表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第8章 思うが故に世界を毒す
152/195

第144話 霊光船団

 聖女様の期待(?)どおりと言うべきか、『大法学院』側は都市のど真ん中にドラゴンを出現させたわたしたちのことを、排除すべき脅威と認識したようです。


 大小さまざまな島が浮かぶ空中都市。その中にあって、ひときわ異彩を放つ巨大な竜を取り囲むのは、さらに異形というべき集団でした。


「ふん。ぞろぞろと数ばかり揃えおって。耳障りな羽音を立てる小虫どもめ。わらわの『竜神』によほど恐れをなしたと見える」


 耳障りな羽音。それは、悠然と空を羽ばたく竜の翼から発せられるものではなく、見渡す限りの周囲を埋め尽くす、翼の生えたヒトガタからのものでした。

 目も鼻も口もない、のっぺりとした白い肌の人形。その手に様々な武器を持ち、昆虫のような羽根を背中で激しく振動させて、宙に浮いています。


 ざっと観測した限り、その総数は確実に一万を超えているようです。


「人間ではないようですが……って、危ないですわ!」


「『エアリアル・バリア』を展開!」


 風を切って飛来した無数の矢が、エレンシア嬢が周囲に広げた髪の茨に阻まれ、わたしの展開した【因子演算式アルカマギカ】による風の障壁に吹き散らされていきました。


「おお! 髪が茨になった? すごいな。君も『王魔』なのかい?」


 驚きよりも興味津々と言った顔でエレンシア嬢に話しかけるミズキ女史。


「い、今はそんな場合ではありませんわ。あの連中を何とかしませんと……」


 苦しい話題転換ですが、事態が事態だけにミズキ女史もここで食い下がるようなことはありませんでした。

 

 かわりに反応を示したのは、リズさんが小さく呟いた次の台詞に対してです。


「……まるで、人形の軍隊ですね」


「ん? ははは! いやあ、やっぱり、リズ大法術士は鋭いね!」


 この状況でもなお、彼女は余裕の表情を崩していません。さらに彼女は、空を覆い尽くす白い『人形』の群れを指差し、こう続けました。


「あれは、この『大法学院』の守備の要とも言うべき法術器──否、法術兵装『人形兵団』だよ。まさに、玩具の軍隊という言葉がぴったりだね」


「おもちゃなの? ほんとに? メルティが『遊んで』も……いいのかな?」 


「え? あ、遊ぶ? ど、どうだろう……あはは。わたしに聞かれてもね」


 控えめな声ながらも目を輝かせて食いついてくるメルティに、ミズキ女史も圧倒されたのか、それまでとは打って変わってしどろもどろに狼狽えています。


 しかし、ここでベアトリーチェが低く唸るような声を上げました。


「くふふふ……。悪いがメルティちゃん。奴らはすべて、わらわの『竜神』の獲物じゃよ。そこで大人しく、待っておるとよい。特に……『眼』だけは使わないようにな」


 念を押すようにそう言うと、すでに船の外、竜の背の上に降り立ったベアトリーチェは、降り注ぐ矢の雨も構わず、竜の背を前方──すなわち頭に向かって歩いていきました。


「ちょ、ちょっと! 危ないわよ! ベアトリーチェ!」


 アンジェリカが降り注ぐ矢を『魔剣イグニスブレード』で焼き払いながら彼女を追いかけますが、ベアトリーチェは心配するなとばかりに肩をすくめます。


「心配してくれるのは嬉しいがの。ほれ、わらわの珠のような肌には、傷一つ付いてはおらんじゃろう?」


 そう言って、笑う彼女に直撃した矢は、確かに彼女の皮膚を傷一つ付けることができずに弾かれています。


○ベアトリーチェの特殊スキル(個人の性質に依存)

神聖なる純白の雪花イージス・ブレイク』 

 常時発動。皮膚の上に『肌を直接傷つける物』だけを弾く膜を生成する。その膜を超えて肌に触れた異性は、接触時間に応じた量の肉体が石化する。石化の効果時間は丸一日。


「ああ、そういうこと。でも、だからって矢面に立たなくてもいいんじゃない?」


「まあ、見ておけ。御先祖様の勇姿かもしれないものが拝める、良いチャンスじゃぞ?」


 そう言うとベアトリーチェは、高々と右手を掲げました。


「さあ、『竜神』よ。きゃつらを焼き尽くすがよい!」


 大きく開かれる竜の顎。そこに集束する赤い光。そして、放たれたのは真っ赤に燃え盛る灼熱の火焔でした。極太の帯を宙に描いたそのドラゴンブレスは、敵の一団をあっさりと呑み込み、焼き尽くしていきます。


