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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第1章 緋色の少女と悪魔の少女
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第14話 王魔の魔法

「異世界か。そんなものがあるなら、是非、行ってみたいものだな!」


 最初は半信半疑だったアンジェリカも、ヒイロが手を変え品を変え説明を繰り返すうちに、ようやく信じてくれたようです。蒼い目を輝かせて、興味深そうに頷きを繰り返しています。


「残念ながら今のヒイロには、この世界から移動する方法がわからないらしいけどね」


「……そうか。それは残念だ」


 マスターの言葉に、がっかりした顔でうつむくアンジェリカ。するとマスターは、少し慌てたようになぐさめの言葉をかけました。


「ほら、僕もこの世界に来たばかりだし、仮に他の世界に移動できるようになったとしても、まだ先の話だからさ」


「……ああ、それもそうか。では、その楽しみは後に取っておくとしよう。今のところはお前たち自身が、わたしに十分な『楽しみ』を提供してくれそうだしな」


 どうやら、本当に同行するつもりのようです。マスターの意向であれば是非もありませんが、彼女の存在もまた、ヒイロにとっては不確定要素の一つです。できるかぎり速やかに、彼女の素性や能力の分析を済ませておくべきでしょう。


 などと考えていた時、念のため周囲に拡張しておいたヒイロの生体センサーに反応がありました。


「あちらの方角に、数十人規模の人馬の群れがいます。金属反応もありますので武装しているでしょう。このままの進路なら、あと10分もしないうちに接触となる可能性がありますが……」


「武装した集団? 何だろう?」


 首を傾げるマスターですが、特に慌てた様子はありません。


「まあ、こんな辺境の荒野に騎士団は来ないだろうからな。まず、野盗の類だろう。連中に見つかれば、間違いなくわたしとヒイロは狙われるな」


「どうして?」


「決まっている。あの手の男どもは、下半身で物を考えるような存在だ。女と見れば……ましてや美しい女となれば、目の色を変えて襲い掛かってくるさ」


「……当然のように自分を美しいとか言ってるし」


「ああん? 貴様、何か言ったか?」


「い、いや、何でもないよ。……アンジェリカちゃんって、実はかなりガラが悪い?」


 接触まであと10分だと言ったはずなのですが、二人は随分と呑気な会話を続けています。さすがにヒイロは痺れを切らし、結論を促しました。


「ヒイロが気配隠蔽用の【式】《ステルス・チャフ》で皆さんを隠します。そうすれば、そのままやり過ごせるでしょう」


 しかし、ヒイロのこの提案には、アンジェリカが首を振りました。


「冗談だろう? このわたしが、たかが野盗を相手に、こそこそと逃げ隠れするだって? まったく、見くびられたものだな」


「ですが、余計な争いはしないに越したことはありません」


「心配しなくとも、そんな連中、わたし一人で蹴散らしてやるよ。『王魔』の魔法は、まだ見ていないんだろう? お前たち二人はその《ステルス・チャフ》とやらで姿を隠して、わたしの華麗なる戦いぶりを観戦していればいい」


 彼女はそう言うと、座っていた椅子から跳ねるようにして立ち上がり、黒いドレスの裾をひるがえして野盗たちが来るはずの方向に目を向けたのでした。




──それから、ヒイロはテーブルその他の品物を分解して土に還し、マスターと自分に《ステルス・チャフ》を展開しました。


「大丈夫かな。アンジェリカちゃん。ヒイロ、危なくなったら助けに入ろう」


「ええ、そうですね。心配ないような気もしますが、一応、油断せずに見守りましょう」


 仁王立ちのまま、近づいてくる野盗を見つめるアンジェリカには、恐れや不安の色など微塵も見えません。彼女なら身体能力だけでも勝ててしまいそうですが、せっかくの機会です。先の戦いでは見ることのなかった『王魔』の魔法についても、しっかり観測する必要があるでしょう。


「うっひょう! まじかよ!」


「おお? なんだ、なんだ?」


 マスターの世界にいた『トカゲ』によく似た四つ足の生物(この世界における『馬』にあたるものでしょう)に乗った男たちが、銀糸に黒絹のドレスを着た美少女を見つけ、口笛を吹いて足を止めました。


「へえ? 可愛いじゃん。どうしたの? お嬢ちゃん? 迷子になっちゃったかな?」


「良かったらお兄さんたちが、町まで案内してあげるぜ? ついでに、お金持ちのおじちゃんでも紹介してやるよ」


「そうそう。まあ、その前に俺たち全員と、『仲良く』なってもらわなきゃだけどなあ?」


 いかにもゴロツキといった風情で、低俗な言葉を話し続ける野盗たち。彼らの装備品は、少なくともランドグリフが率いていた騎士の装備よりは数段質が悪そうです。とはいえ、彼らの中には数人ほど、『法術器』らしきものを持っている者も混じっていました。


 しかし、アンジェリカは無言のまま、言葉を返そうとしません。


「どうした? お嬢ちゃん。怖くて返事もできないか? ひゃはは!」


 男たちが次々と『馬』から降り、脅すように手にした刃物を揺らしながら、アンジェリカに近づいていきます。すると、それまで黙って立っていたアンジェリカが、ぽつりとつぶやきを漏らしました。


