシャの使徒』じゃ。たとえどれだけ衰弱しようと、生きている限りわずかなりとも感じ取れねばおかしい」


「……だったら、どうしてそれを早く言わなかった?」


 アンジェリカの口調は、問い詰めるような厳しいものではありますが、そこにベアトリーチェを非難する響きは感じられませんでした。


「あやつの生死はキョウヤのスキルの成否にかかわる以上、大事だと言いたいのじゃろうが、早く知ったところで意味はあるまい。その日のうちに死んだとはいえ、『教会』の誰にも奴が話をしなかったとは限らぬしな。必要になったら話そうと思っておっただけじゃ」


「苦しい言い訳はよせ。わたしはお前を疑っているのではない。何か理由があるのなら、それを話してほしいと言っている」


「……むう。まったく、キョウヤといい、アンジェリカといい……ようやくまともに『目』が見えるようになったわらわには、お前たちは刺激が強すぎるな」


 アンジェリカからまっすぐな視線を向けられて、ベアトリーチェは小さくため息をつきました。どんな存在に対しても、自身を偽ることなく正面から向き合おうとする彼女を前にしては、さすがのベアトリーチェも観念せざるを得なかったようです。


「正直、恥ずかしくて口にもしたくないことなのじゃが、仕方があるまい。……話せば、わらわはお前たちと別れることになるかもしれない……そう思ったからじゃ」


「え? どういうこと?」


 それまで二人のやりとりを楽しそうに見守っていたマスターですが、ベアトリーチェの思わぬ言葉に思わず口をはさんでしまったようでした。


「……忘れたか? 先ほども言ったじゃろう。枢機卿や天騎士たちには、わらわと同じ『世界を観測する者アカシック・ゲイザー』が備わっておると。そうでなくとも、『女神』の使徒には『世界を読み解く者アカシック・リーダー』という類似した能力がある。それらの能力は、『魔力』を認識された者の生死やその大まかな居場所が追跡できる。その意味が分からぬはずもなかろう」


「え? いや、まったくわからん」


「当然じゃな……って、え? わからんのか?」


 即答で首をかしげるアンジェリカに、がっくりと肩を落とす聖女様。

とはいえ、今のベアトリーチェの話は、あまりにも遠回しに過ぎます。この中では聡明なリズさんだけが、わたしと同様の理解に達していたようですが、ここは補足してあげる必要があるでしょう。


「つまり、こういうことですね?……あの時、我々と接触したヨミ枢機卿が死んだのであれば……わたしたちの居場所を追跡する方法はただひとつ、彼らと接触したことのある貴女の『魔力』を探知するほかはない……と」


「ああ、そうじゃ。最初からわかっていたことじゃが、どうしても言い出せなかった。もちろん、お前たちも薄々はその可能性があることをわかっていたのじゃろうが、だからこそ、わらわの口からは言い出しにくかったのじゃ」


「……どうして?」


 ここで再びマスターが、下を向く彼女の顔を覗き込むようにして問いかけました。


「……それを言わせるのか?」


「うん。言わせたいな。僕は……君の心が知りたい」


「……はあ。まったく、途端に図々しくなりおって。どうしてだと? そんなもの、決まっておろうが。お前たちと一緒にいたかったからじゃ。気兼ねなく、当然のように、輪の中にいたかったからじゃ。たとえそれが仮初のものであっても、わらわは……そんな『幸せ』の中に居続けたい。そう思ってしまった……」


 聖女の『告解』の言葉は、静まり返った森の中に染み渡るように消えていきます。


『いまさらその程度のことで、貴女を追い出すはずがない』と、そんな言葉をかけることは簡単です。しかし、彼女が言いたいのは、そういうことではないのです。

 彼女自身の存在が敵への情報漏洩につながるという事実の前には、どんな言葉も意味をなしません。どう取り繕ったところで、『気兼ねなく、そして、当然のように』というわけにはいかなくなる。それは絶対の事実なのです。

 

