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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第7章 響く聖歌と心の在処
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第137話 千年前の災厄

 ベアトリーチェが『想念の欠片』と呼んだその石──ドラグーン王国の『賢者の石』が歴史に初めて姿を現したのは、王国建国よりもはるか昔、およそ千年前にさかのぼります。


 ここで言う歴史とは、自由気ままな『ニルヴァーナ』によるものではなく、謹厳実直かつ歴史を記すことにまめだった『サンサーラ』によるものです。

 しかし、歴史の内容自体は、両種族共通のものだと考えて差し支えありません。そしてその歴史の内容は、現在の王国の首脳陣によって、厳重に封印され、秘密にされてきたものでした。


 彼、メンフィス宰相が語った話は、国宝たる『賢者の石』が引き起こした『世界の厄災』の話であり、同時に、千年前の『王魔』たちが犯してしまった『罪』の話でもあったのです。


「罪の話? ふうん、でも誰だって罪なんて犯してると思うし、そんなに隠すようなことでもないんじゃないかな?」


「わらわの《女神の天秤》にさえ、罪を量らせぬような男が何を言っておるのじゃ……」


 つぶやくようなベアトリーチェの言葉は聞き流され、宰相の話は続きます。


「『賢者の石』は、文字通り無限に『魔力』を生み出す石だ。古来より、『王魔』たちはその石をめぐって種族間で幾度となく激しい争いを繰り広げてきた。……そして、中でも最も激しく争った二つの種族こそ、『ニルヴァーナ』と『サンサーラ』なんだ」


「それは意外だね。今じゃ仲良しの二つの種族が、かつては敵同士だったなんて。てっきり僕、『竜』と『蛇』なら見た感じ似た者同士だから、昔から仲が良いんだとばっかり思ってたけど」


 この場にアンジェリカがいたら怒られてしまいそうなセリフを口にするマスター。さすがに温厚なメンフィス宰相は怒りこそしませんでしたが、その顔は若干引きつっています。


「キョウヤ君。僕は君らがこの王国の恩人だからこそ、ジークの許可も得ずにこの話をしているんだ。もう少し真面目に聞いてくれるとありがたい」


「ああ、ごめんなさい。それじゃあ、続きをどうぞ」


「事の発端は、『サンサーラ』の当時の族長であり、『輪廻の賢者』の名で知られていた人物……初代ウロボロスの行動にあった」


「初代ウロボロス? メンフィスさんの御先祖様ってこと?」


「ああ。だが、直系ではないよ。直系の一族はその時の『厄災』によって、一人残らず死に絶えた」


「厄災……か。その言葉なら、わらわも聞いたことがある。千年前に世界を覆い尽くした悪夢。『教会』が発足したのも、恐るべき困難を前に、当時の『アカシャの使徒』たちが一致団結したのが始まりだったと聞いたぞ」


 ベアトリーチェが何かを思い出したように口を挟みました。


「そうだね。なにぶん千年前の話だ。『サンサーラ』のような高い情報保全技術を持たない人間たちの間でさえ──その正確さはさておき、一応の記録が残っているということだけでも、当時の危機的な状況がどれほどのものだったのかは知れるだろう」


「もったいぶるね。とりあえず、その『厄災』とやらがどんなものだったのか、教えてもらってもいいかな?」


「キョウヤ君はせっかちだね。まあ、いいだろう。現象としては単純なものだよ。……すなわち『愚者の現出』だ」


「え?」


 わたしは思わず、驚きの声を漏らしてしまいました。


「どういうことですか? 『愚者』とはこの世界固有の物で、遥か古来から存在しているものだとばかり思っていましたが……」


「ああ、それはある意味では正しい。けれど、彼らの『瞳』が赤く染まり、『魔力』を持つ者すべてを見境なく襲い始めるようになったのは、間違いなくその時からだ」


「そのせいで、世界が危機的な状況に陥り、それは今もなお続いていると?」


「いまでこそ『王魔』が生まれるときぐらいしか『愚者の参集』も起きないが……当時は日常茶飯事だったみたいだよ。今ほど魔法技術も発達していないし、撃退にはかなりの犠牲を払っていただろうね。……それこそ二つの種族が手を携えて戦いたくなるほどには」


