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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第7章 響く聖歌と心の在処
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第123話 音もなく忍び寄る影

 最近、どうにもこういう役回りが多い気がします。


 あの後、わたしはすぐさまクレハの視界を覆い、どうにか彼女をごまかして部屋から連れ出しました。彼女の教育に良くないという理由もありますが、何より危険なのは、彼女にそんなシーンを見せてしまったことがベアトリーチェに知られてしまうことです。


 そんなことになれば間違いなく、血の雨が降ることになるでしょう。

 わたしとしては何としてでも、クレハに先ほどの光景を忘れてもらう必要がありました。手っ取り早いのは脳に干渉して記憶を弄ることですが、危険も大きく、さすがに何の罪もない少女にできるようなことではありません。


 したがってわたしは、彼女の『遊び相手』になることで、記憶の上塗りを図ることにしたのです。


「キョウヤのお兄ちゃんは?」


「ごめんなさい。マスターは少しお忙しいようなので、わたしが代わりに遊んでさしあげます」


 廊下に出て少し歩いたところで、わたしがそう言うと、彼女は驚いた顔でこちらを見上げました。


「……どうかしましたか?」


「えっと……ヒイロお姉ちゃんが? 遊んでくれるの? ほ、ほんとに?」


「はい。それとも、わたしでは駄目ですか?」


 実のところ、わたしは幼い子供に話しかけるのは苦手です。マスターとして想定される人物像に、『子供』というものは含まれていなかったからです。

 とはいえ、なるべく威圧感を与えないようにする方法なら、わからなくはありません。わたしは軽く膝を曲げ、彼女と視線を合わせるよう心がけていました。


 すると、茶色の大きな瞳でぼんやりわたしを見つめていたクレハの顔が、少しずつ紅潮していくのが分かりました。


「……やった! ヒイロのお姉ちゃんが遊んでくれるなんてすごい!」


 そして彼女は、唐突に声を張り上げると、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね始めました。


「そ、そんなに嬉しかったですか?」


「うん! だって、みんなで言ってたんだもん。ヒイロのお姉ちゃんって、すごく綺麗で頭もよくって、シスターの先生たちもみんな尊敬してるすごい人だって。でも……リズのお姉ちゃんとかメルティみたいに遊んでくれたりはあんまりしないみたいだったから……」


 そう言いながら、彼女は恐る恐ると言った顔で、あらためてわたしを見上げてきます。


「ほんとに、わたしと遊んでくれるの?」


 期待と不安の入り混じった声と表情に、わたしはつい、笑いを漏らしてしまいます。


「ふふ。もちろんです。今日はクレハちゃんのために、わたしが腕によりをかけて、すごいおもちゃを作って差し上げますから!」


 俄然、やる気が出てきました。ここでやらなければ、いつやると言うのでしょう。ふふふ、メルティを相手に培ってきたわたしの玩具づくりの腕前、とくと味わうがいいです。


 クレハからのあまりに嬉しい反応に、わたしは自分でも気づかないうちに妙なテンションになっていたようです。しかし、それでもクレハは大喜びで両手を叩き、早速わたしをお遊戯室へと引っ張っていきました。


 たどり着いたお遊戯室には、それほど多くの子供たちはいません。普段は農作業や屋敷の掃除などを分担して行っている子供たちですが、今はそうした作業の時間なのでしょう。


「クレハちゃんは、今日がお休みなのですか?」


 彼女たちには休み時間はもちろんのこと、交代制による休日まであるようです


「うん。そうだよ。だから、ヒイロお姉ちゃん。今日はいっぱい遊ぼうね」


「ふふふ。そうですね。いっぱい遊びましょうか」


 わたしたち二人がお遊戯室に入ると、クレハと同じ日が休日となっている数人の子供たちが、一斉に近づいてきました。クレハが彼女たちに事情を説明すると、案の定、自分たちも一緒に遊びたいとせがんできます。