 しかし、マスターは……


「うわあ、僕、感激のあまり、思わず絶句しちゃったよ」


 場違いともいえるほど嬉しそうな声で、そんな言葉を口にしました。


「か、感激? 何を言うておる? キョウヤ、お前、頭でも打ったのではないか?」


「いやいや、『何を言っている』は、ベアトリーチェさんの方だよ。君、自分が今言った言葉の意味を理解していないのかい?」


「え? 言葉の意味? それってどういう……」


「ふっふっふ。わからないか。わからないなら僕が解説してあげよう!」


 なぜかドヤ顔で胸を張り、その場で立ち上がるマスター。どうやら、森への『落下中』にベアトリーチェからされた『解説』の意趣返しをするつもりのようでした。


 ……相変わらず、彼には、どこか粘着質で執念深いところがありますね。


「なになに? 何が始まるの?」


 マスターのそんな芝居がかった仕草に触発されたのか。それまで珍しく神妙に話を聞いていたメルティがわくわくした顔で目を輝かせています。


「……はあ。なんとなく、予想はつきますけれど、お手柔らかにしてあげてくださいね?」


 リズさんはリズさんで、あきれたように言いながらも、にこやかにマスターの始めることを見守るつもりのようです。


 わたしの言葉に撃沈したままのエレンシア嬢はさておき、アンジェリカもまた、あっけにとられて立ち上がったマスターを見上げていました。


「いいかい、ベアトリーチェさん。君は今、こう言ったんだ。『わたし、あなたと一緒にいられるだけで幸せなの』! とね!」


「そこまでは言っておらんじゃろうがあああ!」


 唐突ともいえるマスターの言葉に、絶句する暇もなく素早い反応を見せるあたり、さすがは聖女さまです。とはいえ、その顔は耳まで真っ赤に染まっており、勢い良く立ち上がったせいで立ちくらみでも起こしたのか、ふらふらと体を揺らしています。


「大丈夫? ベアトリーチェお姉ちゃん」


 とっさに彼女の体を支えてくれたのは、メルティでした。


「う、うむ、メルティちゃん。ありがとう。……キョウヤよ。ふざけて場を和ませてくれようとする心遣いはありがたいが、ことは重大じゃぞ? 実際、こうしている間にも、いつ『女神の使徒』どもが襲来してくるかわからんのじゃ」


「ふざけてなんかいないよ。だって、それってすごく大事なことじゃないか。『誰かと一緒に居られて幸せ』。それこそ当然のように、誰もが享受すべき幸せだ」


「……キョウヤ」


「敵が襲ってくる? だったら、そんな奴ら、粉々になるまで叩き潰してやればいい。『僕らの幸せ』を邪魔する連中なんか……僕はただの一人として、生かしておいてやるつもりはない」


 ニタリと、いつもの狂気に満ちた笑みを浮かべ、そう断言するマスター。けれどその直後には、実に幸せそうな表情を浮かべ、いまにも踊りだしそうに身体をくねらせ始めました。


「え? え? どうしたんだ、キョウヤの奴? 大丈夫か?」


 アンジェリカが瞬きを繰り返し、他の皆がポカンと口を開けたまま、呆然と見守る中、マスターは感極まったかのように声をあげます。


「ああ、本当に! 僕は幸せだなあ。僕と一緒にいることを、『幸せ』だと感じてくれる誰かがいるなんて、この世界に来るまで、僕は思いもしなかった! ああ、ありがとう、ヒイロ! 全部、全部君のおかげだよ! あの世界で君と出会えて、この世界で皆と出会えて、僕は最高に幸せだ」


「マ、マスター……。それは、わたしの台詞です。あの時、貴方がわたしのマスターになってくださって……」


 彼の言葉に感極まり、言葉に詰まりながらも感謝の言葉を返そうとしたわたしですが、最後までそれを続けることはできませんでした。


 なぜなら……


「それも、みんな揃って、すごい美少女ばかりだしね! こんな極上の女の子たちに囲まれて、幸せじゃないなんて言ったら、罰が当たるよね?」


 ……あとから冷静に考えれば、これは珍しくもマスターが感極まった自身の台詞を照れ隠しするために言ったものだったのでしょう。


「お、お前というやつは……!」


「あ、貴方って人は……!」


 ですが、この場の全員が彼の言葉に感動したであろう今この時は、いくら何でもタイミングが悪いというものです。


「空気を読まないにもほどがある(だろう)でしょう!」


 女性陣から一斉に上がる罵倒の言葉。


 しかし、それもまた……わたしたちの『照れ隠し』でしかなかったのでした。


 ご、極上の女の子……だなんて……ああ、頬が熱いです。

次回「第164話 彼らはソレを許さない」

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