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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第7章 響く聖歌と心の在処
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第140話 変わり者の科学者

「すごい! 素晴らしい! これはもう、新機軸と呼ぶべき代物だよ! ああ、知りたい、知りたい、知りたい! 一体どんな方法で、こんな画期的な『法術器』を作ったんだ?」


 わたしたちが要件を告げ、《メイドさんのご奉仕》を見せるなり、ミズキ女史は目を輝かせながら興奮した声を上げています。


「あ、あの、ですからそれを……『大法学院』への入校申請として使わせていただきたいんです」


「なんだ、そんなことか! だったらもう十分だよ。合格だ。《転移の門》の目的地をあの都市の座標に合わせる作業指示なら、さっき『通信器』で済ませたところだ。それより早く、教えてくれないか?」


 眼鏡の奥に見える黒瞳は、まるで子供のように無邪気な好奇心できらめいているようです。


「あはは。すごい食いつきようだね。ろくに説明も聞かないうちに、そんな手配までしちゃって、大丈夫なのかな?」


「なあに、大したことじゃない。世間じゃ『知識の聖地』だなんて形で随分と尾ひれがついているけれど、『大法学院』の入校制限も要するに、もったいぶって金持ちから高い金を巻き上げたいだけなんだからね。わたしだってかつてはあそこにいたが、セクハラ上司に蹴りを入れたら、こんな辺境に飛ばされてしまったってぐらいに、俗物的な場所だよ」


 マスターが笑いながら尋ねると、ミズキ女史は鼻を鳴らして断言しました。随分と砕けた言葉遣いですが、マスターの方をまともに見ようともしないあたり、社交性には問題がありそうです。


「……まあ、科学者なんて、みんな似たり寄ったりなのかもしれませんね」


 わたしは遠い記憶の『誰か』を思い返しながら、そんな言葉をつぶやいていました。


「それより、早く教えてくれないか? 一応、君たちの『申請』を上層部に報告するのはわたしの役目になる。これをきっかけに『大法学院』に戻るのも悪くはないなあ……ふひひひひ。あそこにはわたしに読まれることを待っている書物がまだまだ無数に所蔵されているんだから……」


 涎でも垂らしそうな顔で、ぶつぶつと言葉を続ける彼女に圧倒されながらも、わたしとリズさんは二人で《メイドさんのご奉仕》の仕組みについて説明を始めました。


「ふむふむ。なるほど! 『術式』の刻み方に工夫があるんだな。使用者となる『法術士』個人に配慮し、『可能性』そのものを刻み込む術式構成……か。個人に特化することで、用途の汎用性を高めるとは逆転の発想だね。でもまあ、四六時中、その相手のことばかり考え続けていない限り、ここまでのものはできないんじゃないかな? とはいえ、試行錯誤さえすれば、再現も不可能ではないか。うん。十分に『申請』の条件は満たしている。……というか、早速作成実験を始めたいくらいなんだが……駄目かな?」


 すでに長話にイライラした顔を見せているアンジェリカに目を向け、問いかけの言葉を口にするミズキ女史。わたしたちの素性は説明したうえでのことであり、この『法学院』もドラグーン王国に所在している以上、アンジェリカのことが分からないはずはないのですが、一国の王女を相手にしながら彼女の態度は実に平然としたものでした