 クレハは快く頷くと、わたしにお願いの眼差しを向けてきました。もちろん、わたしには断る理由もありません。結局わたしたちは、その場に居合わせた幸運な子供たちと一緒に、一日の大半を新しいおもちゃ作りとそれを使っての遊びに費やしたのでした。




──孤児院での滞在期間中、ベアトリーチェが何をしていたかと言えば、主に今後に関するシスターたちとの打ち合わせです。『聖女の孤児院』に対する寄付は依然として国内外から多く集まることもあり、経営自体は十分にやっていけるはずなのですが、問題は彼女自身の今後の身の振り方でした。


 『教会』から見れば、彼女は現在、行方不明であると認識されているはずです。七大司教ともなれば、『教会』の本部との間で定期的な連絡をかわし、時には重要な会議の場にも出席することを求められます。


 しかし、彼女はすでに、そうした『教会』組織から離れることを決意しています。

 ただ『世界の真実を知りたいから』ということだけでは、『聖女』としての地位を捨てるにはあまりにも不釣合いではないかと思われますが、そのことを彼女に問いかけると、こんな答えが返ってきました。


「言っておくが、わらわは何も、興味本位で世界の真実を求めているわけではない。わらわには『八番目の天使』として、たとえどんなに残酷でも『真実を教える役目』があるのじゃ。……あの『賢者の石』に触れて以来、わらわにはそれがこの世界の存亡にかかわることにつながるような気がしてならぬ」


 世界の謎。そして、『教会』の真の目的。それらを究明することは、結果として彼女の孤児院を護ることにもつながる──それが彼女の本音のようです。


「正直なところ、一番の不安はわらわが『教会』を離れることが、この孤児院の経営に与える影響なのじゃが……これまでの話し合いでは、シスターたちも問題ないと言ってくれておる。おかげで心置きなく旅立てそうじゃよ」


 肩の荷が下りたように息を吐くベアトリーチェでしたが、残念ながらこの後、彼女の懸念は別の形で的中してしまうことになるのでした。


 ──わたしたちが孤児院での生活を始めて6日間が経過し、いよいよ翌日には『神聖王国アカシャ』に向けて出発しようかという日の昼のことです。


 その日は収穫の作業が始まるということで、孤児院の人間だけでは手が足りず、近隣の村にお金を払って人手を揃えていました。子供たちも自分でできる限りの手伝いをしながら、和気あいあいと畑仕事に従事しています。


 そんな中、その『異変』は唐突に始まったのです。


 最初に感じたのは、奇妙な『耳鳴り』でした。わたしにも肉体としての五感は備わっていますが、集音センサーによる情報収集を行うことがメインです。そのため、いち早くこの『異変』の正体に気付くことができたのでした。


 玄関前のベンチで待機していたわたしは、ソレに気付いた瞬間、反射的に立ち上がっていました。


「ヒイロ? どうしましたの?」


 隣にいたエレンシア嬢の不思議そうな声に応える暇もなく、わたしはマスターへの呼びかけを開始します。


〈マスター。異常事態です〉


 マスターは今日もクレハの傍で作業を手伝っており、わたしが休憩用の果実ジュースを冷やしている玄関前からは離れた場所にいます。そのため、『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』を使っての呼びかけになりました。


〈なんだい、急に?〉


〈『音』が消えています〉


〈え? 音が? 意味が分からないんだけど……〉


〈正確に言えば、『ノイズ』が消されているのです。人の話し声などの情報伝達に用いる音は消えていないのですが……虫の声や小川のせせらぎの音、風の音などのいわゆる『自然の音』が聞こえません〉


 わたしがそう言うと、マスターはすぐに状況を察知したようです。


〈あ、本当だ。麦の穂を揺らしても音が聞こえない。まあ、クレハちゃんの可愛い声が聞こえなくなったわけじゃないからまだいいけど、ちょっと不便だね〉


 この人、本当にロリコンじゃないのでしょうか?