「なるほど。共通の敵を前にしての団結が、今に至っているというわけですか」


 わたしはここで納得してしまいましたが、マスターはなおも疑問の声を上げます。


「でも、原因は『サンサーラ』のウロボロスさんだったんでしょ? それでよく『ニルヴァーナ』が許してくれたね」


「ああ……。まあ、ここからが、この話が国家機密となっている最たる理由なのだが……」


 メンフィス宰相は言いづらそうに声を低めつつ、それでもためらいを振り切るように言葉を続けます。


「当時の両種族にとって、最大最強の『共通の敵』とは、他でもない『ウロボロス』だったんだ」


「ん? つまり……『賢者の石』の力を使って独裁に走ったか何かした王様を、みんなで止めようとしたって話なのかな?」


 この場合においては至極まっとうな推論を口にしたマスターですが、宰相は小さく首を振ります。


「それなら、まだよかった。だけど、そうじゃない」


「じゃあ、なに?」


「──もっとも賢き輪廻の蛇は、禁忌に触れて、世界を飲み込むオロチと化した。僕の一族にはそんな口伝がある。それが何を意味するのかは、当時の記録にも正確な記載はない。けれどとにかく、『賢者の石』に手を出した彼は、結果として凶暴で手の付けられない化け物となったらしい」


 自らの一族の恥を語るメンフィス宰相の顔には、苦渋の色が見て取れました。現在のドラグーン王国で『ニルヴァーナ』が主体的な立場に立ち、『サンサーラ』がそのサポート役になっているのには、そうした過去の負い目があるからかもしれません。


「化け物……ね。どんな奴だったのかは、わからないの?」


「周囲にあるものを見境なく飲み込み、自身に取り込む力があったみたいだね。歴史書にもそれ以上の詳しい記述はないけれど……ただ、化け物となった後の彼の言葉として、唯一記録に残っているものがある」


「言葉?」


「『足りない、足りない、足りない、足りない……』。家族を喰らい、同胞を喰らい、城を喰らって大地を喰らい、何もかもを喰らい続けた彼は、当時の『ニルヴァーナ』と『サンサーラ』の連合軍に攻め滅ぼされるその時まで、そんな言葉をつぶやき続けていたそうだ」


 そう言って、ベアトリーチェに目を向けるメンフィス宰相。


「だから、聖女殿が『賢者の石』を使って何かをしたという話を聞いたときは、背筋が凍る思いだったよ。もっとも、それで娘を助けてくれたのだから、今は感謝しかないけどね」


「…………」


 あらためて宰相から頭を下げられたベアトリーチェは、驚愕に目を見開いたまま固まっています。


「さあ、これでわかっただろう? 僕らは長年、『賢者の石』を研究しているとは言ったが、その実、あんなことが二度と起きないよう、細心の注意を払ってもいるんだ。だから、不用意に部外者に触れられるわけにはいかない。なにせ、かかっているのは世界の命運だ。死罪もやむなしといったところだよ」


「なるほどね。よくわかったよ。じゃあ、僕が聞きたかったことの本題に入らせてもらうけど……その『長年の研究』で判明したことって何かあるのかな?」


 マスターの問いかけに、メンフィス宰相は軽く目を伏せて答えます。


「不用意に触れられないモノの研究なんだ。なかなか成果は上がっていない。でも、千年前の記録とこれまでの研究内容を突き合わせてみれば、浮かび上がってくるものはある」


「それは?」


「あの『石』の力の源泉は、狂おしいほどの飢餓感だ。初代ウロボロスを支配したその力は、今もなお、あの『石』の中に生き続けている」


 メンフィス宰相の言葉に、わたしはベアトリーチェと顔を見合わせ、頷きをかわしました。彼の話は、以前ベアトリーチェから聞いた話と完全に符合します。


 『足りない』という言葉。『狂おしいまでの飢餓感』。

 それはまさに、『不完全なものを完全にしたい』という『想念の欠片』なのでしょう


 しかし、続く宰相の言葉は、それだけにとどまりませんでした。


「僕らが調べた限り、あの『石』には、その『飢餓感』を他者に『伝染』させる力がある。心の弱いものがアレに触れれば、酷いものだよ。現に僕とジークは、そうやってあの石に触れ、暴走した連中を何人か、秘密裏に始末してきた」