「駄目に決まってるだろうが! そんなものは後にしてくれ! わたしたちはさっさと目的地に向かいたいんだ」


「やれやれ、身分の高い人はせっかちでいけないね。わかったよ。じゃあ、早速行こうか?」


 そう言うと彼女は椅子を立ち、手近にあった手荷物をかき集めるようにすると、部屋の出口へと歩き始めます。


「え? もう……ですの? 書類の手続きですとかは必要ないのかしら?」


 唖然とした顔で彼女の背中を見送るエレンシア嬢。その隣では、ベアトリーチェが呆れたように首を振っています。


「何が『身分の高い人はせっかちで困る』なのじゃ。さっさと用事を済ませて実験を開始したいという考えが見え見えじゃわ」


「ほら、君たち! 何をしている。急ぐんだろう?」


「…………」


 わたしたちは互いに顔を見合わせ、やれやれと首を振ってその後に続いたのでした。




 《転移の門》の周囲には数人の『法術士』たちが集まっていました。


「準備はできた?」


「は、はい……。調整は完了しました」


「そう。ご苦労様」


 ひらひらと部下に手を振りつつ、わたしたちを《転移の門》の所定の位置にまで誘導するミズキ女史。目の前に立つ扉は、壁面ではなく、部屋の中央に設置されたものであり、開いたところで、向こう側には同じ室内の景色が広がっているはずです。


 そう……これがただの『扉』ならば。


 しかし、彼女が扉に手をかけ、開いたその先には、この部屋とは比べ物にならない程に広い空間が存在していました。


「さあ、ここが『法術士』たちの楽園にして、知識の聖地──アルカディア大法学院だ。ここには世界中のあらゆる知識が集約されている。ここでで手に入らない知識など存在しない。君たちは幸運だよ。『究極の叡智』の鎮座するこの都市で、その恩恵にあずかれる人間はわずかなのだからね」


 何もない部屋。飾り気のない壁と天井に囲まれたその部屋には、わたしたちが潜り抜けてきた扉以外には、一切の家具が置かれていません。首の後ろで縛った黒髪を動物の尾のように揺らしながら、部屋の中へと歩み出していくミズキ女史。彼女は部屋の中央まで進んだところで立ち止まると、大げさな身振りと共に振り向きました。


「……と、まあ、案内役の『法術士』は、前口上を述べるのが通例となっているわけだ」


「何だそれは……馬鹿にされているとしか思えないぞ」


 アンジェリカが顔を引きつらせながら言えば、彼女は右手を口元に当ててクックッと笑います。


「大金を積んで、はたまた長年の研究の成果が認められて、ようやくここにたどり着いた連中なら、感激して涙を流す場面なのだけれどね」


「……や、やっぱり、そんなに簡単なことじゃないんですね」


「そりゃあ、そうだよ。大法術士リザベルさん」


「え? ええ!?」


 目を丸くして驚くリズさん。しかし、ミズキ女史は悪戯が成功した子供のような顔で肩をすくめて見せました。


「何を驚くことがあるのかな? この都市に入ることができる『資格』を有する法術士。それを指して呼ばれるのが、この称号なんだ。ならば君は既にして、『大法術士』の一員だよ」


「そ、そんな……わたしなんかが? で、でも、世の中にはわたしなどより遥かに知識を蓄えた人たちがいるはずです」


 リズさんは信じられないと言いたげに首を振りますが、ミズキ女史はそんな彼女に対し、親近感を持った眼差しを返しています。


「『法学』の魔法使いは、知識量がそのまま『法力』になる。だから、知識のある者の方が優れているって言いたいのかな? でも、それは正しいようでいて、その実、間違いだ。人が生涯に蓄えられる知識には限りがある。ただ闇雲に学んだだけでは、どれだけ頑張ったところで、たどり着ける場所は変わらない。だとすれば、必要なものは別のものだ」


「別……ですか?」


「センス……だよ。それに尽きる。仕入れた知識をいかにして効率的に活用するか。『知識枠メモリ』の割り当て方ひとつとっても、それが『法術器』の出来を左右するのは、君の造った《メイドさんのご奉仕》を見れば一目瞭然だろう」


 自分やリズさんにはそれがあり、この場に至ることのできなかった者──たとえば先ほどの『法学院』にいた彼らなどにはそれがない。そんな自負心が垣間見えるセリフでした。


 そう言えば実際、ミズキ女史に対し、周囲の『法術士』たちの態度は丁寧なものでしたが、どことなく『腫れ物』に触るようでもありました。マスターもそのことに思い当たったのか、ここで割り込むように問いかけの言葉を発しました。