「ん? 臭いな……。どこかに腐臭を放つウジ虫でもいるのか?」


「ああ? なんだ、この女? どこ見てやがる。気でも触れてやがるのか? これじゃあ、奴隷商人に売っても大した値になんねえぜ」


 集団のリーダー格らしき男が、顔をしかめて言いました。どうやらこの世界には、本当に奴隷制度があるようです。


「じゃ、じゃあ、飽きるまで俺たちのペットにしちまえばいいんじゃないか?」


 嫌らしくも下卑た顔で笑う男。その言葉に、リーダーがニヤリと笑って返事をしようとした、その時でした。


「……ふむ、二人に見せる初めての魔法だ。『王魔』とはこの程度のものかと舐められてもつまらない。できるだけ圧倒的で、凶悪かつ禍々しい魔法がいいのだが……昼間のわたしでは限界があるな。よし、ここは『魔剣』も使わせてもらうとするか」


 目の前の会話を無視する形で、ぶつぶつと独り言を口にするアンジェリカ。そんな彼女の姿は、野盗たちにはますます気が触れたように見えたかもしれません。しかし、このとき、彼らは彼女の言葉を良く聞いておくべきでした。勘さえ良ければ、彼女が何者であるかを、この言葉から察することもできたはずなのですから。


「さっきから何を言ってやがる!」


「む? ああ、これは驚いたな。最近のウジ虫は言葉を話すのか? とはいえ、このままでは臭くて敵わんな。消毒と焼却は手早く済ませるべきか──イグニスブレード」


 真横に伸ばされたアンジェリカの手の中に、小さな紅い宝石が見えます。するとその直後、その宝石を中心に赤い光が渦を巻いて収束していきました。


「……おお、すごい」


 ヒイロの隣で感心したようにそれを見つめるマスターですが、その視線はといえば、巻き起こる風にはためく彼女の短いスカートに向けられているようです。


 まあ、それはさておき──


「な、なんだ?」


「ま、まさか……魔法?」


 戸惑うように囁き合う野盗たちの目の前で、アンジェリカの手の中に、一振りの短剣が出現しました。片刃の刀身は一部が炎をかたどったかのように波形をしており、赤熱した刃自体にも、それよりなお深紅に染まる刃紋らしきものが波打っています。


「うあああ!」


「ひ、ひい!」


 ソレを見て、慌てて後退する野盗たち。もちろん、彼らはいきなり彼女が剣を出現させたことに驚いたのではありません。彼らを退かせたのは……


「うわ……かなりの熱さだけど、アンジェリカちゃん……大丈夫なのかな?」


 その短剣から放たれる、凄まじいまでの高熱でした。空気が焼かれ、陽炎さえ立ち上るほどの超高熱。よく見ればアンジェリカの持つ赤熱した短剣にはまともな柄も鍔もなく、刀身と一体になった握り手があるだけでした。


 先ほどのマスターの言葉は、赤く焼けた刀身を素手でつかむ彼女のことを心配してのものでしょう。しかし、彼女には、あらゆる熱を無効化し、あまつさえ自身の力に変える凶悪なSランク熱耐性スキル『傲慢なる高嶺の花クール・ビューティー』があるのです。掌などに当たる部分の熱は、無効化されているのでしょう。


 ヒイロがそのことを伝えると、マスターは安心したように息をつきました。

 マスターは、自分が『仲間だと決めた』相手に対しては、どこまでも優しいのでしょう。出会ったばかりの相手に対し、それはとても危ういことだと思いますが、ならば、ヒイロが代わりに警戒を怠らないようにするだけです。


「……【因子演算式アルカマギカ】《サーマル・バリア》」


 ヒイロはマスターを放射熱から護るため、気圧を操作して断熱用のバリアを生成しました。


「う、あ、あ……『法術器』もないのに、魔法だと? まさか、『王魔』!?」


 一方、野盗たちはようやく、自分が相手にしている者の正体を悟ったようです。


「正確には、『ニルヴァーナ』だがな」


「う、嘘だろ? なんでこんなところに『ニルヴァーナ』が! あいつら、大半はドラグーン王国にいるんじゃないのかよ!」


「あいにくわたしは、家出娘でね。……それより、勘違いは正しておこうか。これは、わたしの『魔剣』だよ。本格的に『魔法』を使うのは、ここからだ」


 彼女が赤熱した剣を頭上に掲げると、突然、凄まじい規模の火柱が天に向かって伸びました。


「なるほど……やはり、【因子アルカ】の挙動から推測する限り、あの魔法は彼女の存在を『核』にしているようです」


「じゃあ、あの火柱が『王魔』の魔法?」


「ええ。あの剣自体にも何らかの作用はあるようですが……周囲の【因子アルカ】がまるで彼女に『遠慮』しているかのようですね。あれなら、『世界に己の強大さを認めさせる』という彼女の説明もわかります」


 隠れたままマスターに解説を続けるヒイロですが、目の前では今も、アンジェリカが残酷な笑みで野盗たちを震え上がらせています。


「ま、待ってくれ! な、何でもする! だから、命だけは!」


「か、金か? 金なら、まだある! だから、待て! やめろ!」


 天を衝くような凄まじい火柱を前に、怯えた言葉を口にする野盗たち。


「つくづく馬鹿な連中だ。お前たちは、他人の命乞いなど聞いてやったことは無いのだろう? なのに、どうして自分の場合だけ、それが通じるなどと思うんだ?」


 ゾクリとするような冷たい声で、死刑宣告を行うアンジェリカ。


「く! おい! 法術士!」


「ちくしょう! こうなったら!」


 自暴自棄になった野盗の法術士が『法術器』を構えようとした、次の瞬間。


「わたしの炎に蹂躙されることを光栄に思うがいい──《クリムゾン・バスタード》」


「うわああ!」


「ぎゃああ!」


 アンジェリカの声に合わせ、数十人の野盗たちの中央に巨大な炎の柱が倒れ込み、あたりに断末魔の声が響き渡りました。

次回「第15話 歪んだ鏡を覗くモノ」

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