 その言葉を聞いて、わたしはマスターへと視線を投げかけます。言葉どころか『高速思考伝達』さえしませんでしたが、わたしの言いたいことは彼にも伝わったでしょう。


「あはは。あれって結構、危険な真似だったんだねえ」


 そんな軽口で誤魔化そうとするマスターですが、わたしはそのまま、白い目を向け続けました。


「ヒイロだって手伝ってくれたのに……」


 少しいじけた顔をされてしまいましたが、それとこれとは話が別です。わたしには、マスターを止めることなどできるはずがないのですから。


「と、まあ、それはさておき、逆に言うとそんな物騒な物をよく謁見の間なんて場所に飾っておく気になったものだね?」


「あそこが一番、安全なはずだったんだ。『伝染』にも負けないだけの強靭な心身を有する国王。そんな最強の戦士が守る『謁見の間』に置かれているなら、それが一番安全だろう? もっとも、いくら無人の時間帯とはいえ、あれだけの厳重な警備と結界魔法をまるで無視して進入するような者がいるとは思わなかったけどね」


 あらためて呆れたような顔をするメンフィス宰相ですが、その視線はマスターのみならず、わたしにも向けられているようでした。


「伝染……と言ったな? じゃがそれは、『触れなければ済む』という程度のものか?」


 ふと、思いついたように声を上げたのはベアトリーチェです。


「さすがに聖女殿は鋭いな。千年前の災厄を思い返すまでもなく、僕らの研究でも推論としては考えられている話だ。……『飢餓感』は、触れていない者にも『伝染』しているかもしれない。影響力こそ弱いだろうけど……どんな影響があるかも定かではないけれど、それでも世界全土に広がっていると言って過言ではないはずだ」


「世界……全土ですか? 信じられません。そんなもの、もはや『パンデミック』どころの騒ぎではないではないですか」


「けれど、証拠もある」


「証拠、ですか? 一体、どこに?」


 おうむ返しに問い返すわたしに、メンフィス宰相は短く答えを口にします。


「どこにでも」


「え?」


「……この世界のどこにでも存在する『魔力』。それこそが『感染源』だと僕は思う。近くにいるほど危険度は高いかもしれないし、本当ならあんな『石』の傍に住むのは間違っている。僕らはこの土地を捨て、どこか遠くで暮らすべきなんだ。けれど、野蛮な『アトラス』や何をたくらんでいるもわからない『教会』の連中に、みすみすこんな危険な代物を渡すわけにはいかない。だからこそ、僕らはここに、この国を作った」


 そしてそれこそが、このドラグーン王国建国以来の最大の国家機密、というわけなのでしょう。よりにもよって『国宝』とされているものが、実は世界に害を為す危険物だなどと、とても公に言えることではありません。


 そして、締めくくりに、メンフィス宰相はこんな言葉を口にしました。


「繰り返すようだけれど、僕らの『国宝』がいかに危険なものなのか、よくわかったんじゃないかな? 僕としてはできれば、君たちにはこれ以上、『賢者の石』にはかかわってもらいたくないんだ」


「…………」


 だからこそ、国家機密をあえて口にした。そう言いたげな宰相の口ぶりに、わたしたちは返す言葉がありません。


 しかし、マスターはゆっくりと言葉を返します。


「どうかな? アリアンヌさんやベアトリーチェさんのお母さんのことを思えば、あのまま放置しておいていいものだとは思えないんだけどな」

次回「第138話 同情の気持ち」

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