「ミズキさんって、部下にあんまり好かれてないでしょ?」


 しかし、そんな質問をよりにもよって当の本人にぶつけてしまうのですから、マスターの無神経ぶりも相当なものでしょう。ところが、ミズキ女史は気にした様子もありません。


「ん? ああ、別に嫌われてるわけじゃないと思うけどね。上司とトラブルを起こす前のわたしは、元々『大法学院』に所属する、れっきとした『大法術士』だったんだ。本来ならあんな辺境の地に来るわけがない立場だ。逆に言えばそのせいで、才能がないなりにも『院長』の肩書を得られるはずだったあの中の誰かが、わたしにその地位を奪われたわけだし、思いは複雑なんじゃないか?」


 歯に衣着せぬ、とはまさにこのことでしょう。当人たちが聞いたなら、間違いなく噴飯ものの発言です。案の定というべきか、それとは別の意味で彼女の言葉に抗議の声を上げた人物がいました。


「……ちょっと待て。先ほどからお前、わたしの国のことを随分と辺境呼ばわりしてくれるじゃないか。わたしが知る限り、ドラグーン王国は大陸でもほぼ中央に位置する国のはずだぞ」


 アンジェリカは鋭い視線で彼女を睨みつけています。


「え? ああ、王女殿下。不愉快な思いをさせてしまったみたいで申し訳ない。ただ、『法学』の魔法使いにとっては、『王魔』の国が中央だという感覚は持てなくてね。とはいえ、わたしとしては、あの国の『サンサーラ』たちと一定の交流を持てたことは有意義だったかな?」


「へえ、意外だね。こう言っちゃあなんだけど、ミズキさんって、人付き合いが得意な方には見えないんだけどな」


 マスターがこれまた遠慮のない意見を口にしましたが、彼女は気分を害した様子もなく答えました。


「ははは。確かに『人付き合い』は苦手だな。でも、『科学者付き合い』となれば話は別だ。知識の交流を望むのは、相手も同じみたいだし、共通の話題で盛り上がれれば、種族の違いなんて些細なものさ」


「なるほど。確かに『サンサーラ』には、ミズキさんに似た感じの人が多かったかもしれないね」


 納得したように頷くマスター。するとここで、ミズキ女史が何かを思い出したかのようにわたしたちを見渡しました。


「そういえば、『申請』の内容に夢中でよく聞いてなかったけど、君たちの中にも『サンサーラ』がいるんじゃなかったかな? なんでも、あの有名なウロボロス一族の長、メンフィス宰相の一人娘さんが……」


 不思議そうに首を傾げる彼女ですが、無理もありません。メルティは一般的な『サンサーラ』と異なり、皮膚の金属板自体が六枚しかついておらず、目立った場所には露出していないのです。上着のジャケットをはだけない限り、彼女を『サンサーラ』だと見抜けるものもいないでしょう。


「いや、ヒイロ。わたしはそういう問題じゃないと思うぞ」


 とはいえ、アンジェリカのこの言葉どおり、ミズキ女史は唖然とした顔でメルティを見ています。


「嘘だろう? 『法学』の基礎知識も知らなかったような彼女が『サンサーラ』? ま、まあ、同じ種族にも個性はあるんだろうけど……でも、あまりに知識不足じゃないか?」


「彼女にも色々と事情があるんだよ。でも、物覚えはすごく良いし、知らないことがあるのなら、教えてあげればいいだけのことだからね」


 マスターがフォローするようにそう言うと、ミズキ女史は感心したような笑みを浮かべて頷きました。


「『知らないことがあるのなら、教えてあげればいい』……か。うん、良い言葉だな。よし、わたしは君たちのことが気に入った! 何のために『大法学院』に来たのかは知らないが、そんなことは関係ない。君たちの知らないことは、このわたしが教えてあげよう!」


 まったくもって、科学者という人種には、変わり者が多いようでした。

次回「第7章登場人物紹介(ヒイロの過去)」

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