 さすがに魔法の人形だけあってか、あれだけの劫火の中にあってもなお、原形をとどめてはいるようです。しかし、昆虫のような羽根を焼き尽くされ、バランスを崩した彼らは、声ひとつあげず、糸の切れたマリオネットのように墜落していきました。


 今の一撃だけで、優に数百体は戦闘不能にできたかもしれません。


「すごいね。これは僕の出番はなさそうかな? ベアトリーチェさんも、こんなにすごい『竜』まで生み出せるなら、どうして今までやらなかったんだろう?」


 感心したようなマスターの声に、ベアトリーチェは振り向くと小さく首を振りました。


「当然、この『竜神』にも弱点はある。それがわらわの能力『侵食する禁断の領域パンドラ・ヴァイラス』なのじゃからな」


「弱点? なんだい?」


「『愚かなる隻眼』じゃよ。この『竜神』は強力な分、その『弱点』には極端に弱い。わずかでも『愚者』の魔法に触れれば、消滅してしまうじゃろう。そうなれば、今度こそ落下は避けられまい」


 事もなげに衝撃の告白をする聖女様。


「ええ!? ……あ、メ、メルティ。わたしと船の中でお話でもしながら待ってましょうね?」


 さすがはリズさん、対応がすばやいです。彼女はすぐさま、物欲しそうに『人形兵団』を見上げるメルティを抱きかかえるようにすると、『船』の中へと入っていきました。


「ははは。ベアトリーチェさん。そういうことは先に言っておいてもらわないと、心臓に悪いよ」


 二人の後ろ姿を微笑ましげに見送りながら、マスターは呑気な口調でそんな言葉を口にします。


「仕方が無かろう。さっきは怒りで我を忘れておったからな」


 つくづく危険な聖女様です。


 とはいえ、その間も『竜神』の放つドラゴンブレスは、無数の人形を焼き払いながら、『大法学院』の空を真紅に染め上げていました。

 とはいえ、敵は1万を超える『軍隊』です。幸いにも敵の攻撃は弓矢などの通常兵器に限られており、こちらの危険は少ないようですが、殲滅にはそれなりに時間がかかるでしょう。


「むしろ、付近の浮き島に住む一般市民に被害が出ないかの方が心配ですね」


 わたしは、周囲に弓矢除けの障壁を展開したまま、戦況の分析を続けていましたが、焼けた人形が浮き島に墜落していく姿に、ついそんな言葉を漏らしてしまいました。


「ヒイロは優しいね。自分が『向き合った』こともない人たちを心配するなんて、僕にはなかなかできないな」


「いえ……そんなんじゃ、ありませんから……」


 自分が焼き尽くした世界の人々のことを、わたしはこれまで『忘れて』きたのです。こんなことを思うこと自体、おこがましいと言うべきなのかもしれません。


「お話し中のところ悪いけど、状況はあまり良いとは言えないかもしれないぞ?」


 気持ちが沈みかけたところで、ミズキ女史からそんな声がかかりました。メルティが船内に戻ったことで調子を取り戻したのか、彼女の顔には先ほどまでと同様、余裕の笑みが浮かんでいます。


 しかし、話の内容は余裕とは程遠いものでした。


「ほら、あれを見たまえ。我らが『大法学院』が誇る最高戦力──『霊光船団』が早くもお目見えだよ。いやあ、流石の威容だねえ」


 動力を失った浮遊船の外、『竜神』の背の上に立ち、前方を見晴かす彼女の視線の先にあるモノ──それは、三隻の巨大な船です。いえ、あそこまでの大きさとなれば、『艦船』と呼んだ方が良いでしょう。


「船団? 三隻しかないのに?」


 その声は、わたしたちの頭上から降ってきました。見上げれば、いつの間にか浮遊船の屋根の上に仁王立ちしたアンジェリカの姿があります。


「すっかり臨戦態勢だねえ、アンジェリカちゃん」


「キョウヤが呑気すぎるのよ。あの船、馬鹿みたいな『魔力』を感じるわ」


 アンジェリカは昼にもかかわらず、背中に翼を広げ、頭上に『クイーン・インフェルノ』の光球を浮かべていました。

 翌日の行動不能を代償に、自身の状態を『思い込み』により変化させるスキル『悪魔は嘘をつかないトリック・オア・トゥルース』の発動。それは逆に言えば、そんなものを使わなければならないと思うほどに、アンジェリカはあの船を脅威に感じているということを意味します。