 とはいえ、ここで重要なのは、この異常現象の原因を突き止めることです。


〈ヒイロは、何だと思う?〉


〈そうですね。人間の声以外の音の大半を消すとなると……これはもはやノイズキャンセルの域を超えています。恐らくは魔法かスキル、その類の力によるものでしょう〉


〈シスターさんたちやベアトリーチェが、それをやったっていう可能性は?〉


〈ないでしょう。音は危険信号にもなるのです、農作業の最中に、あえて音を消すような危険を冒す理由は……〉


 そこまで言ったところで、わたしは気づきました。


〈まさか……マスター! これはもしや……!〉


〈うん。奇襲攻撃の前触れって奴かな? よし、皆に孤児院に避難するよう指示しようか〉


 しかし、その結論にわたしたちがたどり着いたときには、すでに手遅れだったようです。遮蔽物の多いこの農園内にあって、遠くを見通すには空を飛ぶしかありません。わたしがいち早く宙に浮かんで様子を確認した時には、不気味な白装束の集団が真っ白な騎乗用生物にまたがり、土煙を上げながらこちらに殺到していたのです。


「みなさん! 早く孤児院の中に避難を!」


 拡声用の【因子演算式アルカマギカ】を使い、とっさに指示を出しましたが、遠く離れた場所にいる農民や少女たちがこちらに戻ってくる前に、敵の集団が彼らに接触してしまいました。


「くっ! 最初から問答無用で殺す気だなんて!」


 眼球の意匠が描かれた頭巾を被る白装束たち。彼らは毒々しい色に染まる大鎌を振り上げ、近場にいた彼らへと切りかかります。悲鳴を上げて逃げ惑う農民の背中を貫くべく、大鎌の先端がうなりをあげ、転んで泣き叫ぶ少女の首を狩り取るべく、紫の刃が風を切って走ります。状況は絶望的で、あれだけ離れた場所にいる彼らを助けることなど、もはや誰にもできません。


 ──唯一の『例外』を除いては。


「──血も涙もない殺意。それこそ、飛んで火に入る夏の虫だぜ。悪いけど、僕が相手をする以上、君らの『手札』は手詰まりだ」


 傍にいたクレハを屋敷へと走らせた後、そう言って笑うマスター。その周囲には、無数の鏡が浮いています。そして、そこから出現した大鎌の数々は、彼に直撃するより早く、別の鏡に吸い込まれるように消えていきました。


 半径十キロメートルという広範囲にわたり、他人が受けた殺意を伴う攻撃を肩代わりするスキル『明白な道化師の所在アン・オールド・メイド』。他の者が使えば、ただの自殺行為にしかならないこの能力も、マスターが使えば絶大な効果を発揮します。


 この直後、マスターの視界に存在する白装束たちの身体からは、真っ赤な鮮血がほとばしったのでした。


〈ヒイロ。危なそうな場所にいる子供たちの名前、わかるかな? それとエレンにも同じ情報を伝えて、僕と視界を共有して子供たちを探すよう話してほしいんだ。あとついでに、彼女の『開かれた愛の箱庭シークレット・ガーデン』で敵の牽制と避難させる皆の強化もお願いするよ〉


 文字通りの『離れ業』で彼らの危機を救ったマスターは、そのことに安堵する間もなく、矢継ぎ早に指示を出してくださいました。こうした頭の回転の速さと冷静さは、さすがと言うより他はありません。


 それからわたしたちは、視界に入った人間の名前を呼ぶことで発動する《訪問の笛》とエレンシア嬢のスキル『世界に一つだけの花オール・フォー・ワン』、そして視界を共有することを可能とするマスターのスキル『鏡の中のお前は誰だラジカル・クエスチョン』の歪曲版により、農園のあちこちに散った皆を孤児院へと集めたのでした。

次回「第124話 銀仮面の枢機卿」

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