「よくわからないけど、あのでっかい船の何がそんなに危険なのかな?」


「ははは。確かに君は呑気すぎるな。ほら、今なら見ればわかるだろうさ」


 なおも余裕に満ちた声のまま、ミズキ女史は船を指差します。見れば、ベアトリーチェの操る『竜神』が放つブレスが、三隻の船をまとめて飲み込んでいるところでした。


「……嘘。あれだけの炎を浴びて、無傷……ですの?」


 焼け焦げた空気の中から蜃気楼に揺らめきつつ、姿を現す『霊光船団』。その姿にエレンシア嬢が震える声を上げました。


「三隻でも立派な船団さ。この『大法学院』に蓄えられた無尽蔵の『法力』を用い、最強の矛と最強の盾、そして……最高の叡智を備え持つのがあの三隻だ。あらゆる攻撃を無効化し、あらゆる標的を打ち滅ぼし、あらゆる事象を先読みする。この世界を征服することすら、不可能ではない究極の兵器だね」


 この状況にありながら、まるで我がことのように誇らしげに語るミズキ女史の胆力は大したものですが、問題はその最強の矛の先が、こちらに向けられていることでした。


「おのれ! 『愚かなる隻眼』もなしに、『竜神』のブレスを無効化するじゃと? なんという無茶苦茶な兵器じゃ」


 悔しげに声を荒げ、歯噛みするベアトリーチェ。

 しかし、事態は切迫していました。

 三列に並ぶ船のうち、中央に位置する船の先端に『砲身』が長く突き出されてきたからです。


「ああ、ちなみに、あの『極光霊砲』の威力は、小さな山なら一撃で吹き飛ばすぐらいのものはあるぞ。わたしとしては、防ぐよりは回避をお勧めするが……間に合うかな?」


 ミズキ女史からのアドバイスに、わたしは『竜神』を操るベアトリーチェへ目を向けました。しかし、わたしが彼女に声をかけるより早く、動いた人物がいます。


「ベアトリーチェ! わたしが前に飛び出したら……わたしに向かってドラゴンブレスを撃ちなさい!」


「な、なんじゃと?」


 返事も聞かずに飛び出して行くアンジェリカ。さすがのベアトリーチェも、そんな無茶な要求をすぐに実行に移すことはできなかったようですが、あろうことかアンジェリカは自分から『竜神』の放つドラゴンブレスに飛び込んでいきました。


「お、おい!」


「平気よ! あの船の障壁壊すのに、ちょっと『力』を借りるだけだから!」


 炎の中からは、まったくの無傷……というよりさらに力を増したように巨大な翼を広げ、空を翔けていくアンジェリカの姿が現れていました。翼だけではなく、身体全体が一回り大きくなったようにも見えます。


「ドラゴンブレスの熱を自分の力に変えた、というわけですか」


 彼女のスキル『傲慢なる高嶺の花クール・ビューティー』は、単なる熱耐性スキルではありません。そのエネルギーを吸収し、自身の『養分』に変えるというものです。


「なるほどね。『養分』ってどういう意味かと思ってたけど……、あんなふうに身体を成長させるのに使えるってわけか」


「とはいえ、わたしが分析した限りでは、あの成長は一時的なもののようですけれど……」


「そうなの? もったいないなあ。胸も大きくなってるみたいだし」


「キョウヤ様?」


 マスターの隣で、彼に氷点下の視線を向けたのは、エレンシア嬢です。


「い、いや、違うよ? そうじゃなくて……アンジェリカちゃんも自分の胸のことを気にしていたみたいだったから……」


「……本当ですの?」


 マスターの苦しい言い訳に、針のように目を細めるエレンシア嬢ですが、今はそんな話をしている場合ではありません。


「随分勇ましいじゃないか。いくら『ニルヴァーナ』の王女様とは言え、年端もいかない少女が『たった一人』で、あんな巨大な敵に向かっていくんだからね」


 感心したように語るミズキ女史の言葉にも、若干の皮肉が混じっているようです。しかし、マスターはまったく気にした様子もなく、アンジェリカの後ろ姿を見つめています。


「頼りなさそうに見えるかい? でも、彼女は今、それこそ『本物のドラゴン』になろうとしているんだよ。心配なんて全然いらないさ」

次回「第145話 本物の竜神」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